060 豪農、気付く。
ゆっくり二杯目のお茶を飲み終わったところで土地内の掃討が終了したと連絡が入った。
時間にして一時間弱。
いわゆる小一時間というやつだ。
「え?早くない?」
「この規模の土地なら当然かと」
なるほど。
1つの国を落とすのも1日と掛りそうにないね。
さすが久遠の騎士だ。
「じゃぁ土地全体に一応【クリーン】かけてからこの前作った農地計画に沿って畑や田んぼ、道路や建物づくりだな」
もちろん上下水道づくりなどのインフラ系もやってしまう。
この土地に人が住む予定はないけど、せっかく得た土地なので理想の街づくりもちょっとぐらいしてみたいってことで、誰も住む予定の無いマンションやカフェ、コンビニなんかも作る。
道路も田畑のあぜ道以外はすべてアスファルト。
そういう工事も全部【異世界ショップ】にかかれば一瞬で出来てしまう。
【異世界ショップ】はお金さえあれば何でも出来る。
そのお金だってその辺にある石ころや倒した魔物を【異世界ショップ】の副次的なスキルで換金すれば捻出できてしまうんですよね。
箱モノや工事系はシェヘルレーゼとアーシュレシカに丸投げして、農地はその配下達が土魔法を使ってガンガン畑にしていく。
もともと瘴気の影響で打ち捨てられていた、どこかの誰かの領地だったため、とっくに朽ち果ててしまった建物なんかも全部壊して燃やして更地にしてから土を魔法で耕していく。
別動隊は土を調べて作物を育てるのに適した土にすべく、シェヘルレーゼとアーシュレシカが【異世界ショップ】で買っておいた堆肥や石灰などを混ぜこんだり、なんやかんやして条件が良ければ畑や田んぼに。ダメだったら地盤を固めて高設栽培式の大型ビニールハウスを建てていた。
土を作る際に出た大きな石や木は端によけてもらって、後で回収。
回収した木や石はまとめて【異世界ショップ】のアイテムチャージに掛ける。
「おい、なんかあれだけいた魔物があっという間にいなくなったぞ?でもってもう開墾か?!」
接待レベリングから帰ってきたコニー達。
子供達も一緒のようだ。
どちらもまだ体を動かし足りない、消化不良そうな顔で戻ってきた。
「ついでの討伐に時間は掛けられない。目的は早く農業をして……」
「…?農業して、どうすんだ?」
うん。
どうするんだっけ?
俺、豪農してどうするんだろ?
ここで暮らしていくわけでもないのに。
元の世界に帰る方法がわかったらすぐに帰るのに。
お金だって【異世界ショップ】のアイテムチャージがあればとくに必要ない。
…ホント俺、何してんだよ。
迷走するにしても程があった。
まぁ、考え無しに言っちゃった有言実行的な?
それだけは成し遂げられそうだけど、運用までは考えてなかった。
あ、そうだ。
「孤児院の子供たちにおいしい野菜やパンを届けられたら、って思うんだ」
「……取って付けたような理由だな」
バレた。
「いいんだよ。はじめはやることないから豪農してみるって言ったけど、作った野菜も無駄なく孤児院で消費されるならそれでいい」
「いや待て。孤児院でこの土地規模の野菜や麦は消費出来ないだろう?」
「大丈夫だ。マジックバッグ量産してあるからいくらでもストック出来るから」
「…そうじゃなくて、売ってくれよ?!てか魔法鞄なんてんなもん量産するとか恐ろしいことしてんじゃねぇよ!絶対低価格で流通なんてさせんじゃねぇぞ?!簡単に戦争になるからな!」
マジックバッグ争奪戦ってこと?
それともマジックバッグを使って大量に武器や食料を運べるからお気軽に戦争出来ちゃうってことか?
「え?あ、うん。てか帝国の為に農業するわけじゃないぞ」
「わかってる!それでも、ここで作られた食料は少しでも売ってくれ頼む」
「俺達の敵にならない限りは、その間だけでも売っても良い」
「もちろんだ!お前らには絶対敵対しない」
「皇帝としても国としても敵対しないでいてくれることを願うよ」
「もちろんだ。それに友としても……てことで友人価格でなるべく安く卸してくれると助かる」
「友ね…。その辺は時価ってことで。けど基本は孤児院用に作るってことはお忘れなく」
「あぁ」
なんて話している最中にも、久遠の騎士のレベルや魔法技術、知識や人海戦術をもってゴリゴリと瞬く間に出来あがっていく農地や建物、そして道路。
それをまたお茶を飲みながらぼんやり眺めていると夕方になり、夜になる。
【アイテムボックス】からロッジを出し、一晩寝て起きれば既に外には立派な農地が広がっていた。
畑には野菜や麦などの苗が既に植えられていて、田んぼも田植えが済んでいた。
道路もきちっと全て整備され、安全柵なんかも取り付けられて、車道と歩道にも分けられている。
バスに乗り込み、一番幅広のアスファルトの道路を辿ればこの土地の中心として作られた現代的な街が。
地方都市にありそうな店や施設はなんでもそろっている感じだ。
各施設には広い駐車スペースも完備。
朝からずっと、ロッジから見える景色、バスに乗ってここまで来る間に流れる景色、そしてバスから降りてからのこの光景に唖然としているコニー一行。
子供らは無邪気に喜び大はしゃぎ。
「大体出来たんだな」
「はい。後は建物や農地の維持管理に我々の配下を250ずつ残して管理させていれば大丈夫かと存じます」
「わたくしはもう2~3日程度この地に残り、作物に【草木魔法】を施し、初収穫に臨んでから戻りたいと思います」
「そっか。【草木魔法】があれば収穫を早めることが出来るのか。それにしても早くない?」
「良質な土を作りましたので、1度くらい無理をさせても良い物が収穫できると思います。それに魔法鞄があるので野菜や果実は完熟状態で収穫できるのでおいしいはずですよ」
「それはすごい!いいな。トマトとかマンゴーとかも植えてたよな?! カカオやコーヒーなんかも」
「はい。収穫技術や加工技術も心得ております。セージ様のもとへは最高品質のものをお届けいたします」
「ありがとう。期待してる」
【異世界ショップ】のものもしっかりおいしいけど、採れたてとは違そうだし、期待が持てるよな!
「じゃぁ、帰るか」
「えー?!もう?!もう少し見てみたい!」
「店みたいなのいっぱいあるし友達にお土産買っていきたい!」
「えー。…じゃぁ昼までな。メイドさんつけるからきちんと言うこと聞いて行動するように」
「「わかった!」」
ティムトとシィナにはシェヘルレーゼの配下を1人ずつ付け、さらにシロネもつけて自由行動とした。
その間俺はすることもないので喫茶店に入り、漫画を読みながらコーヒーを飲んでゆっくり過ごす――
「な、なんなんだ、ここは。いったいどういう…街?いや、道が…それより一日にしてあの魔物だらけの荒廃した土地が美しい畑に…いったいどうなってる?!」
――ことはできなかった。
今朝起きて、朝食を食べることなく外の景色に茫然としていたコニーがようやく復活。
いままで黙って久遠の騎士達に促されるままここまでついてきていた。
「よし、アーシュレシカ。コニー達に配下を付けて街を昼まで案内してさしあげて」
「はい」
アーシュレシカに丸投げした。
アーシュレシカは配下を5人、コニー達に付け、早速街の案内を開始した。
これでやっとゆっくり過ごせる。
昼になり、皆笑顔で、やりきった感を出して帰ってきた。
手荷物はないようだけど、たぶん魔法鞄に入れ込んでいるんだろう。
「もっと見てまわりたかったー」
「見たことないお菓子たくさんあった!」
「どこからともなく音楽が聞こえてきたッスが、出どころがたくさんありすぎてよく分からなかったッス!けど心惹かれる音楽や歌、素晴らしかったッス!」
「見たこともない酒がアホみたいに安い金額で売ってたぞ?! しかもうまかった!そしてあの『ばす』って乗り物に似た馬無し馬車も、手に届く金額で売っていた!いったいここは何なんだ?! たった一晩でなんでこんな店が出来あがる?!」
子供達もシロネもコニーもみんな大興奮だ。
コニーの従者の人も興奮気味になにか言っていた。
「うん。わかった。飯食って帰ろう」
なかなか興奮が冷めないようで各々まだいろいろ言っているので、喫茶店のマスターを務めるアーシュレシカの配下に喫茶店っぽい昼食を頼んだ。
俺以外の人達には大人も子供もみんなお子様ランチとメロンクリームソーダを注文しておいた。
俺はナポリタンとアイスティーをメインにして、他はたぶんお子様ランチだけでは足りない感じがしたのでシェアしやすそうな各種サンドイッチを適当に頼んだ。
そうして出てきたメニューにも皆大興奮して食べていた。
はしゃいで食べているようだったが、きちんと味わってもいたようで、しきりにおいしいと言ってたべていたので良かったと思う。
そして帰り。
このまま【聖女の願扉】で帰ろうかと思ったが、一度アーシュレシカに止められた。
「仮にも一国の皇帝がお忍びと言えど帝都を出たのを城関係者は知っています。なので一気に帝都に入ることは避け、帝都近くの街道に繋がるよう扉を開いた方がよろしいかと」
なるほど。
そういうものか。
「何の話だ?」
俺達が移動手段について話しているとコニーが入ってきた。
なのでアーシュレシカがコニーにも説明する。
「セージ様が帰りも行きと同じようにずっとバスに揺られ続けるのは嫌だと言うので、帰りはセージ様のスキルで一気に帰ろうかという話をしておりました」
「どんな恐ろしいスキルを使うんだ?」
嫌そうな顔で聞いてくるコニー。
とても心外だ。
「人畜無害な俺が恐ろしいスキルなんて使うわけないだろ。ハルトやマモルと一緒にしないでくれ」
「なにをバカなことを言っているんだ?海に落ちて生きて帰ってきた上に世に出すことも憚られるアイテムを持ち帰ってきたお前が」
ジト目で見られた。
「たまたまだ。そんなことどうでもいいからさっさとバスに乗ってくれ」
勇者とか賢者みたいな戦闘民族と一緒にしないでよね!
帰宅組が皆バスに乗ったのを確認し、聖女スキルの【聖女の願扉】を発動。
するとバスが余裕で通れる大きさの、仮想聖女にお似合いのメルヘンチックな扉が出現。
行きたい場所を扉に向かって心の中でお願いすると、ゆっくりと扉が開き、その先は見たことがある景色の街道へと繋がっていた。
アーシュレシカの配下がゆっくりとバスを走らせ、扉をバスごとくぐると、帝都近辺の街道へ出た。
周囲には他の馬車や通行人はたまたまいないけど、いたら騒ぎになったかな?という考えが少しよぎったが気にしない。
きっと気にしたらこの聖女スキルのネタ感に負ける気がしたので。
バスが完全に扉を抜けると、扉はすぐに閉じて消えていった。
「…ハルトやマモルがお前だけは敵にしてはいけないと言った意味がようやくわかった気がする」
疲れたようにぽつりとコニーがこぼした言葉はちょっと気になる内容だったがスルーした。
「え、ハルト様やマモル様はセージ様のことなんて言ってたんスか?」
おい、そこぉぉぉっ!
適当にスルーしといてくれよ!
「あぁ、怒らせたらヤバいヤツだとか、敵認定されたら終わりだとか、『オレたちはセージがいるからもってるようなもんだ』とか、ここでいなくなられては困る…とかだったか」
具体性がなくて良かったのか、謎設定されていることに嘆くべきか。
「んー、どれも抽象的ッスねぇー」
あとなんで、いつの間にコニーとそんなにフレンドリーになってしまったの、シロネさん?!
相変わらずのコミュニケーション能力に驚きます。
車内でワイワイしているうちに街に入ってそのままゆっくりとバスを走らせて城門まで辿りついた。
数日前にバスを見ていて知っている城の人達は、そろってコニーを出迎えた。
ついでなので俺達もここで降り、バスを【アイテムボックス】にしまう。
「思った以上に早く帰ってきてしまったが気分転換にはなった。感謝する」
「あ、あぁ」
急に偉い人みたいな言葉遣いになってコニーにちょっと引いてしまった。
あとたぶんあの街で爆買いして、コニーもいい気分転換できたっぽい。
「陛下、もし次も同じような事があるのならば、扉を出しても良い専用の部屋などを用意してくだされば幸いです」
アーシュレシカが余計な事を言った。
次とかナイから。
でも確かにここで城の大勢の人達に囲まれるよりは穏便か。
いやいや何考えてんの俺。
次とかないし!
「おう!それはいい考えだな!わかった!作っておく。ではな!…あ、いや、寄ってくか?」
なんだその社交辞令的な「寄ってくか?」は。
「作らなくていいですし、寄りません。お仕事がんばってください。では失礼します」
「お、おい、なんだよ急に他人行儀な」
他人なんで、という言葉をぐっとこらえ、
「失礼します」
とまた言って、俺達は宿へ戻る。
が、途中で夫人の侍女に捕まった。
「セージ様、セージ様!」
ミスティアだった。
一応淑女の範囲内で急いでこちらにやってきてなるべく粗相にならない程度に声を張り上げ俺を止める。
あと5分も歩けば宿に着く、そんな場所で声を掛けられた。
しかも相手は息を切らせてやってくるので、いったい何事かと思う。
というわけで、シロネがかわりに問うてくれた。
「何事ですか?」
久々の秘書モードシロネさん。
「はぁ、はぁ、す、すみません。変わった馬車が王城に向かったと知らせが入ったもので、セージ様がお帰りになったと思い、急いでここまで来ました。お見苦しい姿をお許しください」
ぜぇぜぇ言いながらそこまで言うのは侍女としての根性だろう。
シロネもなんか可哀想になったのか、水を差し出しているし、ミスティアも慣れたもので、元々この世界には存在しないはずのペットボトルのキャップをひねり、ゴクゴクと飲んでいる。
【ミニチュアガーデン】での2年半が確かに感じられる。
「ぷは、はぁ。ありがとうございます。先日は弟のこと、ありがとうございました。セージ様に家族ともども心からの感謝を。そしてセージ様への感謝をあの日から毎日家族でお祈りしております」
え、やめて。
そんなこといいから!
それに既に何度も感謝の言葉言われてるからもう大丈夫です!
てか用件を早く!
「それは良い心がけですね」
シロネさん?!
なに得意げに言ってるの?!
急にどうした?!
「ありがとうございますっ!」
あんたもなんで照れくさそうにしてる?!
「あの、用件は?」
「しっ、失礼しましたっ!それで、すぐに店まで来て頂く事は可能でしょうか?」
良かった。
急遽した俺のかじ取りで本来の目的を思い出してくれたミスティア。
「何があったんですか?」
シロネも思い出してまた質問する。
要領いいよな、シロネって。
でもその要領にいつも助けられてます。
ありがとうございます、シロネ様。
すぐに店まで来てほしいみたいなことを言われたが、何があったのか分からないうちは行きたくないので、とりあえず一旦落ち着いて道の脇に場所を移し、改めて用件を聞く。
「お店がとても繁盛しすぎて、予備として用意してあったマニキュアも残り少なくなっていまして、さらにアテナさんやダヴィデさんが一部のお嬢様方に大人気でして、それでもう少し人員を…」
足りない物メモみたいなのを渡された。
ネイルのカラーに除光液やコットン、トリートメントオイルやハンドクリームなんかも足りないのか。
「じゃぁ今から商業ギルドに行って人を雇ってきます」
「あ、いえ。ギルドからももちろん後でお願いしたいのですが、それとは別に、できればシェヘルレーゼ様とアーシュレシカ様の部下の方をセージ様からご紹介下さるように、とエストラ様が」
「……なるほど」
なんとか喫茶状態になっているのか…。
というか、そんなに混雑するほど店に人を入れて大丈夫なのか?
でも夫人に丸投げした手前何も言えない。
「わかりました。とりあえずはすぐにシロネに足りない分を持って行ってもらいます。人員はこれから宿に戻って……考えます」
「ありがとうございますっ!どうぞよろしくお願いします!では、不作法ではございますがこれにて失礼いたしますっ!」
と言ってミスティアはまた駆け出し、店に戻っていった。
あれ?
今更だけど、もしかして彼女も店で働いてる感じ?




