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112 アリストリオ商会のアリストリアさん 前編

 


「申し訳ありません。アーシュレシカから学んでいたはずなのですが、セージ様に直に仕えられる事に舞いあがってしまい、調子に乗った行動してしまいました。今後このような事がないよう、しっかりと気を引き締めて行動を致します」


 キリっと顔を引き締めた後、俺と目が合うとふにゃりと嬉しそうに笑うアイラが怖い。


「情緒不安定っぷりが恐ろしいですね」


 シロネも同意らしい。


「たのむぞ、シロネ」


 ここぞとばかりに無い威厳を引き摺りだしてみる。

 だした結果がシロネに丸投げ発言なんだけどね。


「出来れば自分、セージ様のお世話だけしてたいッス」


 渋々頷いてくれたシロネさん。

 何かぶつぶつ言ってるけど気にしない。


 でもほら、ゆくゆくはシロネにアシスタントができればいいなーって。

 その為にシロネが教育した方が手間無く即戦力になるんじゃないかと。


「でもアレッスね。今晩か明日、どっちにするか迷うッスね」


「んなの明日一択だろ。今晩だと夕食を一緒にってやつだろ? この宿に今来たばっかなのに宿の食事の味も知らない。初めて食べるものをすすめるのも微妙だよな」


「あー。確かに。そこまで考えてなかったッス」


 シロネにしては珍しい。

 どうしたんだろね?


 ……。

 知ってるよ!

 俺がいろいろシロネに丸投げしたから疲れてるんだよね!?

 ほんとごめんね!


「明日、こちらで用意したお茶とお菓子に気合い入れれば最低限見栄は張れるか…」


 ため息をつきつつ何を出そうかと【異世界ショップ】で久々にコンシェルジュを呼びだし、いい感じでお茶会出来るように色々揃えてもらう。


「アイラ、アリストリオ商会に明日会いたい旨を伝えたら戻ってこの部屋のメイドさんに明日の来客で使う茶器やお茶の入れかた、お菓子や軽食の出し方とか教えといてな」


 お茶もお菓子も数種類用意し、甘いものが苦手な場合も考えて軽食も用意…か。

 久々のコンシェルジュさんだけど、頼りになるう。


「はいっ」


「シロネは明日、いつも通り俺の代わりに交渉頼むな。明日は北大陸の宝飾品の買い取りのみをお願いしつつ……そうだな、場合によってはまとまったマジックバッグを売る用意があることをにおわせてもいいか」


「了解ッス。マジックバッグは試しに作ってみたやつでいいッスか?」


「んー、家が入るくらいの容量の普通のマジックバッグと時間停止機能付きの馬車1台分の容量のマジックバッグだったら試しに作ったやつでもいいかな」


「………」


「なんだよ」


「いや、セージ様にしては穏便な売り物だなーと」


 普段シロネは俺を物騒な人と勘違いしているのだろうか?

 俺はこんなにも無害なのに。



 ++++++++++



 わたしはアリストリア。

 この町に古くからあるアリストリオ商会の会頭をしています。

 アリストリオ商会を継ぐものは代々の名を、男はアリストリオ、女はアリストリアを名乗ります。


 結構ながく続いている当商会。

 わたしで13代目となるのですが、それももう終わりそうです。

 私の代でこの商会が終わってしまう。


 昔ながらの堅実な商売をしてきました。

 時代に取り残された商売の仕方は、今の時代にはそぐわなかったようです。

 一番の打撃は貴族の求婚を断ったことですね。

 それから急激に業績が悪化しました。


 当商会は主にダンジョン産のアイテムの取り扱いをしてきました。

 他には食品も少々。屋台を出したこともありますね。

 これでもなにかともがいてみたのですが、もうダメです。

 先日、ついに商会で働く者たちに給金を支払うことが出来なくなってしまいました。

 ついでに言えばダンジョン産のアイテムを冒険者たちから買い取るお金もありません。


 本日をもって商会をたたみます。

 みんなに支払えなかった分の給金は、後日私が働いて返していこうと思います。


 商会の財産管理の一部を任せている執事のダリオには既に全てを打ち明けています。

 それでもなおダリオはわたしに仕えてくれると言ってくれています。彼の甥のゼスも。


「無給とてこれまでの貯えも少しはあります。もうしばらくご一緒させて下さい。私は、旦那さま…前会頭への恩義もあります。どうか、おそばに居させてください」


 涙が出ます。

 ついでに鼻水も。


 そんな時、ドアをノックし、ドアの外からゼスの声が。


「あの、会頭。取引をしたいというお客様がいらっしゃっているのですが、いかがいたしましょう?」


 取引…。

 今のこの商会では…


「その…北大陸産の宝飾品だと…」


「えっ!?」


 驚きました。

 その話が本当なら、これは大きな取引となります。

 それがたとえ数点だったとしても。

 この地の貴族はこぞって求めるでしょう。

 そのパイプも先代からのツテを辿ればなんとかなります。


 しかし、その為の…資金。


「お嬢様…いえ、会頭。これは商機です」


「でも、うちにはもうその資金は…」


「私の貯えをお貸しします。それでも足りなければ借金をしましょう。返済期限を短く指定すれば、まだギルドで少しなら融通してもらえるはずです」


 ダリオと視線を交わし、頷く。ありがとう。

 それから急いでハンカチで顔を拭き、ゼスを室内に通します。

 小さな執務室なので、3人も入るとちょっと窮屈を感じます。

 急な幸運に体が火照るのを感じます。これでも一応適齢期の乙女。二人から汗臭いお嬢様と思われないか、一瞬不安がよぎりますが、今はお話を優先します。


「それで、お客様はなんと?」


「はい。本日この町に着いたばかりだとおっしゃっておりました。商人の使いだと」


「行商人かしら? だとしたら何故ウチに? 自分で売り込めばかなりの商売になるでしょうに」


「ツテを探しているのでは? この地で北大陸の宝飾品が売れると噂は聞いているものの、まだここでの価値がわからないのではないでしょうか」


 そうね。

 たぶんその商人が思っている以上に北大陸の宝飾品には価値がある。

 安全策で地元の商人に頼るより、自力で売り込んだ方がよっぽど儲けが出るもの。


 でも、そんな安全策のおかげで当商会にも運が巡ってきた…!


「いえ、それが…どうやらそうでもないようなのです」


 どういうことかしら?





「遠路はるばるようこそ。わたくしが会頭のアリストリアです」


 無難に会頭としての挨拶をしました。

 わたしは今、ものすごく動揺しています。

 応接間に入ってすぐ、客人に目を奪われてしまいました。

 絵に描いたような王子様が目の前にいるのです。

 最低限の無難な挨拶ができただけでも褒められるはずです。


 貴族でもこれほどの美形は見たことがありません。

 王族はわかりません。でも目の前の男性は王族ではないようです。

 ゼスが言うにはこの方、“使いの者”らしいので。


 これほどの容姿に恵まれたお方を使用人にするということは、まず商売相手は最低でも貴族。場合によっては…。


 いえ。ここでたじろいではいけません。

 何が何でもこの商談をものにしなければ。


「ありがとうございます。私はアイラと申します」


 ああ、アイラ様…。

 声まで素敵…。


 アイラ様は座っていたソファーから立ちあがり、わたしに挨拶を返してくれました。


「んん、失礼いたします」


 ついうっかりうっとりとアイラ様を見つめていたら、ダリオがわたしとアイラ様にお茶を出してくれます。

 それでようやく我に返ります。


「それで、さっそくで申し訳ないのですが、どういった経緯で当商会にいらっしゃったのかしら?」


 アイラ様は丁寧に説明くださいました。

 要約すると、ギルドや通りすがりの町民に話を聞いてウチの商会が老舗で堅実な商売をするといくつか噂を聞いてここまで来た、と。


 そしてちょいちょい入ってくる主自慢。

 アイラ様の自らの主人の話をする時のうっとりとした表情にドキドキしてしまいます。

 アイラ様のような方にこんなにも思われる主人とはどんなお方なのかしら。

 お話を聞く限りではやはり高貴な身分のお方なのでしょう。

 お名前がセージ様という以外は男性とも女性とも判断できませんが、アイラ様のこの表情ではなんだか恋をしているようにも見えてしまうんですよね。なんともいえない気持ちになります。


 それにアイラ様からは商人家の気配は感じられません。

 アイラ様の主人という方はもしかしたら道楽程度の商売なのかしら?

 旅費を都合する意味で北大陸産の宝飾品を売ると?

 なんにしても噂でこの地で北大陸の商品が売れると聞いたから売ってみようという思いが伝わってきます。

 まあ、その噂も本当なのですが。


「それで、できれば早めに我が主とお会いしていただく事は可能でしょうか?」


 これは…切羽詰まって金策している、というより、アイラ様がご主人様に褒めてもらいたいから約束を取り付けたいのかもしれませんね。

 だとしたら…

 この状況をうまく使えばひょっとして…


「それはこちらとしては異存ないのですが、当商会でよろしいのですか? お聞きしたところ、セージ様も商業ギルド会員でいらっしゃるのですよね?」


「はい」


 ニコリと返事をするアイラ様のその少年のような表情にきゅんとします。

 はっ…! そんな場合ではありませんね。

 あぶないところでした。


「商業ギルドや大手商会ではなくうちとの取引、ですか?」


「申し訳ありませんが、主の真意ははかりかねます」


 ああっ、アイラ様。そんなしょんぼりしたお顔もきゅんきゅんします!


「これは失礼いたしました。お使いの方にお聞きするなどはしたなかったですね」


 ほほほほ…と笑って誤魔化します。

 危ない危ない。

 ガッついてるように思われなかったかしら?




 その後、アイラ様側の希望を聞くという形をとりつつ早期商談に漕ぎつけることがかないました。

 それも現状最高な時間帯での商談です。

 あれからアイラ様はセージ様のもとにもどられ、また商談日を伝えに戻ってきてくれました。

 それが明日の午前中。

 おかげでお金をかき集める時間が出来ました。


 それからは忙しかったです。

 商業ギルドで1週間以内に返済をする約束で思った以上のお金を借りる事が出来ました。

 ダリオからもお金を借りました。

 従業員には大きな取引をしたいのでという理由でもう少し給金を待ってほしい旨を伝えました。みんな快く待つと言ってくれました。

 罪悪感はありましたが、これで首の皮一枚は繋がりました。


 あとはダリオとひたすら会議です。

 どんな宝飾品をどの程度で買い取るか、またはどこの貴族に売るか、それとも商業ギルドも交えるか。

 現物は見てませんが、アイラ様の話では、セージ様はかなりの数を保有しているとの事でしたもの。


 なんだか久しぶりの緊張感と高揚感ですね。

 明日が怖くて楽しみです。




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