055 夫人、覚醒
夜に一旦マモルだけが【ミニチュアガーデン】から出てきて、シェヘルレーゼとアーシュレシカは引き続き明日の朝まで【ミニチュアガーデン】内で学習しまくる事に。
一応【ミニチュアガーデン】内ではマモルの妖精タイプの久遠の騎士を置いてきたので、何かあってもすぐ出てこられるようにはなっている、ってことだった。
「ま、何もないと思うけど。ところでセージ」
「ん?」
「若返りの実、もっとくれないかな?」
可愛い感じにお願いされた。
けど俺は知っている。――おまえのおっさん姿を。
いくらそんな風にお願いされてもあのおっさん姿がチラついてしまう。
「いーよ」
どっちにしろ渡すんだけどね。
5000粒くらいあれば間に合うかな?
「とりあえず500コくらいで」
桁がひとつ違った。
あぶねぇ。
イカレたやつだと思われるところだった…。
「はい」
100粒ずつ容器に入れてマモルに渡す。
「ありがと」
「そういやハルトは?」
「冒険者ギルドで無双してる」
無双と聞いて勇者がヒャッハーしている絵を想像してしまった。
魔物が多い大陸だし、あながち間違いではなさそうで怖い。
「さすが勇者」
「ははは。だねー。…セージはやりたい事決まった?」
おう、人の事聞いてる場合じゃなかったね。
そうですね。
焦って迷走している俺ですね。
「あぁ、うん。成り行きもあってお試しで商売してみることにした。でもそれは人に任せて、もう少ししたらまた旅してみようかなと」
「えぇ?大丈…夫そうだね。シロネと久遠の騎士居るし」
「うん。やっぱり俺だけここで待ってるのは落ち着かないし。二人がばらけて帰還方法探すって言うなら俺も二人とは違う方向探してみるよ」
「そっかー。あ、ちなみにコニーの城の図書室の本や大帝国に属した元王国なんかが収蔵していた本や巻物なんかは全部読み終わったけど、帰る方法見つからなかったよ。これから随時他の国の本も調べる予定」
あの図書室、地域の図書館以上に本があった気がするんだけど。
あれ全部読んだんだ。
巻物とかもあるし、石板や木の板に書かれた物も多くあったみたいだし、めっちゃ頑張ったんだなー。
おっさんなるくらいの時間かけて。
「ちょ、なにその慈悲の表情。やめてよー」
「だっておじさん…」
「だーかーらーっ」
「冗談冗談」
「もー、ほんと勘弁してよ」
それだけ長い時間調べものして、歳をとっても変わらない感じを出してくれるマモル。
すごいぞ賢者!
ありがとう賢者!
「それにこの世界の書物に飽きたら適度に【異世界ショップ】で漫画やラノベ読んだり、アニメ観たりして適当に息抜きしてたから大丈夫。調べ物半分息抜き半分くらいで」
「おい」
「はははっ」
いや、調べものしてくれたことへの感謝には変わりないけどもっ!
異世界に来ても趣味に没頭できて良かったですね!
「あ、そう言えばセージに報告あったんだ」
「報告?」
「うん。なんかね、僕達の【異世界ショップ】スキル、ちょっとそれぞれショップ内容違うみたいなんだよね」
「と言いますと?」
「僕もハルトもかなり【異世界ショップ】のレベル上げたんだけど、セージと同じショップが出ないんだよ。さらに言うならレベル10で分岐するみたいで、ハルトが武器や防具、攻撃特化型のショップがたくさん出てきて、僕のは錬金術や薬師系で使う触媒や薬品なんかの特化型ショップなんだよ。だからセージみたいに生活密着型のショップが少ないんだ!」
最後の方、涙を浮かべて説明された。
ついでに手を出してきた。
「な、なんだよ?」
「またセージの【異世界ショップ】のディスポ端末発行してくれないかな?」
その為の手でしたか。
なるほど。
【ミニチュアガーデン】で30年過ごしている間に使いきっちゃった訳ですか。
「わかったよ」
といって一気に100枚渡す。
「貰ってばかりで申し訳ないねぇ」
と言いつつマモルの【異世界ショップ】のディスポ端末もくれた。
なるほど。
ちらっとラインナップ見たけど、俺に全く需要が無いヤツだ。
「こっちこそ、調べ物全部任せてごめん」
「いやいや、僕の職業だからこんなもんで済んでるけど、セージだと何百年かかっても調べきれないからね?ハルトは僕の倍くらいの時間掛ければなんとかなるかもだけど。だから適材適所ってことで」
「お、おう。ありがとう」
適材適所か。
その言葉、地味にダメージ来るぜ。
俺の職業、なぜ男子高校生なんだよ!
せめて聖人とか聖者とかだったらもっとマモル達の役に立てたのに。
たぶん。
それでもどう役に立てたのかは分からないけど。
それともその職業になれていたら、役に立てる考えが浮かんだのだろうか?
久しぶりにマモルと長くしゃべった気がする。
まったりしゃべりながら皆で夕食を食べた。
ハルトはいなかったけど。
翌早朝。
シェヘルレーゼとアーシュレシカが【ミニチュアガーデン】から戻ってきた。
と同時に、二人の配下がバタンと倒れた。
「ひっ?!」
その音で目覚めた俺。
情けない声を上げてしまった。
すると俺の寝室に入る許可を求める声。
そしてそれを許可すると
「「セージ様、ただいま戻りました」」
ぶっ倒れた配下を気にする事もなく、ごあいさつをくれるシェヘルレーゼとアーシュレシカ。
そのあとサラッと倒れた配下を部屋の隅に並べた。
せめてベッドに寝かせてあげましょうよ…。
「お、おかえり。…これはいったい」
「知識の同期に一時活動を停止。バランスを維持できずに倒れたようです」
「数時間程度このままとなります。お見苦しいかと存じますが、なにとぞご容赦を」
ご容赦もなにも…どゆこと?
詳しく聞けば、こまめに知識共有すればこんな風に倒れたりすることなく作業しながらでも出来るらしいのだが、一旦隔絶された世界…この場合【ミニチュアガーデン】で膨大な知識を得てからこちらの空間に戻ってくると、その知識が一気に、既に出してある配下に流れていく。
知識を得た状態で改めて配下を出す分には問題ないのだが、もともと出してある配下にはこんな感じになる、と。
「なるほど」
「我々も【ミニチュアガーデン】を出て初めて知りました」
「本日メージス夫人と【ミニチュアガーデン】に入る際もありますし、なにか対策を考えないといけませんね」
「一旦配下戻せばいいんじゃないの?」
「それですとセージ様の手足となる者がおりません」
「今日いっぱいならシロネひとりでも大丈夫じゃないか?ティムトとシィナもいるし」
「いえ、やはり不安なのでこの二人を出しておきます」
「我々が【ミニチュアガーデン】内で過ごしている間、外で過ごしている配下の情報も、欲しいですし」
そ、そうですか。
なにもそこまで徹底することもないじゃんさ。
午前9時。
シェヘルレーゼとアーシュレシカの配下の二人がようやく目を覚まして小一時間ほど経った頃。
夫人たちが宿に来て、マモル達とあいさつした後、早速マモルに【ミニチュアガーデン】をお願いする。
マモルの隣にはマモルの妖精型の久遠の騎士のアムが控えている。
現在の格好は人族と変わりない、20くらいの女性の姿だ。
夫人対応の格好にしたらしい。
「僕の代わりにこのアムが加速世界で夫人方のお世話をします。アムに言えばすぐにでも加速世界から出られますので、嫌になったらいつでも出てきて下さい」
「ありがとう存じます。それではアムさん、よろしくね」
ふふふ、と、どこか楽しそうにしている夫人と、不安しかないような夫人の側近との差がなんともいえない。
俺も自分の久遠の騎士の教育をきちんとお願いした。
「それでは、どうぞ」
そう言ってマモルが夫人を促し、【ミニチュアガーデン】内へ。
その後をシェヘルレーゼとアーシュレシカが、俺に会釈をしてからすぐに追いかけた。
この扉があいている間は外と変わりない時間感覚で、扉が閉じると同時に中の時間が加速されるらしい。
夫人を【ミニチュアガーデン】内にエスコートしたマモルが、宿の部屋に戻ってきて、【ミニチュアガーデン】の扉を閉めた。
「さてと。これで加速開始かなー」
「ごめんな。スキル一日借りることになって。マモルも中で過ごすのかと思った」
「それも考えたんだけど、やっぱり他人とずっと一緒の空間はキツイかなーって。それに久々に普通の時間を過ごしたいじゃない?今日は一日のんびり帝都観光でもするよ」
「そっか。ありがとう」
言葉通り、マモルはすぐに出かけていった。
俺はどうするかな。
いや、どうするもなにも、今日は店を仕上げてしまおう。
その後でコニーからもらった家も魔改装するんだ。
「シロネはシェヘルレーゼの配下を連れて従業員さん達のサポートしたり面倒見てあげたり、商業ギルドとのやり取りとか教えてあげて。俺はアーシュレシカの配下を連れて店の手直しや、コニーに貰った家を住みやすくしてくる」
「了解ッス。…ところで」
「ん?」
「シェリーちゃんとアーシュくんの配下のお名前決めないッスか?呼ぶ時困るッス」
既にシェヘルレーゼをシェリー、アーシュレシカをアーシュとよんでいる、だと?!
さすがかシロネさん!
そのぬるっと入っていくコミュニケーションスタンス、素晴らしいです。
「あ、うん。じゃぁ…」
シェヘルレーゼの配下その1は見た目が戦乙女系アマゾネス風淑女。
アーシュレシカの配下その1の見た目は造形美系マッチョイケメンだから…
「アテナとダヴィデかな」
「アテナちゃんとダヴィデくんッスか!何故かはわからないッスけど妙にしっくりくる名前ッスね!」
「「名をいただき感謝します」」
そう言って二人は丁寧に、腰をおり、感謝を言う。
名前を付けた瞬間、アテナとダヴィデが今までよりもずっと滑らかに、人間らしい表情と動きをするようになったのにはちょっと驚いた。
それからは予定通り、午前中いっぱいを店の魔改装をし、午後になり、コニーに貰った物件も結構魔的に手を入れ、外観をほぼそのままに、中は結構思いきって変えまくった。
もちろん景気づけに【クリーン】で新品同様の見た目にしてから色々変えた。
庭も【異世界ショップ】のコンシェルジュと相談して造園の専門店で優雅でオシャレな感じに綺麗に整えたりつくりかえたりしてもらった。
洋風の東屋とか温室が出来たりして結構いい感じになった。
アイテムはアレだけど、植物なんかは一応気を使ってこの世界の植物で仕上げた。
コニーから貰った物件は貴族街の中でも結構いいところの空き家だった。
前の家主はこの屋敷の維持が出来なくなり、貴族街の端っこの方に新たに小さな屋敷を建ててそこに移り住んだらしい。
それを仕方なく国で買い上げてずっと維持し続けていたんだけど、それだけで結構金がかかって大変だった…と、コニー付きの文官さんがぶっちゃけていた。
維持ねぇ。
誰も住んでいない状態の屋敷の維持だけならアーシュレシカの配下2人くらいいればこの規模でも何とかなりそうだな。
相談して人数増やしたりすれば問題ないな。
やることやったので後は泥棒が入らないように【堅牢なる聖女の聖域】をかけ、いただきモノの大豪邸を後にした。
数日後、庭だけなら自由に出入りできるようにしていたこの家は、帝都のちょっとした観光スポットになっていて、コニーが慌てて警備を手配していた事を後で知った俺だった。
宿に戻り、ダイニングテーブルでまったりティータイムを過ごしていると、ソファーセットの近くにほんのり光が帯び始め、それから間もなく【ミニチュアガーデン】の扉が現れた。
そして扉が開かれると、賑やかな声が聞こえ、夫人達が御帰還。
「はぁ、なんだかずいぶん久しぶりですが、これであれから半日程度しか経ってないのでしょう?」
「はい。6時間程度です」
夫人の言葉に冷静に答えるマモルの久遠の騎士。
「ふふふ、なんとも不思議ねぇ…まぁっ、セージ様!」
俺に気付いた夫人が俺のもとへ駆け寄る。
……なんだかめっちゃあか抜けてる。
朝ここに来た時は普通に貴族のご夫人だったのに、今は現代風でありながらこの世界に馴染みそうなオシャレで優雅なドレスと装飾品を身に付け、化粧も肌に合ってしっかり馴染んでいる現代風のもの。
髪型も髪飾りもきっちりしているのにしっかり抜け感のある上級者な感じがあるし、爪も上品にアートしてあったりデコってあったりしている。
体のラインももともとほっそりはしていたが、今はほっそりの中にも健康的なハリがあって艶やかだ。
「お帰りなさいませ、夫人。お仕事お疲れさまでした」
「ありがとう存じます。でもとても楽しかったわ」
「それはよかったです。それになんだかとてもみちがえましたね」
「ふふふ、うふふふふ。そうでしょう?シェリーとアーシュがとってもよくしてくれたのよ。それにスパにエステにネイルにリラクゼーション…、みたこともない、斬新で優雅なデザインのドレスに装飾品の数々。靴だってそうなのよ。あぁ、それにこの髪。潤いとツヤが。こんなの十代の頃だってなかったわ」
そうか。
夫人がご機嫌で何よりだ。
そして普通にシェヘルレーゼとアーシュレシカをシェリー、アーシュと呼んでいる。
仲良くなったようで何より。
まだまだ嬉しそうに話す夫人。
その後ろでは困った顔をしながらも嬉しそうな夫人を見て穏やかな顔をしている夫人の従者さんたち。
従者さん達もあか抜けてみちがえている。
護衛の人達は筋肉が一回り大きくなった感じがするし、文官も侍女さんも洗練度が増した気がするし、揃いの制服という概念を持ったようで、職業別にきっちり着こんでいるし、オシャレにも気を使っている感じだ。
最後に【ミニチュアガーデン】から出てきたシェヘルレーゼとアーシュレシカはとくに変わった様子もなく、ささっと俺の背後に控え、夫人が話し終わるのを何食わぬ顔で待っている。
最後にマモルの久遠の騎士が【ミニチュアガーデン】の扉を閉めるとその扉は完全に消え、マモルの久遠の騎士…アムはそっと壁際に立ち、待機の格好をとった。
ちなみにダヴィデは、【ミニチュアガーデン】の扉が現れたのを見て急いで従者部屋のベッドに横になりに行った。
また知識同期でぶっ倒れ、俺に情けない姿をさらしたくないからと急いで行ったけど、間に合っただろうか?
それにシロネに付いているアテナはどうなっただろう。
「そうそう、忘れるところだったわ。シェリーとアーシュにはきちんとわたくしやわたくしの従者達の知りうる限りの事は教えたわ。それこそこの大陸、この大帝国の表と裏も含めてね。でもそれ以上の事となると他の人材を雇わなくてはならないけれど」
「いえ。充分です。ありがとうございました」
「うふふふ。それで明日からはセージ様の教師役をすればいいのね?」
「いえいえ。明日からはご自由に過ごされてください。この二人の教育をしてくれたことで夫人の仕事は完了ということに」
「まぁ、そんな…実質2日で終わってしまった事になりますのよ?」
「それでも夫人にとっては数年あちらですごされたんですよね?」
「うふふ、そうなの。二年半だったかしら。とっても楽しくて充実した日々でしたわ」
夫人、めっちゃ満喫してたっぽい。
そして結構長い事いたな。
俺は少し夫人に時間を貰い、マモルに時間停止の魔法を付与してもらった片手のひらに収まるぐらい小さな、美しく装飾された陶器製のボンボニエールに5粒ずつ若返りの実を入れた。
それを
「こちらは二年半の対価です。その入れ物に入れたままであれば腐る事はないので、様子を見ながら1日1粒ずつどうぞ」
夫人と、夫人の従者さん達にも配る。
「ありがとう存じます。それに大変貴重な入れ物まで…」
とても感慨深げな顔で受け取る夫人。
夫人の後にもそれぞれ神妙な面持ちで俺から小さな入れ物を受け取る従者さん達。
「さて、それでは報酬は何にするか決めていますか」
「あ、ふふ、そうでしたね。そんなお話もありましたわね。でもわたくしたちは充分あちらでよくしてもらいましたわよ?お土産だってたくさんいただきましたの。ドレスに靴に宝石、お茶やお菓子まで、それはもうたくさんいただきましたわよ?」
素で忘れていたっぽい夫人。
そして思った以上にたくさんのお土産を手にしたようだ。
「それは必要経費ということで。しっかり約束は守らせて下さい」
そう俺が言うと夫人は申し訳なさそうに、けれども嬉しそうに口元をほころばせた。
そして少し考えて、
「ではこれと同じ物をもう一つ」
自分の手のひらに収まっている容器を愛おしそうに見ながら、そう答えた。
夫人のあとから夫人の従者の人達に聞けば、護衛の人は三人とも防具を、文官さんは二人ともがノートパソコンの魔道具、侍女さんはふたりが夫人と同じように答え、もう一人が弟の目を治してほしいとのことだった。
「どんな事でも、とセージ様はおっしゃいました。セージ様ほどの方でしたら、弟の目を治す薬をお持ちではないですか?」
「ミスティア…」
痛ましそうな顔で、自分の侍女の名を呼び、見つめる夫人。
それから申し訳なさそうな顔を俺に向けた。




