142 懲りないやつ
誤字報告、すごくありがとうございます!
騒がしい航海スタートになったものの、順調に船は南方面へ進んでいる。
海エルフ達にジムを教えたら、ジムのスタッフとして出されていた配下久遠の騎士の話を真剣によく聞き、おとなしく己の筋肉を鍛えることに専念し始めたので静かになった。ジム内はマシン類の音や踏ん張る声で少々うるさいけど、全施設防音なのか隣室や通路にまでは聞こえてこないのでよしとする。
外交を担当する文官エルフ達のお世話はシェヘルレーゼに任せた(が、シェヘルレーゼは配下久遠の騎士を出してお世話担当に据えている)。今頃は船内の設備や施設の案内でもしていると思う。
俺はまず早く落ち着きたかったので部屋に行くことにした。船長でもないのに一番広い部屋を用意してくれたようだ。用意してくれたシェヘルレーゼの配下久遠の騎士に礼を言ってアーシュレシカの案内のもと、部屋へ行く……途中に船長室があるというので寄ってみる。
一応ね、小さな島ほどもありそうな大きな船の船長室とかって興味なくはないわけで。
ワクワク気分で操舵室(こちらもなかなか見学しがいがあった)経由で船長室に入る。
「え、誰」
船長椅子っぽいところには背が曲がり、ちんまりした雰囲気の老人が座っている。
おばあではなさそうなのでアーシュレシカの配下久遠の騎士だろうか? それにしても老人タイプを出すだろうか。
俺の声に老人がこちらに気づいて椅子の機能でターンしてこちらに向いた。
「ふふぉっ、ふふぉ。ああ、ああ、なつかしいのお、なつかしいのぉ」
俺を見て涙を流す老人。
雲の上にある山頂にでも住んでいそうな、仙人風の老人だ。
真っ白な白髪は長く、後ろで緩く結んでいる。それでいて額から頭頂部(よりももう少し後退している)にかけてつるりとハ……時代劇でよくみる月代を思わせる感じにさっぱりしている。口周りのひげはサンタクロースを思わせる長さとモフ感。灰色のロングローブを羽織り、魔法使いの長杖で体を支えている。少し手の震えが目立つのはお年のせいか。
「アーシュレシカ、知り合いか?」
というか配下か?
「いえ。しかしセージ様の結界に入れ、居座れるので厄介者や敵ではないようですが」
だよなー。ここにいる時点で俺の謎なほど有能な結界の人物判定はクリア。
となると……。
「ハァァァァルトォォォォッ!」
俺は通路に向かって大声でハルトを呼ぶ。
しばらくしてのんきにご本人登場。ハーレム要員を添えて。
「なんだよ、なに人の名前騒いでんだよ。おっ、なにここ、落ち着いた雰囲気。おしゃれな船長室? 航海日誌とか書いちゃうとこ?」
だるそうに俺の呼びかけに応えやがる。お気楽勇者め。
「お前、これを見ろ! お子様の次はジジイか! こんなじいさんまで連れ込んでんじゃねえよ!」
「ちょ、ま、連れ込むとか人聞きの悪いワードチョイスやめれ!」
お気楽から一転、焦り出す勇者。
あやしい。
「そんなんどーでもいい! なんだよこれ、説明しろ!」
「完全な濡れ衣だ! えん罪だ! オレじゃねえっての! あとどうでもよくなんかないからな! いくら精神耐性ある勇者職だって傷つくことあるんだからな! 多分。なんとなく、うん。傷ついている気がする。あいたたた。じゃなくてっ……まあ、たしかにいろいろやらかしたり前科? はあるけども、でもっ、今回はオレじゃねえって! オレこんなじーさん知らんし!」
……ふむ。勇者になってからは鈍感、と。勇者になる前に感じていた雰囲気でなんとなく「あ、自分もしかして今傷ついてるかも」とか思ってる感じ?
それはさておき一応は今までのこと(主に拾いものや勇者体質ゆえのトラブルなど)反省はしているのか。そしてこのじいさんに関してはハルトが連れてきたわけじゃない、と。
「お前じゃなかったらどこの勇者がジジイをこの船に乗せんだよ」
「勇者の風評被害がえぐい。勇者限定とか勇者差別反対!」
「あの~、そろそろいいかの?」
ジジイがふぉっふぉふぉっふぉ言いながらお伺いをたててくる。
「しゃべったあぁぁっ」
ハルトがこの部屋に来てからずっと黙っていたじいさんが声を上げたことに驚くハルト。
じいさんだってしゃべるときはしゃべると思うぞ。てか置物だと思ってたり?
「ハルトも相変わらずよのお」
左手に杖を持ち、右手で自分の長いひげをしばきながら、懐かしそうな眼差しをハルトに向け、またふぉっふぉするジジイ。ジジイというか仙人? ……大賢者?
「相変わらずもなにもオレじいさんとか知らねーし。初対面ですけど。てかセージ、こう言っちゃアレだけどこのじいさん、アレじゃね? だよな?」
ボケてんのか、的なアレですね。
「ボケとらんわ! たわけが!」
「わっ、心読まれてるっ」
「アレアレ言って濁していたつもりだろうけど、わかりやすいからのぉ?」
あのあからさまな濁し方では普通にバレるわな。
まあ、調子のいいバレバレ勇者はさておきこのジジイのこの感じ、どこか既視感? 会話のテンポがなんてーかこう……。
「わしゃマモルじゃ」
「「……?」」
俺とハルト、ふたりして頭の中が真っ白な疑問でいっぱいになる。
どこのマモルさん?
「セージ、例のアレ、くれんかの?」
見知らぬマモルさんが悲壮感を漂わせながら杖を抱え、震える両手で器を作りながらそれを俺に向ける。
「例のアレ?」
この際なんでこのジジイが俺の名前を知っているのかという疑問はスルー。さっきハルトが俺を呼んだことで知ったのかもしれないし。
で、『例のアレ』とは。
どの例のどのアレで?
「おくれぇえ、アレを早く、早くアレをおくれえ」
そう言って俺にすがりつこうとしているジジイ。
もちろんそれはアーシュレシカがやんわり阻止。
「おいおい、このじいさんやべえよ。セージお前、変なもんばら撒いてるわけじゃねえよな?」
ハルトが俺をクズを見る目で見てくる。
違うよ? 違うからね? そんなことしてませんから。
「ハルトさんや。人聞きの悪いこと言わないでくれません? 変なもんとかばら撒いてませんから」
とりあえずブーメラン的なざまぁを受け入れ流す。
ばら撒いたとしてもおにぎりとか。あとお菓子? つってもおにぎりもお菓子も【異世界ショップ】産の品質管理がしっかりされたものだし、あとなにか……。
「セージ様。若返りの実のことではないでしょうか」
「えー? あれなんてそんな多くの人にばら撒いたり……あ?」
前にもこんなことあったような?
「ああ、それな。なんか知ってるマモルだったわ、このじいさん」
ハルトも同じように気づいた。
「だな。この状況、前にも似たようなことあったな」
どっと疲れる。
「マモル、お前賢者のくせに学習とかしねえのかよ。てかセージからすごい量の若返りの実もらってなかったか? それを使い切った上でヨボヨボ老人になるまで何してたんだよ」
「ふぉぉっふぉ、ハルトは手厳しいのお」
「『のお』とかすっかりジジイロールプレイ板についてんじゃん」
えぇええ。老人キャラのロープレについてはあえてそっと流そうとしてたのにそれ言っちゃうんだ。律儀なやつめ。
まあいいや。ハルトがマモルじいさんを相手しているうちにさっさと若返りの実を用意してぶん投げよう。
てかピクシー=ジョーどこ行った? 彼がいれば早々にマモルだとわかったのに。
「ピクシー=ジョーとヒューイとシエナは周辺海域の偵察に出ております」
俺の心情を察したのかアーシュレシカが教えてくれた。
相変わらず飛べる組が仕事熱心すぎてありがたい。
「ちなみにティムとシィナはテンちゃんをつれて船内を探検してくるそうです」
俺の騎士たちの探究心がすごい。ここまで大きな船だと見て回ろうとすら思えなくなるのは俺だけか?
マモルじいさんには買い物カゴ山盛りひとつ分(1000粒以上は確実にありそう)ほどの若返りの実を進呈。数時間後、賢者スキルの【ミニチュアガーデン】から帰還したのは見知ったマモルだった。
「えと、久しぶりー、だね。ご迷惑おかけしました?」
疑問形なのがイラッときたけど、とりあえず俺もハルトもちょっと安心した。
口調戻ってんのかいとはだれも言わなかった。




