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百万一心の先駆け ~異伝吉川太平記~  作者: 一虎
天文一三年(1544) 尼子の魔の手
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毛利の使者

一五四四年  河副(かわぞえ)美作守(みまさかのかみ)久盛(ひさもり)



新たな主君となられた尼子(あまご)式部少輔(しきぶのしょう)誠久(まさひさ)様が毛利家の使者である国司飛騨守(くにしひだのかみ)元相(もとすけ)殿と笑い合っている。

とはいえ響いてくるのは笑い声だけで互いにその目は笑っておらず牽制し合うように見つめ合ったままだった。


会談の場が荒れかねないという事でこの場には殿である式部少輔様の弟御二人はいない。特に三弟の小四郎様は気性が激しい分、この場にいては使者の方々に噛みつきかねない。

この場には私と殿、そして毛利家の使者二人のみだ。


それにしても、殿の雰囲気は紀伊守(きいのかみ)尼子国久(あまごくにひさ))様が亡くなってから随分と変わったものだ。正直なところ、もっと思慮の浅い方だと思っていた。だが実際の殿、式部少輔様は以前の荒々しさを抑え込みどうこの新宮党を生き残らせるかを必死に考えて下さっている。


紀伊守様の御恩返しのつもりで仕えることを決めた私としては嬉しい誤算であった。最悪、共に討ち死にする事すら視野に入っていた。だが、上手く立ち回ることが出来れば生き延びる道が開けてくるやもしれん。


とはいえ今の様子を見ていると完全に抑えきれてはいないようだ。やはり気持ち的には戦に寄っているのだろう。

統率力という面で紀伊守様は卓越していた。あの方の剛勇に憧れ、共に戦場を駆けたいと思わせてくれる方であった。それに比べて式部少輔様は不思議な方だ。武勇も()ることながら、恐ろしいほど勘の鋭い方だ。

ご本人様曰く、空気が違うとのことだが凡人である私にはさっぱり理解が出来なかった。だがこの方も紀伊守様と違った意味で共に駆けたいと思わせてくれる方なのは間違いない。


この方を死なせぬ為にも、仇敵とはいえ毛利家と誼を結ぶことを叶えなければなるまい。

一頻り笑い合った両者は笑い声を収める。最初に話し始めたのは我が殿だ。


「まどろっこしい話は嫌いなんでな、飛騨守。単刀直入に言わせてもらうが同盟については考えてもいい。こっちにしても本家には恨み骨髄だ。お前ら毛利も俺達なら争い合う事になる可能性があると思ってこの話を持ってきたんだろう?」


「は、式部少輔様の仰る通りにて」


「とはいえ、だ。俺達は家の主である父親を亡くして組織を再編している最中だ。お前らの希望通りの動きが出来るかどうか…」


「…何が仰りたいので?」


「オイオイ、まさかそれを俺に言わせるつもりか?毛利家も随分とデカい家になっちまったもんだなァ?弱者の気持ちが分からないと見える。ナァ、美作守?」


は?すんなりと対等な同盟を結ぶのかと思った矢先、おかしな流れになった。当初の予定ではこの会談は互いに意思を確認し合い同盟を組むことになったはずだ。

だが当に納得していた筈の式部少輔様が毛利家に吹っ掛けようとし始めておられる。身代が小さくなり確かに家としては尼子本家の時に比べれば小さくなった。だがまさか自分から弱者の立場を取ろうとは。止めようかと主に視線を送るが思い直す。自尊心の高い式部少輔様にしては驚くべきことだ。そして狡猾でもある。


この美作国はそれ程豊かという訳では無い。それに式部少輔様を始めとする新宮党の方々は最低限の荷物の持ち出ししか出来なかったため物資が足りなくなる可能性が無い訳では無いのだ。ならば近年豊かになり始めている毛利から毟り取るべきではないか。感情では私とて毛利家を好意的に見ている訳では無い。ならばささやかにでもこの機に物資を融通させて溜飲をいくらかでも下げるべきではないか。家中でも納得を得られるであろう。式部少輔様に乗っかろう。


「は、まさか毛利家でも名高い国司殿ともあろうお方が我らの現状を察して頂けないとは。お話させて頂けば現在美作国では戦のための物資が足りないのです」


「そのようなは「話がないと言えんのか飛騨守?どこかの誰かのせいで生憎と俺達の身代は知っての通りだいぶ小さくなっちまってな。お前らの希望通りに動けるかは分からないなァ?」


「……っ」


勿論無くてもすぐに困る事態になるわけではない。だからこれは一種の、些細な嫌がらせだ。断られたら断られたで一向に構わない。この同盟に納得していない者たちも今回の話を聞けば怒りの矛先を和らげられる。

国司殿も美作国の現状は理解しているんだろう。毛利家には尼子本家の鉢屋衆のような隠密組織がいる。だから我らの発言を否定しようとしたが、式部少輔様の一言が国司殿の口を閉じさせる。


事の発端は毛利家の謀略が切欠なのだ。毛利家の武将であれば良く分かっているだろう。そして我らもそれは良く分かっている。だからこそその件を持ち出されると毛利家は強く出れない。少なくとも毛利家は我等の力が必要だと考えている。

だからこその同盟の打診だ。後は毛利家の懐具合の問題だろう。とはいえ毎年のように戦をし、今でも備前国で三村家を援助している毛利家だ。そこまでの余裕が果たしてあるだろうか?


飛騨守殿が苦い表情をして俯きながら考え始めた。今、頭の中で考えているのだろう。そんなときだった。飛騨守殿の後ろに控え今まで一言も口を開かなかった青年が口を開いた。


「いいでしょう。毛利家が負担を軽く致しましょう」





国司飛騨守(くにしひだのかみ)元相(もとすけ)



まさかこの場で余計なことを言われるとは思わなかった。両家の条件を擦り合わせて既に同盟の話は既定路線であった筈だ。にも拘らず尼子の戦狂いがこの場で余計な条件を吹っかけてきた。


物資を出せるか出せぬかで言えば出せる。だが言い草が気に入らぬ。今は乱世なのだ。敵であり貶める隙があるならばその隙を突くのは当然のこと。確かに毛利家が尼子家に行ったやり方で言えば卑怯なのだろう。だが卑怯とはいえ謀略とは掛かる隙を作った方が悪いと儂は考える。


だが心として後ろめたさが無い訳では無い。そこを上手く突かれた。そのいやらしさがどうにも気に入らない。それに今後のこともある。今この美作国にいる尼子新宮党の連中が大人しくし続けてくれるかは分からない。可能であれば共倒れしてくれればという思いもある。


それに敵対していた本来は敵である存在を好き好んで助けたいと思う人間が毛利にどれだけいるだろうか。

先代の当主、尼子経久(あまごつねひさ)によって毛利家は右馬頭(うまのかみ)毛利元就(もうりもとなり))様の弟御である少輔三郎(しょうのさぶろう)相合元綱(あいおうもとつな))様を失うことになった。それを儂は見てきている。そういった気持ちから返答に困っていたところ背後から予期せぬ言葉が放たれた。


「いいでしょう。毛利家が負担を軽く致しましょう」


「安芸守様…?」


「安芸守だと?テメェが毛利の跡継ぎだってか?なんでそんなところで控えてんだァ?」


「如何にも、ご挨拶が遅くなり失礼致しました。本日は勉強のつもりで見ているだけのつもりだったのですが、私の腹心が困っていたようですので口を挟ませて頂きました。改めまして、毛利安芸守隆元と申します。以後お見知りおきを」


「安芸守様、ここは私めにお任せを」


「いや飛騨守、構わぬ。お前が物資の判断をしては家中から独断で何をと(そし)られよう。ここは私に任せてくれ」


「…面目御座いませぬ」


「うむ」


まさか安芸守様自身が動くとは思わなんだ。今回は儂の家来の体で供をして頂いていた。身分を隠したのは純粋に外交の場とはどういったものかを確認するという意味があったからだ。それと安芸守様自身が式部少輔をこの目で見たいと仰ったのが一番の原因か。

話が纏まっていた故見ているだけで済むはずであったが。だが安芸守様が仰ることは尤もだ。儂が勝手に判断していれば越権行為となってしまう。


儂は立ち位置を変える様に安芸守様の斜め後ろへと控えた。こうして他家とのやり取りは大内家でも行って下さっていたであろうが、元は敵国である尼子新宮党と相対して頂くのは心配だ。何事も無ければよいが。儂は万が一に備えてすぐに動けるように身構えた。だが露骨に動いては不要な敵愾心を奴らに抱かせてしまう。あくまでそれと無くだ。


安芸守様は今や我等毛利家中でも大事なお方。殿である右馬頭様が安心して後を任せられると最近では仰られているほどの貴重な主だ。万が一の時はこの身を盾にしてでもお助けせねばなるまい。


それにしても安芸守様のこの落ち着いた佇まいはどうだ。不意な会見の場となってしまったがこの落ち着きようは後ろから見ても安心出来るではないか。

幼い頃の安芸守様はどこか自信の無さそうな御子であられたが成長されるにつれて本当に逞しくなられた。


対する式部少輔は安芸守様を値踏みするように見ていた。幾分か威圧するように殺気も漏れ出ている。毛利家の次代がどの程度か見定めようというのだろうが些か不躾であろう。だが安芸守様はその視線に気付きながらも穏やかに式部少輔に微笑んで見せた。

その様子にフンッと気に入らなそうに式部少輔が鼻を鳴らす。我らが安芸守様がその程度の脅しで物怖じすると思ってもらっては困る。そのまま安芸守様は口を開いた。


「では改めまして、現在新宮党の方々は物資が不足しているとの事。突然の変事故、致し方ないことに御座いましょう。我等はこれから同じ敵に対して手を携えていかなくてはいけない間柄となり申した。その同盟相手が困っているのであれば手を貸すのは当然のこと。先ずは兵糧や武具をこちらで工面致しましょう。兵糧は一年分もあれば十分でしょうか?」


「ほう?」


「なんと!?」


「殿!それは些か…!」


「良い、飛騨守。今は私に任せよ」


「…はっ」


頼もしくはなられたが慈悲の心が強いのではないか?武具まで渡す必要はあるのか?一年分もの兵糧は渡しすぎではあるまいか?いくつもの疑問が頭に浮かぶが、儂は安芸守様に託したのだ。口を出すことを咎められた手前、これ以上は野暮となろう。


剛毅とも言える援助に美作守は目を丸くし、式部少輔は訝しむように此方を見ている。

それにしても式部少輔は戦場の印象と随分違う。戦狂いの猪武者かと思っていたが今もこちらの意図探ろうとその鋭い眼光をこちらに向けていた。


「一体何を考えていやがんだ、安芸守?随分と豪勢に物資を送ってくれるが」


「何と言われましても、困っている皆様を助けたい一心にて。それに物資が足らず新宮党の皆様に万が一のことが御座いましたら我らも困りますのでな」


「…ふん、まァいいさ。くれるってんならありがたく頂く。これにて毛利と俺たちの同盟はなった。美作守、書面を用意しな!」


「はっ」



一波乱あったものの無事に我等は役目を果たして林野城から出てくることが出来た。式部少輔は我等がすんなりと物資を提供したことが気に入らなかったのだろう。最後までこちらの意図を汲もうと怪しんでいた。

あの場にいた私とて訝しんでいるのだからそれも当然か。同盟とはいえそこまで援助してやる必要も意味も無いのだ。これは単純に安芸守様の仏心によるものなのか。


帰りの道中、馬に揺られながら空を見ている安芸守様に声を掛けた。振り返った安芸守様はどこか申し訳なさげだ。


「お疲れ様で御座いました。安芸守様。ですが、あそこまで手を貸す必要があったので御座いますか?」


「此方こそ、飛騨守の役目を奪ってしまって悪かった」


「それは構いませぬ。物資の件に関しては私では一度判断を仰ぐ必要が御座いました。あの場ですぐに片を付ける為に安芸守様が出て下さったことは承知しております。ですが…」


「あそこまでの施しの約束は必要がなかったと飛騨守は思うのだな」


「…僭越ながら」


「ふふ、飛騨守、お前からの僭越は幼い頃からではないか。別に構わんさ。さて、では私が何故あそこまで新宮党に施したのか。優しさから手を差し伸べたと飛騨守は考えているのか?」


「違うので御座いますか?」


「そういった気持ちが元になっていることは否めないなだが他にも明確に理由がある。いや、私の気持ちを正当化させるためといった方が正しいかな。。今回、我等の謀略で式部少輔殿たち新宮党は大黒柱である紀伊守殿を失った。我等で言えば父を失うことに等しいだろう。その後ろめたさ多少なりとも払拭したかった。その為に今回のことを利用してしまった訳だが」


特にお優しい安芸守様であれば私以上に新宮党に対して無視出来ない後ろめたさを感じていたのだろう。だがその気持ちだけの為に物資の援助を約したのであればお叱りせねばならぬ。だが他にも理由がしっかりとあると仰っていた。先ずはそちらをしっかり聞かねばなるまい。


「お続け下さい」


「うむ、先ず新宮党の面々には我等毛利家の現在の力を見せる必要があろう。落ち延びてきたとはいえ彼らも元は栄華を極めた尼子家の者たちだ。今でも我等を格下だと見下し今回の同盟に納得していない者たちもいるだろう。そう言った者たちに毛利家は侮れぬ存在なのだと理解させる必要がある。第二に、先に控える尼子家との戦で新宮党の者たちを働かせるためだ。簡単に負けてもらっては困るのでな。多少なりとも尼子本家に圧力を加え、注意を引き付けてもらう必要がある。そしてこれが一番の理由なのだが、私は新宮党をゆくゆくは我等の旗下に加えたいと考えている」


「なんと!?」


「あの武力を放置するには惜しいだろう。もし出来るならば我等の戦力としたい。その為には毛利に降っても恥では無いのだと思わせる圧倒的な力の差を見せつける必要があろう。今回の援助はその為の第一歩としたのだ」


まさかそのようなことを考えておられたとは。確かにこの考えの元には本来の安芸守様の優しさがあったのだろう。だがそこに毛利家への利益をしっかりと結びつけることによって納得の出来る一つの策となっている。これが本当に実現するのだとしたら。


我等が散々手古摺っていた尼子新宮党が毛利家の戦力となるのであればこれ程心強いことは無いだろう。だが本当に叶うのだろうか。そもそも家中でそれが認められるのか。


「確かに、あの者たちの武力は魅力的です。ですが家中には新宮党に散々手を煩わされている者たちが少なからずおります。その者たちが認めますでしょうか。それに新宮党の者どもの手綱をしっかりと引けるか不安も御座います」


「それが今後の課題だな。だが毛利家を継ぐ者であるならばそれぐらいの度量が必要であろう。今日、実際に会って分かったことがある。式部少輔殿はただの戦好きの狂人ではない。全く話が出来ない御仁では無いのだ。状況や条件、話の持っていき方次第では降ることも考えてくれるはずだ」


この方も確かに右馬頭様の御子なのだと思った。行動理念に差はあれど言葉の節々に右馬頭様を感じる。何とも頼もしい限りだ。微力ながら儂も一層の忠誠を誓おう。


「安芸守様の考えは良く分かりました。私も安芸守様の考えの元、これからは動きたいと思います」


「うむ、頼りにしている飛騨守。私をこれからも支えてくれ」


そう言った安芸守様の笑顔はいつもの優しく見惚れるほどの笑みだった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 隆元兄上カッコいいー! 是非とも長生きしてください。 [一言] こちらの毛利兄弟は全員可愛くて格好良くて読んでいて幸せな気分になります。 これから暑くなってきますのでご自愛ください。 そし…
[良い点] 毛利の大徳が動いたか······これはフラグか?······だが楽しみだ!
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