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異世界で俺だけがSFしている…のか?  作者: 時空震
第3章 -請負人-1

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第四十五話 エレベトの街

第3章のはじまりです。

 エレベトの街に到着した俺は、商隊のメンバーと別れて街に入るゲートへ向かう。

 そこで様々な検査を受ける。やはり簡単には街に入れないようだ。


 先ずは所持品検査を受けて武器を没収されてしまった。これは俺が身分証明書を持っていないためだ。どこかしらの組合の会員証でもあれば良いらしいのだが、初めてこの世界の街に訪れた俺にそんな物が有る訳がない。


 しかし、クレイゲートの紹介状を見た検査官たちの態度に変化が起きた。

 中身までは確認しなかったが、明らかに高圧的だった態度が控えめになった。クレイゲートの名はそれなりに有効らしい。


 更には、高額を明示した証文や魔石を見ると驚いていた。俺が金を持っていると知ったからか、検査官の表情と態度が厳めしいものからゲスイものになっていった。


 俺は大銀貨をそっと取り出し、皆さんで飲んでくださいと言ってリーダーらしき検査官に渡した。

 大銀貨を見た瞬間に検査官の目が見開き、周りに気づかれないように受け取ってポケットに仕舞い込んだ。


「オホン」


 検査官はわざとらしく咳払いをすると、部下にテキパキと指示を出し始めて、俺をゲートへと案内した。


 取り敢えずは規則なので、初めてこの街に入る者の武器は預かるとして槍は没収された。身分証を作れば、一週間以内なら返還されるそうだ。短剣に関しては、柄と鞘にシールを貼られて封印された。これは大目に見て貰えたらしい。

 但し、封印が破られた場合には罰金を徴収されるとの事だ。


 ポシェットの中の石については何も言われなかった。武器だとは思わなかったのだろう。それと腕輪は包帯を巻いて隠し、その上に大きめの肘カバーを着けていたので事無きを得た。賄賂のお陰だろうか。

 検査官はニコニコしながら俺をゲートから送り出した。


「このまま通りを真っ直ぐ行けば、何かしらの組合があるので、そこで登録して身分証を発行して貰うと良いだろう。」

「解った、ありがとう。」


 地獄の沙汰も金次第とは良く言ったもので、この街では賄賂が通用するようだ。

 正直、日本ではあまりこういった機会は無くて、取引先との接待という形で行われたものだが、ここではストレートに通用するらしい。

 多分、あのリーダーは大銀貨を銀貨と偽って部下に僅かばかりの分け前を渡し、殆どを一人で着服するのだろうな。


 まあ、それでも助かったのは事実だ。

 クレイゲートの紹介状が無ければ、下手をすると金まで没収されていたかもしれないし、賄賂も通用しなかったかもしれない。なかなかに腐敗して、人間臭い街のようだ。

 先が思いやられるなと思いつつ、俺はようやく街に入る事が出来た。


 俺は空を見上げた。

 午後の良く晴れた青空は、街の外も中も同じく繋がっている。それでも、壁に囲まれた街の中から見る青空は、少し違った印象を受ける。

 人の暮らしを実感するものの、どことなく閉塞感があるように思う。


 ふと、リュジニィを思い出した。

 彼女が生きていたら、どんな表情(かお)を見せてくれたかな。

 彼女はこの街に所縁(ゆかり)があったのだろうか…



 ゲートを出ると目の前には広場があり、そこから一直線に通りが街の中央へと延びていた。その先には巨大な《天柱》が聳え立っている。

 《天柱》を早く間近で見てみたい気持ちはあるものの、街の様子も気になってしょうがない。期せずして訪れた異世界の街だ。気にならない方がおかしいだろう。


 また独りになってしまったからな。しばらくはこの街で生活の基盤を作り、この世界について学びながら生きて行こう。

 俺は気持ちを新たにして街の中を歩き始めた。


 周りを見渡すと通りは石畳で出来ていて、広場の周りには壁から繋がるように大きな建物が並んでいる。

 石や煉瓦を積み上げた建物ばかりで殺風景な感じがする。しかも煉瓦は黒みがかったグレーなので、壁と同じ色で余計に味気なかった。


 後から知ったが、この大きな建物は兵士の詰所と宿舎で、裏は訓練場になっている。魔物の襲撃に備えていて、常時百人程が待機している。街へ入る者の検査官も務めている。と同時に、ここから街中への睨みも利かせていて、犯罪の抑止にも努めている。

 が、検査官があれではな。


 通りの反対側には魔物の解体場があり、請負人が狩ってきた魔物をここでさばいている。さばいた肉は勿論、解体した各部位も様々な加工品の素材として街の中へと流通して行く。お陰で腐敗臭や焼却した煙の臭いといった変な匂いが漂っている。

 ここに解体場があるのは、魔物を街の中に持ち込まないようにするためだろう。魔物といっても野生生物なので様々な菌や病気を持っていたりするからな。


 広場の中央には噴水というか、巨大な石像から水が流れ出ている泉がある。石像は女神を模したもので、岩の上に優雅に腰掛ける女神の持つ水瓶からとめどなく水が流れ出て、直径が10mほどの池を作っている。

 何人かがそこで水を飲んだり汲んだりしているので、生活用水として使われているようだ。


 古代ローマほど洗練されてはいないようだが、彫刻を見る限りそれなりに芸術性はあるようで、生きるためだけに汲々とした生活を送っている訳ではないようなので安心した。

 なんせクレイゲートの馬車や馬の装備品等は実用一点張りの作りをしていたからな。まあ、あれは消耗品と考えているからだろう。


 それと、こんな所にも水場があって人々が自由に使用しているところを見ると、水が豊富なんだろう。しかも直に飲んでいるのでそれなりに清潔なようだ。上水と下水も管理されているようなので、思ったよりも文明の水準は高いらしい。


 排せつ物が撒き散らされている中世ヨーロッパのようなところでなくて、心から安心した。

 商隊のメンバーは平気でそこかしこで排泄していたので心配していたが、大丈夫なようだ。排泄物の臭いも漂って来ないしな。


 驚いたのは、馬車を引っ張る馬が落としていった糞を拾い集める者がいる事だ。小さな子供がどこからともなく現れて、ゴミ鋏みで拾って箱に詰めている。

 馬糞は堆肥になるからな。小遣い稼ぎでもしてるのだろうか。

 街が清潔に保たれている原因の一端を見た気がする。



 一通り周りを見たので、街の中心に向けて俺は通りを歩き出した。

 俺は西門から入ってきたので、西大通りを歩いている。本当の名前は分からないので、取り敢えずそう呼んでおく。


 西大通りはこの街の大動脈なのだろう。石畳で整備された道は幅が25m程あり、馬車が6台並んでも通行できるほど広い。街の中心となる《天柱》まで10km以上はあるようだが、そこら辺まで延々と伸びている。凄いな、片側3車線の高速道路並みの広さだ。


 しかし、人はまばらで馬車も時折見る程度だ。これほどの物が必要なのかと疑問に思う。お陰でのどかな印象を受ける。

 ちなみに左側通行のようで、交通規則はそれなりにあるようだ。信号機のような物は無いようだが。


 通りの両側には小さな店や加工場のような建物が連なっている。どれも平屋でゆったりとしたスペースに作られているので、建物の隙間から奥が見て取れる。奥は空き地が多いようで、原っぱになっているところもある。


 その更に奥には貧民街を思わせる、あばら屋のような建物が所狭しと建っている。そこを行き来する人々も見るからに貧しそうで半裸にボロを纏っている。

 街の造りは立派だが、皆が裕福という訳ではないようだ。


 まあ、当たり前だな。日本にだって貧困層や浮浪者はいるからな。街の中心から離れた壁の近くはそういった人々が生活しているのだろう。


 街の中心に向かうにしたがって人通りが多くなり、活気が出てきた。

 通り沿いに並ぶ店も単なる箱のような作りから、装飾を施して色彩豊かな作りの物へと変化していく。基本的にレンガ造りの建物ばかりだが、色とりどりの煉瓦を使用しているので、暗さは感じない。


 さっきの場所が貧民街とするなら、ここは一般庶民が生活する区画のようだ。大通りに交差する道が増えて、ある程度奥まで商店が連なっているのが見える。

 通りの広場の数も多くなり、大小多くの泉が点在している。


 人が増えるにしたがって、その種類の多さに驚く。

 人間とケモ耳人が混在しているのもそうだが、その人間とケモ耳人にも白人黒人黄色人がいて、さらには桃色っぽい肌の人間がいる。髪の毛も同様で、様々な色のバリエーションがある。


 しかも、その肌の色と髪の毛を持ちながら、様々な民族的特徴を持った顔や体の作りをしている。それと、極稀にだが爬虫類を思わせる顔の作りと肌をした人間もいる。

 しかし、彼らは似た者同士だけで連れ添うという事もなく、自然に交じり合って交流している。差別とかは無いようだ。


 これは俺の推測だが、時間の流れの中で様々な種族が交じり合い溶け合っていったというより、最初から当たり前にいろんな種族や人種がいた、という方が正しいと思う。


 というのも、街の外は魔物が徘徊する危険な世界だ。幾つもの民族がそれを乗り越えて移動して、争いを起こしてから融合していったとは考えにくい。

 それは地球での民族の一般的な形成過程だが、ここでは当てはまらないように思う。


 この街の住人の祖先は、元々がこの星の原住民を遺伝子改造して作り上げた異星人のアバターだ。その時点で最初から様々な人種のアバターが存在して共存している。

 なぜ彼らが子孫を作って繫栄しているのかは疑問だが、大厄災から生き残った者たちが集まって拠点を作り、それを発展させたのがこの街なのだと思う。


 そういった訳で最初から人種の違いや肌の色の違いは気にならないのだろう。

 それよりも、外敵となる魔物から身を守るために一丸となって戦わなければならないので、仲間意識の方が強いのだと思う。


 面白いな。

 ある意味、日本のファンタジー物のアニメの世界が目の前に広がっている。そんな感じだ。


 特にケモ耳人の耳のバリエーションの広さは凄いとしか言いようがない。商隊には居なかったが、象の耳だと思うような者までいるし、更には耳というよりも警告色をした羽をあしらったような者までいる。本当に生まれ持った物なのかと疑いたくなってしまう。


 もっとも、流石に頭部が丸々獣の形をした人型の動物は居ないようだ。さすがに脳の容量が少ない動物を遺伝子改造しても、人間の様にはならないだろう。それに、犬や猫のような口では言語を操るのは難しいだろうな。


 それと、残念なのは尻尾を隠している事だ。一般人ばかりなので、皆ズボンやスカートのお尻にある小袋に尻尾を収めている。

 この世界の文化によるものらしいが、隠されると逆に尻尾を見てみたいという誘惑に駆られてしまう。人間が性器を隠すようになったのと同じ理由によるものだろう。


 まあ、だからこそ隠す文化が芽生えたのだろうな。好きな異性が出来たら、その人の尻尾がどんなモノなのか気になってしょうがないだろう。それは強烈に異性を引き付ける魅力になると思う。



 人間観察はこれくらいにして、ある大きな広場に来ると良い匂いが漂ってきた。広場の外周には幾つかの屋台があり、様々なファーストフードを販売している。

 肉を串焼きにして売っている屋台があったので、興味が湧いて買ってみた。


「これを一本売って貰えるかな。」

「あいよ。1銅貨だ。」


 銅貨と交換で、店のオヤジが火にかけていた串焼きを一本取り、葉っぱの上に乗せて寄こした。


 葉っぱを包装に使っているのを見て、なかなか衛生的だなと思った。というのも、串の持ち手部分が肉汁でベトベトだったので、手渡しされたらどうしようと思ったのだ。


 しかも、買う時にオヤジの手を見たら油でギトギトで、手を洗っていないのが明らかだ。エプロンにしても身に着けてはいるが、何日も洗ってないのが判る。

 街はきれいに保たれているが、個々人の衛生観念はまた別らしい。

 思わず「う〜む…」と唸ってしまった。


 まあ、このくらいの時代なら衛生観念に乏しいのもしょうがないかもしれない。

 今でこそ日本は過剰なまでに包装に拘るが、俺の子供の頃は魚屋に行っても八百屋に行っても古新聞で包まれるのは当たり前だったし、決して衛生的とは言えない台の上や籠に商品が陳列されていたからな。


 牛乳なんか、管理の悪い店だと古くて腐った物が売られていた。口に含んだ瞬間に舌がビリビリ痺れて吐き出したりもした。当時は賞味期限や消費期限の記載なんて無かったからな。


 俺は勇気を振り絞り、葉っぱを串の持ち手部分に巻き付けて肉を頬張った。

 が、焼き立てで熱々の肉は少し硬いがとても美味かった。サングリーの肉らしいが、昔食った猪豚の肉によく似ていた。


 5cm角で厚さが1cm程の肉が3切れだが、結構食い応えがあり、これで1銅貨なら安いような気がした。

 1銅貨は日本円換算で100円程だ。日本でこの量の肉の串焼きを屋台で買ったら数倍はするだろう。


 後、この国の通貨の単位は『ヤン』なのだが、殆どの人がこの単位を使わないらしい。1銅貨や3銀貨という風に硬貨の枚数でやり取りをする。

 1銅貨は100ヤン、3銀貨は30,000ヤンなのだが、桁の多い計算だと複雑だと感じるらしく、この様な習わしになっているようだ。


 しかし、ちょっとした買い物でも、知らない世界での体験だとハラハラドキドキするな。海外旅行で初めて買い物をした時の事を思い出した。

 あの時は言葉が通じないから、ある意味ここよりも緊張したな。ここでは言葉が理解できるので、それほどストレスではないけどな。


 他にも焼き魚やパスタに似た物を売っている屋台などいろいろあるが、それは後日の楽しみにして、他を見て回る事にした。


 ある広場の脇の通りに、露店が立ち並ぶ商店街のような場所があったのでぶらついてみた。俺は行った事がないが、テレビや映画なんかで見る東南アジアの屋台通りという感じの場所だ。


 ここは物が安く手に入るのだろう、狭い通りに人がひしめき合っている。

 主に生活雑貨を扱っている店が多いようだ。鍋や釜といった物から皿やコップといった生活必需品の店や、下着やシャツを扱う衣料品の店が幾つも並んでいる。

 特に人気なのは古着を扱っている店で、銅貨2〜3枚で買う事が出来る。


 俺は下着を売っている店に強く惹かれた。勿論新品のだ。

 ある程度慣れたとはいえ、ずっと他人の使用していたお古の下着を着用していたのだ。正直、気持ち悪いとずっと思っていた。

 是が非でも、ここで下着を買わねばならないと俺は決めた。


 ちなみに、下着とはパンツの事を指す。この世界に下着のシャツとかブラジャーとかいうものは存在しないようだ。以前、ジリアーヌにブラジャーの事を説明したら不思議そうにしていた。

 乳房を持ち上げて形を維持するのは、ドレスの役割のようだ。



 俺は50歳位のおばちゃんが店番をしている露店に足を運んだ。

 ざっと見た感じ、一番清潔そうな店で陳列されている衣類もきちんと折り畳まれている。値段は他の店よりも若干高めだが、その分空いていて買い物がし易そうだ。


「こんにちは。新品の下着はあるかな?」

「いらっしゃい。新品だとわたしのお手製になるけど、それなら置いてあるよ。」

「見せて貰っていいかい?」

「見るだけなら1銅貨だよ。」

「えっ、見るだけで金を取るのか?」

「そりゃそうさ。新品だからねぇ。手垢が付いたら洗わないとならないからね。」


 茶髪の狸耳をしたおばちゃんがニコニコしながら、理由になるようなならないような理屈を述べる。

 狸耳のおばちゃんというだけで、何となく胡散臭さを感じるのは俺の先入観によるものだろうか。屈託のない笑顔が余計にそう感じさせる。


 この店が空いているのは値段が高いだけでなく、このおばちゃんのキャラクターだからじゃないのか…他の店を見る限りはそんな代金を吹っ掛けていないぞ。

 まあ、それでも1銅貨ならいいかとおばちゃんに渡すと、後ろの箱から下着を取り出して見せてくれた。


 あらまあ、これはビックリだ。

 俺が今履いているゴワゴワの下着に比べると、柔らかい生地できれいに縫製された物だった。ボクサーパンツに似ている。しかも作りがしっかりしていて、ポコチンが収まる所が立体縫製になっている。これは思っていたよりもずっと良い物だ。


 なんせ今履いている物は小便をする時にポコチンを取り出す穴がスカスカなので、油断すると直ぐに下着から顔を出してしまう。これはその対策もきちんと考えられている。明らかにレベルが数段上の物だ。


 日本で履いていたものと遜色無いように思う。さすがにゴムが無いので、ウエストは紐で縛るようになっているが。


「二つ貰おう。」

「ほ、本当かい!」


 売れると思っていなかったのか、おばちゃんが驚いている。

 一つ大銅貨2枚(二千円)だからな。周りの店で売っている一枚1銅貨の古着の下着に比べると20倍の値段だ。売れないのも納得だ。

 しかし、物は圧倒的に良いからな。高いとは思わないな。


 試しに二つだけ買ってみるが、履き心地が良ければもっと買おうと思う。なんせ毎日取り替える物だからな。

 あれ、もしかしてこの世界の男は毎日取り替えないのかな?

 嫌な想像をして気持ち悪くなったので、慌てて打ち消した。


「若いのに良い物は判るんだね、大したものだよ。それに好い男じゃないか。」


 おばちゃんがさらに笑顔になって俺を見つめる。

 そして、訊いてもいないのにその下着の制作秘話を話し始めた。


 事の始まりは旦那の愚痴だったらしく、やはり下着からポコチンがはみ出るのが鬱陶しいと言われて、それなら自分が作ろうと思ったという。

 それから旦那にモデルになって貰って試行錯誤しながら今の形に行き着いたようだ。


 そこで話が終わればいいものを、ノッてきたのか、おばちゃんはマシンガントークになって延々としゃべり続けた。


 おばちゃんは若い頃にお針子をしていて貴族用の衣装を縫っていたのだが、ある貴族に手籠めになりそうなところを今の旦那がさっそうと現れて救い出してくれた。との、のろけ話に発展していった。


 そこから旦那とのロマンスを聞かされてうんざりしてしまった。早く終わらないかなと思っていると、最後におばちゃんはこの下着の最大の売りを説明した。


「この下着は立体縫製に拘っているからね。ムスコ君が大きくなっても優しくフィットして包み込んでくれるよ。」


 どや顔で自慢するおばちゃんに、俺は親指を立てた。

 素晴らしいな!実に俺向きの下着だ。旦那とのロマンスは伊達じゃないな。


 ようやくおばちゃんから解放されたとホッとした瞬間、子供が脇を走り抜けていった。

 その時、懐に違和感を感じたので走り去る子供を見ると、その手には俺の財布(硬貨を入れた袋)が握られていた。


「あっ!」


 俺が呆気に取られていると、おばちゃんが憎々しげに子供が走り去った方を見た。


「またあのガキだよ!ったく、油断も隙も無いよ!お兄さんも災難だねぇ。」

「常習犯なのか?」

「貧民街の子供さ。飲んだくれやギャンブル狂いの親を持つ子供たちの一人だよ。ろくに食べさせて貰えないから、ああやって盗みで食べてるのさ。」

「そうか…」

「可哀想っちゃ可哀想だけど、盗まれるこっちは堪ったもんじゃないよ。そのうち捕まって奴隷落ちさ。」


 やれやれだ。

 まさかスリに遭うとわな。

 さっきの検査官といいスリの子供といい、この街は碌なもんじゃないな。

 俺は子供が消えた方向へ走り出した。


 しかし、なにより驚いたのはスリの接近に気付けなかった事だ。

 それほど周りに気を取られていた訳でもなく、特に油断していた訳でもない。普段通りに無意識に《フィールド》は張り巡らされていたはずだが、これはどういう事だろうか?


 俺は走りながら《フィールド》に意識を集中して周辺を探ってみる。


 すると、多くの人間の《フィールド》が絡み合った糸のように混沌としていた。

 周りにいる人間の一人一人の《フィールド》は微弱で大した事はないが、ベクトルがバラバラで俺を意識していないものばかりだ。あらゆる方向を向いた波がぶつかったり擦れ違ったりしている感じで、様々な場所でさざ波が立っているような感覚だ。


 今までは良きにしろ悪しきにしろ、俺に向かうベクトルの《フィールド》ばかりだったので、それを受け止めるだけで良かった。


 しかし、街中という様々な多くの人間が行き交う場所では、今までの意識の在り方では《フィールド》の感知力が混乱してしまうようだ。そのために子供の接近に気付けなかったのだろう。


 ある意味、スリに遭ったお陰でそれに気付く事が出来た。子供には感謝だな。

 とはいっても、スリを見逃すつもりはないけどな。


 俺は一旦《フィールド》を解除して真っ新にする。自分から発する《フィールド》を全て平坦にしてリセットした。

 それから、俺から逃げる子供に焦点を当てて《フィールド》をプロットした。一瞬ではあるが、子供が擦れ違った時の《フィールド》の癖を覚えている。

 そして、俺に意識を向けていない他の人間の《フィールド》をノイズとして無視するように心がけた。


 かなり難しい作業だったが、意識を逸らして《フィールド》の感度を落とすことで打ち消す事が出来た。これにより、逃げる子供の《フィールド》が鮮明に浮き上がった。

 今まで魔物との戦いで、相手の意識を逸らさせる事を何度もしてきたが、それを自分に適用すると意外と上手くいった。


 子供は通りから脇道に入り、さらに建物の隙間を通って走っている。動きが手に取るように判る。

 俺は脇道に入って人目が無くなると、建物の屋根に飛び上がって移動し先回りをした。そのまま子供の前に着地して行く手を阻んだ。

 子供はビックリしながら俺の懐に飛び込んで来た。


「捕まえた。」

「は、放せー!」


 子供は必死に逃げようとするが、俺は腕を掴んで離さない。

 逃げられないと悟った子供は俺の財布を放り投げた。

 俺がそっちに気を取られると、子供は俺の手に嚙みついて逃げようとした。


「いでっ!」


 今まではそれが成功してきたのだろう。俺も痛みから手を放してしまった。

 しかし、俺は逃げる子供に《プレッシャー》を掛けて動きを封じた。


「ウガッ!」


 そして、飛んで行く財布に《センス》を働かせて、自分の居る場所に引き戻した。

 子供は身動きができないまま、財布が飛んできて俺の手に収まるのを見て驚いた。


「ま、魔法!」


 《センス》を知らなければそう思うかもな。

 俺はこれ見よがしに財布をジャラジャラ鳴らして、ニヤリと笑いかけた。

 子供は真っ青になって必死に逃げようともがくが、どうやっても体が動かないので観念したようだ。


「ご、ごめんなさいっ!」

「さて、どうしようか。腕をもぎ取るか足を切り落とすか、どっちを選ぶ?」

「っつ!!!」


 俺が謝罪を無視して罰の選択を迫ると、子供はこの世の終わりのような顔をした。顔を近づけて睨み付けると、ついには小便を漏らしながら泣き出してしまった。


「わあああああああーーーーーーんんんんん!!!!!」


 子供が大声で泣いても誰も助ける者はいない。自ら人気のない蔵が立ち並ぶ場所に逃げてしまったためだ。


 子供を観察すると、赤毛の黄色人種の男の子だ。擦り切れて破れたボロを纏っている。普通の人間種の10歳くらいに見えるが、痩せこけて小さいので実際にはもう少し上かもしれない。


 多分、さっき見た貧民街から俺の後をつけて来たのだろう。俺の短剣は封印がされているので、初めて街を訪れたカモとでも思ったのかもしれない。


 しかし、実際どうしたものか?

 金は戻って来たし脅しもかけたので、このまま開放してもいいのだが、どうせまた直ぐに再犯するんだろうな。


 兵士の詰所にでも差し出せばいいのかもしれないけど、あの腐敗っぷりを見る限り碌な目に合わないだろうな。おばちゃんは奴隷落ちと言っていたしな。


「小僧、親は居るのか?」

「うぅ…お、おとうは居るけど、飲んだくれてるよ…」

「母親は?」

「居なくなったよ…わ~~~ん…」


 やれやれ、絵に描いたような典型的な下層民だな。

 こりゃ、父親に命令されて酒代稼ぎにスリでもやらされているのかもな。

 確認すると肯定した。親ガチャ失敗の不幸な子供か、ただただ哀れだな。


 でも、それだとここで簡単に許してしまうと余計に悪化してしまうな。泣いて謝れば許してもらえると思わせないようにしないとな。


「それで、腕をもがれるか足を切り落とされるか決まったか?」

「ど、どっちも嫌だよぉっ!わ~~~ん…」

「人の物を盗むのは悪い事だからな。悪い事をしたら罰を受けなければならないんだぞ!」

「わ~~~ん、ごめんなさい!ごめんなさい!もう人の物を盗んだりしないから、許してーっ!!!」

「ダメだ!」

「ヒーーーーっ!!!」


 俺が子供の腕を掴んで引っ張ると、その子の表情は絶望に塗りつぶされて、体をガタガタと震わせる。たっぷりと恐怖が染み込んだようだ。


「おっ、今女神様の声が聞こえたぞ。そこまでしなくても良いだろうってさ。」

「ほ、本当っ!!!」

「女神様は慈悲深いお方だからな。もう少し罰を軽くしてやりなさいってさ。」

「め、女神様!」


 子供の瞳に希望が芽生える。


「それじゃあ、指一本をもぎ取るだけにしておくか?」

「そ、そんなぁ!嫌だよぉっ!」

「わがままな奴だな。じゃあどんな罰がいいんだ?

 女神様が見ているんだからな。罰からは逃げられないぞ。」


 子供は唸りながら必死に考える。


「そ、それじゃあ、3回殴られるよ。それで許してよ!」

「随分と軽くなったな。女神様はそれじゃあ足りないと言っているぞ。」

「ええ〜、そんなぁ…」


 子供はさらに必死に考える。

 この世界では女神は実在するものなので、その意思は絶対的効果を持つようだ。大人ですら女神の振舞いには恐れを抱いているからな。


 まあ、俺がする女神の話を嘘だと思わないところが子供らしいけどな。

 体の部位の欠損だけは避けたい子供は頭を悩ますが、これといった考えが浮かばずに困り切ってしまう。


「分かんないよぉ!何十回も殴られたら死んじゃうよ!」

「そうだな、死んじゃうな。それじゃあ、代わりに俺の魔法の練習台になって貰おうか。痛いけど死にはしないからな。それなら女神様も許してくれるだろう。」

「う、うん…」


 死なないというのが効いたのか、子供は俺の提案を受け入れた。

 俺は子供を近くの広い場所に連れて行き、そこに立たせた。


「逃げようとしたら、女神様は絶対に許してくれないからな。」

「わ、分かったよう。」


 俺が《プレッシャー》を解放しても、子供は逃げようとせずに素直に罰を受けようとする。女神が怖いのだろう。

 本当なら痛みの罰を与えるよりも、罪を償わせる為の労働でもさせた方がいいのかもしれないが、俺はそこまで暇ではないし子供に付き合う義理も無い。


 その妥協案として思い付いたのが、魔法の練習台となる罰だ。実際には魔法ではなく《センス》という技なのだが、子供が魔法だと思っているので、それでも良いだろう。説明するのも面倒だ。


 新しく思いついた技を試してみようと思う。

 1cm程の小石を15個取り出すと、5個ずつ3回に分けて空中に放り投げた。俺は3つまでなら物を自在に操る事が出来るが、それ以上はなかなか増やせないでいた。それなら、仮に5個の物を一塊の物として扱えばどうかと考えた。


 すると、5個の小石は一つの物体のように同じ動きをしながら空中に浮かんだ。他の5個の小石群も同様で、計15個の小石を浮かばせる事に成功した。


「うわぁ、凄い!」


 子供は驚きながら感心して見つめる。

 俺は3つの小石群を自在に操って子供の周りをグルグルと飛ばしたり、竜巻のように渦を巻くように飛ばして見せた。

 子供は罰だという事も忘れて小石の動きに見入っている。


 俺は一つの小石群がそれぞれの距離をどこまで離せるかを試してみた。

 お互いに10cm程離れたところで制御が効かなくなり、5個の小石はバラバラに地面に落ちた。

 成程、最大50cm位までなら広げられるらしい。


「ようし、それじゃあ行くぞ!痛いから覚悟しろよ!」

「は、はいーっ!!!」


 ある程度の効果が解ったので、もう一つの小石群を子供に向けて飛ばした。

 5個の小石を密集して飛ばし加速を掛ける。猛烈なスピードで密集した小石は飛んで行き、子供に当たる直前で散弾のように放射状に散らばった。


「あだだだだだーーーーーっっっっっ!!!!!」


 小石は子供の肩、胸、腹、腿と脛に当たった。流石に散らばる方向までは制御できない。

 子供は痛みに耐えながら立っている。加速したとはいえ小石なので、拳骨で殴るよりは威力は小さい。


「次で最後だ!しっかり耐えろよ!」

「は、はい…」


 子供をいたぶるなんて我ながら酷い事をすると思うが、心を鬼にする。

 俺は最後の一群を加速すると、今度は密集したままの状態で回転させながら打ち込んだ。


「ぐぼーーーっっ!!!!!」


 小石が一塊となって子供の鳩尾に食い込んだ。

 今度のは威力が相当あったようで、子供はその場に蹲り呼吸困難を起こした。そして、ゲロを撒き散らしながら涙目でのたうち回った。


 思わずやりすぎたかと焦った。

 でも、俺が子供の頃は遊びながらそんな風になるのは日常茶飯事だったからな。



 子供の症状が回復すると、俺は水筒を渡して水を飲ませた。

 子供はガブガブと飲み干すと、大きく息をして人心地ついた。


「よく頑張ったな。これに懲りたらもう人の物は盗むなよ。」

「うん…ごめんなさい。」


 子供はしょげている。

 実際のところ、この子にとっては何の解決にもなっていないからな。それどころか、稼ぎがダメになってオヤジに殴られるだけだろうな。


 しかし、俺にしてやれる事は何も無いしな。

 セーフティネットの無い世界だと、親が働かない子供の貧困問題に解決策は無いに等しい。せいぜいが大きくなるまで耐えて家を出て行くくらいだ。


「あ〜あぁ…俺も魔法が使えたらなぁ…そしたら、請負人になって狩りだって出来るのに…」

「魔法が使いたいのか?それじゃあ、これをやるから練習するんだな。お前には素質があるぞ。」

「本当!?」


 俺が小石を渡すと、子供は飛び上がって喜んだ。

 子供に素質があるのは本当だ。俺が散弾として小石をぶつけた時に、僅かだけど軌道が変化したからな。


 というか、この世界の脊椎生物なら誰もがあの神経束を体内に持っているはずだ。鍛え方次第では誰でも《フィールド》や《センス》は使えるはずだ。才能の有無は人によって差があるだろうけどな。


 とにかく、小石に意識を集中して動くように念じろとコツを教えた。

 小石はどこにでも落ちている物と一緒だが、俺が渡した事で子供には特別な物として思い込みが強くなるだろう。『信じる者は救われる』だ。


 まあ、魔法が使えるようになったからといって、それで狩りが出来るかといえば、それはまた別の話だけどな。

 それと、魔法ではなく《センス》という技だと訂正しておいた。



 俺は別れ際に子供に銀貨1枚を渡した。

 なんのかんの言っても、子供に暴力を振るった事はやはり良くないと思ったからだ。女神様にやりすぎだと怒られたという事にしておいた。

 単なる自己満足に過ぎないのだが、やはり俺は甘いのだろうな。


「ありがとう。」


 子供が笑顔を弾けさせて去って行ったのが印象に残った。

 俺は飲んだくれオヤジに搾取されない事を願った。


 まったくの予想外だったスリ事件だが、《フィールド》や《センス》に関していろいろと検証できたのは結果的に良かった。

 人ごみの中での《フィールド》の扱い方、《センス》による石の飛ばし方のバリエーションが増えたので、今後の生活や戦い方に役立つだろう。

 特に、個人の《フィールド》を識別できるようになったのは大きい。


 しかし、街に入ってそうそう碌な事がないな。先が思いやられる。

 この街は思った以上に物騒なのかもしれない。

 商隊では割と皆がしっかり働いていて、盗みを働いたりするような人間は居なかった。

 あれは規律を守らせるクレイゲートの手腕によるものなのだろうな。



 それにしても随分と時間が経ってしまった。

 夕日が辺りを赤く染めて、壁の向こうに消えかかっている。もう少し街を見てみたかったが、タイムオーバーのようだ。

 残念だが、《天柱》は明日観る事にしよう。


 西大通りに戻ると、そういった時間帯だからか通りには人が多くなっていて、武器を携えたグループが目立つようになってきた。請負人のパーティだろう。皆腕や防具に請負人組合のカードを張り付けている。


 狩りからの帰りだろう。着こんだ防具に返り血を浴びたのか、乾きかけて黒ずんだ付着物が目に付いた。中には負傷した者もいるようだ。

 気が高ぶっているのか、大声で荒々しい言葉を発している者や、意気揚々と笑い合っている者もいる。


 関わりたくないのか、一般の人々は避けるようにして歩いている。その様子を見る限り、荒くれ者の一団にしか見えないな。


 俺は距離を取りながら、その一団の後をついていく。

 彼らは請負人組合に向かっているのだろう。そのまま行けば迷う事無く辿り着くだろう。


 請負人組合。

 仕事を斡旋してくれる組織らしいが、どんな所だろうな。






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