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056 セージの本領

 


「す、すみません。ですが、上級ポーションだけでもいただけたら幸いにございます」


 そう言って腰を折り、頭を下げて後ろへ下がるミスティアさん。


「わかりました。皆さんの希望の報酬を明日までに用意します。ミスティアさんはその弟さんの所まで案内してください」


「えっ?……あ、そんな。セージ様に足を運ばせるような事は出来ませんっ!明日、弟を連れてきてもよろしいでしょうか?!」


 一瞬呆けたが、すぐに理解して俺に予定を聞くミスティアさん。


「ふふふ。セージ様、従者の事は呼び捨てよ?」


 きちんと訂正を入れる夫人。

 職務を全うする様、流石です。


「あ、はい。ではミスティア、弟を無理に動かそうと言うのならこちらからうかがいますよ」


「だだ大丈夫ですっ!めっそうもございませんっ!その、よろしければ今日の内に寮に連れてきても良いでしょうか?!」


 聞けば王都の、一応ギリギリ貴族街と呼ばれるところに実家があるのだが、ここまで距離があるのと事。

 なので今日の内にこの宿に近い寮に連れてきて、明日の朝、余裕を持ってここまで連れてきたいらしい。


「それは構いません。空いている部屋も自由に使って下さい」


「ありがとうございますっ!」


 と涙を滲ませて、流れるのを我慢しながら気合いを入れて俺に礼を述べるミスティアに、ちょっとだけ不安になる俺だった。



 その後まもなく夫人達は一時帰宅する事になった。

 寮ではなく家に帰るらしい。


 家の人からすれば一泊外泊して戻ってきた事にはなるが、夫人方からすれば二年半ぶりとなる。

 一家団欒を楽しんでくれれば幸いだ。



 夕方5時過ぎ。

 シロネ達が戻ってきた。


 従業員さん達の指名依頼書に本日の仕事完了としてカードに魔力を通して解散。


 俺が魔力を通したカードを商業ギルドで確認してもらえばギルドで本日分の給料がもらえるのでなんだか嬉しそうだった。


「貴族と言っても暮らしぶりは質素そのもののようッスよ。セージ様に貰った服と靴、それから毎日平均以上に手に入る給金に、快適な食住環境に浮かれているみたいッス」


「そうなの?キンバリーさんは一般的な賃金だって言ってたけど」


「貴族からしたら一般的かもしれないッスけど、平民の感覚に近い貴族ッスからね。平民のキンバリーさんの貴族像と下級貴族長男以下の子弟の実態とでは認識が違ったのかもしれないッス」


 貴族にも色々格差があるのか。


「そうだったのか」


 夫人から教育を受けた二人ではなく、普通に一日を過ごしていたシロネから入る情報。


 コレだからシロネさんは必要なんですよねー。


「あ、そう言えばシェリーちゃん、アーシュくんお帰りっス」


「ありがとう、シロネ」


「ただいま、シロネ」


 シロネに対してなんだかとてもフレンドリーなシェヘルレーゼとアーシュレシカ。


 またしても「いつの間に」である。


 アテナとダヴィデはまだ同期中で動かない。

 さっき使用人部屋をのぞいたが、ダヴィデはきちんとベッドで眠っていた。


 シロネに付いていたアテナも、ダヴィデから【ミニチュアガーデン】の扉が観測された時点で情報が入ったらしく、急いで二階の空き部屋に行って眠りについたらしい。

 そしてなかなか起きないのでそのまま置いてきたっぽい。


「はぁ。何度聞いてもイマイチ分からない仕組みッスね、同期って。でもなんとなくスマホみたいな感じだってのは理解できるっス」


 それでも理解できたのは充分すごいと思いますよ?



 シロネが合流したことで、今日の事を話す。


 シロネは店の事、従業員の事、奴隷の事。

 特に何事もなくネイルの勉強や作業効率を考えて実践形式でやってみたらしい。


 シェヘルレーゼとアーシュレシカは【ミニチュアガーデン】での二年半を要約した報告。

【異世界ショップ】の事は話してないが、二人が【アイテムボックス】から出す衣類やアクセサリーを夫人がたいそう気にいったとか、あちらで過ごす家の快適さや食事にもう後戻りできなくなっている事とか、二人の美容知識やテクニックにおぼれまくっているとか、なんかヤバそうな報告だった。


 俺は店の事、コニーに貰った家の事、維持する人員の事、夫人の護衛の人達の報酬はどれがいいか悩んでいる事。

 それはシロネが平民的な知識を持って答えを出してくれた。


 店は後で夫人にも相談しながら細かい方向性を決めるとして、コニーにもらった家は近いうちにシェヘルレーゼとアーシュレシカの配下を二人ずつくらい置いておいた方がいいこと。

 それから夫人達の報酬は、若返りの実は同じ物を用意するということでいいとして、防具類は1つ目か4つ目に潜った海底ダンジョンの比較的浅い層で見つけた防具類ならいいんじゃないかということだった。


 アーティファクト級の武器や防具はハルトとマモルに全部あげたし、俺が持っているのはそれ以外もの。

 海底ダンジョンで子供らに初期に使わせていた防具類だ。

 それでもかなりの性能があるので、あれらでいいのではないか、というお答をいただいた。


 流石シロネさん。

 頼りになります。


 シェヘルレーゼとアーシュは「なるほど」顔してるし。

 そういえば君達貴族側の知識ばっかだったね……。

 平民知識も貴族知識に沿った知識だから、ガチ平民の知識や一般的な知識はシロネには敵わないか。



 話し合いが終わる頃にはマモルとシュラマルが、その後でティムトとシィナが、それからなんだか久々にハルトとマーニが帰ってきたので、久々に皆で夕食となった。



 翌日、ちょっと遅めの時間に宿に来た夫人達に報酬を渡す。

 昨日コニーに報告し、コニーからも充分報酬を貰ったらしいが、これはこれだ。

 それに最初に約束しちゃったし。

 夫人がコニーから給料もらうだろうことなんてすっかり頭になかったし。


 ミスティアさん以外はみんな喜んでくれた。

 若返りの実なんてそれだけでもひと財産になる。

 防具類もまず市場にでまわらないようなぶっとびの高性能。

 どれも金貨1万枚積んでも手にいれられない物だ。


 そしてミスティアさんの弟。


 言葉は普通に話せるし、会話もきちんとできる。

 自己紹介もきちんとしてくれて、一応患部を見せるために、「お見苦しい姿を失礼します」といってから上半身裸になり、ズボンも足の付け根までまくりあげている状態で俺の向かいのソファーに座らされている。


 顔中に古傷や鋭い爪か何かで抉られた痕が。その傷を負った時、失明したらしい。

 そして肩や横腹はさらに深くえぐれていて、右手も失った状態。

 足は一応両方ともあるが、右足の太ももとふくらはぎの肉が、かじりとられたみたいに抉れていた。


 事実、魔物に肉を食われたんだとか。


 それでよく生きてましたね?!

 という感想しか出てこなかった。

 口には出さなかったけども。

 出さなかった俺、偉いと思う。


 当時、既にミスティアが奉公していた夫人のツテで、宮廷魔術師や回復術師、果ては教会の回復術師にまで頼んでなんとかこの状態に落ちつき、怪我もふさがった状態ではあるが、日常生活を送るには困難な状態。


 そしてそのことがあり、ミスティアの実家やミスティア個人はメージス侯爵家に結構借金をしているらしく、侯爵家の温情でギリギリ奴隷落ちしなくて済んでいる状態で、家は既に没落している。

 ちなみに男爵家らしい。


 その長女がミスティアさんで、長男がこの弟くん。他に兄弟はいないらしいので、ミスティアさんが家督を継ごうにも、借金まみれの男爵家に婿に来てくれる人はいるはずもなく…。


 しかし借金は昨日、対価として受け取った若返りの実を国主催のオークションに出すことを決めたので返済の目処が立ちそうだと言う。


 ってことで残る懸念は目の前の弟、ということらしい。


 その弟くんもわざわざ夫人が人を手配してここまで連れてきた。


 そしてこの弟くんは、上級貴族の子の遊び相手を務めている最中に魔物にやられたと言うのだけど、その上級貴族は「当家に責任はない」として治療費の銅貨一枚すら払ってくれなかった、という顛末で今に至る。


 帝国もなにかと闇が深そうだ。


 俺は体の状態やこうなってしまった経緯を健気にも説明するミスティアの弟くんに向かって


「なるほど。よく今まで我慢したね。エライな」


 そう声を掛けると、弟くんは


「う゛ぅぅっ、うぐっ、う、んっ」


 と声だけで泣いていた。

 涙は出ない。

 涙腺もつぶれてしまっているらしい。


 その後ろで姉であるミスティアさんも涙を流している。


「でも正直俺の持っている薬で治るかはわからない」


 そう言うと、ガッカリしつつも「わかっていた」みたいなどこか諦めた顔をし、それでも俺の所持する薬にほんの少しだけ期待を寄せる、そんな複雑な顔をするミスティアと、ぐっと何かを我慢する弟くん。


「薬の事は専門外だけど、俺は回復魔法だけは得意なんだ」


 そうなるべく自信ありげに見えるように言ってから、俺は効果に対して発動が地味な【聖女の癒し】と【聖女の慈愛】に、聖女スキルで二番目に派手なスキル、【聖女の輝き】を掛け合わせてちょっと神々しい演出をして回復魔法かけてる感を演出し、実際に回復魔法を掛ける。


 ちなみに【聖女の輝き】は俺と弟くんの両方に掛けた。


 しかも本来なら一瞬で回復してしまうところを、10秒くらいかけてじわじわ治した。


 何故かって?

 シャロ―ロ・ラ・スヴィケの冒険者ギルドで使った俺の回復魔法の早さや効果が異常だとバールに言われたので、少しでも異常に見えないように演出を心がけてみたわけです。


 さて、これでどうでしょうか?


「こんな事が…」


 目の前の光景に唖然とする夫人。


「あ゛あぁぁっ、ジャスティン…!ジャスティンっ!」


 号泣しながら、弟くんに抱きつくミスティア。


「うわぁぁ、わぁぁ、み、見える…見えるよ、姉さん。あ、あぁ、手もある。足も、へ、へこんでないっ!おなかも痛くないっ!」


「う゛んっ、う゛んっ、顔も元通りだよっ、肩もおなかも、手も、脚も、元通りだね、……よかった。よかったねっ!」


 自分の変化に気付いて、喜び、それから自分に抱きつく姉にさらに抱きつく弟くん。…ジャスティンくん。


 しばし二人の喜びを見まもり、二人が落ち着いたところで、ボーっとみていた夫人達に声を掛ける。


「これで報酬の支払いは終わりです。二年半、ありがとうございました」


 俺の言葉にハッとし、こちらに顔を向け、だが一瞬なにか恐ろしいものでも見るかのような目を向けられた。

 だけど夫人はすぐに表情を取り繕って、淑女の礼をとった。


 それに倣い、夫人の従者さんもそれぞれの役職にふさわしい礼をとったのを見て、俺はこの場の解散を告げた。




 どこか夢見心地のままの夫人達を見送り、ひとり宿に残る。


 いや、部屋付きのメイドさんいますし、シェヘルレーゼとアーシュレシカも居ますが。


 昨日の話し合いで、店のことはアテナとダヴィデに任せる事にした。

 今日一日でシロネから仕事を引き継いでもらう。

 シロネからの仕事の引き継ぎが終わり次第、商業ギルドへ行って、現場監督の変更を行う。


 そうすると毎日俺が行っていた、従業員さん達の朝夕の指名依頼依頼書の魔力通しを俺じゃなくてアテナかダヴィデが行えばよくなる。


 やったね。


 あとは……コニーにもらった大豪邸は昨日の今日だし、【堅牢なる聖女の聖域】も掛けてあるし、しばらくは放っておいても良いだろう。


「ってことで、豪農計画会議を始めようと思います」


「農業の知識も得ております、やっとお役に立てそうです」


「特殊免許も取りました。重機の運転もお任せ下さい」


 すごいね。

【異世界ショップ】なんでもありだね!


 通信教育なんてのもあるらしく、実地なんかはコンシェルジュが監督として試験の合否をくれるらしい。


 結果、シェヘルレーゼとアーシュレシカはかなりの知識や技能を身に付けたと言っていた。


 買えるだけの書籍を買い込み、読みまくり、【異世界ショップ】の通信で取れるだけの資格をとりまくり、何故か医師免や大型自動車免許、海技士、教員免許、マンション管理士、税理士なんかも取っていた。


 ……どうやって?


 そしてちょっと怖くなって【異世界ショップ】のチャージ画面を見れば、あれだけあったチャージ金額がほぼ底を突いていた。


 恐ろしい。


 けど大丈夫。

 万能スキルの【異世界ショップ】錬金術ですぐに金策出来るからいいんだ。


 ってことで、世に出せない魔石やら海竜・海龍の骨やら素材やらをまたアイテムチャージにぶっ込んでサクッと速やかに金貨9,000枚作っとく。


 骨や皮類もそろそろ底を尽きかけているので、また海底でも潜って拾い集めてこようかなー。

 あと意外に道端の大岩とかいい金になるんだよな。

 あれも機会があったら拾ってこよう。



 帝都商業ギルドのギルドマスターであるキンバリーさんに貰った帝国の地図を出し、コニーから買った土地を眺めながら豪農計画を練る。


 貰った土地の規模だと、二人から500体ずつの配下を出してもらえば事足りることが判明。


 何を植えるかとか、どんな建物を建てるかとか、こっちは勝手が悪いからこっちにコンビニ作ろうとか、楽しく計画を建てることが出来た。


 それで午前中を過ごし、午後からはとくにすることもないのでひたすら聖水作りをした。


 慣れてくると、複数のビンを意識すれば一気に聖水を中に満たすことが出来た。


 聖水のビンは既にアンプル状に作られていて、気密性を高め、むやみに開けられないようにできている。


 開けると揮発性の高すぎる聖水が周辺にまき散らされ、半径1kmくらいにその効果が発揮される。

 …って話だった。


 自分で使うこともないのであまり話は聞いていなかったけど、とりあえず俺はこのマモル特製のアンプルに聖水をどんどん目視で満たしていけばいいってだけの話だな。


 2時間ほどで1000本詰め終わった。

 これでしばらくは作らなくて済むな。



 お茶を一杯ゆっくり飲んで、この後なにするかを考え、特にすることもないので昼寝。


 夕方に起きて、夕食を食べてからアテナとダヴィデを連れて商業ギルドへ行って責任者変更の手続きをすることが出来た。

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