042 リオカネル北大陸 ラザーレンス帝国
俺達が北大陸の帝国と言ってた国は、リオカネル北大陸の南にあるラザーレンス帝国というところらしい。
帝都は俺達が辿りついた漁村よりももう少し東側にあり、海沿いの道を歩いて行けば1日程度で着くことが出来る。
ハルト達と合流し、なんだかんだ報告し終えた翌日の夕方には帝国入りする事が出来、その翌日には王城へ行くことが決まった。
王家は意外とフットワークが軽いようだ。
「いや、違うからね。それだけ俺達が重要視されているってことだからね」
とは賢者マモルは言うが、それだけではないと思う。
よっぽど重要ならきちんと迎え入れるようにしっかり時間をかけて準備とかしそうじゃん。
偉い人ってやけに時間かけるじゃん。
そういうことだと思うんだ。
なんだかんだと当日を迎えてしまい、王城に来たわけだが、こちらの要望を受けてか、それとも元々そうする予定だったのかは分からないが謁見の間とかではなく、応接室で終わらせてくれることとなった。
昨日宿泊した宿も帝都一と言われる格式高くもサービスの行き届いた宿だった。
ナチュピケの宿よりさらにグレードアップさせたような感じ。
もちろんベッドも手持ちのマットレスがいらないくらいふかふかだった。
しばらく滞在してもいいらしいが、俺はもっと普通の広さでメイドさんなど居ない普通で普通な完全個室の宿がいいです。
そんな宿の事よりも今だな。
ここ、帝国王城の応接室のソファーは思ったより板だった。
革張りではあったが。
周囲の武装した人の多さに内心泣きたくなりながら、無の表情を取り繕って応接室で待っていると、先触れと呼ばれる人が来て、そろそろ皇帝がくるっぽいことを言う。
そして2分くらいたち、応接室の外から声があがり、皇帝が部屋に入ってきた。
「あれ、コニーじゃん」
「あぁ…そゆこと」
ハルトは不思議がり、俺は今までのマモルの言葉とコニーやバールの感じからして、ここに来てようやく分かった。
もっと早く気付くべきだった。
学習しない俺は、人を鑑定するのをすっかり忘れていた。
でも今は鑑定するまでもなく、顔なじみのコニーはいい服を着て偉そうに騎士や文官ぽい人を侍らせて目の前に立っている。
こいつ、皇帝じゃんね。
きっと今の俺の目は死んでいるだろう。
なんかもう、全部どうでもよくなってきた。
思いっきりため息をついてから、また改めてコニーを見れば、イタズラが成功したと言わんばかりにニンマリしている。
コニーの後ろから文官ぽいおっさんが、声を張る。
「ここでは楽にして良いと陛下より許可がでております」
「ずっと楽にしてるっぽいけどな。まぁ、堅苦しいのはお互い疲れるだけだろう。なによりこちらとしては偉そうに皇帝などやっているが、立場的にはお前らもそんなに変わらないだろう?勇者に、賢者。それから…聖人様、か?」
ハルトとマモルの職業がバレてるっぽい。
けど俺だけ何故か疑問形で、しかも聖人様と言われた。
「城に入る前、板に魔力を通しただろう?その時名前と職業の確認をさせてもらった」
あー、そーいやハーちゃんの身元を確認したアレと同じやつだったな。
と今更ぼんやり思い出す。
一旦ダンジョンを挟んだから記憶がアレだな。
帝国騎士のおっさ…青年?が俺が不思議に思った事を察してか、簡単に説明してくれた。
「セージ様は聞いた事のない職業でしたので、こちらでもどう対処してよいかわかりかねます。が、此度の功績はなにものにも代えられぬでしょう。セージ様の結界のおかげで、陛下はもとより皆無事にここまで戻ってこれました。そしてハルト殿、マモル殿の奮闘を得て長年の憂いが晴らされました。心より感謝申し上げます」
「まぁ、簡単に言えば、助かった。ありがとう。ってこった」
コニーがおっさん騎士の時の口調でそう纏めた。
あとは適当に座ってくれと言われたので、コニーが腰をおろしたソファーの斜め向かい側に座り、今までの経緯を説明された。
帝国が持ち得ている俺達の情報は少なかったのが意外というか、ちょっと安心したというか。
てっきりあの俺達を召喚したロー…なんとかって国が聖女集団召喚したこととか知っているのかと思ったが、それも知られてはいなかった。
コニー曰くあの国は隠すのがうまいらしい。
何人かスパイを送り込んではいるものの、なかなか成果が上がってこないんだとか。
一応ゾーロさん達からも話を聞いて、俺達があの国の人間かもしれないという情報はあったらしいが、俺が教会に所属してないとわかってからはそれも分からなくなり、結局コニー達は俺達が何者なのかわからずじまいで今に至るということだった。
それでもこうして城に通されたのは、ハーちゃんに対する面倒見や、旅での俺達の挙動、船での奮迅で信用に値するという判断を、コニー個人ではなく、国としてしたらしい。
御大層なことだ。
船から落ちた俺すら奮迅した事になっている。
結界が張られ続けていたからということらしい。
それと、船の中で怪我をしても、あの結界の効果でみるみるうちに治っていったらしい。
【堅牢なる聖女の聖域】の副効果に【聖女の慈雨】があったな。それがいい仕事してくれたようだ。
良かったよかった。
あの時は俺の結界は万能でもないと思ったが、結構万能だったようだ。
そんな治癒効果もあって俺はとてもすごい人なんじゃないかとなったらしい。
「で、お前らがすげーってことは職業からでもわかったが、あの贈り物は何だ?正直どう対処していいかわからん。確実に宝物庫行きなんだが」
手土産はあまり気にいらなかったらしい。
「あれは…」
と言葉をとめてハルトとマモルが一瞬俺を見る。
やめてくれ。
そんな風に見られたら俺が悪いみたいじゃないか。
「もっと欲しいと言われたら格安で売ろうかと思ってたんだけど…。手土産のチョイス間違ったかも」
悔しそうな表情を作ってマモルが言うと、文官数人が青い顔をして
「いえいえいえいえいえいえ、滅相もございません!もっとお譲り下さるのであれば是非っ!閣下、不用意にそのような事を言われては困ります。賢者様…どうか是非にとも国にお売りください!」
この文官達も騎士達も、一応俺達がいるってことで、堅い感じはしてたけど、結構コニーには気安い感じらしい。
こういう場でなければもっと気軽に会話しているのかもしれないな。
あとはマモルと文官が商談を始めてしまい、俺とハルトはぼんやりとそれを眺めている。
「ところで、回復術師くんさ、聖水とか作れたりしね?」
おっとぉ。皇帝陛下が急に俺に話題を振ってきたぞ。
油断してたぜ。
「…作れなくもない、かも?」
素直に答えてしまった。
「というと?」
「作ったことはないが、作れる感じはする、ような?」
スキルにあったがこれまで使った事はない。
【聖女の知識】があるから大体の事はわかるけど。
「お前らってそういうノリがあるよなー。もっと真剣に貪欲に自分の可能性突きつめたりしねェのかよ。自分のスキルに聖水作成スキルあったら使ってみるだろ?普通」
「ははは、こいつにそういうの言っても無理だって。言えば言うだけ距離取られるぞ」
勇者よ、随分と皇帝に気安いな。
皇帝ってもコニーなんだけどな。
それに一応対等とか言ってたし。
ほんとかどうか分からないけど。
よくあるじゃん。
無礼講とか言っといて全然無礼講じゃない先輩。
無理矢理タメ口利かせといて後でしっかり絞めてくるっていう、ハラスメント。
「えー、マジかよ。めんどくせぇヤツー」
お前が言うなってやつー。
「難しくはないぞ。何も考えてないだけで、やる気もないってだけだ。それを指摘されると完全にやる気をなくす。熱いヤツにはとことん距離を置きたがる系だな」
「それのどこが難しくないわけ?」
「変に期待するなってこと」
「あんなスペックあったら期待以外しないだろう?!」
「それがダメなんだって。グイグイ行くと最終的には逃げられるぞ?縁を持ち続けたいなら適度に距離を取った方がいい、と長年の友である俺からのアドバイスだな」
「淑女かよ?!」
恋の駆け引き的な?
「その辺の淑女よりよっぽど淑女らしい男だよ」
酷ないわれようなんですけどー。
「くっ、ここまで言われても顔色一つ変えないとか、ある意味すごくないか?」
もっと悪質な悪口を知っているので、これくらいなんとも無いですが。
説明したのハルトだし、軽口程度なもんだろ。
ほんとに何か俺の不利になった時は絶対味方になってくれるっていうぐらいの信頼はある。
たぶんマモルもそうだし。
……たぶん。
「まぁ、こんな奴だよ。セージ、とりあえず作ってみれば?」
こんな感じに軽く言ってもらえれば失敗しても大丈夫そうだという安心感はあるよな。
ガチっぽく言われるとこっちも責任感じてしまうし、追いつめられる感じで手元と精神がブレブレになるってかな。
「そうだな」
「おいおい、軽いなぁ。なんかこう、聖水とかって神殿の厳かな雰囲気の中作るんじゃねーのか?!知らんけど」
そんな厳かな雰囲気じゃ緊張しすぎて逆にまともにスキル発動出来なくない?!
「スキルだからな。雰囲気関係ないと思うけど」
「えぇ?!聖水ってスキルなの?!」
俺の発言に皇帝びっくりである。
皇帝なコニーの驚きに周囲も驚いている。
どうやら聖水の概念をブチ壊してしまったようだ。
美しくカットされた小瓶を手渡されたので、その中に聖水が入るようにイメージしながら小瓶を軽く握り、スキルを発動。
淡い光とともに瓶が柔らかな光で出来た液体で満たされた。
「あ。できたかも」
握っていた小瓶をコニーの執事っぽい人に渡せば、執事からコニーに小瓶が渡る。
後から聞いたけど、この執事っぽい人がこの国の宰相さんらしい。
確かに執事服ではないけども。
たぶんだけど宰相さんも充分偉いんだからそんな執事っぽい事しなくても良いと思うよ?
「おいおいおいおい、ガチ聖水かよ。今まで高い金出して教会から買ってた聖水ってなんだったんだ?!…いや、あれもしっかり聖水してたけども!これとは比較にならんだろーがよ」
皇帝一同大騒ぎである。
「おーい、マモルー、こっちも商談はいりましたー」
金になりそうな雰囲気を感じ取ってか、茶化し風にハルトがマモルに声を掛けた。
そこでさっきのお土産の件で文官と話していたマモルがこちらに戻り、改めて話を聞いて、こちらでも商談を開始してくれた。
俺とハルトはまたしてもそれを眺めつつ、お茶をする。
さすがにお城のお茶だけあって、普通においしい。
あの黄色いパッケージの糸付き紅茶よりかろうじて劣るくらいか。
お茶菓子は西洋風かりん糖みたいなやつだ。
おいしいのかよくわからないがとにかく甘かった。
香ばしい風味の角砂糖と言われても納得するかもしれない。
あれ?これもしかして紅茶に入れる砂糖とかじゃないよね?
お菓子だと思って食べたけど。
色々な話を(マモルが)詰めたところで、あとは報奨金を貰ってお開きとなった。
報奨金は俺達はそれぞれ1人金貨100枚ずつ貰った。
大金だ。
もっと大金持ってるけどさ。
これで悠々自適な引きこもり生活が送れそう…でもなかった。
俺に仕事が出来てしまった。
聖水を週に10本作って城に納品する事になった。
あと、出来れば冒険者ギルドと商業ギルドにも同じく週に5本ずつ卸してほしいとのこと。
そしてこれも出来れば一本あたり金貨1枚で売ってほしいと。
今までの聖水は1本で金貨20枚取られていたらしい。
粗悪品というわけでもなく、この国で一番効果のある聖水だった。
なので1週間に1本が限界だったらしい。
それを俺が適当にサクッと数秒も経たずに聖水を作ってしまったので、色々話が変わってきた。
まず、試しに10本その場で聖水を作っても俺はなんともなかった事。
10本作るのに1分も掛らなかったこと。
あとはマモルの賢者的な考えのもとで破格の値段設定で最高品質の聖水を国に卸すとなった。
マモルの話では、俺ほど早くは作れないし、俺と違って材料などが必要にはなるが、マモルでも聖水を作ることができるとか。
実際金貨20枚の聖水を見せてもらったマモルが、聖水の状態に気付き、俺が聖女スキルで作成した聖水を、悪い顔をしながら金貨1枚で卸す事を決めていた。
「聖水に混ぜ物はよくないよねー。ギリギリいい状態は保ってるけど、たぶんほんとはもっと高品質だったんだと思う。それでもたくさん作れないから、こうしたんじゃないかな?嵩増ししてお値段据え置きで本数多くしてばら撒くってゆーのなら納得出来るけど、それを高額で売るって言うのなら話は別かなー」
ということで、超高品質の俺の聖水を金貨1枚に設定することで、もともと買っていた聖水を安く一般にも買えるような金額にしてしまおうということらしい。
「どこのだれが作ったかは知らないけど、ぼったくりすぎだよね」
素材の原価を知っているっぽいマモルが黒い笑顔を湛えている。
触らぬ賢者に祟りはなさそうなので、俺もハルトも黙っておく。
とりあえず、面倒な事になったなと思った事以外は黙ってマモルの言う事を聞いておくにこしたことはないのだ。
でも俺、思うんだ。
金貨一枚って言ってるけど、一般的に考えたら充分高い金額だよね、って。




