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百万一心の先駆け ~異伝吉川太平記~  作者: 一虎
天文一四年(1545) 尼子激闘
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救出



一五四五年  吉川(きっかわ)少輔次郎(しょうのじろう)元春(もとはる)



鮮血が舞うのがここからでも良く見えた。

権兵衛(佐東金時(さとうきんとき))と対していた敵の将の身体がゆっくりとそのまま後ろへと倒れこんでいく。権兵衛が勝ったのだ。


「良し…っ!」


手綱を握っているがその嬉しさから小さくガッツポーズが出る。だが見るからにフラフラだ。早く権兵衛を回収しねえと。逆上した敵に逆襲されかねない。


「佐東権兵衛金時が敵将を討ったぞ!!鬨を上げろ!!」


命令を無視した権兵衛だが敵将を討ったことはこちらにとっては都合のいいことだ。味方の士気を更に上げるために権兵衛の勝利を敵味方に周知する。俺の声にいち早く反応した勘助(山本春幸(やまもとはるゆき))が『鋭!鋭!応!!鋭!鋭!応!!』と勝鬨を上げそれに釣られるように味方が一斉に勝鬨を上げた。


「今の内だ。権兵衛を回収するぞ」


広がっていく勝鬨、それを目の当たりにして意気消沈していく敵の隙を突いて勘助や兵達に目配せし急いで馬を駆けさせる。


前線の殆どの兵が意気消沈していくなか万が一敵が逆上し反撃に出られた場合、今の権兵衛では間違いなく討たれちまうだろう。それ位に権兵衛はボロボロだった。特に権兵衛と敵将が一騎討ちをしていた場所だけは明らかに敵兵が逆上してきそうな気配があった。恐らく敵将の側近の兵たちなのだろう。敵ながら慕われていたのだと思った。


権兵衛は何か敵将と喋っているように見える。そして斧を振り上げたところを見るに首を取れ的な事を話しているんだろう。敵将ながらその潔さは見事だし、それに応えようとする権兵衛も立派だ。苦しめないように介錯するつもりなんだろう。

だが悠長だ。既に敵が動こうとしていた。このまま逃散してくれりゃいいものを。


「権兵衛!引け!!敵が来る!こっちに!!」


俺の声がようやっと届いたんだろう。思い出したように権兵衛が俺の方を見た後すぐに周りを見回した。既に敵兵が権兵衛へと向かって来ている最中だった。

権兵衛は少し躊躇する様な素振りを一瞬見せるも俺の声に従いこっちに駆け出してくる。だが既に足取りも覚束ない様だ。走ってるんだか歩いてるんだか分からない速度でこっちに来ようとしてるが明らかに敵兵の方が足は速い。


「私が先行します!」


俺が先行するか、そう逡巡している内に隣を走っていた勘助が馬腹を蹴って先に出てくれた。


「すまん!暫く頼む!」


幾分、人より身体が不自由な勘助だがそれでもその辺の兵よりは間違いなく強い。勘助なら上手く敵兵を牽制してくれるだろう。これで半生を牢人として過ごしてきたっていうんだから本当に勘助は頼りになる。そのまま勘助は逃げる権兵衛を追う敵兵の進路を塞ぐように立ち塞がってくれた。前線は勘助に任せて先に権兵衛を救出だ。


「俺はいい!半数は勘助を援護しろ!!」


「はっ!」


勘助が走り去った後、すぐに俺を囲むようにいた護衛の兵達に指示を出して勘助の援護に向かわせる。動ける敵兵は多くない。これで敵からの追撃は防げる。

味方の兵はそのまま勘助の後を追い、残りの半分で権兵衛を迎え入れた。


「権兵衛!!無事か!」


「じろ、さま…っ」


護衛の兵二人が今にも倒れそうな権兵衛の両脇に身体を滑り込ませて支える。

俺も居ても立ってもいられず馬上から降りて権兵衛に駆け寄った。

見ていられない程ボロボロだった。敵のか自分のかも分からない程血塗れだし傷だらけだ。でも生きてる。

ボロボロだが目もしっかりと俺を見返している。俺が駆け寄るとわずかに口元に弧を描いて笑ったように見えた。本当に図抜けた頑丈さだ。生き残ってくれたことが嬉しくて涙が滲む。

だがすっかり掠れた声で言葉を発するのもしんどい様だ。生きていることを喜びたいのはやまやまだがまだ終わっていない。それに確認したいことがある。


「水は飲めるか?口開け」


腰からぶら下げてある竹筒を手に取り権兵衛に口を開く様に伝える。今朝に井戸から汲んだばかりの水だ。美味いだろう。素直に口を開く権兵衛に少しずつ水を飲ませながら権兵衛に問い掛けた。


「飲みながらで良い、聞いてくれ。無理をさせて悪いが誰を討ったか分かるか?」


権兵衛と対峙していた武将は随分としっかりした武具を纏っていた。雑兵じゃない。恐らく名のある武将だろう。それが誰なのか分かればさらに敵の士気を砕ける。一通り口を潤わせることが出来た権兵衛は竹筒から口を離すと話し始める。


「さ、させ、きよ…もり…?」


疑問形?させきよもり?清盛?清守?清宗じゃなく?俺の知らない佐世の一族の人間か?


「清宗じゃないのか?」


「きよむね…。清宗…かもしれねえ、です」


噛み砕く様に何度か口ずさむがはっきりしない。そもそも聞いたんだろうか、覚えてないのか権兵衛も自信なさげだ。

周りの兵も首を傾げる。迷いどころだな。いや、この際事実はどうでもいい。開き直ろう。


「まあいいか、よくやったぞ権兵衛!大手柄だ!」


佐世清宗を討ったことにしちまえばいい。新宮党の出現に敵将の討ち死と敵はこれだけ混乱してるんだ。討たれた将が本当は佐世清宗じゃなくても信じる兵はいる筈。迷わせるだけでも意味はある。

信じさせることがまず大事だ。それに誰であれ敵将を討ったのは事実だ。それは褒められるべきことだ。権兵衛の肩に手を伸ばして手放しに誉めた。だが勝手に敵陣に突っ込んでるからな。それは後で説教だな。今はとりあえず説教は棚上げだな。


「次郎様!!」


するとそこへ兵庫頭(ひょうごのかみ)熊谷信直(くまがいのぶなお))が駆け寄ってきた。敵の混乱のおかげで余力が出来たんだろう。それに前線は勘助が入れ替わるように出たのも大きい。

馬上から落ちたのではないかと思う程慌ただしく下りてくる。その後ろには次郎三郎(熊谷高直(くまがいたかなお))の姿も見える。二人とも無事のようだ。


「兵庫、次郎三郎、無事だったか!」


「はっ!何とか!権兵衛は!?」


「権兵衛殿は無事ですか!?」


兵庫の部隊に権兵衛を預けていたから二人とも権兵衛を心配していたらしい。ボロボロだが生きているのが分かるとホッとした表情を浮かべた。愛されてるなあ、権兵衛は。他人事だが嬉しい。


「お前たちも前線で良く抑えていてくれた。だいぶ消耗しただろう。奴の力を頼るのは腹立つが新宮党の騎馬隊のおかげで敵は大分浮足立ってる。前線はこのまま俺が入っても無茶せず済むだろう。熊谷隊は権兵衛と一緒に下がっていてくれ。よくやってくれた。ありがとう」


熊谷隊が奮闘してくれなければ早々に吉川軍は崩壊していただろう。お礼と共に頭を深く下げた。次郎三郎は迷うような素振りを見せる。


恐らく律儀な次郎三郎の事だ。

俺が下がれと命じたから下がらなきゃいけない。熊谷隊は負傷者が多いだろう、下がって休ませる必要がある。そう思いつつ主君を戦場に残していいものかと迷ってるんだろう。

本当にいい奴だ。だから念を押す様にもう一度頷く。


「…分かりました。では下がらせて頂きます」


「いや、待て」


納得したように頷く次郎三郎を遮るように兵庫が待ったをかけた。


「次郎三郎、負傷者と権兵衛は儂が連れていく。お前は動けるものを率いて次郎様の旗下に入るが良い」


「父上?ですが、…良いのですか?」


「お前は儂の跡を継ぐのだ。それにいつまでも儂が一緒にいてやれる訳では無いしの。儂が死んだ後はお前が次郎様を支えなければならん。だから熊谷家の次期当主として次郎様を支えよ」


「父上…」


歳のせいもあり割と落ち着きのある兵庫だが吉川家の中では孫四郎(今田経高(いまだつねたか))の次くらいに戦好きな男だ。俺が下がれと言っても付いて行くと言うかと思ったが、兵庫も先のことを見据えてくれているんだ。


「兵庫、良いのか?」


俺が聞き直すと穏やかな笑みで頷き、深く頭を下げられた。それに倣う様に次郎三郎も深く頭を下げる。本当に俺はいい家臣を持てた。


「不出来な息子ではありますが儂にとっては自慢の息子です。次郎様、次郎三郎をよろしくお願い致します」


「…分かった。お前の大事な息子は俺の大事な家臣でもある。一緒に戦わせてもらうぞ兵庫」


「お願い致します」


「次郎三郎、連戦で疲れているだろうが引き続き俺を支えてくれ。頼む」


「お任せ下さい!」


「兵庫!次郎三郎は任された!だがお前も隠居するまで俺を支えてくれなきゃ許さないからな!」


兵庫の方が歳は上だ。順当に行けば兵庫の方が先に死んじまうのは仕方ない。だけど子供の頃から一緒にいてくれた兵庫にはこれからも俺を支えてもらいたかった。去ろうとする兵庫にそう告げると兵庫は一瞬ぽかんとした後、すぐに楽しそうに笑った。


「く、はははっ!全く、次郎様は…。分かっております、次郎三郎と共に支えていきますとも!」


「おう!」


照れ隠しもあったが少し偉そうに言ってしまった。子供っぽいな。でもいいか。


「それでは儂らは下がらせて頂きます。次郎様、ご武運を。次郎三郎、お前もな」


「はい!」


「頼んだぞ兵庫」


俺は頷き、次郎三郎も返事を返す。

そして兵庫は権兵衛や負傷兵を連れて後方へと下がっていく。後方へ下がっていく皆の背中を見ながら叫んだ。


「皆!大儀であった!俺達は勝つぞ!だから死ぬことは許さん!!生きて俺に後で顔を見せろ!分かったな!」


命懸けで戦ってくれた大事な兵達だ。多少なりとも報いてやりたかった。今は言葉でしかその感謝は伝えられないけど、俺がそう告げると兵士たちが振り返って『はいっ!』と返事をしてくれた。後は権兵衛だ。


「権兵衛、俺のことを守る最後の砦はお前の役目だ。死ぬことは許さんからな!」


「…んだっ」


声を出すのも辛いだろうに権兵衛の元気な返事が響いた。悠長かもしれんがこれで心置きなく戦える。


「良し!次郎三郎、行くぞ。勘助に任せっきりだからな」


「はっ!お供致します、次郎様!」


二人で騎乗し直すと前線を支えている勘助の元に向かった。敵の士気が著しく下がってしまったせいか勘助は問題なさそうだ。


「次郎三郎!このまま勘助と共に前線を押し込め!このまま押し込めば敵を潰走させられる!」


「お任せを!」


平左衛門(宇喜多就家(うきたなりいえ))と孫四郎はどうだ。…こっちの混乱と同じような感じだな。二人の部隊も息を吹き返したみたいだ。

新宮党の戦バカ(尼子誠久)に救われたってのは癪に障るがそれでもあいつが来なければ俺達もヤバかった。崩壊していた可能性の方が高い。いや、崩壊してたろう。権兵衛も討たれていた。

そこは素直に感謝しよう。癪だけど。


「敵将、佐世清宗は佐東権兵衛金時が討ったぞ!敵将、佐世清宗は佐東権兵衛金時が討った!!尼子兵よ!武器を捨てて投降しろ!命が惜しければ武器を捨てて投降しろ!」


直接戦えない分、声を張り上げて敵兵に情報を伝える。これで本当に投降してくれば最上。迷って手足が鈍ってくれるだけでも上々だ。


既に日は低い位置に来ている。そして、敵の更に後方には軍が巻き上げたと思しき砂塵が舞い上がっていた。兄貴も到着したらしい。もうすぐこの戦も終わりが近づいている。


「味方の援軍が来たぞ!!吉川兵よ、最後の力を振り絞れ!尼子兵!投降するなら今を置いて他にないぞ!」


油断せずに最後まで戦え。もうすぐそこまで勝利が来ていた。





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