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異世界で俺だけがSFしている…のか?  作者: 時空震
第2章 -商隊-

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第四十一話 それぞれの想い

 『女神ジュリの庭』に到着して、ようやく休息を取る事が出来る。

 商隊のメンバーが思い思いに食事を楽しむ光景を見ながら、俺はジリアーヌと共に少女たちが居るブースへと向かった。


 少女たちが姦しく食事をしてると思いきや、言葉少なく黙々と料理を口に運んでいた。そこに戦勝祝いという雰囲気は無い。

 バーバダーの激が飛ぶ。


「お前たち、今晩は稼ぎ時だよ。既に10人以上の予約が入っているんだからね。一生懸命戦って守ってくれた者たちを癒してやんな。」

「「「 は〜い、がんばります〜… 」」」


 バーバダーが言っていたように、これから少女たちは忙しくなる。ある意味、これからが少女たちの戦いなのだろう。着ているドレスがいつにも増して煌びやかだ。

 とはいっても、気乗りせずに嫌々なのが丸分かりだ。


 無理も無いか、これから何人もの男の相手をしなければならないのだ。根っからの好き者でもない限り、嬉しいはずもない。

 三人は恨めしそうにジリアーヌを見る。

 ジリアーヌは申し訳無さそうに視線を外す。


「ご、ごめんね。わたしは今ディケードの専属だから…」

「ジリアーヌ姉さまが羨ましいです。」

「そうよ、ズルイわよ。わたしがディケード様の専属だったら良かったのに。」

「ですです〜…ディケード様なら〜わたしも楽しい〜のに〜…」


 え〜と、なんて言ったらいいのか、掛ける言葉が見つからないな。

 バーバダーがため息をつく。


「やれやれ、お前たち我儘を言うんじゃないよ。お前たちが綺麗な服を着て、腹いっぱい食えるのは誰のお陰だと思ってるんだい。」

「それは…」

「ディケード様が戦って勝ったからだよね。」

「だ〜よ〜ね〜♪」


 バーバダーの鉄拳がカルシーとシーミルに降り注いだ。


「この罰当たりがっ!!!」

「「 痛ああっーーーいぃぃ〜〜〜!! 」」


 二人は涙目になりながら頭を抑えて蹲る。その脇でライーンがホッとしている。


「クレイゲート様が買い取ったお前たちを養ってくれるからだよっ!履き違えるんじゃないよ!」


 バーバダーが二人の少女に滾々とクレイゲートのありがたみを諭す。

 カルシーとシーミルは項垂れて聞いているが、バーバダーの言葉が耳に届いているのかは不明だ。


 実質的にクレイゲートは二人を買い取った雇い主だが、親に売られたり捨てられたりした身の二人からすれば絶対に逆らえない恐怖の対象でしか無いだろう。

 確かに綺麗な服を着て腹一杯に食えるのはありがたいだろうけど、その対価として体を売っているのだから、感謝の念を抱くのは難しいと思う。


 しかし、実際にはその体を売るために安全な環境を作って守って貰っているのだが、それを理解できるようになるのはまだ先の事だろう。


「ほれ、お前たちは自分の馬車に戻って支度をしな。」

「「「 は〜い。 」」」


 三人はトボトボとそれぞれの馬車へ向かった。

 バーバダーは乱暴に椅子に腰を下ろすと、やれやれとお茶を飲み込んだ。

 次いで、大きく息を吐き出すと俺をギロリと睨みつけた。


「まったく、お前さんがあの娘たちを甘やかすから、生意気になってしょうがないよ。中途半端に贅沢を覚えたら、苦労するのはあの娘たちなんだよ!」

「う…そうだな。すまない…」

「別にディケードは悪くないでしょう。」

「ジリアーヌ!お前が自分の立場を忘れて一番生意気になってるんだよっ!少しは自覚しなっ!」

「っつ!」


 横槍を入れたジリアーヌにバーバダーの怒りがもろに跳ね返ってしまった。

 身に覚えのあるジリアーヌは言葉を無くして俯く。


 バーバダーの言う事もは最もだと思う。贅沢や楽を覚えた人間はなかなか元の厳しい環境下には戻れないからな。

 無意識に高い状態だった自分を維持しようと無理をするから、結果的に苦しい思いをする事になる。バーバダーはそれを心配しているのだろう。


 俺は日本に居た時の感覚でジリアーヌやあの娘たちに接してしまうので、この世界の人間からすれば安っぽいヒューマニズムを気取った甘ちゃん野郎に見えてしまうんだろうな。


 ジリアーヌやあの娘たちにとっては優しく接する事が出来る相手だろうけど、それに慣れてしまうと、きつい男や面倒な男を相手にするのが辛くなるからな。それは娼婦という客商売ではよろしくないだろう。

 そういう意味では、俺はこの世界にとっては異分子なんだろうな。


「まあなんだね、わたしも少し言い過ぎたよ。せっかくの勝利祝いを台無しにしてしまった。すまないが、後は二人でやっとくれ。」


 黙り込んで立ち尽くす俺とジリアーヌを見て気まずいと思ったのか、バーバダーが俺たちの分の料理とワインを置いて自分の馬車へと引き上げていった。

 俺は沈み込むジリアーヌの手を取る。


「取りあえずは食事にしようか。」

「ええ、そうね…」


 重いムードの中二人で食事をする。さっきまで少し浮かれた感じでいたので、冷水を浴びせられた気分だ。

 バーバダーにとって俺は疎ましい人間なんだろうな。


 ジリアーヌが俺に傾倒していくのを見るにつけ、苦々しい態度を取ってみせる。ジリアーヌを思っての事だろうが、クレイゲートの奴隷であり娼婦をしている身では、俺のような人間と親密な関係を築くのは不幸をもたらすだけだと判っているのだろう。


 ジリアーヌは俺との関係をこの商隊の旅の間だけと言っていたが、そう簡単に割り切れるものだろうか?

 俺も最初はそのつもりでいたが、今は自分の気持ちが判らない。今後もジリアーヌと一緒に居たいという気持ちは強くなる一方だ。


 思わず笑ってしまう。

 ついこの前まで、日本で高梨栄一として生きていた時には、もう女性に関わる事なく残り少ない人生を過ごそうと思っていたのに、ディケードの身体を得て若返ってみたら、こんなにも心が揺れ動いている。


 それだけジリアーヌが魅力的なのだろうが、それもディケードという器があればこそだよな。日本では自分に魅力が無い事も相まって、本当に碌な女と関わる事が出来なかったからな。

 ジリアーヌとの関係も後一日で終わる。どうするのかを決めなければならないな。




 ☆   ☆   ☆




 ふう…


 ジリアーヌの馬車の中で一戦を終えて一息つく。

 いつも以上に積極的だったジリアーヌは気を失って寝入ってしまった。


 今日が最後だからか、自分の存在を俺に染み込ませるように激しく、そして丁寧に隅々まで奉仕してくれた。

 嬉しかったが、反面哀しくもあった。

 ジリアーヌの寝顔を見ながら、やはり離れたくないという思いに捕らわれる。




 俺は体を重ねる前にジリアーヌに打ち明けた。


「ジリアーヌ。俺は君との関係を終わらせたくない。今はクレイゲートのものかもしれないが、彼が許せば君は俺の許に来てくれるだろうか?」

「!」


 思ってもいなかった言葉だったのだろうか、ジリアーヌは驚きに目を見開いて俺を見た。


「な、何を言ってるの?娼婦を相手に…悪い冗談だわ。」

「いや、冗談ではなく本気なんだが。」

「…ばかね、そんなの…無理に決まってるじゃない…」

「そうなのか?本当に方法は無いのか…」


 お互いに暫く無言の時が続く。

 ジリアーヌが呆れたように嗤う。


「ふふ…ディケード、あなたは精神的にわたしよりもずっと大人だと思っていたけど、やはり若造なのね。年上の女に憧れるのは分かるけど、見せかけの優しさを本当だと錯覚するなんてね…」

「そうかな…」

「ええ、そうよ。あなたは最初クレイゲートに敵の間諜だと思われて、わたしを付けられたのよ。わたしの役目はあなたに取り入って真意を探る事だった。だからわたしは体を使ってこの上ない扱いをしたわ。

 結局、あなたの疑いは晴れたけど、あなたは役に立つから気分良く働いて貰うためにわたしはそのまま優しく接する事にしたのよ。

 それを、わたしの本当の気持ちだなんて思って欲しくないわ…」

「そうか…」


 ジリアーヌは言い終えるとプイッと後ろを向いてしまった。

 そんな答えを覚悟はしていたが、実際に聞かされると心が締め付けられるな。

 俺はジリアーヌの後ろ姿を見つめる。

 ジリアーヌの肩が震えていて、狐尻尾が忙しなく左右に揺れ動いている。

 動揺しているのが隠しきれていない。


「何か、やけに饒舌に語るけど、まるで前もって準備していたセリフみたいだな。」

「そ、そんな訳ないじゃない!」


 ジリアーヌの肩がビクリと震えて、尻尾がピンと跳ねた。

 俺は大きく息を吐きだす。


「やれやれ、実際のところ俺は好かれてはいなかったって事か…」

「…そうよ。10歳近くも年下の男になんて本気になれる訳…ないでしょう…」


 そう言われてしまうと正直辛い。

 当然のように女性にもてなかった独身時代を思い出してしまう。女性が俺に近づいてくるのは、常に別の目的がある場合だけだったからな。


 でも、ジリアーヌの態度を見ていると、俺より辛そうに見えるのは気のせいだろうか。

 ジリアーヌに問いかける。


「じゃあ、なんで肩を震わせて泣いてるんだ?」

「…っつ!」


 頭にくっ付くようにペタリと寝ていた狐耳がピクンと立ち上がる。


「べ、別に泣いてなんかいな…」


 俺はジリアーヌの身体を強引に自分に向ける。


「ば、ばかっ、顔を見ないで!」


 とっさに顔を背けるが、ジリアーヌの顔は涙に濡れて化粧がグチャグチャになっていた。

 俺はジリアーヌの瞳を見つめる。


「本当に俺の事をなんとも思ってないなら、俺の目を見て嫌いだってハッキリ言ってくれ。それなら俺もきっぱり諦めるよ。」


 ジリアーヌが俺の顔を覗き込む。

 しっかりと俺を見ようとするが、目の焦点が定まらずに左右に揺れ動く。


「そうよ…わたしはあなたが、嫌…うっ、うぅ…

 言えない…言えないよそんな事…ずるいよディケード、あなたを嫌いだなんて言えないわ…」

「なら、俺と来てくれジリアーヌ。頼む!」

「だめよ、わたしはあなたの負担になりたくないわ!」


 ジリアーヌは大粒の涙をこぼしながら苦しげに表情を歪める。そして絞り出すように言葉を続ける。


「ディケード。あなたはこれから〈冒険者〉になって名を馳せる。誰からも認められて敬われる人になる。そして、いずれは貴族にだって並び立てる存在になるわ。

 それなのに、奴隷に落ちて多くの男に汚された娼婦のわたしなんかが傍にいたら、あなたを貶める事になるわ。」

「そんな事、他人の評価なんてどうだっていいじゃないか。」

「いいえ、よくないわ。それは何かにつけてあなたを妬む者や対立する者に利する事になるのよ。わたしはあなたの足を引っ張り続ける存在になってしまう。そんなのわたしには耐えられないわ。」

「ジリアーヌ…」


 俺としてはこの世界を見て回るだけで十分だと思っているし、そんな一廉(ひとかど)の人物になろうなんて気はサラサラ無いのだが、ジリアーヌにはそう思えないのだろうか。


 確かに俺はこの世界では〈超越者〉という存在で、並の人間たちよりも高い能力を持っている。クレイマートが相棒にならないかと誘ってくれたように、これからも高い能力を示す度に地位ある者から誘われる事も多くなるだろう。


 しかし、俺はあくまで単なる一冒険者として生きて行きたいと思っている。もう組織の中で一構成員として活動するのはまっぴらだ。


「ジリアーヌ、俺は…」「それに…」


 俺は今後そうして生きて行くつもりだと告げようとしたが、ジリアーヌが言葉を被せてきた。


「脚が悪いわたしでは、あなたの冒険に着いて行く事が出来ないわ。何よりそれが一番悔しいのよ!」


 その言葉に俺は自分の言葉を飲み込んだ。


「脚さえ悪くなければ、わたしだってあなたと一緒に冒険の旅に出たいわ。あなたの背中を守れるなら自分を誇らしく思える。

 でも、どうやっても、それすらも叶わない願いなのよ。そんな状態であなたと一緒にいても自分が惨めなだけだわ…」


 思いを吐露した後に耐えきれなくなったのか、ジリアーヌは大声を上げて泣き出してしまった。

 ジリアーヌにそこまで言わせてしまった自分の行動を、俺は後悔した。


 今まで何度となくジリアーヌは俺と冒険をしたいと思わせながらも、それが出来ない自分に落胆する姿をそれとなく見せてきた。

 俺はそれが解っていながら、ジリアーヌに傍にいてくれるだけでいいと安易な気持ちで誘ってしまったのだ。


 いや、実際には解ってると思いながら本当はジリアーヌの気持ちを何も解っていなかったのだ。


「ごめん…」


 俺はジリアーヌが落ち着くまでゆっくりと頭を撫で続けた。




 ☆   ☆   ☆




 暫くして泣き止むと、ジリアーヌは落ち着きを取り戻した。


「ごめんなさい。恥ずかしいところを見せてしまったわ。」

「いや、そんな事はないよ。俺の方こそ申し訳なかった。」

「ちゃんと話をしたいけど、少し待って貰えるかしら。」


 ジリアーヌが俺に顔を見せないようにベッド脇にある化粧台に向かったので、俺は一旦席を外して馬車の外に出た。

 気持ちの整理は着いたようだが、身嗜みを整えるのは大人の女性としては必要だろう。


 そして、俺の覚悟を決めるための時間もだ。



 馬車の外に出ると、喧騒が耳に飛び込んでくる。

 勝利を祝って陽気に騒ぐ声や友を失ってすすり泣く声等がして、思い思いに一時の平和を噛み締めている。


 また、ジリアーヌの馬車の隣に並ぶ少女たちの馬車からは、聞きたくもない淫靡な声が漏れ出ている。

 どうにも間が持たなくて、無性にタバコが吸いたくなった。


 俺は数十年ほどタバコから遠ざかっていたが、若い頃は喫煙していた。肺に穴が空いて入院したのを切っ掛けに禁煙をしたが、ふとした時にタバコを吸いたいと思う時がある。特に、今のように微妙な時間を持て余すような時はそう思ってしまう。




 ☆   ☆   ☆




 ジリアーヌに呼ばれて俺は馬車内へと戻った。

 そこには新しいドレスを着て、きっちりメイクを整えた、いつものクールビューティなジリアーヌが待っていた。


 ジリアーヌは招き入れた俺にワインを勧めた。

 男女の絡みのデザインが彫り込まれたそのグラスは、ジリアーヌと最初の夜を過ごした時の物だ。


 グラスを合わせてワインを口に含む。

 ジリアーヌが真っ直ぐに俺を見つめる。


「先程は取り乱してごめんなさい。ディケードの言葉が余りに予想外だったので驚いてしまったわ。」

「そんなに予想外だったかな。」

「ええ、まったく考えていなかったもの。いえ、考えてはいけない事だったわ。正直、信じられないくらい凄く嬉しかったわ。

 …でも、一番聞きたくはない言葉でもあったわ。」

「…そうか。そうだな…」

「………」


 哀しげに覚悟を決めたジリアーヌの眼差しに、俺は小さく頷く事しか出来なかった。ジリアーヌとの縁がこれで切れるのは正直辛いが、自分の我儘を押し通すのも難しい。


 ジリアーヌはクレイゲートに所有権があり、自分の進退を決められる立場にはない。例え、それを抜きにしてもジリアーヌの気持ちを考えると、これ以上誘うのはプライドを傷付けるだけだろう。


 ジリアーヌの脚が治る方法でもあれば、また話は変わるのかもしれないが、女神の癒しでもダメなら、正直難しいだろう。元のディケードの世界ならば簡単に治っただろうけど、そんな技術が残っているのかは分からない。下手に期待させても、ダメだった時の落胆は更に大きいだろう。


 ある程度予測していたとはいえ、やはりダメだったかという思いに沈み、何とも重い空気が漂う。

 せめて気まずい思いのままジリアーヌとの関係を終わらせたくないので、結果は結果として受け入れる事にしよう。


「ジリアーヌ」「ディケード」


 声を掛けようとしたら、ジリアーヌが俺に話しかける声と被さってしまった。

 お互いに驚きながら、同時に少しだけ重い空気が軽くなった。


「ディケード、あなたからどうぞ。」

「あ、ああ。」


「ジリアーヌ、君には心から感謝している。

 君がいて、俺を受け止めてくれたから、俺は絶対的な孤独から開放された。君の献身的な態度には心も体も本当に癒やされたよ。ありがとう。」

「わたしの方こそ感謝しているわ。

 あなたが現れてくれて、絶望して色褪せていたわたしの世界に彩りを与えてくれたわ。そして、一緒に来てくれと言ってくれた事が、人生の中で一番嬉しい言葉になったわ。

 その言葉を胸に、わたしはこれからも生きて行けるわ。」


 お互いに見つめ合いながらワイングラスを翳して、ゆっくりと傾けて喉に流し込んでいく。

 お互いに自然と惹かれ合って身体を寄せ合った。


 ジリアーヌの温もりと良い匂いが俺を包み込む。この心地良さは何物にも代えがたい程に魅力的だ。

 ジリアーヌが俺の肩に頭を乗せてくる。


「明日の昼過ぎにはエレベトの街に到着するわ。それまで、わたしはあなただけのものよ。」

「ジリアーヌ。」


 俺はジリアーヌを強く抱き締める。


「あなたとは一緒には行けないけれど、わたしを思い出の中に居させて欲しいの。」


 ジリアーヌはドレスを脱ぎ、俺の目に焼き付けるようにその美しい裸体を露わにした。




 ☆   ☆   ☆




 馬車を出た俺は深夜の《女神の庭》を歩く。

 宴会と化した食事と談笑を終えた商隊のメンバーは、一部の者を除いて殆どがそれぞれの寝床となる馬車に引き上げたようで、今は静まり返っている。


 商隊を灯すランタンの火も消えて、《神柱》の輝きが辺りを静かに照らしているだけとなった。

 《神柱》に背を向けて夜空を見上げると、天の川が淡く輝き、多くの星々が瞬いている。


 今しがた迄俺が居た娼館馬車の方を見ると、少女たちは未だ奮闘しているようだ。ジリアーヌのいる馬車だけが静かに佇んでいる。


 最後の行為が終わって、ジリアーヌは深い眠りに着いてしまった。奉仕の限りを尽くしたためか、ジリアーヌの体力が先に尽きてしまった。

 言葉では表せないほどに素晴らしい一時で、俺はジリアーヌの全てを脳裏に焼き付けた。


 そのまま朝まで一緒に寝ていたかったが、これで最後だと思うと寝付けなかった。

 それに、いつもなら猿状態になって暴走してしまうのだが、極度の緊張感のためかそれも起こらなかった。体力を持て余して、俺は夜の風に当たりたくて外へ出ていた。


 もうジリアーヌを抱けないと思うと、胸にポッカリと穴が空いたような気分だ。

 ジリアーヌはこれから娼婦に戻り、多くの男に抱かれるのだろう。そう思うと胸が締め付けられて苦しくなる。

 でも、それがジリアーヌの選んだ道だ。俺はそれを受け入れるしか無い。


 とはいっても、簡単に割り切れるものじゃないな…

 未練がましいとは思うが、やはりジリアーヌを失いたくはない。ジリアーヌほど損得勘定抜きで俺に寄り添ってくれた女性はいない。そんな女性とはそうそう出会えるものでは無いだろう。


 我ながら情けない事だ。つくづく自分は凡夫なのだと思う。


 ため息をついて、用を足すために岩場の影に回る。

 奥へ行くと人の気配がしたので、俺はその場を離れようとした。また、女性の用足しに出遭ってしまったら堪ったものじゃない。


「…た、助け…て…」


 微かに漏れ出たその言葉を、俺は聞き逃さなかった。

 俺は振り返りながら夜目を利くようにして、声の発生源を見つめた。


 そこには岩場に押し付けられて体の自由を奪われ、口元を手で塞がれたジョージョがいた。

 ジョージョを抑え付けているのは、屈強な体つきの男で、俺も見た事のある請負人の護衛だ。


「何をしているっ!」


 近づいて強めに声を掛けると、男の体がビクリと震えた。

 男は平静を装いながら顎をシャクって俺に何処かに行くように促す。


「お楽しみ中だ。邪魔するなよ。」

「そうなのか?ジョージョ。」


 男を無視して問いただすと、ジョージョは顔を揺らして否定する。その瞳は明らかに助けを求めていた。

 俺は男に詰め寄り腕を掴んで引き離す。


「おい、ジョージョを離せ。」

「なにすんだこの野郎!…っととと…ひ、飛竜殺しっ!!!」


 男は殴りかかってきたが、俺だと気付いて動きを止めた。


「あ、いや、なんでも無いんだ…た、単なる冗談ってやつだ…よ…」


 男はシドロモドロになりながら走り去っていった。

 やれやれ、揉め事を起こす事なく済んで良かった。つまらん殴り合いなんぞしたくないからな。実績が役立ったらしい。


 以前の俺ならあっさりと殴られていただろうな。まあ、それ以前に助けには入らなかっただろうけど。

 男が居なくなると、ジョージョは大きく息を吐きながらその場に座り込んだ。


「はあ〜、良いところに来てくれて助かったよ。もうダメだと思ったさ。」

「無事で良かったよ。まさかこんな場面に出くわすとはな。」


 俺はジョージョの手を引いて立たせる。怪我などは無いようだ。


「やっぱり、あたしたちは縁があるのかねぇ。」

「さあ、それはどうかな。」

「ちぇ、つれないねぇ…」


 少し不貞腐れたような態度をとってからジョージョは俺の手を取って抱き着いてきた。


「おいおい。」

「お礼だよお礼。嫌いじゃないだろう。」


 ジョージョの量感溢れる胸の柔らかさが腕に伝わってくる。

 確かに嫌いではないが、甘い罠には必ず毒があるからな。


 ジョージョによると、さっきの男とは食事の時に相席になって口説かれたらしい。仲間を失った者同士、寂しさから意気投合したようだ。酔いも手伝って関係を持ちかけたらしいが、何かが違うと感じて土壇場で拒絶したようだ。

 その後は男の態度が急変して、追いかけられてこの場所で追い詰められたという訳だ。


 さもありなん、という感じだ。

 そうなると火が着いた男は引っ込みがつかないだろうな。罪な女だ。

 俺は男に同情してしまった。


「昔に何度か犯された事があるけどさ、それを思い出しちゃってね。気持ちが急に冷めちゃったんだよ…」

「そ、そうか…」


 俺が呆れたように見ていたせいか、ジョージョが言い訳がましく打ち明けた。

 う~む、さらりとカミングアウトされてしまった…


 まあ、男と女の行き違いでそうなる事もあるよな。俺にも似たような経験があるから解るが、そういう時男は行き場を失って本当に辛いんだよなぁ。女には女の言い分があるんだろうけどな。


 それもあって、俺は一般女性とは関わらないようにしたんだよな。

 妻となった女には騙されてしまったが…


 そんな事を考えていると、ジョージョが俺の股間をジーッと見ていた。

 ズボンは穿いているが、つい咄嗟に手で隠してしまう。


「チェッ、ピクリとも反応しないね。ディケードには女のプライドが砕かれるよ。あんたになら抱かれたいって思うのにさ。」

「すまんな。」

「やれやれだ。やっぱあたしじゃダメなのかねぇ…」


 ジョージョが俺から離れてため息をつく。

 確かにジョージョの胸は大きくて魅力的だ。でも、それも今更という感じがする。何度もその感触を楽しませて貰ったが、パーティへの勧誘が付随していたので、俺にとっては鬱陶しい場面を思い起こさせてしまう。


 美人でスタイルが良くて巨乳のジョージョなら、チョット仄めかすだけでも普通の男ならそれなりの反応を示すだろう。

 それが当たり前だと思っているジョージョには、俺の反応が不満なんだろうな。


 ジョージョが俺に背中を向けて夜空を見上げる。


「どうやら潮時のようだね。もう請負人の仕事も請負人自体もウンザリさ。

 エレベトの街に着いたら地道な仕事を探すよ。そこで良い男でも見つけるさ。」

「そうか、そうだな。血生臭い生き方から離れたほうが良いかもな。」

「…そうするよ。」


 俺の返答に少し悔しさを滲ませながら、ジョージョは夜空を見続けた。

 やはり仲間を全員失ったのが相当堪えたのだろう。多少自棄になっているように見えるが、それでも未来のビジョンを唱えられるなら大丈夫だろう。


 ジョージョは強かな女だからな。いずれは立ち直って、捕まえた男からあらゆる物を搾り取って生きていくんだろうな。

 関わる事のない名も知らぬ男に、俺は少し同情した。



 ジョージョと一緒に夜空を見上げていると、一筋の光が走った。

 それは惑星を包み込む籠状の構造物の一部に沿って流れ、天と地を繋ぐ《天柱》を伝って地上へと落ちていった。


「神様のお告げがあったみたいだね。」

「神様のお告げ?」

「時折、今みたいに光が天から降りてくるけど、それを皆は神様のお告げがあったって言うよ。あたしには詳しい事はさっぱりだけどね。」

「お告げがあると、何か起こるのか?」

「さあね、あたしら下々の者には関係ないさ。」


 ジョージョは他人事として意に介していないが、何故か俺は嫌な予感がした。


 惑星を覆う籠状の構造物に光が走るのを見るのは2度目だ。最初はリュジニィを助け出した時に見たが、あの時とは光の走り方が違う。あの時はどちらかと言うと光が広がるように走っていたが、今回は一つの光が何かを伝達するために地上に向けて走ったようにも感じた。


 考え過ぎかもしれないが、胸がざわついた。




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