146 脈動する暗澹たる世界
誤字報告ありがとうございます!
意識がふわあと浮上し、まだ微睡みの世界にいる。
起きようか、もう一度意識を沈めて夢の続きを見ようか。
そうだ、夢を見ているんだ。母さんと妹とショッピングモールへ出かけていて、たくさん買い物して、妹が次は文房具を見たいって……その続きをみて、それから起きてもいいよな。
あれ? でもなんか体に力が入って今にも意識が覚めそうで、すごく嫌だ。
このままだと目覚めてしまう。でも横向きになりそうな体を押しとどめるように体に力が入って?
「んが?」
目覚めてしまった。
同時に体が転がり、ベッドから落ちてしまった。
気分はマイナス3のダメージ。痛い。無防備なまでに肩打った。
でも【聖女】スキルのパッシブスキルがじわりと癒やし、すぐに痛くなくなったが気分は最悪だ。嫌な目覚め方をしてしまった。
仕方なく、立ち上がろうとしたがうまく起き上がれない。
「え、金縛り?!」
「いえ、船が何者かによる攻撃を受けたようです」
「……」
アーシュレシカに横抱きにされていた。
ベッドから転げ落ちたところを抱き留められたっぽい。
いくら相手が久遠の騎士だといってもこちらは思春期。とても恥ずかしい。
俺の意を汲んでくれたのか、アーシュレシカがそっと下ろしてくれた。
「お? とととと?」
しかしうまくバランスがとれず、アーシュレシカに支えてもらう形になった。
さながら社交ダンスの姿勢。
それからドォォォンと音が聞こえたかと思ったら、二人で宙に浮いた。
「失礼します」
とアーシュレシカが言ったかと思えば、また改めて横抱きにされ、ぎゅううっと痛くない程度にしっかり抱え込まれた。
「え、どゆこと?」
「落下している模様です」
落下!?
落下ってあの落下?
落ちる的な落下?
船だよね? 海だよね? 航海だよね?
落下する要素ないよね?
結界はちゃんと機能している。船全体と、船に乗っている全員にしっかりかけてある。
船には【堅牢なる聖女の聖域】、乗ってる人たちには【聖女の守護】をちゃんとしてある。
だから怪我とかは大丈夫なはず。
でもこれは……
ダァァァンという大きな音とともに、落下が収まり、同時にアーシュレシカがストッと柔らかに床に着地してくれたので俺はノーダメージ。
落下が収まり、船はどこかに着地したようだが傾いている。
傾いてはいるが一般的な坂道程度なので俺でも大丈夫そうだとアーシュレシカに下ろしてもらう。
「夜だし、氷山にでも当たったか乗り上げでもしたのか?」
窓から見える景色は暗くて見えない。船内は明りがあるから暗くはないんだけど。
「いえ、現在は昼頃です」
俺の氷山発言をそっとスルーし、時間帯だけを教えてくれた。
ですよね。南下してるのに氷山はないですよね。あるとしたら浅瀬に乗り上げてから落ちたたとか、隆起した岩などに乗り上げて落ちたとか?
「結構眠れたと思ったのにそんなに時間経ってなかったのか」
「丸一日、セージ様は寝ておられました」
「……そうか」
何時間でも寝れるとは思っていたが、丸一日とは俺もなかなかなもんだな。
「セージ様っ!」
バッとドアが開いてシェヘルレーゼが入ってきた。
「おう、シェヘルレーゼ、どーなってんの?」
焦った表情をしていたが、アーシュレシカがいてくれたので俺は無事でっせ。
「……ご無事でよかったです」
「う、うん。心配ありがとう」
泣きそうな顔をされ、たじろいでしまう。
でもそれは一瞬で、すぐにいつも通りのシェヘルレーゼになった。
「失礼しました。情報、ですね。移動型ダンジョンに飲み込まれ、出口を閉じられてしまっている状況です」
移動型……ダンジョン。
どゆこと?
アーシュレシカのスマホの着信音が鳴る。
メッセージのようで、すぐにアーシュレシカが確認。
「マモル様からです。全員操舵室に集合、とのことです」
了解し、すぐに三人で移動。
エルフさん達にはシェヘルレーゼとアーシュレシカの配下久遠の騎士達が対応。集合組と現場待機組となる。
もちろん集合組は外交担当のエルフさん方で、現場待機は海エルフですよ。
ハルトのパーティーも全員操舵室へ。
子供たちは……それぞれ子供についている現場の配下久遠の騎士の判断におまかせで。
しかし建物の中で景色が変わらないのに坂道とかバランス感覚が狂い、ふらついてしまう。操舵室が遠く感じる。
そう思っていると、スッとアーシュレシカが俺の前に出て背中を見せしゃがみ、おんぶどうぞの姿勢。
「……」
甘えることにした。
思春期? 久遠の騎士相手に恥も外聞もありませんが?
そんなことより早く操舵室へ集合しようぜ。
俺のふらふらな足取りでは数分かかろうかと思われた操舵室までの道のりは、久遠の騎士の脚力でもってあっという間に着いた。ついでに走っているのに揺れない不思議も味わえた。
アーシュレシカにおんぶされて登場の俺に、操舵室にいた全員の視線が向いた。
「「「「「…………」」」」」
どうやら皆ドン引きらしい。
「自分より小さい子に背負われて登場するって今どんな気持ち?」
マモルが普通に抉ってきた。
「久遠の騎士に背負われてさえ最後のご登場ってお前、まさかこの時間まで……いや、あの騒ぎの中、寝てたとかないよな?」
ハルトが核心を突いてくる。
「え、あー……。アレだよ、俺が歩くよりアーシュレシカたちのが早いし、あのまま俺が自力で歩いていたらあと数分はかかったと思う。それに……うん。寝てた」
そして正直者の俺がいる。
「……」
慈母の笑みを俺に向けるカジュ。
知ってる。それ、ほんとは笑ってないやつ。
「~っ!」
シロネがニカッと笑んでくる。
尻尾フリフリ、まるでご主人様を見つけたかのごとく。
シロネさんだけだよ。俺を全力でウェルカムする姿勢を見せてくれたのは。
「それにしてもあれだなー。小窓から見える景色は暗かったけど、この広い窓から見える景色は薄暗い……え、肉?」
船のライトで照らされ、操舵室の大きなフロントガラスから見えた景色は、肉色だった。似たような映像で言えば胃カメラの景色。それよりはもっと視界は広いだろうけど、ライトがなければ完全な闇だろうこともうかがえた。
さらになんともゾッとすることに、その肉がたまに蠢く。それを見たとき、俺は身震いをしてしまった。
耐性ください。精神耐性がほしいです。
「外にいるピクシー=ジョーからの情報では、大きな鯨型の生物で、その口の中に吸い込まれたみたいだね。で、吸い込まれた先がダンジョン。つまり、ダンジョン内包生物の中にいるみたい」
ピクシー=ジョーはマモルの妖精型久遠の騎士の配下久遠の騎士だから、マモルの近くに出ている妖精さんに連絡が行くみたいだ。ピクシー=ジョーは外からこの船を見張ってくれていたから、外の情報がわかったと。同じくヒューイからの情報もハルトの機械人形型久遠の騎士に言っている模様。ヒューイはハルトのロボの配下久遠の騎士だからね。
ところでマモルの妖精さんもハルトのロボも今までどこにいたんだろう。
そういえば俺が二人に渡したシェヘルレーゼとアーシュレシカの配下久遠の騎士たちも見当たらない。俺の【ワンルーム】みたいなのと似たようなスキルにでも収納してんのかな?
「ねえ、この状況であなた、また上の空で聞いてないってことないわよね? お願いだからしっかりして。せめて人前では」
カジュが親戚の恥をとがめるようにコソっと告げてくる。
同時にチラリとマモルに見られた。
大丈夫。聞いてる聞いてる。俺、めっちゃ聞いてるから大丈夫だって。
ちょっと気になっちゃったから一瞬意識がお空に飛んだだけで。
「生物型ダンジョンかー。初めて入ったけど、気色悪いな。あと、肉の上を歩く罪悪感もありそうだ。すぐ慣れるとは思うけど」
勇者よ。その慣れ、耐性、俺にもわけてくれ。
「ちょっと待ってくれ。話そのまま流しそうになったけど、この船、島並にでかいはずだし、それを覆うように一回り以上大きめに結界を張った。なのにこんな鯨……型生物? に吸い込まれたってどーゆーことだよ」
ここで一度冷静を取り戻したい。きちんと話し合おう。
だからそこではやくダンジョン攻略したくてうずうずしている人たち、もう少し話し合おう。俺は少しでもこの場に長くとどまってダンジョンの出口が開かれるのを待って外に出た方がいいと思うんだ。ダンジョンなんてろくなもんじゃ……。
生物型のダンジョンに出現するお宝ってどんなのかな?
……じゃない。早く出て航海に戻ろうぜ!
「簡単な話だよ。この船やそれを覆う結界以上にこの生物が遥かに大きかったってだけ。あと、生物型ダンジョンでは各階層のボスを倒したあとに出てくる魔法陣でしか外に出られないみたいだから、ここでこのまま待っていても仕方ないみたいだよ。早く出るためには早くダンジョン攻略しないと」
……それ、一階層攻略したらすぐ出るでいいんですよね。




