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異世界で俺だけがSFしている…のか?  作者: 時空震
第2章 -商隊-

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第三十七話 超越者

 まさかの〈超越者〉の登場に、商隊の運命がいよいよ危うくなる。


「バリケードをどかせっ!」


 〈超越者〉である盗賊の親玉の命令が響く。

 盗賊の手下たちが弾かれたように、一斉にバリケードとなっている馬車に駆け寄って来る。魔法で馬車が減らされて並びが不規則になったので、バリケードとしては脆くなっている。大人数で馬車をどかされたら、直ぐに道が開けて一気になだれ込まれる。


 後ろを見ると、生き残っている護衛の数は少なく、皆大なり小なり負傷している。なんとかラピードルウを全滅させたようだが、その戦いで疲れ切っており立っているのがやっとの状態だ。


 盗賊の手下たちがバリケードに到達寸前に、俺は《プレッシャー》を放ちながら投石を繰り返す。

 馬車を挟んだこの程度の距離ならそれなりに効果はあるはずだ。


 しかし、最前列にいた5〜6人の動きは止まったが、気絶するほどでは無い。しかも、投石も微妙にコースを変えられて当たらない。

 親玉の《フィールド》が俺の《フィールド》に干渉を及ぼしているせいだろう。親玉が放つ《フィールド》はホブゴブリン並か、それ以上に強力だ。


 攻撃が効かずにどうするか困っていると、ルイッサーが後ろの護衛たちに叫ぶ。


「油はないか?何でもいいから燃えるものはないか!」

「ここに有るぞ!」


 問いに答えたのはクレイゲートとクレイマートだった。

 二人は《魔法函》を持って後方から駆けつけてきた。


「よく堪えてくれたな。これを撒いて火を付けろ。」


 クレイゲートが《魔法函》を操作して、油の入った桶を出現させていく。

 同時にクレイマートは自分の《魔法函》を操作して、バリケードとなっている馬車の上と周りに新たな馬車を出現させていく。


 油を出し終えたクレイゲートは、クレイマートと一緒に自分の《魔法函》から馬車を出現させて積み木を乗せるように次々と積み重ねていく。

 どうやら、二人は後方に壊れた馬車を回収しに行っていたようだ。

 俺とルイッサーは積み重ねられた馬車に油を掛けていく。


「ジョージョ、《火魔法》を頼む!」

「あ、あいよ!」


 突然声を掛けられたジョージョは驚きながらも魔法を放つ。


「他にも《火魔法》を使えるものはドンドン放ってくれ!」


 俺と一緒にルイッサーも声がけをする。

 〈魔法士〉による火の玉の攻撃は油に引火して積み重なった馬車を炎で包んでいく。3〜4段に積み重なった馬車は、高さ10m前後の燃える壁となって盗賊たちの前に立ちはだかった。


「「「 うわあぁっ! 」」」

「熱い!」「だめだ!」「手が出せねぇ!」


 直前まで迫りつつあった手下たちだが、燃える壁に近づけずにいる。

 馬車は激しく燃えて高熱を辺りに撒き散らすので、盗賊たちはジリジリと後退する。


 自分の財産でもある馬車を燃やすのは、クレイゲートにとっては忍びないだろうが、取り敢えずは盗賊の攻撃を遮る事ができた。

 その時間を使って、クレイゲートは《魔法函》を使って武器を取り出した。


 それはバリスタだった。

 地球でも大昔に使われた固定式大型弩弓(どきゅう)で、大きな槍を打ち出す装置だ。

 本来は城壁や城塞などに装備する物らしいが、クレイゲートは大型の魔物に対抗するために軍の払い下げを購入していたようだ。


「手間取ったが、なんとか一台だけ応急処置できた。しかし、ガタがきてるので一度か二度の使用が限度だろう。」

「飛竜に真っ先に壊されたからね。」

「さすがはボスだ。この短時間で使えるようにするとは。」


 クレイゲート親子とルイッサーは会話をしながら、バリスタの台座に杭を打ち込んで地面に固定する。


 本来、このバリスタは三台有ったらしいが、飛竜との戦いで全て壊されたらしい。ついさっきまで、クレイゲートは何とか使えそうな物を部下と共に修復作業していたようだ。


 本当に《魔法函》は便利だ。さっきのバリケードもそうだが、人の手に余る大きさの物でも容易に移動できる。

 だが、惜しむらくは登場が遅すぎたように思う。


 地面に据え付けられたバリスタだが、盗賊への射線を自分たちが作ったバリケードが塞いでしまっている。これでは攻撃できないだろう。

 それとも何か攻撃の手段があるのだろうか?


「盗賊たちは炎の勢いが収まった頃を見計らってバリケードを撤去し始めるだろう。その時に油を追加して、このバリスタでバリケードとなっている馬車を撃つ。勢いに押されて盗賊の上に燃えた馬車が崩れ落ちるだろう。」

「成程、上手くいけば盗賊の半数近くは戦闘不能になりますぜ。」

「苦肉の策だがな。今の状況で手持ちの武器でできるのはこれ位だろう。」


 クレイゲートが自嘲気味に作戦を説明する。

 ルイッサーが言ったように盗賊の数を減らせるかもしれないが、それだけでは盗賊を打ち負かせないのが解っているからだ。


「ルイッサー、今こうして時間稼ぎが出来ている間に、崖を超えて攻撃を仕掛けられないか?」

「ボス、相手は〈超越者〉だ。残念ですが、自分を含めて今居る人数では少なすぎて戦いになりませんぜ。」

「そうか、そうだな…」


 クレイゲートは苦虫を潰したような表情を浮かべる。

 一応確認のために訊いたのだろうけど、予想通りのルイッサーの言葉に納得する。〈超越者〉の恐ろしさをクレイゲートも知っているのだろう。


「クレイゲートさん、馬車を空中に出現させて盗賊の上に降らせる事はできないのか?」

「それは無理だ。《魔法函》は足場となる地面や土台の無い所に物を出す事はできない。」


 物質を自在に出現させられるのなら、投下爆弾のように使えないかと思ったが、それは無理らしい。《魔法函》がそういう仕様になっているようだ。

 元々がゲーム用のアイテムなので、安易な使い方が出来ないようになっているのかもしれない。


 盗賊は用意周到に準備を進めて襲ってきた。

 クレイゲートもある程度は予測していたみたいだが、完全に想定の上を行ってしまったようだ。やはり餅は餅屋という事だ。商人と傭兵では戦いに対する考え方や経験値が違い過ぎる。防御を主体とした商隊では、それを崩されてしまうと対処のしようがない。


 クレイゲートはチラリと俺を見るが、直ぐに視線を外して沈黙する。

 俺に何かを期待したようだが、俺だって万能じゃない。単身敵地に乗り込んで敵のボスを倒すなんて、漫画のスーパーヒーローみたいな事が出来る訳じゃない。

 クレイゲートもそれは承知しているだろう。彼は合理主義者だ。


 これからどうするのか、周りにいる皆がクレイゲートに注目して決断を待っている。こんなときトップに立つ者は辛いな。


「盗賊の数をある程度減らしたら、そこで撤退するしかないな。何とかラックの街まで戻って、体制を整えて戻って来るしかない。」


 クレイゲートは苦渋の決断をする。

 多くの死傷者を出して戦力がボロボロになってしまった状態では、これ以上戦えないと判断したようだ。

 護衛隊長のルイッサーは申し訳なさそうに項垂れる。責任を感じているのだろう。


「でも、父さん、それだと納期に間に合わないよ。」

「そうだが、止むを得んだろう。あれを奪われたら生き残っても意味が無いからな。無事に届けさえすれば、我が商会の取り潰しだけは避けられるだろうよ。」

「………くそっ!」


 クレイマートが悔しそうに顔を歪める。

 納期を守れなければ報酬が得られないのだろう。信用も失うだろうし、商会としては大損だな。


 それでも、クレイゲートは飛竜の雛を無事に届けられる選択をしたようだ。あれを届けなければ斬首されるらしいからな。それよりはマシという事だろう。ここで無理をして雛にもしもの事があれば元も子もないしな。

 クレイゲートは残っている者に引き返すように命令する。


「撤退の準備だ!負傷者を収容して戻るぞ。時間が無い、急げっ!」


 生き残った者は武器を納めて引き返す準備を始める。その表情には皆一様にホッとした様子が浮かんでいる。無理もない、皆疲れ切って戦う事に嫌気がさしている。勝てないと分かっている相手では戦意も失われるだろう。

 ルイッサーが言ったように、〈超越者〉の存在はそれだけで戦う者を怯えさせるようだ。


 そんな中で、ルイッサーが鬼気迫る様子でクレイゲートに向かう。


「ボス、ボスたちは先に撤退して下さい。バリスタの操作は自分一人で十分だ。その分、奴らから距離をとった方がより安全だ。」

「ルイッサー…」

「このまま一方的にやられっぱなしじゃあ気が済まねぇ。少しでも盗賊の数を減らして一矢報いないと、死んでいった部下に申し訳が立たねぇ。」


 ルイッサーの並々ならぬ覚悟に、クレイゲートも言葉を失う。


「なあに、別段死に急ぐわけじゃねぇ。ある程度暴れて奴らの戦力を削ったら、直ぐに後を追いますぜ。馬が1頭いれば追い付くのは容易だ。

 それに、敵の親玉は素早く動けねぇみたいだし、あれじゃあ馬に一人で乗れないはずだ。ボスが俺の後ろに岩のブロックを置いて道を封鎖してくれたら、より効果的ですぜ。」


 ルイッサーの言葉を聞く限り、確かに可能性はありそうだ。盗賊の戦力を削っておけば、奴らの今後の行動にもいろいろと弊害が出るはずだ。操る魔物を大量に集めるのは無理だろう。

 だが、無茶なのは誰が見ても明らかだ。


「解った。だが自棄にはなるなよ。お前にはこれからも護衛の指揮を執って貰わんとならんからな。」

「勿論ですぜ、ボス。」


 凄みのある笑みを浮かべて、ルイッサーは頷いた。

 クレイゲートもルイッサーの案に納得するところがあるだろうが、何よりも男気を汲んだのだろう。


 〈超越者〉は確かに圧倒的だ。ルイッサーも相手にはしないだろう。

 それにクレイゲートが戦力を整えて戻って来て戦うとなったら、いくら個の力が強くても飽和攻撃には耐えられないはずだ。


 取り急ぎ、今後の方針が決まって行動を開始し始めたが、その時、地面に強烈な《フィールド》が走るのを感じた。


 !!!


「どけろっ!」


 俺は咄嗟に飛んでクレイゲート親子とルイッサーを押し飛ばした。


 バキバキバキバキーーーッッッ!!!


 岩のきしむ音が鳴り響き、クレイゲートたちが立っていた地面に亀裂が入った。

 その直後、地面が抉れてバリケードになっていた馬車の塊が崩れ落ちながら谷底へ転落していった。

 せっかく準備したバリスタも支える地面が無くなったので、倒れてしまい、使えなくなってしまった。


 結果、道を成していた部分がごっそりと無くなってしまい、丸見えの状態で盗賊たちと向き合う形になった。


「はっははは…そんなちんけなバリケードなんぞ、俺の前では用をなさないんだよ!。」


 親玉は勝ち誇ったように笑う。

 が、次の瞬間には用意された簡易椅子に崩れ落ちるように座り込んだ。

 よく見ると、親玉は苦しそうにしながら激しく肩で息をしている。

 幹部の一人が倒れないように抑えながら薬のような物を渡している。


 どうやら親玉は《土魔法》を放ったらしいが、その威力に比例するように疲弊している。それだけ大魔法を使うのには神経束に負担をかけるのだろう。

 ジョージョも魔法を使い過ぎると項が痛くなって苦しいと言っていたからな。


 しかし、それにしても物凄い魔法のパワーだ。

 これだけの体積の岩を砕いてしまうんだからな。何か固有振動でも起こしたのだろうか?

 原理は判らないが、重要なのは親玉が《土魔法》も使ったという事だ。


 《風魔法》に次いで《土魔法》まで大魔法を繰り出すなんて、とんでもない奴だ。〈極魔法士〉と云われる存在みたいだが、そんな人間が存在するのか。

 これじゃあ、戦場で遇ったら逃げろと言われるのも当然だ。一気に戦局をひっくり返すだけの力を持っている。


「野郎ども、矢を放て!」


 盗賊の幹部の一人が命令すると、弾かれたように盗賊の手下たちが動き出し、一斉に矢を放った。

 抉れた道を挟んだ向こう側から数十本の矢が飛んで来る。


 俺は咄嗟に大型の盾を拾って構え、クレイゲートたちを庇う。

 直ぐにルイッサーも盾を構えてクレイマートを庇い、そのまま後ろの岩のブロックの陰へと誘導する。


 俺は指弾を放ちながら矢を防ぎ、護衛の撤退を補助する。

 ジリアーヌたちもブロック塀の上から応戦するが、ジリアーヌは兎も角、他の者の矢はかろうじて盗賊に届く程度で、ろくに牽制になっていない。実戦慣れしていないのがもろバレだ。


 なんとか全員がブロック塀の中に避難したが、まともに戦えるのは俺とルイッサーだけになってしまった。そのルイッサーもあちこちに怪我をしている。


「野郎ども、敵は二人だけだ!突撃しろ!」


 それを見た盗賊の幹部が命令する。

 盗賊の手下たちは持っていた弓を剣や槍に変えて走り出す。


 幸いにも、道が大きく削られたので平らな部分は人がかろうじて一人走れるくらいしか残っていない。そのために盗賊の手下たちは一列になって向かってくるしかない。

 俺は咄嗟に先頭の男目掛けて石を投げる。


 石は男の足に当たり、バランスを崩した男は谷底へと落ちていった。


「うわーーーーーっ!」


 それを見た他の盗賊の手下たちは細い部分の手前で立ち止まった。


「てめーら、立ち止まるんじゃねぇ!殺すぞ!」


 親玉が怒鳴りつけ、それに応じるように幹部の一人が後退っていた男を剣で切り殺した。

 それを見た他の盗賊の手下たちは逃げるように狭い部分に群がって走る。


「ディケード、チャンスだ!今なら盗賊どもを谷底へダイブさせられるぜ!」


 ルイッサーは俺に投石するように促すが、俺はそれどころではなく、ショックに打ちのめされていた。


 俺の投石によって谷底に落ちた奴は間違いなく死んだだろう。図らずも、俺は人を殺してしまった。

 まだ、人を殺す覚悟が出来ていなかった俺には、その事実は衝撃だった。崖下へ落ちる瞬間の男の恐怖の表情が目に焼き付いている。


「ディケード、お前…」


 動かない俺を、ルイッサーは驚いたように見ている。

 しかし、盗賊たちはこっちの事情などお構いなしに向かってくる。

 ジリアーヌが矢を射て盗賊を牽制するが、構えた盾で矢を受けながら盗賊は突っ込んで来る。


「ディケード!しっかりしろ、戦わなければ皆殺しにあうぞ!お前もジリアーヌたちもだ!」


 ルイッサーが檄を飛ばして俺の頬を殴る。

 お陰で呆然とした状態から戻った。


 情けない…

 何をやってるんだ俺は!

 これは命を懸けた人間同士の戦いだ。

 そうだ、殺さなければ殺される。それは魔物との戦いで学んで来た原則だ。何も変わらない。


 どこかにまだ、俺には人を殺さなくても何とかなるのではないかという甘い考えがあったのだろう。すっかり戦場の雰囲気に呑まれていた。そんなんだから、さっきも親玉への攻撃が通じなかったんだ。


 俺は自分を奮い起こす。


 殺せ!

 殺せ!!殺せ!!

 殺せ!!!殺せ!!!殺せ!!!


 敵を殺す覚悟を決めるように自分に活を入れる。


 しかし、そうしている間に盗賊の手下たちは、大半が狭い部分を渡り終えていた。ルイッサーが盾を構えて押しとめようとしたが、次々と走り込んで来る手下たちの圧力に負けて弾き飛ばされた。


「ぐあっ!」


 手下たちは殺されたくない一心でがむしゃらに突っ込んで来る。

 俺は盾を持ち、ハルバードを構えてルイッサーに切り掛かろうとしていた盗賊の手下の前へ出る。


「すまん、ルイッサー!」


 俺の覚悟の無さがルイッサーを死なせるところだった。


 俺はその手下の剣をハルバードで弾き返すと、そのまま胸に穂先を突き刺した。

 ハルバードがそいつの身体に入り込んでいく感触が伝わってくる。

 驚きに目を見開いたそいつの顔が、俺の眼に映る。そして、鮮血を噴き出しながら苦しみの表情に変わっていき、地面に崩れ落ちる。

 黒いモヤが現れて消え、死体となったそいつは自分の血の海に沈む。


 人間が死んでいくプロセスをじっくりと見てしまった俺は、ストレスで胃が絞めつけられるように痛み出し、胸がムカムカして吐き気を催した。


「よくやったディケード!それで良いんだ!!」


 俺を肯定してくれるルイッサーの言葉が耳に届く。

 危うくまた、呆然となるところを救われる。

 しかし、ルイッサーはどこか痛めたのか、立ち上がれないでいる。

 俺は自分の不甲斐なさに怒りが湧いてしょうがなかった。


 狭い道を渡り切って戦う場所が確保できた手下たちは、二十人以上で俺を取り囲んで切り掛かって来る。5本、6本、7本と次々に間髪を入れずに剣や槍が繰り出されるので圧倒される。俺は大盾を構えて踏ん張って受け止める。


 俺がここで倒されたら商隊は壊滅する。そうなればルイッサーの言うようにジリアーヌや少女たちにまで被害が及んでしまう。俺は必死に多勢の圧力に耐える。

 そのジリアーヌは多くの矢を放ちながら俺を援護してくれる。


 それを見た盗賊の幹部が鬱陶しいと思った思ったのか、ジリアーヌ目掛けて矢を放った。


「きゃっ!」


 小さな悲鳴が聞こえたので振り返ると、ジリアーヌが弾けるように後ろに倒れていくのが見えた。

 スローモーションのようにゆっくりと動いていて、倒れながらもその眼差しは俺を捉えていた。

 そして、ジリアーヌの身体が岩のブロック塀の向こうに消えた。


 ジリアーヌが撃たれた!


 ジリアーヌの安否が気になると同時に、これまでのジリアーヌの笑顔が脳裏を過る。

 彼女は俺に心からの安らぎを感じさせてくれた初めての女性だ。この世界での生き方を教えてくれ、過剰な俺の性欲すら受け止めてくれた。彼女は常に俺を肯定してくれる。彼女は俺にとってかけがえのない存在だ。


 それなのに、俺の不甲斐ない意識と根性のせいでジリアーヌを窮地に追いやってしまった。

 俺は自分が嫌で堪らなく、心の底から自分をぶち殺したいと思った。


 その時、身体の中で何かが弾けた!


 体中に力が漲り、全身にエネルギーが満ちていく。全ての筋肉が《センス》によって強化されて、身体能力が爆発的に巨大化していった。

 俺は大型の盾で手下たちの多勢攻撃を一斉に受け止め、《プレッシャー》を放つ。


「うおおおおおーーーーおおおぉぉぉーーーーーーーっっっ!!!」


 強烈な《プレッシャー》が手下たちに襲いかかり動きを止める。

 俺は盾を振り回して、二十人以上の手下たちを一気に下がらせて押し返す。

 勢いさながらに盾を放り投げ、そのまま手下たちの群れの中に踏み込んで行って渾身の力でハルバードを振り回す。


 ズバババババ--------ッッッ!!!


 ブオオオ---ンという唸りをあげてハルバードが閃くと、一度に三~四人の首や胴体が宙に舞い、残された部分が鮮血を噴き上げながら地面に倒れていく。


 ブチ切れた状態となった俺は、ひたすらハルバードを振り回す。

 一度ハルバードが振り回されると、そのたびに三~四人の体が人の形でなくなり、それが何度も繰り返される。


 多分、手下たちは自分が死んだ事すら認識できなかったのかもしれない。声も出せずに圧倒的で無慈悲な暴力に曝されて命を散らしていった。

 人間の体はあまりに脆い。ブチ切れた俺の《センス》によって強化された身体能力の前では紙くず同然だった。


 1分も経たずに20体以上の死体が転がり、残りは四人になっていた。

 あまりにも凄惨な光景に、その四人は現実を受け入れられずに呆然としていた。


「ディケード、お前…」


 ルイッサーが驚きとも呆れともつかない声を発するが、俺の耳には届かない。

 俺は大きく肩で息をして、激しい項の痛みに耐えながら吐いていた。

 《センス》の爆発的な使用により、神経束が焼き切れそうになっていた。同時に体中の全ての内臓が裏返ったように痛みを訴えていた。


 しかし、俺はそんな事も気にせずに残った手下たちを睨み付けた。

 四人は恐怖に顔を引きつらせてジリジリと下がっていく。

 直ぐに削られた道の端に追い詰められたが、俺が一歩踏み出すと、悲鳴を上げて崖下へとダイブした。


「「「「 うわあああ-----っっっ!!! 」」」」


 四人の悲鳴が聞こえなくなると、辺りは水を打ったように静まり返った。

 手下たちは全滅して、そこに立っているのは俺だけだった。


 戦局をひっくり返す存在、それが〈超越者〉だと思ったが、まさに自分もそうだった。

 残った胃液を吐き出しながら、自分もそういう存在なんだと強く認識した。



 静寂を打ち破るように、ガツーンと物を打ち付ける音が響いた。


「まったく使えねークソどもだ!反吐を撒き散らす、たった一人の若造にこのざまだっ!クソッタレがっ!」


 親玉は《魔法杖》で自分が座る椅子をぶっ叩きながら、だみ声を張り上げて憤慨している。こいつは気に食わない事があると直ぐに物に当たり散らすようだ。

 椅子から立ち上がった親玉は、思い切り憎しみの籠った顔で俺を睨みつける。


「貴様ーーーっ!貴様だなっ、俺の計画を尽く潰してきたのは!」


 親玉は強烈な《プレッシャー》を巻き散らかしながら俺に悪意をぶつけてくる。殺気を伴った物凄い圧力に、ホブゴブリンと対峙した時の事を思い出す。

 怒りのため周りが見えなくなっているのか、幹部たちまで《プレッシャー》に抑え付けられている。


「貴様はどこから現れたんだ!この商隊には〈超越者〉なんて居なかったはずだぞっ!」


 俺は親玉の《プレッシャー》に《フィールド》を干渉させながら徐々に取り除いていく。

 向こうからしたら、俺は完全にイレギュラーで、いつの間にか何処からともなく現れたように感じたんだろうな。


 飛竜に関しては判らないが、レオパールウやチャービゾン、ミョンジー等の魔物を次々にけしかけて来たのはこいつの仕業だろう。

 本来なら、商隊は大幅に戦力ダウンした状態でこの場所に誘い込まれていたはずだ。盗賊たちが出る幕もなく商隊は壊滅していただろうな。


「答える義理はないな。」

「このクソガキがーーーーーっ!!!」


 親玉は今にも血管が切れそうなほど激昂する。手下への扱いにしてもそうだが、直ぐに沸騰して喚き散らす。上司としては最低の野郎だ。

 あれだけ綿密な計画を立てたにしては随分と短絡的だが、それを利用しない手はない。感情的になれば、それだけミスをしやすくなる。

 現に、撒き散らした《プレッシャー》によって幹部の動きが鈍ってるしな。


 しかし、その《プレッシャー》を放つ《フィールド》に変化が現れた。魔法を放つつもりなのだろう。


『烈風よ吹き荒れろ!』


 親玉は《魔法杖》を俺に向けて呪文を唱える。


 その瞬間を狙っていた。


 俺はハルバードを手放すと、石をポシェットから取り出して全力で投じる。

 魔法を放っている間は、《フィールドウォール》が途切れるか弱まるはずだ。その隙に《魔法杖》を破壊するしかない。


 石を投げ終えた瞬間に猛烈な突風が砂埃と共に襲いかかってきた。

 俺は咄嗟に大盾を構えて防御する。


 いっぽう、俺の《フィールド》を纏わせて投げた石は突風をものともせずに突き進み、親玉の持つ《魔法杖》へと向かう。

 が、幹部の一人が盾を構えて立ちはだかった。

 親玉が魔法を放つ時の防御を担う、それがその男の役目なのだろう。


 加速して飛ぶ石は、その構える盾と共に鎧をぶち破って幹部の頭を粉砕した。

 しかし、それでコースが変わって《魔法杖》にも親玉へも当たらなかった。


「「「 ガーインっ! 」」」


 他の幹部二人が驚きながら死んだ幹部を見る。

 それは親玉も同じだ。寄せ集めと思える手下たちには情の欠片も見せなかったが、幹部への対応は違っていた。


 親玉はすぐさま魔法の発動を止めて、倒れた幹部に寄り添った。

 こっちまで聞こえはしないが、何かを死んだ幹部に話し掛けていた。その顔は幹部の飛び散った鮮血を浴びて真っ赤に染まっている。


 その間にもう一度投石をしようとしたが、石は尽きていた。残念ながら、さっきのが最後だった。


 素早く死んだ者への追悼を終わせると、親玉は真っ赤に染まった顔にこの上ない怒りを乗せてこちらを睨みつけた。


「貴様---っ!殺してやる!絶対に殺してやるぞ-----っっっ!!!」


 強烈な《プレッシャー》を乗せて親玉は俺に憎しみを向ける。

 しかし、向こうの事情など俺の知った事ではない。今の俺は敵を排除する事しか頭にない。俺は既に次の行動を開始していた。


 魔法の発動が途切れて突風から解放された俺は、すぐさま親玉たちに向かって走り出した。

 その際に手放したハルバードを拾おうとしたが、突風で遠くに飛ばされていた。

 止む無く、持っていた大盾を抱えて狭くなった道を駆ける。


 とにかく早く、電光石火のごとき行動が肝要だ。

 親玉の放つ魔法は、身体への負担が大きくて連発出来ないようだ。インターバルの間に片をつけるのが勝利への近道だ。


 親玉の放つ《プレッシャー》に俺の《プレッシャー》をぶつけて弱らせ、強引に《センス》で加速した走りで突破する。

 脚の踏ん張りに靴が耐え切れずにばらけてしまうが、それを無視して裸足で大地を蹴る。


 俺の動きを見た盗賊たちは、幹部の一人が親玉を庇い、もう一人が弓を速射で射る。

 数本の矢が正確に俺に向かって飛んで来るが、持っていた大盾で蹴散らして進む。


 俺は加速してそのまま狭い道を走り切り、大盾を構えたまま盗賊三人に突っ込んでいく。

 幹部の二人は親玉の前に立ちはだかって防御姿勢をとり、盾を構える。

 が、《フィールドウォール》を持たない幹部どもは俺の勢いに押されてぶっ飛んで行く。


「ぐあああっっっ!」「があああっっっ!」


 俺はそのまま勢いを殺さずに親玉に突っ込んでいく。

 が、親玉の縮小させた強烈な《フィールドウォール》によってがっしりと受け止められる。


 ギャギャーーーンンン!!!


 重量のある大盾が大きな軋み音をあげて捻じ曲がる。

 俺と親玉は手の届く距離で対峙する。

 が、決して触れ合う事ができない《フィールドウォール》を挟んで睨み合う。


 まさか、これほど強力な《フィールドウォール》が張れるなんて、驚きでしかない。

 俺はハルバードが手元に無い事を悔やんだ。ハルバードの穂先に《フィールド》を纏わせれば、この強力な《フィールドウォール》さえも突破できたはずなのに。


「とんでもない《プレッシャー》だな。小僧、まさかお前ほどの〈超越者〉が居るとはな。長年の戦場生活でもお前のような奴は初めてだぞ。」


 さっきまでの激昂した姿は鳴りを潜めて、親玉は興味深そうに俺を見つめる。

 怒りも恐れも無く、多少興奮した様子で俺に話し掛ける。愉しいというのが本当のところだろうか。血で真っ赤に染まった顔から歴戦を思わせる瞳が嗤っている。


「隊を追われて、再起を図るためにこんな汚れ仕事を請け負ったが、お前のような強者に出会えるとはな。これだから戦は面白いのよ。」


 このオッサン、戦いの最中なのに、なんか勝手に語りだしたぞ。

 この親玉はとんでもない戦馬鹿だ。こんな殺し合いの何が楽しいって言うんだ。俺とは真逆の人間だな。


「だがな、俺はそんな〈超越者〉を幾人も(ほふ)ってきた男だ!」


 親玉は勝ち誇ったかのように誇示して、更に《フィールドウォール》を強化して大盾ごと俺を弾き飛ばす。

 まだ更に《フィールド》が使える事に俺は驚く。


「死ねっ、小僧!ガーインの仇だ!」

『石塵よ竜巻と共に舞い上がれ!』


 親玉が《魔法杖》を地面に刺して呪文を唱えると、俺を押しのけていた《フィールドウォール》が消失して、俺の真下の地面に《フィールド》が走り、俺を取り囲むように上昇した。


 咄嗟に逃れようとしたが、足元の地面が抉れて岩が砕かれていった。その砕かれた岩と共に、突風が吹いて竜巻を巻き起こした。

 竜巻は俺を包み込んで激しさを増していく。

 渦を巻く岩の破片の壁に包まれた俺は、脱出する事が出来ずに、まるで岩の破片と一緒にミキサーにかけられたようにシェイクされていく。


 親玉の放った魔法は、《土魔法》と《風魔法》をミックスさせたものだ。岩の破片が風に乗って局所的な竜巻を作り出している。

 まったく信じられないような魔法の威力だ。これが〈超越者〉が繰り出す魔法なのか。普通の人間なら、一瞬でミンチになって即死だ。


 俺が何とか耐えていられるのは、頑丈な大盾を持っていたのに加えて、全ての力を《フィールドウォール》に注ぎ込んでいるからだ。

 ギリギリで俺の《フィールドウォール》が親玉の魔法を躱している。激しく揺れて回転する幾つもの岩の破片が俺の体を掠めていく。

 時折、ビリヤードの的玉のようにぶつかり合った岩の破片が、更に細かく砕けて飛び散り、俺の《フィールドウォール》を突き破って皮膚を切り裂いていく。


「ぐぅっ…くっ…っつう!…あうぅ…」


 細かな切り傷が体中に作られていく。

 一つ一つの痛みは小さいが、全身に徐々にダメージとなって蓄積されていく。

 俺は痛みに耐えながら、俺を包み込む竜巻を形作る《フィールド》に干渉して小さな穴をこじ開けていく。


 〈魔法士〉との戦いなど経験のない俺だが、リュジニィを救い出そうと必死になって戦ったホブゴブリンとの戦いが、《フィールド》に対抗する術を学習させていた。あの経験が強烈な《フィールド》の中でも行動を可能にさせてくれる。


 竜巻を形成する《フィールド》が綻ぶと、穴が空いて空気が漏れる風船のように、そこから岩の破片と砂塵が漏れ出ていく。俺を取り巻く竜巻が徐々に弱まり薄くなっていく。


 魔法といっても、そのエネルギーが無限に続く訳ではない。魔法を発動した時のエネルギーが開放しきった時点で終了する。

 それはジョージョやアレイクの魔法を見て解ったが、親玉の魔法も例外では無いはずだ。


 徐々に魔法の威力は衰える。

 親玉は必死に魔法の維持に努めているようだが、苦しんでいるのが明らかだ。視界が開けるにしたがって、部下の血で染まった顔に、自ら噴き出した鼻血が加わっていくのが見て取れる。

 もう、俺の弱まった《フィールドウォール》すら、突破するだけの力は無い。


 俺に跳ね飛ばされた幹部の二人が、どうにか復帰したようだ。武器を構えて竜巻に飲み込まれている俺を待ち構えるのが見える。魔法の終了と同時に襲い掛かってくるつもりだろう。


 俺の《フィールドウォール》も尽きかけているので、躱す事は出来なさそうだ。

 《センス》の使い過ぎで体力が限界を迎えている。全身の筋肉が破裂しそうなほど悲鳴を上げているし、項を尋常でない痛みが襲っている。

 持っている大盾もグシャグシャに潰れて用を成さなくなっている。


 どうする…

 対抗する手段がないままに魔法は終わりを迎えてしまう。

 これといった打開策が見つからないうちに、突然、魔法が終わりを告げた。

 親玉の《センス》が尽きたようだ。


 俺を取り巻いていた砂塵の渦が霧散すると同時に、左右から幹部の二人が襲い掛かってきた。一人はロングソードで斬りかかり、もう一人は槍を突き立てる。

 俺は潰れた大盾で槍を受け止めると、そのまま横に飛んでロングソードを避けた。


「ディケード、そのまま伏せろ!」


 その時、ルイッサーの怒鳴り声が届いて、俺はその言葉に従う。

 ルイッサーは攻撃のタイミングを見計らっていたようだ。

 バシュッと音が響いて、次の瞬間には俺の身体の上を槍が飛んでいた。

 その槍は俺のハルバードだった。


 ハルバードは、ロングソードを持った幹部を掠めて、槍を持って追撃する幹部の腹を貫通して飛んで行った。

 腹に大穴を空けた幹部は、驚愕の表情で自身の体を見ながら崩れ落ちた。


 常人には重いハルバードを勢いよく飛ばしたのはバリスタだった。

 ルイッサーはクレイゲート親子や動ける護衛たちと共に、横倒しになっていたバリスタを起こして起動させたようだ。


 が、応急処置を済ませただけのバリスタは、その一度の発射で分解して壊れてしまっていた。

 しかし、その一度のお陰で俺は危機を救われた。


「「 ティガオーーーーーっっっ! 」」


 仲間の無残な死に方に親玉と幹部は驚きながらも、直ぐに怒りを爆発させる。


「貴様ーーーっっっ!!!殺す!絶対に殺してやるぞっ!!!」

「兵長、俺がやる!ティガオの仇だっ、死ねーーーっっっ!!!」


 親玉は怒りに任せて疲れ切った体を起こして立ち上がる。

 最後に残った幹部はロングソードを両手に持って切りかかって来る。


 俺は用を成さなくなった大盾を捨てて、死んだ幹部の槍を拾って応戦する。

 が、《センス》の使い過ぎによる筋肉の疲労と、魔法に対抗するために《フィールド》を酷使したために、体に力が入らず全く踏ん張る事が出来なかった。


 ロングソードを扱う幹部は常人ではあるが、相当の実力者だった。

 次々と打ち込まれる素早く重い斬撃を、俺は後退しながらかろうじて槍の柄で受け止める。

 しかし、拾った槍は立派な作りをしているがスピード重視の為か、柄が木製で軽く出来ているので、衝撃が負担となって積み重なっていく。

 俺は徐々に崖っぷちへと追い込まれていく。このままでは谷底へ真っ逆さまだ。


 後ろを気にした俺は、受け流せずにモロにロングソードの斬撃を受けてしまった。

 衝撃に耐えられなかった槍はバキッと二つに折れた。

 幹部は勝ち誇った笑みを浮かべると、ロングソードを大きく振りかぶった。


「ディケード、今行くぞ!」


 掛け声と共に、ルイッサーがクレイマートと護衛を数人引き連れて向かって来る。

 その声に、幹部の意識がそっちに向かう。

 その隙に俺は反撃を試みるが、腕が痺れて重いために動かない。


 そのまま残った護衛の何人かは矢を放って俺を援護してくれる。

 が、親玉の《フィールドウォール》によって弾かれる。


「マアシー、お前は奴らを抑えろ。そいつは俺が()る!」

「っつ、了解っ!」


 幹部は一瞬だけ悔しそうにしたが、親玉の命令は絶対なのだろう。俺に止めを刺さずに、ルイッサーたちへと向かった。

 こっちの広くなった場所に来る前に、細くなった道を通っている間に対応しようと思ったのもあるかもしれない。

 幹部は細くなった道の出口でルイッサーと向き合い、戦いを始める。


 幹部の攻撃から解放された俺は立ち上がろうとするが、《プレッシャー》をぶつけられて地面に転がった。

 親玉が荒い息をしながら体を引きずるように歩いてくる。


「この糞ヤローが、テメーのお陰で計画が台無しだ!」

「ぐああぁっ!」


 親玉が《魔法杖》を使って体を支えながら蹴りを放つ。

 ろくに動けない俺はまともに食らってしまい、金具で補強された靴が腹にめり込む。呼吸ができなくなって、俺の意識が飛びかける。


「このクソッタレがーーーっ!テメーのせいで何もかもが滅茶苦茶だ!飛竜の雛を奪う、この作戦さえ上手く行けば、俺たちは再起出来たのによぉっ!

 それなのに、かけがえのない部下まで殺されたーーーっ!!!

 何のためにあのクソ野郎に頭を下げて、この仕事を請け負ったと思ってるんだっーーーっ!!」


 動けない俺に、親玉は溜まりに溜まった怒りをぶつける。

 何を言っているのか解らないが、俺に殺気をぶつける親玉にはこれ以上ない程の無念さが滲んでいる。

 親玉が《魔法杖》を操作して二つに切り離すと、そこから仕込まれていた剣が現れた。


「テメーを楽には死なせねぇ!手足の先から徐々に切り刻んでいって、最後に首を切り落としてやる。

 苦しみ抜いて死にやがれーーーーっ!!!」


 親玉は渾身の力を込めて剣を振り下ろす。

 俺は死を覚悟しながらも、《プレッシャー》で押さえつけられた体を無理矢理動かして左腕で頭を庇う。


 ガキーーーーーーンンン………!!!


 衝撃音と共に、一瞬だけ《フィールド》が弾けるように拡散するのが見えた。

 と同時に、親玉の剣の刃が砕け散った。


 親玉の斬撃を防いだのは、今まで何度も俺を救ってくれた《神鉄の腕輪》だ。

 腕輪は傷一つ付かずに鈍い光を放っている。


「そ、それは!メルゥディレン家の紋章!!!」


 親玉は吸い込まれる様に腕輪に見入って驚いた。

 攻撃どころか、動かずにひたすら腕輪を凝視する。


「貴様、貴族だったのか…それも(いにしえ)の貴族家の当主………」


 戦いを忘れて、驚きを露わにする盗賊の親玉。

 お陰で《プレッシャー》が霧散して、俺は身体の自由を取り戻す。


 俺は残りの力を振り絞り、右手に持っていた折れた槍を突き出して親玉の胸に突き刺す。

 《フィールドウォール》の無い鎧は意外に脆くて、槍の穂先は深々と親玉の心臓を貫いた。


「ぐあああぁぁぁっっっ!!!」


 一瞬の間をおいて、親玉は目を見開きながら悲鳴を上げる。

 親玉は自ら槍を引き抜くと、鮮血を吹き出しながら笑いだし、天に向かって呪詛の言葉を叫ぶ。


「はっははは…ははは…そういう事か…俺はまんまとしてやられたんだな……

 くっそうっ!ローリエンティめ、永遠に呪われろぉーーーーーっ!!!」


 俺には何の事かさっぱり解らない。

 メルゥディレン家、ローリエンティ、家と人の名前なのか?

 俺が身に着けているこの腕輪に関連していると思うだけだ。


 もういっぽう、ルイッサーたちの戦いも決着が付いていた。

 細くなった道の出口でルイッサーたちを迎え撃った幹部だが、ルイッサーの構える大盾を攻略できずにいて、ルイッサーの後ろから突き出される槍や飛んで来る矢に対応できなかった。

 怪我を負ったところでルイッサーに押し切られ、クレイマートや護衛たちに囲まれて切り殺された。


「へ、兵長ーーーっ!!!」


 幹部の断末魔の叫び声が響く。

 親玉の身体がピクリと震える。


「マアシー………」


 親玉は無念そうに呟くと、鎧の上から自分の胸を叩いた。鮮血が勢いを増して吹き出す。

 親玉の身体が戦慄(わなな)くと同時に強烈な《プレッシャー》を辺りに撒き散らされた。

 力を使い果たした俺は、再び動きを封じられる。


「ははははは…おい、〈超越者〉。俺は…俺たちはここで終わりだ…

 悲願の再起は…叶わなかった………

 だが、ガーイン、ティガオ、マアシーの仇は打たせてもらうぞっ!!」

『石塵よ竜巻と共に舞い上がれ!』


 親玉は死なば諸共とばかりに最後の力を振り絞り、大量の鮮血を噴き出しながら《魔法杖》を地面に突き刺す。


 ゴオオオオオォォォーーーーーッッッ!!!


 強烈な《フィールド》が俺を包み込んで竜巻が巻き起こる。

 砂塵が舞って岩の破片が渦を巻いて俺の視界を遮るが、その直前に、嗤いながら地面に崩れ落ちる盗賊の親玉の姿が目に入った。


 次の瞬間、猛烈な衝撃が俺の体を襲った。

 全身が殴られ、切り刻まれていく感覚に意識が遠ざかっていく。



「「「 ディケーーーーードっ!!! 」」」



 俺の名を呼ぶルイッサーたちの声が聞こえたが、その中にジリアーヌの声が混じっているような気がした。


 ジリアーヌ………

 無事でいてくれればいいが…


 死を覚悟した時、ジリアーヌの美しい身体に抱かれているような感じがした。




読んでいただき、ありがとうございます。

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