144 あ、そういえば……
「いやぁぁぁああああっス!!」
あ、そこにも「ッス」をつけるんだ。ずいぶん余裕だな。
とか素直に感心しながらマモルがマーニとシロネを奴隷から解放するのを見守る。
シロネさんが駄々っ子するとかめずらしい光景ですな。
てかやっぱ普通にあるんだね。賢者スキルに奴隷を解放するやつ。
「え、セージって普通に鬼なの? 奴隷から解放されるのをあれだけ嫌がっているシロネに問答無用で解放ってさ」
賢者の万能スキルに感心していたらハルトに鬼呼ばわり。
何でだよ!?
「なんで? 逆に『んじゃこのまま奴隷な』ってなるか? なんねーだろ。解放一択だろ。解放しかないだろ」
「……まあ、確かにそうなんだけどさ」
微妙に納得してないご様子。そんなハルトに俺も納得しない。俺はこいつにどんなやつだと思われてんだよ。
マーニの解放はサクッとおわった。
シロネは逃げ回ったけど、マモルに遠隔で奴隷からの解放スキルをぶち当てられてがっくり項垂れている。
無駄な抵抗するから余計な衝撃を受けたようだ。かわいそうに。
「なに他人事みたいな顔して眺めてるのさ。解放スキルかましといてアレだけど、シロネ、なんかかわいそうだよ?」
マモルが他人事みたいに言ってくる。
確かに? 絵面はかわいそうな感じだけど、シュラマルが解放されて、マーニまで解放となったら同期のシロネも解放するよね?
「うーん。まあ、シロネ。いや、シロネさん。奴隷ではなくなってしまいましたけど、もしよかったらこれからも俺のもとで働いてくれませんか? 仕事内容は今までと同じ感じで」
とりあえず、考えてもわからないので今の話を変える。
これはすごく気になるところ。今すぐシロネに秘書的な役目をやめられると俺は困る。
シェヘルレーゼとアーシュレシカでは対人関係を円滑に進められない。
これから南大陸に行こうとしている俺にはシロネさんが必要なのだ。
「ううっ、ありがとうございますッス。でもそうじゃないっす。セージ様との温かいつながりがなくなった喪失感がエグいッス。自分、家族とかいた記憶ないっスけど、親や子を失した気分ッス」
え、なにそれめっちゃエグいじゃん。
地獄じゃん。
最悪以外のなにものでもないじゃん。
俺なら絶望だよね。
母さんと妹のことを思うと立ち直れそうにない。
まあ、今の状況もギリギリなんですけどね。ギリギリではあるけれど、微妙に希望があるような気がするんだよね。これは【聖女の勘】的なスキルからきていると思う。だからまだあがいていられるんだよ。
「シロネさん。なんか、とてもごめん」
「急な言葉遣いの変更と敬称付けに距離を感じるのと、『なんか』に軽さがにじみ出てるッスよ」
泣きながら言われた。
うん。ごめんて。
「でもさ、あのままシロネさんを奴隷にし続けることはできなかった。これでも俺は、俺にできる限りで周囲に合わせる人間なんだよ。シュラマルとマーニが解放されたなら、同期のシロネさんも解放一択ですよ」
「え、そうなの?」
「セージって人と合わせることできたんだな」
シロネさんに言葉をかけていたらマモルとハルトがちょいざわつく。
「……。俺、学校では普通に周囲になじむ努力してきたつもりですが?」
「まあ、それもそうか」
なにか言いたげだがこちらには納得の姿勢を示すハルト。
「そういえばそーだったね。こっち来てからそんなことなかったから忘れちゃってたよ」
「うん。お前は【ミニチュアガーデン】の影響で百年くらい昔の感覚っぽいから忘れてるだろうね」
ジジイ化してたし。そりゃ忘れるさ。
「え、セージがひどい」
心の中でつぶやいたタイミングで顔を青ざめさせ傷ついた感じを出すマモル。
【ミニチュアガーデン】云々の下りは事実だから軽口扱いになるけど、心の中であきれ気味に思ったことに反応した?
まさか君、他人の心の中を読む、もしくは心の声を聞くことができるスキルでもあるのかい?
「……ないけど?」
「あるのかよ」
「なんだ? どした?」
知りたくないことを知ってしまった。
ハルトの能天気さが今は頼もしくも妬ましい。
「えー、ってことでシロネさん、どうですか。うちで働いてくれませんか?」
退職金はマモルに合わせる。マモルは数十年感覚だったから、俺たちはそれの日割りした感じで。服や装備もそのままあげる。これからはハルトとマーニは仲間としてもうしばらくパーティーを組むようだ。俺とシロネは商業ギルドを通して従業員契約をする。ティムとシィナと同じような感じ。でも彼らより給料はいいよ。俺は腕っ節よりコミュ力、交渉能力に重きを置くのだ。
「喜んで! どこまででもお供いたしますッス!」
あ、どこまででもはちょっと……。
「あ、うん」
「「うわ……温度差」」
みんなから白い目で見られた。やめてくれ。
ということで早速船の中から【聖女の願扉】を開いて北大陸の帝都の商業ギルドでシロネを従業員として雇う契約してきたよ。帝都でネイルサロンを任せているアテナ(シェヘルレーゼの配下久遠の騎士)に帝都商業ギルドのギルマスのキンバリーさんの注意をそらしてもらっている間にサクッと。ついでに帝都でのいくつかの雑用を済ませ、船に戻ってきた。もちろん雑用を済ませたのはシロネや久遠の騎士達で、俺は何もすることが……あ、【聖女の願扉】を開くという大変重要な使命を果たしていたよ。
「ふー。あとはのんびり航海か。どのくらいかかるか不明だけど、しばらくゆっくりできるな」
「ねえ、その【聖女の願扉】があれば地上でゆっくり待ってればよくない? 【堅牢なる聖女の聖域】も遠隔できるよね? この船久遠の騎士たちに任せればそれで済みそうだけど」
「何言ってんだよマモル。こうやって行動しているからやってる感があるんじゃないか。宿でただ待ってるだけじゃなにもしてないみたいだろ」
事実なにもしてない感じだけど。
「セージって本当に何かやってるのに無駄になんかやってる感出そうとするくせに何もやってない感じに見えるから損してるよな」
ハルトの言葉に軽く「ん?」となってよくよくかみしめてじんわり心にダメージを受けた。
それ、褒めて……るん、だ、よ、ね??
「大丈夫、小馬鹿にされているだけだから」
慈母の笑みでマモルにとどめを刺された。
船に戻って今後の航海計画について話すことになり、海エルフは放っておくとして、外交エルフ達を紹介(アーシュレシカが)。ハルトとマモルもそれぞれご挨拶し、改めて話し合いとなる。
当初の計画通り、この航海で目指すは南大陸。そこでできれば交流を、さらにできれば交易を。可能性として、南大陸に行くまでの間、何らかの結界で方向を狂わせられ、海を延々とさまよう可能性があること。もしくはとんでもない魔物がいてその魔物の餌食になる可能性もあることを確認し合った。
そこで何の気なしにふと思った。
「あ、そういえば。海の魔物で思ったんだけどさ」
「なんだよ」
「新しい情報?」
俺の発言にナチュラルな期待の目を向ける友、並びに同行者、関係者達。
言いづらい。言いづらいけど言っとかないといけない気がする。
「あー、うん。その、今更なんだけどさ、俺って航海すると何かしらトラブルが発生するってーか、なんてーか、そんなネガティブなこと思い出したかなー、なんて……」
なんだよ。
みんなして無言でクソ見る目を向けてこなくってもいいだろ。
……マジごめんて。




