090 賢者マモル
セージやハルト、聖女組がどう思っているかはわからないけど、僕は理不尽に招かれた新しい世界に希望と憂鬱を抱いた。
僕1人や、僕と同じ考えを持つ者だけでこの世界に来たのならば希望しかなかった。
けど隣にいるような危険人物が一緒となると、憂いというか絶望しかない。
異世界に召喚される人としては最も適していて、もっとも召喚したらダメな人材だと思うんだ。
セージはなんでもそつなくこなせる。
それはもう、出来ない事は何もないんじゃないかと思えるほどに。
けどその有能さはいつだってセージの母親と妹の為にある。
だから、セージの母親と妹のいないこの世界で、セージの能力は見込めない。
セージはいつだって自分の母親と妹の為にしかその能力を見せようとはしないんだ。
他人にはいつだってやる気のかけらも見せない。
だからセージをよく知らないやつは、ザコで無能で、クラスのお荷物だとしか思ってない。
僕たちのクラスは、自分で言うのも憚られるけど、成績だけは良いからね。その成績の平均点を多少でも下げているのがセージ…とか言われているけど、クラスメイトは誰もそんなこと気にしていない。
勉強は出来るけど、成績にこだわる人間はクラスメイトにはいなかったのが幸いだろうか。
それにしてもなぜ僕たちがこんなにもセージを気にするのか。
異世界ではセージを縛るものが何もないから。
その事に気付いた異世界に召喚されたクラスメイトに何人いるだろうか。
・・・・・・・・・・
僕が…いや、僕達がセージと出会ったのは小学5年生になってから。
ハルトと僕は小5からで、聖女組の女子の何人かは低学年から知ってるみたいだった。
5年生でクラス替えがあって、大体すぐに仲いい者同士のグループに分かれ、その中でセージはポツンと1人だった。
おかげで当然のようにイジメの対象になった。
僕はハルトと同じグループで、いじめているわけではなかったけど傍観派のグループだった。
あともうひと組、傍観派はいた。セージと低学年のとき一緒だった女子数名が集まるグループだった。
けどその女子達はセージを無視するわけでもなく、必要最低限話すくらいはしていたし、セージをバカにするわけでもない、不思議な態度を取っていた。
なんならいじめられているセージではなく、いじめている数組のグループに同情している風でもあったけど、その時の僕は違和感に気付いても、何故そんな態度なのか分からなかった。
5年生も2カ月を過ぎ、クラスが馴染んできた頃の学校帰り。
5年生になるとクラブ活動があり、その日はそのクラブ活動がある日で、少し帰りが遅い日だった。
家が近い子同士まとまって帰るんだけど、僕はハルトと聖女組の女子3人と一緒の下校となっていた。
空き家の多い住宅街を通っている時、先の空き地で数名の声が聞こえた。
僕たちはその声に不安を抱いた。
その空地は地元のやんちゃな高校生のたまり場になっていることが多かった。
高校生がいるときは、絡まれないようにその空地を通る時はなるべく下を向いて、急いで通りすぎるようにしていた。
けどその日は様子が違った。
どこか悲鳴めいた叫びと怒号が飛び交っていた。
荒れてるな、と思った。
喧嘩でもしているんだろうか。
絡まれたら大変だし、少し遠回りして帰った方がいいんじゃないかという思いがよぎる。
だけど、その頃の僕等は好奇心を抑えきれなかった。
見つからなければ大丈夫。少し様子をみて、大丈夫そうだったら走って通り抜けよう、という意見でまとまってしまった。
結果的には僕たちは何も問題なく通学路を通り抜けることが出来た。
そこで見たモノが衝撃的すぎて、その後どうやって帰ったのかすら覚えてなかったし、僕たちは皆無言でそれぞれの帰路についた。
見てはいけないモノを見たかもしれない。
聞いてはいけないモノを聞いたかもしれない。
誰にも言ってはいけないモノ。
話題にしても、確認に聞いてもダメだと、その時は本能的に思った。
僕だけじゃない。その場にいた誰もが思ったと思う。
その日、空き地にはいつも通り高校生たちがいた。
しかしいつもと違うのは、高校生の誰もが血まみれで倒れていて、その中でも一番体格の良い高校生の頭を足蹴にしている小柄な子供が1人、違和感まみれで立っていた。
僕たちはその子供を知っていた。
クラスメイトの聖園セージだ。
いつもいじめられている、あのセージだった。
イジメを受けている時も無表情だったけど、高校生を足蹴にしている時もセージは無表情で見下していた。
「前に僕の妹を蹴飛ばした報いでこの間お仕置きしたけど、それを逆恨みして今度は僕のお母さんに仕返し?随分舐めた真似してくれるよね。僕もお前達の親に報復する事にしたよ」
そう言ってセージは倒れている高校生たちから学生証を取り上げていった。
「くそ、やめろ…!卑怯だぞ!俺達を殴ってそれで済んだんじゃねーのかよ!」
「高校生にもなって笑いながら未就学児を蹴り飛ばして怪我させてその場を去っといてよく言うよ。その後謝罪を求めた僕たちのお母さんに謝るどころか恫喝してさ。だから僕はその仕返しをしても当然だよね?なのにその仕返しの仕返しとかバカだね。小学生の僕に口でも暴力でも勝てなかったから、次は力の弱いお母さんと妹を狙うとか、ホントお前達ゴミすぎるよ。この慰謝料はお前達の親にしっかり請求するからな」
「はっ、ガキに何が出来る」
「ガキだから出来ることがあるんだよ。儚げな小学生と、普段素行の悪い高校生。どっちの言葉を大人は信じる?」
セージの言葉に、高校生は何も言えない。
さらにセージがたたみかける。
「ちなみにお兄さんのママ、パート掛け持ちしながらお兄さんを育ててるんでしょ?僕、そのパート先の偉い人に、妹にされたこと言うよ。お兄さんの家の近所にも言って回るよ。泣いて土下座しながら『あの家のお兄ちゃんに、僕の3歳の妹をもう殴ったりけったりしないでっていってください。お願いします』って。そっちのお兄さん達のパパの会社にも、その取引先にも、もちろんご近所にも」
その時の僕達には、セージがそれをして、それに何の意味があるのか分からなかった。
後から考えると、とても恐ろしいことだとわかったけど。
「ガキのハッタリかよ!どうやって俺らの親の職場さがすんだ?ガキにそんなことできるかよ!」
「そうだね。僕は学校と習い事と家のお手伝いで忙しい。けど、世の中にはこんな僕を助けてくれる人はたくさんいるんだよ。子供でも、お金さえ払えばきちんとお客として扱ってくれるんだ」
「か、カネなんてガキのお前が持ってるわけ…」
その後も高校生が何を言ってもセージは言い負かしていく。
お金もセージは困ってない上に、その辺の大人より持っていたみたいで、実際に有言実行に移したみたいだった。
その日を境にあの空き地で高校生を見ることは無くなった。
そんなことがあった、次の日、セージはいつものように登校していて、いつものように同級生にいじめられていた。
昨日のことが夢だったのではと思えるほどに。
でもその時の僕はそんなセージに少し憧れを抱いた。
それと同時に、傍観組の女子達が何故セージをいじめている子たちに同情的な視線を送っていたのか分かった。
彼女たちはセージがどんな子なのか知っていたんだ。
その後しばらくセージを観察した。
それでわかった事は、当たり障りなく接していればセージは無害だということと、セージの家族に関する事は言ってはいけないということ。
セージの母親や妹の事を少しでも悪い方に口にしたやつは次の日からおとなしくなっていた。
セージを見ると震えていた。けど、他の人に何を聞かれてもセージのことは言わなかったようだ。
そんなこともあり、5年生の冬前にはセージをいじめるヤツは誰もいなくなっていた。表面上は何事もなく過ごし、水面下では誰もがセージに関わり合いたくなさそうに、よそよそしい感じだった。
その後、なんだかんだあり、セージとは友達になった。
当たり障りなくとりあえず人数合わせの友達と考えれば、友達が出来づらい僕からしたらセージは絶妙な距離感を保てる最高の友達だった。そしてそれは時間とともに気の合う親友となった。
・・・・・・・・・・
とまぁ、なんだか走馬灯のように過去を思い出してしまった。
この世界、終わるのかな。
元の世界では、母親と妹の為に行動していたセージが、その母親と妹のいない世界に強制的に召喚されたら?
なんの思い入れの無い、家族というストッパーのいない世界でセージがどうするかなんて、火を見るよりも明らかだ。
と思っていたんだけど、思いの外セージは落ち着いていた。
世界征服するわけでもなく、世界に逆襲するわけでもなく、普通に大人しく、僕たちに合わせてくれている。
おかしい。
試しに軽口で「マザコン」とか「シスコン」とか本人に言ってみたけど、顔色ひとつ変えることなく軽く流された。
おかしい。
けど、良かった。
今すぐ世界が滅ぼされるわけではないと知ることが出来たから。
そしてそれはこの異世界のシステムであるステータスに影響があるかもしれない事に予想が付く。
そのステータスがあってこそ過去のあの日、あの時のセージのセリフがありありと思い出すことが出来たのかもしれない。
同時にステータスによって精神が安定していると僕は仮定した。
じゃなきゃ召喚早々にセージが召喚者に報復しないわけが無い。
マザコンでシスコンのセージが、もう二度と母親と妹に会えないかもしれないなんて状況になって黙っているはずないからね。
おとなしくしているとは言っても、今後何があるかわからないからとりあえずセージの事は要観察として、僕はせっかく来た異世界を少しでも楽しもうとした。
だけど、セージがおとなしすぎて気が気じゃない。
不気味すぎる。
普通の男子高校生…よりも若干落ち着いてはいるけど、普通にしている。
これが「男子高校生」という「職業」による影響だろうか。
この世界における職業とは何と恐ろしい。
職業次第で性格や思考にセーブが掛るのか。
そう考えると、そうかも。
ハルトはもともと天真爛漫…を装って明るくあざとく振舞っている節はあったけど、ここに来てから天真爛漫さには変わりないけど、あざとさが無くなった気がする。
それから何故かこの世界でセージの祖母に会った。
セージそっくりだった。
妖精族という種族らしい。
見た目年齢を自由に変えることが出来るらしく、今は威厳が保てる見た目年齢にしていると教わった。
セージは日本でたまに「ばーちゃんが来る日」とか言っていたのを覚えている。
つまり彼女は日本とこの世界を行き来出来たことになる。
それにも強い制限があって、頻繁には行き来出来ないし、長い時間いることが出来ないと。
その力を応用すれば元の世界に戻ることが出来るのではないかと考え、色々試しているうちに、ふと思いついた。
あの時のセージは本当にセージだったのか、と。
あの時のセージはもしかしてセージの「ばーちゃん」だったのでは…と、そこまで考えてブルブルと背筋に悪寒が走った。
なんとなくそれ以上は考えてはならないような気がした。
見た目年齢を変えられる妖精族。
こちらと日本を行き来出来た、妖精族であるセージの祖母。
あの頃から自分を「俺」と言っていたセージがあの時だけ「僕」と言っていた謎。
…どういうことだろうね。
うん。




