088 快適な船の旅
そして翌朝。
軽めの朝食をとり、それぞれ準備をしてロッジを出る。
ロッジを【アイテムボックス】に片付けたら港へ。
そこには既に船があった。
思っていた以上に大きなやつが。
「豪華客船じゃねぇかよっ」
思わず突っ込んでしまった。
ツッコミを入れたことで負けは確定してしまったが、突っ込まざるを得なかった。
それくらい、思った以上に大きな船だった。
その大きさにばーちゃん達はあんぐりと口を開け、絶句。
子供たちは目をキラキラさせている。
船乗りやスタッフとして配下久遠の騎士を出したようで、迎え入れの準備も万端なようだった。
「セージ様の所有する船です。その辺の船と一緒にするわけにはいきませんので」
さも当然みたいにアーシュレシカに言われた。
そしてさらにシェヘルレーゼからも補足が入る。
「かなりカスタマイズしたので、それなりの値段にはなってしまいましたが、馬竜も快適に過ごせますし、納得が行く物に仕上がったと自負しております」
なるほど。
アーシュレシカだけではなくシェヘルレーゼも関わっていたのか…。
本来なら貴族や王族の大陸間移動や国や領地の移動などにはカネを使いまくって地域を活性化させる狙いもあるようで、それにのっとって考え、先の商船に乗るにも黙って従っていたらしいが、あまりの対応にイライラ。そして商人の船に乗っている間に船の必要性を感じて急ごしらえしたんだと。
そしたら船座礁でこんな事になって、「買ってて良かった豪華客船」状態と。
この座礁騒ぎ、まさかとは思うがイライラが限界突破したシェヘルレーゼが裏で糸引いた、なんてこたぁ無いよな?
…ないよな?!
ま、いいや。いい事にしてしまおう。
俺の考え過ぎだと思うし!
さっさと船に乗って出発してしまおう。
そんな時だった。
あの商人と貴族がやってきた。
船の大きさや形状、素材に驚き、騒いでいる。
そんな彼らに対し、当然のようにシェヘルレーゼが対応する。
自分達も乗せろと言っているようだが、シェヘルレーゼがそれを拒否。
「先日、我々の申し出に対し、全て拒否されたのはそちらです。小舟一艘すらお貸しくださらなかったではありませんか。それに水すら分けてくださいませんでしたし、水辺に近づくことも拒否されてしまいました。森に入ることも、食材の採集すらさせてはもらえませんでしたし」
「それはいたしかたなかった。事情がそうさせただけではないか!いいか、ワシは北大陸大帝国の大貴族であるぞ!乗せぬというバカな話があろうはずがない!」
「普通にお乗せしませんが。それに北大陸の大帝国のどこの大貴族でございましょう?中央大陸のローザング聖王国にあなたのような貴族がいる、というのは記憶していたのですが。でもそうなりますとこちらとしても警護的な事情がございますのでお乗せできません。しっかりした証明書類があればよろしいのですが、出身大陸や国を偽るなどというどこの馬の骨ともしれぬ者を乗せるなど、恐ろしくて出来ませんもの。そういったいたしかたない事情がございますので、部外者の乗船を拒否します。それにこのとおり、証書もございますし」
ここで正直に中央大陸出身だなんて言ったらそれこそ国際問題、大陸間問題が出てくるので、素直に身分証みたいな物は出すに出せない。
すでに「北大陸大帝国の大貴族」なんて言っちゃってるしな。
謎の証書なんてのもあるな。
あちらの都合が良いように書かれていると見せかけて、こちらの御都合100パーセントなシェヘルレーゼによるだまし討ちの様な証書が。
「うぐっ、な、ななな」
なぜそれを!とか言いたいのかな?
だとしたらやはりシェヘルレーゼの言う通り、中央大陸ローザング聖王国の貴族なのかも。
じゃぁ、別に容赦しなくていいか。
内戦中の国を捨てて安全な地にでも行こうとしたのか、それとも大陸間不和でも起こそうとしているのか分からないけど、どちらにしてもロクなことじゃないだろうし。
それに西大陸を蔑んでいる割に西大陸に行こうとしている理由もわからないのに、わざわざ同行する事もないし。
「あぁ、でも御心配なく。北大陸大帝国の大貴族様が遭難されたと、きちんと北大陸帝国の皇帝に事情を説明しておきましょう。その前に西大陸側に救助要請を出しておきますので。ではごきげんよう」
もっとねちねちと言い募るのかと思っていたのだが、シェヘルレーゼにしてはあっさりと切り上げ、俺達を船に乗るよう促す。
なるほど。北と西の大陸を巻き込むのね。
どちらの大陸、もしくは中央大陸の国家にも身代金や罰金的な物が発生するようにするのかな?
ナチュラルにその様に仕向けるとか恐ろしすぎるよ、シェヘルレーゼさん。
船に入ってその様相に唖然としてしまう。
俺の知ってる豪華客船となんか違う。
豪華は豪華だし、ちゃんと客船してるけど、カスタマイズが過ぎる!
普通に買い物や飲食、サービスを受けられる施設もあるし、豪華客船の醍醐味的な要素もそこそこあるにはある。
けど、何よりも気になるのは客室や貨物室の一部をぶっ通して魔改装し、疑似太陽と疑似大地を作り、水場や草原、樹木なども作成し、その空間に空間拡張タイプの【マジックバッグシード】を使用しているのか、とても広大な空間が広がっている。
そこで馬竜達が駆けまわれ、ストレスなく過ごせるようにしてるとか、その空間の一部にコロッセオみたいなのを作って鍛錬場みたいにしているとか。
もちろん普通にパーソナルトレーナー付きのジムとかも船内にはあるんだけど、こちらはアナログ式な剣や魔法の稽古とか、実践式訓練とかしたい人用とからしい。
こんな魔道具がふんだんに使われてる豪華客船とか、いったいいくらしたんだよ…。
まぁ、買っちゃったんなら良いけどさ。
それに馬竜も問題なく過ごせるんならそれでいいか。
一部異空間作成するのに減ってしまってはいるけどもともと部屋数は多いし。
人が多くても心置きなくひとり一部屋は確保できそうだし。
うん。
いい買い物したよ。
またどこか開墾とかして岩集めしようかな…。
「セージ様、急に清々しく晴れたようなお顔をされてるッスけど、異常ッスよね、この船!なんで鉄の船が浮いてるんスか?!なんで船の中に街があるんスか?!なんでこの船こんなに大きくて沈まないンスか?!それにアレ、船内にダンジョンで見たのどかな風景とか疑似太陽とか滝とか湖とかあるんですけど、え、船ッスよね?!これ、船ッスよね?!」
シロネがパニックしてる。
それにばーちゃん達が激しく同意する意味でうんうんと首を縦に振っている。
ばーちゃん達は声も出ないようだ。
てか、少なくともばーちゃんは俺達が住んでいた世界に二年置きでも行き来してたんだから知ってそうだったんだけど、そうでもなかったのか。
「船だよ。説明はシェヘルレーゼとアーシュレシカに任せた。ティムトとシィナはその辺にいる久遠の騎士に色々聞いて遊んできて良し!俺は部屋で寝る」
と言って俺もその辺をうろついている配下久遠の騎士に部屋を案内してもらい、寝ることにした。
寝て起きたら誰もいなかった。
あ、名もない配下久遠の騎士はいた。
「皆は?」
「船内を満喫されているご様子です」
楽しんでくれているなら良かった。
「そっか。この船の速度で西大陸までどのくらい?」
「半月ほどでしょうか」
うわ。
となると、あの商人の船ってのもなかなか速い速度で進んでいたのか。
やっぱ魔法があるとスピードは出るんだな。
あの商船、魔物対策はあまりされてないようだったから、早さで押し切る感じだったのかも。船も結構年季が入ってた系だし。
てことは今回の事は単なる不運か。
それにしてもあの貴族や商人に周囲の客も従っていたのは謎だな。
もしかしてあの人達も中央大陸の?
偽装するために俺達を受け入れたんだろうか。
ま、俺が考えつくことはシェヘルレーゼが考えついているか。
こういうことは彼女に任せておこう。
「北大陸と西大陸って結構離れてるんだな」
「そうですね。西大陸側には船をつけられる港がある国というのは少ないので、どうしても遠回りになってしまうようです」
地形的な事が関係していたのか。
だったらしょうがないか。
そう言えばゾーロさんも言っていたな。
西大陸から中央大陸に行くには簡単だったって。
そこから陸路を使って北大陸へ販路を伸ばす。
その方が安全に北大陸へ辿りつけるとかなんとか。
それでもまぁ、最初にばーちゃんから聞かされていた旅程よりは早く進んでいるかもな。
あのゾンビ島で過ごした日数を入れてもおつりがくるほどに。
ひと月以内でばーちゃんの国まで行けるかも。
それからばーちゃんおかかえの有識者って人から話を聞いて、地球に帰れるヒントやら答えやらを貰って、それからマモルに検証なりなんなりをしてもらって皆で帰る。
この世界に召喚された組のクラスチャットでは、女子達がそろそろ中央大陸の覇者だか統治者だかになれそうだというチャットが流れていた。
意外に教会側がしぶといとか、闇が根深いとかいう話も流れていた。
統治しても俺達が元の世界に帰ったらすぐにまた教会の支配がはじまるだろうという懸念もあるので出来ればそういうやつらを駆逐してから帰りたいとかも言いだしている。
何もしてない俺が言えることではないので何も言わないけど、帰れる手段が見つかったらなるべくならすぐ帰りたいのですが。
マモルはまた中央大陸へ行き、今度はそちらの伝承やらを調べ始めている。
何故中央大陸でのみ聖女がどうのとか言い始めているのか、その始まりを調べることに何かヒントがあるんじゃないかということで。
北大陸側の本や伝承の類は大体調べ終えたらしい。
物凄く時間を加速しまくったんだろうな。
ありがたいことです。
ハルトは東大陸で冒険者している。
ちょっと前まで畑耕しているとか聞いた気がするが、飽きたのかな。
勇者的な何かがあるのだろうから、放っておこう。
普通にスマホで会話できるし、問題はなさそうだ。
シロネもマーニとやり取りしてるみたいだ大丈夫だろう。
そうして半月後、のんびりと快適な船の旅を終えた俺達。
「いーやー!おりたくなーいー!」
「酒が俺を呼んでいる!この船から降りないでくれと、俺に飲まれてくれと!」
ばーちゃんとおっさんという西の二大王族がダメになる程度には快適な船旅だったんだと思う。




