054 若返りの実の使い道
俺に常識を教える役目をコニーに与えられた、前メージス侯爵の奥さんで、現メージス侯爵のお母さんである、エストラ・ストナ・メージス夫人。
前でも現でもメージス侯爵とは会ったこともないけども。
夫人はさっき宿に帰ったばかりの俺がメイド連れで夫人のいる寮にまた顔を出したことを不思議そうにしていたが、理由を述べると納得してくれ、依頼を快く受け入れてくれた。
依頼内容は俺の久遠の騎士にしっかりと夫人が知りうるこの大陸、この国の知識や常識を教えてほしいということ。
俺に常識を教えるのではなく、久遠の騎士に教えてほしいというのは、ずっと行動を共にするのもお互い気疲れするだろうし、俺もずっとこの国にいるわけではないからと正直に伝えた。
それをふまえた上で教えてくれる気があるのなら、マモルの魔法で作られた、時間が加速された空間で俺の久遠の騎士の教育をしてほしい。その教育が終わるまでそこで過ごしてほしいというお願いだ。
「加速世界では現実世界の1日が、2~3年になるように設定する予定らしいです」
「その、わたくしよくわからないのですが、マモル様の加速世界? で過ごすにあたって、何年も過ごすということは、わたくし、こちらに戻ってきた時は、数日ぶりにお会いする方からすればとてもおばあちゃんになって戻ってくるということかしら?」
それはちょっと考え物かしら?
と頬に手を当てて困ったポーズをする夫人。
1~2年程度でおばあちゃん?
お年頃からすればそう思うのかな?
「そうですね。ではこちらを差し上げます」
ころりと小皿に一粒、小さな果実を夫人の前に出す。
「これは?」
「若返りの果実です」
「……………わ……?」
「若返りの果実です」
茫然とした様子だったので同じことを繰り返し言う。
「「「「「若返りの果実!?」」」」」
夫人だけではなく夫人付きの文官やメイドが真剣な眼差しで、たった一粒の果実を凝視する。
「1粒で1歳若返ります。若返る事が出来るのは1日に何粒食べても1歳です。3粒あったとして、1日1粒を3日に分けて食べれば3歳若返る事になります。ちなみにナマモノですのでずっと取っておけるわけではありませんのでご注意を」
「で、では、その加速世界で過ごした時間はこちらに戻ってきてその実を食べれば影響がないということかしら?」
「影響は……どうでしょう?」
「どどど、どういうこと?」
「過ごした経験や知識は消えないので、精神は年齢相応となります」
「それは……えぇ。このお話、お受けいたしますわ。知識をそのまま保つことが出来て、老いた1年分の肉体を若返らせることが出来るだなんて……願ってもない事です」
「ありがとうございます。では加速世界で1年あたり、この果実をひとり2粒、報酬としてお渡しします。それ以外にも……なにか一つずつ、希望する物を進呈しますよ」
「随分な椀飯振舞ですのね」
「そうですか? ある意味隔絶された世界にかなりの日数を過ごすって精神的に辛そうですけど。それにこちらに戻ってくれば1日も経っていないことになるんですよ?」
「それは……そう言われてみるとそうねえ。一応お仕事としてそんなところへ行くのだし、大変なお仕事と言われれば大変なのかしら。あぁ、そうだわ、セージ様」
「なんでしょう」
「この果実、わたくしの従者の分はいただけませんの?」
「大丈夫ですよ。はじめから夫人にお渡しするのと同じ数を用意する予定です」
「そう。それなら安心ですわ」
ここで悪い貴族なら従者の分も自分のモノとして自分だけ若返る、なんて事をすると思うんだけど、夫人はどうするんだろう。
「では、マモルの予定次第ではありますが、明日からでよろしいですか?」
「ええ。あっ、そうですわ。生活に必要な物は持っていった方がいいのよね?」
「そうかもしれませんね。食事や着替えなどはこちらでも用意出来ますが、使い慣れた物の方が良い場合もありますね」
「……そうね。せっかくだからそちらで用意されたもので過ごしてみようかしら。なんだかその方が楽しそうだわ」
夫人の従者の人達は困惑の表情を浮かべているが、夫人はなんだかとても楽しそうだ。
侯爵家が息子の世代に代替わりしてからよほど暇だったらしい。
「戻ってきたい場合はマモルに言えばすぐにこちらに戻ってこられるらしいので、そんなに心配はないと思います」
と一応言っておく。
夫人は不思議そうに聞いていたが、ふと気付いて自分達の従者の表情を見て、俺の言葉に納得したようだった。
あとはマモルが帰ってきてから色々お願いするとして、また俺と俺のメイドに扮した久遠の騎士二人は宿に戻る。
たぶんだが、夫人だけは俺の後ろに控えるメイド2人が久遠の騎士だということはわかっているだろう。
俺はコニーにあまり言いふらさないように言われたので久遠の騎士ということは黙っておいた。
ただ俺の従者だということだけを夫人含め彼女の従者に説明した。
美女型ドールを「シェヘルレーゼ」、少女に見える少年を「アーシュレシカ」と名付け、夫人達にもそう紹介した。
ちなみにシェヘルレーゼもアーシュレシカも同じレベルで同じスキルだった。
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セージ・ミソノの久遠の騎士
オリジン=マスタードール シェヘルレーゼ Lv.2000
HP 4000000
MP 4000000
スキル 自我 変形 心縁 基本教養 基本武術 基本魔法魔術 セージのスキル(特殊魔法(※高校生仕様) アイテムボックス術 鑑定 異世界ショップ) 統率 配下(0/3000) 忖度
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セージ・ミソノの久遠の騎士
オリジン=マスタードール アーシュレシカ Lv.2000
HP 4000000
MP 4000000
スキル 自我 変形 心縁 基本教養 基本武術 基本魔法魔術 セージのスキル(特殊魔法(※高校生仕様) アイテムボックス術 鑑定 異世界ショップ) 統率 配下(0/3000) 忖度
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【自我】というのは、久遠の騎士の初期設定で、性格を《任意》にしたことで得たスキル。
【変形】は人形から変形して見た目が人間になれる物らしい。
たぶんだけど、コニーの小鳥もこれがあるので人型になれたりするんだと思う。
【心縁】てのは主との心の繋がりや、主の意を察する事が出来るスキルなんだとか。
【基本教養】はそのまんま、基本的な教養はあるようで。
【基本武術】は基本的な体術や基本的な武器での戦闘が出来るらしい。
【基本魔法魔術】は火、水、風、土の魔法と魔術が全て使える。
【セージのスキル】は俺のスキルが使えるらしい。【アイテムボックス】は共有状態で使えるらしく、ちょっと便利になりそうな予感だ。けど聖女スキルは使えないみたいだ。
【統率】は【配下(0/3000)】に関わるスキル。
配下をまとめることが出来る。
【配下(0/3000)】は分身体みたいなのが作れるらしく、作ったものを配下として使えるみたいだ。オリジナルより一段劣るが、それが3000体まで出せるっぽい。
【忖度】主ファーストで忖度してくれるらしい。
……いや、これがスキルて……。
ちなみにその配下というのはレベル1500、HPMPが2250000。
俺のスキルは使えないが、その他のスキルはマスタードールと全く同じだった。
一段落ちたところでこれなんだよ。
これが3000体も出せるんだよ。
すごいよねー。
マスタードールが2体いるので6000体出せる。
ということは豪農の夢も叶っちゃいそうだな。
寝食の必要ない久遠の騎士配下、レベル1500が6000体で畑作業なんてやったら大変な作業も楽々出来ちゃうだろうしな!
ってことで
「お帰り、マモ……………ル? のお父――……おじさん?」
今日も城の図書館で本を読んでいるという予定のマモル。
その帰りを待っていたんだが、何故かマモルの親父さんが宿の部屋に入ってきた。
え、おじさんも異世界召喚された!?
おいおい、一家の大黒柱にまでちょっかい掛けたのか!
ひどすぎんだろ!
「セージ、違うんだ」
「どういうことですか? いや、理由は後でマモルが帰ってきた時にでも一緒に聞きます。とりあえず休んで下さい。すぐに帰ってくると思うんでっ」
「セージ! 僕だよ!」
「はい、おじさん。大丈夫です、わかります」
「違くて、僕がマモル!」
「……え?」
「うん。城でもね、結構説明しまくって疲れてるんだよね。でも僕がマモル。パパじゃないよ。……てか、僕、ほんとパパそっくりなんだなって実感してるとこ。調子乗りまくって【ミニチュアガーデン】で時間加速しすぎでマジ泣ける」
ソファーにどさっと腰をおろし、思いっきり落ち込む様子を見せるおじさん。
……じゃなくてマモル?
あぁ!
なるほど。
さっき夫人が言っていた事はこういうことか!
なにをたった1年やそこらで年齢気にしてんだと思ったけど、確かにここまで来るとよくわかる。
最近大人っぽくなったのは異世界に来て賢者だからって思っていたが、違ったのか!
【ミニチュアガーデン】の加速世界にいたからか!
なんて恐ろしいスキルなんだよ。
めっちゃ便利だけど。
でもあまりピンと来てなかったけど、あの若返りの果実ってマジ使えるアイテムなんじゃ……。
「なぁ、マモル」
あぁ、なんかおじさんにこんな風に話し掛けるの気が引ける。
とも思ったけど、コニーにもこんな感じだったし今更か?
それにおじさんになったけどマモルには変わりないし。
「なにー?」
落ち込んで項垂れながら適当に返事を返してくるマモル。
「頼みがあるんだけど」
「んー?」
項垂れたまま、チラリとこちらに視線を寄こすくらいにはきちんと話を聞いてくれそうだ。
「これから俺の久遠の騎士を【ミニチュアガーデン】の加速世界に入れてくれ。それから明日の朝はコニーが俺に付けた指導員という人も入れてほしい。詳細は俺の久遠の騎士……シェヘルレーゼとアーシュレシカに聞いてくれ」
「ん。りょーかい」
「それと」
「んー?」
「これ、やるよ」
「なにこ……れっ!? うっわ、マジ!? だったら30コちょーだい!」
途中で鑑定したらしく、この小さな果実の正体に気付いたマモルがめっちゃ食い付いてきた。
そうか。
お前今、俺の30コ上だったのか……。
今後も踏まえて200粒ほど渡しておこう。
「シュラマルの分もな」
「ありがとう、セージ! では早速……」
と言ってマモルは【ミニチュアガーデン】を展開。
そして数分後、いつものマモルが戻ってきた。
どんだけその中加速してんだよ……。
「じゃあツイデだし、入っちゃいなよ!」
と若返りテンションのマモルが視線を向けた先、シェヘルレーゼとアーシュレシカに声を掛ける。
「ありがとうございます。ではセージ様、念の為分体を置いていきますね。それでは行ってまいります」
「行ってきます、セージ様。ボクも分体おいていきますね。マモル様、よろしくお願いします」
「うんうん。ではどーぞ。セージ、たぶん小一時間か2時間弱くらいで戻ってくるからー」
「うっす。よろしくー」
それから30分して、シロネが子供らとともに帰ってきた。
どこかに行っていたらしく、帰ってくる途中で子供らと会ってそのまま一緒に帰ってきたと。
俺も宿に戻ってからの事を報告。
「え、久遠の騎士ッスか……」
「すっげ! どこいんの!?」
「カラクリ系!? カッコいい!?」
驚くシロネと、はしゃぐ子供らに説明。
カラクリ系とはハルトの機械型久遠の騎士の事を言っている。
この世界の人達、機械の事をカラクリって言うんだよね。
たぶんこれ、過去の異世界人たちの影響だよね…。
「カラクリ系ではなかったな。いっぱいあったドールタイプを起動させた」
「なんだ。つまんねー」
「ハルトにーちゃんみたいのがよかった」
「だよなー!」
子供らはすぐに興味をなくし、ハルトの機械タイプの久遠の騎士の話を始める。
まぁ子供らは放っておくとして、シロネに説明を続ける。
「俺がハーモニアの家に考え無しのお土産しちゃったばかりにシロネを忙しくしてしまったからな。夫人からも半年以上持続できる商売になりそうだと言われた。だからその商売を久遠の騎士に代理で頑張ってもらおうと思ったんだ」
「あ……自分の為にッスか」
「うん。それもあった。けど起動してみたら、豪農の方でも使えそうだということがわかった」
「それ、忘れてなかったんスね」
「ちょいちょい思い出す程度だ。そこまで本気ではないけど、コニーに言ってしまった手前、なんとかしようとは思っている」
「な、なるほど。正直ッスね」
ちょっと引いてる?
と思いつつも、自分の為に起動してみた久遠の騎士の、俺が知り得た限りの詳細をシロネ達に話していく。
と、そこへ
「「お待たせしました」」
寝室からシェヘルレーゼとアーシュレシカの分体が出てきた。
何故寝室からか。
着替えや装備をしていたからですね。
二人が出した分体、検査服みたいなのしか着てなかったので。
二人がマモルと【ミニチュアガーデン】に入ってからこっち、【異世界ショップ】でせっせと着替えや身の回りの装備品用意して着替えさせましたよ。
何故か分体さん、本体と違う背格好なので【異世界ショップ】の履歴は微妙に使えなかった。
シェヘルレーゼの出した分体が20代半ばの美女。
しかも何故か妖艶なのに清楚な感じの武闘派っぽいワイルド系。
アーシュレシカの出した分体は20歳前後の長身造形美系マッチョのイケメンだった。
それでも俺は頑張って本体と似た格好の服を探…せなかったので、【異世界ショップ】のコンシェルジュに探してもらって買って出して着るように言ったさ。
それがシロネ達が帰ってくる2分くらい前の事だった。
なので分体さん達、結構な早着替えをして出てきてくれたんだと思う。
そんな分体2体を見て驚くシロネ達。
分体な配下さん達は本体の記憶からシロネ達を知っている様子。
その本体は俺の記憶でシロネ達を知っているみたいだけど。
「お初にお目にかかります。シェヘルレーゼの子にございます」
「同じくお初にお目にかかります。アーシュレシカが子にございます」
丁寧に腰をおり、シロネと子供らにあいさつする分体達。
「俺の久遠の騎士の名前、シェヘルレーゼとアーシュレシカにしたんだ。その配下? 分体? がこの二人だ。本体がマモルの【ミニチュアガーデン】で知識を身に付けているから、その間俺の身の回りの世話や護衛をしてくれるらしい」
「なるほど」
「すっげー!」
「かっけー!」
シロネは理解し、子供らは見た目のゴツさにあこがれのような眼差しを向けている。
機械がいいとか言ってたのは何だったんだよ。
アーシュレシカの分体は子供らに質問攻めに。
シェヘルレーゼの分体はワイルドな外見に見合わず、楚々として俺の傍に控える。
「うっ、自分の存在意義が……」
シロネがちょっと焦っている。
仕事が無くなったように思っているのだろうか?
だが残念。
君への仕事はいくらでもあるのだよ。
主に俺の代わりに偉い人との会話や交渉事などな!
これ一番重要です。
久遠の騎士は俺の知識をもとにこの世界の知識も得ようとしているが、シロネはこの世界で生まれ育って色々経験もしている生身の人間だ。
俺達異世界組に感化はされているだろうか、完全に理解はしていないからこそ重要な人材であると思うんだ。
それがわかっているからこそハルトもマモルも未だマーニとシュラマルに付いていてもらっているわけだし。
「シロネは今まで通り頼む」
「――はいッス!」
何故かいい笑顔で了承してもらえた。




