117 ダンジョン散歩3
3時のおやつ前には五層までの宝箱全てを回収し終えた。
昼休憩後、残りは五層だけだったし、その五層の宝箱は全て五層の入り口付近だったのもラッキーだったな。
宝箱は一層より二層、二層より三層と順にちょっとずつ大きくなっていた。
五層の宝箱はダブルベッドくらいの大きさだった。
もちろん中身はぎっしり銅貨が詰まっていて、【アイテムボックス】や魔法鞄保持者でなければ嫌がらせみたいなお宝だな。ちゃんとしたお金だし、一層の宝箱の中身だけでも金貨五枚相当はあったわけだし。
五層の宝箱の中身は一体いくら入っているのか想像つかない。数えようとすら思えないほどの銅貨がギッチギチにぎっしり。それが六つ。
魔法鞄の口を宝箱に被せるように何とか入れた。これは出す時は外で出さないとヤバいだろうな。迂闊に室内で出したら床が抜けるのは必至。
五層最後の宝箱部屋でちょっと早めだけどおやつ休暇とした。
手洗いとお花摘み用のテントと、今度はティーテーブルセットを出した。
新陳代謝が良さそうな獣人兄妹はすぐに用を足しにお花摘みテントへ。
その間に俺はおやつの準備。
といってもホットで売ってるほうじ茶と袋入りのえびみりんやきを出すだけ。
えびみりんやきはあれですよ、人の顔サイズの、淡めのオレンジっぽい色した薄い平べったいやつですよ。口の水分一気に持っていかれて、慎重に口に含まないと1~2噛み目で口腔を怪我する油断ならないけど旨いやつですよ。たまに食べたくなるんだよな二年に一回くらい。
テントでの用足しを終えた二人に席へと促し、おやつをすすめる。
ペットボトルの開け方を教え、おやつもゆっくり口に含むように食べるといいと教えながらすすめる。
「しょっぱい味なのに甘い? 薄くてパリパリしておもしろうまい!」
そうね、おもしろうまいね。
「楽しくておいしい」
気に入ったようでなにより。
二人合わせてテーブルに出した分、五袋全て食べきった。その中の1枚だけ俺が食べた。
お茶は渋い味が苦手のようだったがにおいはいいにおいだと言っていたし、おやつと一緒に飲めば気にならないみたいなことも言っていた。
子供なので正直だ。
次から飲み物のチョイスは子供向けにしよう。
おやつのあとは帰るだけ。
帰りはクマ耳ポーター兄妹も慣れと安心感が出たようで、まともな会話ができるようになっていた。
結界すごい、ドロップ品回収する魔法陣すごい、宝箱を初めて見ることができて嬉しかった、このくらいのペースだったら妹も余裕でついてこれる、でも仕事している感じじゃなくてただついて歩いているだけだけどいいのかな? おにぎりはじめて食べたけどおいしかった、味噌汁も見た目アレだけどおいしかった、甘い飲む粥は衝撃的だった、トイレも衝撃的だった、手を洗うのに水が出る金属も不思議だった、平べったいパリパリはちょっとずつ食べ進めると早く食べられるんだぜ! などなど。
調子よくおしゃべり。
最初の警戒心とかおどおどした感じどこいった? と思えるほどに和気あいあい。
帰りも最短コースを選んでのダンジョンウォーキング。
幅と高さが同じになるようにきちんと計測されて作られた通路型迷宮みたいなダンジョンなので、足元は常に平坦で歩きやすい。五層までは宝箱部屋以外ギミックも罠もなく、結界のおかげで魔物の脅威もほとんどないし、【アイテムボックス術】と【アイテムボックス】の組み合わせのお陰でいちいちドロップ品を回収するために足を止める必要もないのですいすい進む。
帰る道順だけをただただ歩くだけなので、帰りは二時間程度でダンジョンから出れた。
外は夕方でまだ明るいと言える時間帯だった。
コインダンジョンの出入口にある探索者ギルド出張所の受付で帰還報告をして、ポーターとも不都合がなかったか確認し、書類にサイン。それを受付で受理されればポーターはお金をもらえる。
行きにこの二人を雇い入れ、このくらい払いますよという簡易契約書をきちんと作ったので、今回お世話になったクマ耳ポーター兄妹はきちんとお金を受けとれた。
なお、ポーター依頼手数料はこちらが出しているので二人は満額の銀貨10枚を受け取れた。
ついでに次回分のポーター依頼の予約を入れておく。
明後日、今朝と同じ時間から。今度は数日潜る。
依頼料は今日と同じでいいようだ。やっぱり1日あたりではなく、1回潜るにあたっての料金だった。
「じゃあまた明後日だな。これ今日の夕食だ」
綿製のトートバッグにおにぎりを20個ときな粉棒の大袋二袋、リンゴを六つ、ペットボトルの麦茶4本入れた物を渡す。おにぎりは今日中に食べきることと注意も添える。
何だかこれでももの足りなそうと思うのは気のせいであってほしい。
「いいのか?」
「食事込みの報酬だったろ」
「あ、うん。……ありがと」
はにかみつつ礼を言うクマ耳ポーターくん。
その妹も目をキラキラさせ口角をきゅっと上げ、ちょっと嬉しそうしながら耳をピコピコさせている。
【異世界ショップ】のレベリングしているときに購入したもののほんの一部を渡しただけでこんなに喜ばれるとは。次はもっとおにぎりのバリエーションを増やしてみよう。
クマ獣人のポーター兄妹とはダンジョン前で解散。
宿に戻る頃には陽が半分落ちていた。
「おかえりなさいませッス! も~っ! お一人で出掛けてしまうなんてひどいじゃないッスか!」
宿の部屋に入ったらすぐにシロネがいて、「も~」と言い出した。
「一応街の中なんだし、護衛はいらないぞ」
コインダンジョンもそうだけど、この街には街なかにいくつかのダンジョンがある。
なのでダンジョンだけど街の中なのだよ。
「護衛の心配じゃないッス。セージ様の結界は鉄壁ッスからね! 問題は連絡手段の心配ッス。セージ様のそばに誰か控えてくれないとセージ様と連絡つかないじゃないっすかー」
おおおう。
シロネがぷんすかしている。
なにがあったよ。
「なにか用だったか?」
「自分がってわけじゃないんすけどね、アーシュくんッスよ」
「アーシュレシカ? 砦でなんかあったのか?」
「なんもなかったみたいッスね。整備も終わってララ様の側近がきちんと管理できるようになったんでセージ様のそばに戻ってもよろしいですか、って」
ララ様ってのはばーちゃんな。
「……あー」
忘れてた。
とっさに砦に置いてき……任せていたことを思い出したけど、忘れてた。すっごくごめん。
そして俺が忘れていたことに俺の「……あー」で察したシロネのジト目が痛い。
「はぁ。ここにアイラくんが居なくてよかったッスね。いればアーシュくんにセージ様が忘れていたことを知られてしまうッスから。あんなに甲斐甲斐しくお世話してくれて、言われた通り待機してたのに忘れられてたって、悲しくてしかたなくなるッス」
久遠の騎士のオリジナルと配下間での謎通信ね。
便利な反面筒抜けという。
「まあ、うん。あれだな。それはとても申し訳ないよな。で、アイラどこいった?」
「ア、ハイ。ギルド登録巡りにいってもらってるッス」
シロネが大人の対応で俺の話題そらしに答えてくれた。
話題も逸らせたし、気になったことも聞けて余は満足だよ。
聞けば商人見習いとして活動するにあたってアイラ個人としてきちんとギルド登録はしといた方がいいらしい。
あとついでに情報収集も任せたらしいけど、俺心配。
余計なことしたり言ってなきゃいーなー。
「そうか。じゃあこのままアイラのことはシロネに任せるとして、アーシュレシカはこっちに呼んどくか」
「アイラくんのことは渋々ッスけど了解ッス。アーシュくんには今連絡入れるッスよ。砦門の外にお迎えゲートお願いしますッス」
なるほど。
いつもみたいに適当なとこに【聖女の願扉】出すとこだった。
勝手知ったる北大陸の農地だったらゲート開けて近くの配下久遠の騎士に声かければいいけど、ばーちゃんの国の人ばかりの砦に急にゲート開いたら混乱が起きるよな。
シロネに言われるまで気付かなかった……。
なるほどなーと感心している間にシロネはアーシュレシカと連絡をつけたみたいで、
「アーシュくんオッケーみたいッス」
とのことなので、さっそくばーちゃんの国の国境砦の門の外を指定して【聖女の願扉】を出して開ける。
扉を開いた先にアーシュレシカがちょっと泣きそうな顔で佇んでいた。
「アーシュレシカ」
今日からまたこっちでよろしくな、なんて言葉を用意してたんだけど、名前を呼んだとたんにいつの間にかゲートをくぐって来ていたのか、俺はアーシュレシカに抱き付かれていた。
「またのお声がけ、お待ちしておりました」
シェヘルレーゼと比べてしまうとあまり感情の起伏のないタイプだと思っていたけど、そうじゃなかったようだ。というか、アーシュレシカも感情を学習してるんだよな。
俺に抱き付いているアーシュレシカの肩は小刻みに震えている。
泣いてるっぽい。でも嬉しいっぽい。
抱き付いた後に俺を見上げて、にぱぁとにへらぁの間くらいのなんともいえないとろけた笑顔。
うーん。素直でいい子な弟がいたらこんな感じなんだろうか? まあ、男の娘なんですけどね。
今までちょっとでもアーシュレシカを忘れてしまっていた罪悪感が少し過った。




