113 アリストリオ商会のアリストリアさん 後編
「少し遅くなってしまったでしょうか?」
「いえ、無理を言って時間を取ってしまったのはこちらです。昨日はこちらの者が失礼な態度をとってしまって申し訳ございませんでした」
翌日の、もうすぐ昼という時間になって俺達が宿泊する宿にやってきたアリストリオ商会。
女性一人と男性二人の3人でやってきた。
女性が商会長のアリストリア、あとの男性がアリストリアの執事ダリオ、従僕のゼス、と紹介された。
こちらも自己紹介だけは俺が頑張った。
あとはシロネさんにお任せする形だ。
応接室に招いて、椅子をすすめたら座ったのはアリストリアのみで、ダリオとゼスはアリストリアの後ろに控えて立ったまま。
こちらも似たようなもので、俺だけが席に着いてシロネとアイラが俺の後ろに立っている感じだな。テンちゃんはリビングのソファーでクッションと同化する勢いで寝ている。
もうただの家犬でしかない。
子供達?
昨日夕食前に帰ってきて、朝は朝食後に出てったよ。
ダンジョン探索が楽しくて仕方ないらしい。俺がいないことでダンジョンの醍醐味が味わえるとかなんとか軽く俺をディスって出て行ったよ……。
そろそろ反抗期かな?
「こちらこそ、半ば日時を指定する形を取ってしまって。……それにしてもツァツィー領で一番の宿ってこんな感じなんですね。初めて入りました」
部屋付きメイドさんが俺とアリストリアさんの前にお茶とお菓子を置いてくれる。
メイドさんが定位置に戻ったところで俺は早速お茶を飲む。
その間にもシロネとアリストリアさんの話が進む。
「そうなのですか? アリストリオ商会は老舗と伺っておりましたが」
「老舗と言っても万年中堅商会ですからね。高級宿とは無縁……とまではいいませんが、この最高級宿は全くの無縁ですからね」
「なるほど。古くから地元に根付いた商人はご近所過ぎて逆にそうなのかもしれないですね。あ、お茶とお菓子どうぞ」
「ふふ、そうかもしれませんわね。……まあ、このお茶、とても美味しいですわ。それにこのお菓子も見目に美しく、食べるのがもったいないですわね」
お茶はアールグレイ、お菓子はイチゴのタルト。
アイラのチョイスだ。
「ありがとうございます。お菓子は生ものとなっておりますので、お早めにどうぞ。冷たいうちの方がおいしくいただけますよ」
「それでは失礼して……。っ! これは……」
口に入れた瞬間びっくりして、それからうっとりと味わい、ハッと気付いて茫然とするアリストリアさん。
百面相が得意と見る。
「我々はまだこちらの土地に来て間もないもので、どのような菓子が受け入れられるか不勉強で……。お口に合いましたでしょうか?」
不安げに、あざとい上目づかいでお客さんに聞くシロネ。
どんなキャラだよ。
一応昨日のうちに部屋付きメイドさんに味見してもらって、ものすごい勢いで合格もらったから自信はあるんだけどね。
「た、大変美味でございます……」
「そうですか。それは良かったです。……それで、早速でぶしつけなのですが、我々はこちらでの商売のツテを探しておりまして、噂を頼りにそちらの商会に辿りついたわけなのですが、取引きくださることは可能でしょうか?」
「……まあ、随分と性急な流れですわね」
「申し訳ございません。商売においてはまだ若輩者でして。そしてこの町に着いたばかりなので、とにかく信用度の高い商会に手当たり次第にお声掛けさせてもらって、その中でもいいお返事をいただいた商会と取引させてもらおうと考えております」
にっこりとぶっちゃけるシロネ。
アリストリアさんもその執事も従僕もドン引きだ。
アリストリアさんがチラリと俺の顔色をうかがうも、俺は素知らぬ顔で紅茶を飲む。
「そ、そうですか。商人としてはどうかと思うのですが、その……わたくしどもに足元を見られるとは考えませんのかしら」
コイツはだめだと見切りをつけたのか、アリストリアさんも言葉を選ばないことにしたようで。
「はい。信用度はこちらで調べてありますし、後は実際お会いして、こちらといい距離感でお仕事できそうかどうか、うまく一緒にお仕事出来そうかどうかの判断ですね」
どちらが判断するかは濁す。
あっちがこっちに抱く印象が悪かったらそれまで。
今度はシロネにきちんと良さ気な商会探してもらうんだ。
アイラの調査力が信用できないと言うわけじゃないけど、商談の持って行き方がアレだったから、後ろめたいというかなんというか。
「……」
考え込むアリストリアさんに、シロネがさらにぶっちゃける。
「本来なら、昨日この町に着いたばかりでしたので、今日にでもどこかの商会に出向いて、一般の商人のように手持ちの商品を見せて買ってもらうか、市が開催されているようならそこで売ることも考えたのですが、うちの者が仕事を任されたことにはしゃいでしまって。本当に、貴重なお時間をいただいてしまって申し訳ないかぎりなのです」
「そうでしたのね。……いつもこのようなやり方をしているわけではなかったのね」
「大変耳の痛いご指摘です。……そうですね、いつもは商業ギルドと取引をしておりました」
「まあ! ギルドを相手に? どんなものを取引なさっていらしたの?」
「我が主は土地を所有しておりまして、そこで採れる農畜産物などをギルドに卸しておりました」
「農畜産物……。あの、今回のお話では宝飾品と伺っておりましたが」
「はい。こちらでは北大陸産の宝飾品の取引が出来ればと考えております」
シロネがチラリとアイラに視線を送るとアイラは用意していた平べったいケースを開く。
立体的に開かれたケースには、ずらりと宝飾品がならんでいる。
大きいジュエリーケースを買ったんだよ。
それになるべく綺麗にならべたんだ。……アイラが。
「…………」
ケースの中を見たアリストリアさんがケース内をジーっと見つめたままだんまり。
いろいろ算段でも立てているのだろうか。
なるべく高めに買い取ってくれればいーなー。
とりあえずしばらくこの宿に滞在できるくらいは欲しいかも。
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お金の用意や、面会するにあたっての衣装やアクセサリーを選んでいるうちに、時間ギリギリになってしまいました。
衣装もアクセサリーも大半は手放してしまいましたが、残ったものでなんとか取り繕えたでしょうか。
はー。
いつ見ても震えますね。
この町で一番の宿です。
高級宿です。最低宿泊費銀貨10枚の宿です。
恐ろしいですね。
受付に用件を伝えると、きちんと話が通っていて、取引相手の部屋へと案内されました。
案内人は何も言いませんでしたが、フロアの半分を占める広さの部屋ということはわかりました。
噂に聞くところの2番目に高い部屋です。一番高い部屋とほとんど同じ作りで、見える景色が違うだけらしいです。
「あ、足が震えてきました」
「お嬢様、私もです」
「お、おお俺もです」
3人で視線を交わし、弱々しくも力強く頷き合います。
無言で気合いを入れ合い、いざ部屋へ。
部屋の中には貴族家できちんと教育を受けた上級メイドが2人もいます。
そのメイドにいざなわれ、広い室内が広がります。
誰もいません。
……遅刻してしまった?
怒らせてしまったのでしょうか?
「こちらでお待ちです」
室内にある扉の前に案内されました。
宿の部屋の中に部屋があるんですか?
え、この広い室内はいったい何の部屋なんですか?
リビング? 応接室?
宿の部屋に?
いえ、そう言えば幼いころ、先代に聞いたことがあります。
この目で見るのは初めてですが、実在したのですね。
お父様が私をからかっていただけだと思いました。
動揺したままの状態で、応接室に通されました。
そこにはなんとも形容しがたい美しい妖精がいました。
……妖精、ですよね? あの小さな妖精がそのまま人と同じ大きさとなった……妖精?
そんな大きな妖精の後ろに控えるのは男女2名。
男性はアイラ様。その隣には狐の獣人でしょうか。
こちらも美しいです。
豪奢な室内がかすんで見えるほどに室内にいる人達は美しく、すぐに挨拶が出来ませんでした。
アイラ様の服装も洗練されたものですが、獣人の女性の服装や装飾品もまたすっきりとした優美さがあります。どれもこれも見た事の無いデザインで、それでいて心にすとんと入ってくる美しさ。
自分や周囲と比べるのもおこがましいと思える、次元の違う、心地の良いセンス。
そしてなにより中央の方でしょうか。
あの方がアイラ様の自慢するセージ様なのでしょう。
名前でもわからなかったのですが、本人を見ても、ただただ美しいということ以外わかりません。
男性? 女性?
声を聞いてもわかりません。
混乱しすぎて話に集中できません。
変な事は口走ってないでしょうか?
さらに勧められたお茶やお菓子でもう完全に意識が吹っ飛びましたね。
気付いたら商談がおわっていました。




