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百万一心の先駆け ~異伝吉川太平記~  作者: 一虎
天文十二年(1543) 備中騒乱
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椎茸評定(二)と失敗

一五四三年  吉川(きっかわ)少輔次郎(しょうのじろう)元春(もとはる)



「ちなみになんだが椎茸に限らず茸がどうやって増えるのか知っている奴はいるか?聞いたことないか?」


一応俺も茸は胞子を飛ばして増えることは知ってるがこの時代はどの程度が常識なのかを知っておきたい。皆、武士だからなあ。首を傾げたり視線を逸らされたりだ。やっぱり知らないか。と思ったら勘助(山本春幸(やまもとはるゆき))と目が合った。すると自信無さげだがこちらに身体を向けてきた。さすが勘助、各地を旅していたのは無駄じゃないな。


「私より発言をお許し頂けましょうか?」


「勿論だ、勘助。新参だからと遠慮することはない。発言してくれ」


「はっ、それでは私が旅先で聞いたことをお話させて頂きまする。ただ私自身がその目で確認した訳では御座いませんので不確定な情報だという事は皆様の頭に留めて頂きとう御座います。茸は細かな粉のようなものを飛ばすことで繁殖をするのだそうです。おそらくこの粉が茸の種となるのでしょう。それが地面や倒れた木などに付着することによって繁殖するのだとか。椎茸も茸であればこの粉を飛ばすのではないかと思います。」


「うむ、成程な、勘助有難う。有益な情報だ!さすが、各地を旅していた知識は素晴らしいものだな」


「いえ、お役に立てたのであれば私としても光栄に御座いまする」


俺の知っている情報と大差ないな。他の皆も頻りに頷いて感心している。どうやら勘助は吉川家でも受け入れられつつあるみたいだな。良かった。


「あの、私と次郎三郎殿からも発言をお許し頂けますでしょうか?」


平左衛門(宇喜多就家(うきたなりいえ))と次郎三郎(熊谷高直(くまがいたかなお))だった。後ろからの声に一瞬びっくりしてしまった。自分から発言を許しておきながら失礼な奴だな俺は。


「おお、平左衛門と次郎三郎。無論だ。最初に言った通りお前たちも何か気付いたり言いたいことがあれば発言してくれ」


「はっ、私たち二人で山師から話を聞いて回りました。その情報をお伝え致します。この辺でも椎茸が取れたことを確認しております。間伐を推進してからはやはり取れなくなってしまったようですが、人の手が付いていない場所であればあるだろうとの事です。また、椎茸は主につるばみやこならと呼ばれる木の倒木から採れることが多いとの事です。捜索の際は参考にしていただければと思います」


平左衛門の話は有益な情報だった。時々片方が居なくなることがあったからな。わざわざ聞き取りに言ってくれてたんだろう。特に木が分かれば手当たり次第に探さずに済む。ただつるばみだのこならだのどんな木なのか分からねえな。どれがこならでどれがつるばみとか見れば分かるようになんのか?見分け方が分からないからこの辺は要確認だな。


「二人ともわざわざ調べてくれたのだな。良くやってくれた!これで探す際の目安が出来たぞ」


「それとご注意頂きたい点が」


今まで黙っていた次郎三郎が口を開いた。父親の兵庫頭(ひょうごのかみ)熊谷信直(くまがいのぶなお))は何処となく心配そうだ。兵庫頭も何だかんだで父親なんだな。それにしても注意点ってなんだ?許可するように頷くと次郎三郎が再び口を開く。でもどこか言いにくそうなのが気になるな。なんだ?


「どうやら椎茸にはよく似た茸があるようです。それにはどうも毒があるらしく注意して欲しいと言われました」


「毒?それは、どのような毒だ?見分け方はあるのか?」


心配そうに聞いていた兵庫頭が思わずといった感じで口を開いて確認した。おいおい、茸にはお約束だけど椎茸にも偽物いるのかよ。大丈夫か?情報次第だけど死ぬほどの毒なら諦めなきゃなんないぞ。


「毒に関してはそれ程ではないらしいです。嘔吐や下痢、腹痛を起こすようですが死ぬほどではないようです。ただ食べ過ぎれば稀に死ぬこともあるようで…。見分け方は、その毒茸は夜や暗闇ではうっすら光るそうで御座います。ただそれも確実とは言えず中には光らぬものもあるそうです」


評定の間にひんやりとしたものが流れる。俺を含めて皆の顔がどんよりと(よど)む。


偽物があったことを嘆くべきか?死にはしないことを喜ぶべきなのか?でも場合によっては死ぬんだろ?ちょっとかじるくらいならセーフか?そもそもこの情報が事前に分かっただけ儲けものか。


「次郎三郎、良く教えてくれた!知らなければ捜索時に被害が出ていた場合もあっただろう」


ここは明るく褒めよう。俺はあえて笑いながら次郎三郎を褒めた。何はともあれ有益な情報には違いないんだ。それに対してはしっかり褒める。活躍したなら、役に立ったなら褒める。その方がやる気も出るしな。次郎三郎も褒められたことがほっとしたんだろう。兵庫も何処か誇らしげだ。


だが、その毒キノコの対策はどうするか。茸なんてじっくり見たことなんて正直ないからな。それに偽物毒キノコの実物がどれほど椎茸に似てるかも分かんない。ひょっとしたら見た目にも違いがあるかもしれないし。いや、知らないのに期待するのは止めとこう。最悪を想定しといた方がいい。

とは言っても確認手段なんて食う以外になくね?さの確認もしなきゃなんないかあ。罪人に毒見させるか?非人道的だけど。


「では今上がった情報を纏めよう。まず椎茸はこの吉川領内にも存在し、それは山や森の奥に存在する可能性が高い。椎茸はつるばみやこならの木に生えることが多い。茸から飛ばされる粉が種であるという事。また椎茸には偽物があり、それは死ぬほどではないが毒がある。見分け方は暗がりで光るかどうか。これが現状の情報だ。ここからどう栽培するかだが、そのつるばみやこならの木も一緒に運んで来るしかないだろうな。そこに椎茸の種をくっつける訳だが、そこから椎茸が生えるかは残念だが運だな。可能な限り生える可能性を増やすために生えていた場所の環境を確認して人の手でその場所の真似をするしかないだろう。日に当てた方がいいのか悪いのか。水が必要なのか不要なのか。暑い方がいいのか寒い方がいいのか、様々な条件を調べる必要があるな。そういったことも含めて条件を考えるか。一旦は必要な物を集めてからで良いか?」


自分で言っててうんざりしてくるな。こんな調べながら出来なかったら泣くぞ俺は。皆も同じことを思ったのだろう。眉間に皺を寄せて渋そうな顔をしている。だが俺はそれでも止めないぞ。ただどんな条件が椎茸には最適なのかは分からない。条件はそれからの方がいいだろう。そう言うと少輔七郎(市川経好(いちかわつねよし))が小さく頷いた。


「それがよろしゅう御座いましょう。常備兵を使うのであれば人手を集める必要がありませんから銭も掛かりません。後は栽培に適した環境作りがどの程度金が掛かるかでしょう」


「そうだな。では一先ずは椎茸探しから始めることとする。以上だ」





一五四三年 吉川少輔次郎元春



後日、朝から俺たちは山中に入った。常備兵70名に俺、権兵衛(佐東金時(さとうきんとき))、少輔七郎、刑部大輔(ぎょうぶたいふ)口羽通良(くちばみちよし))、孫四郎(今田経高(いまだつねたか))、次郎三郎、平左衛門、それに又三郎(またさぶろう)長船貞親(おさぶねさだちか))、平内(へいない)岡家利(おかいえとし))、又左衛門(またざえもん)花房正幸(はなぶさまさよし))の宇喜多家臣も今回は参加している。

計80名の大所帯だ。ちょっとした軍だな。これがピクニックだったら楽しかったんだが、皆が皆一定の距離を開けて横一列になって辺りをきょろきょろ、地面をきょろきょろ見ながら歩いている。評定で話していた椎茸探しに今日は来ているのだ。


ちなみに叔父上(吉川経世)と勘助は城で留守番しながら政務に励み、兵庫頭は新参兵を鍛えているだろう。


何の木か分かっていなかった俺は、あの後すぐにつるばみやこならの木がなんなのか教えてもらった。

なんて事はない、ドングリの木だった。ドングリの木はドングリの木だと思ってたからちゃんとした名前があることに驚いた。白というか灰色の樹皮で分かりやすい。これなら他の木と間違う事も無いだろう。森はどんどん深くなるが今日は晴天で過ごしやすい。木漏れ日が気持ちよく風も程よく吹いていて昼寝にはちょうど良さそうだ。


「椎茸を発見しました!」


すると遠くの方から声が聞こえた。一緒に探し回っている常備兵の一人が最初に見つけたらしい。辺りから『おお!』と歓声が上がる。俺は急いでそこに向かった。主な家臣たちも集まってくる。


「兵たちは引き続き探していてくれ!」


「応!」


ちなみに兵たちには籠を背負わせている。この籠は1尺7寸(50cm)程の籠を3つや4つ、くっ付けた今回の椎茸捜索用の特別製だ。全てをごっちゃにして採集すると毒キノコとの区別が分からなくなるため、見つけた場所が違う場合は別の籠に入れるように指示をした。同じ木に椎茸と毒キノコが一緒だった場合はどうしようもないが、こうしておけば少なからず被害が減らせると思ったのだ。それに兵たちには布を巻いた小さな籠も10人に1人持たせている。採集したら確認するように伝えている。これでだいぶ防げるはず。


そうして兵たちに探させている間に俺たちは椎茸の生えた倒木に集まる。だが残念なことにこれが椎茸なのか毒キノコなのかが分からない。


「椎茸、だよな?」


「恐らくは…」


「でも違う茸のようにも見えませぬか?」


「おい孫四郎、紛らわしいことを言ってはならぬ」


「ですが毒キノコも似ているのでしょう?拙者には見分けがつきませぬ」


「確かにそうなのだが…」


俺が疑問形で聞くと次郎三郎が自信無さげに答えた。すると孫四郎がさらに疑問を被せる。

確かに、違う様にも見える。どっちだろう?孫四郎が余計なことを言ったせいで全員で再び首を傾げた。すかさず兄の少輔七郎が孫四郎につっこむ。一応試してみる必要があるだろう。


「良し、では光るかどうか確かめてみるぞ。権兵衛、布巻きを貸してくれ」


「んだ、どうぞ」


権兵衛にも持たせていた布を巻いた籠を受け取ると倒木から生えた椎茸と思しき茸を()ぐ。

んー、記憶にある椎茸にも見えるし違うようにも見える。そもそも生えてる椎茸なんて見たこと無いからな。とりあえず試してみるか。

布巻き籠をひっくり返し、その中に茸を入れてみる。うっすら隙間から中を覗く。皆も俺の後ろに回って中を覗こうと顔を揃えた。さて、どうだ?



「光ってはいないようです、次郎様」


「うん、光ってねえな、平左衛門。つまりこれは」


「椎茸という事でしょう。恐らく」


「恐らくって付けんなよ刑部」


光っていない。確かに光ってないんだが。光ってない場合もあると聞いた俺たちは素直に喜べない。だから誰も何処か自信無さげな発言だ。すると孫四郎が同じ倒木から茸を捥ぐとなんといきなり齧り付いた。


「孫四郎!不用心すぎるでしょう!」


「んー、あまり美味しくありませぬな」


「いや、そうじゃねえ!味は聞いてねえんだよ!早く吐き出せ!」


いきなりのことで唖然としていた俺は、少輔七郎の声で我に返った。だが齧った本人、孫四郎はもぐもぐと咀嚼を繰り返しながら聞いてもいない感想を口にする。確証もないのにこんなものを大事な家臣に食わせる訳にはいかねえんだ。急いで命令すると孫四郎はすなおにぺっと吐き出した。こんなとこで無用な蛮勇見せつけんなよ全く。勇ましさは戦場だけで十分だっつーの。


「ったく、思い切ったことをすんなよ」


「いやあ、あまりにも皆が不安げだったもので拙者が確認出来ればと思ったのですが。はっはっはっ。ですが特に何ともないようですな!」


「んー、じゃあ大丈夫、なのか?」


「大丈夫です次郎様!拙者がこの身で確認したではありませぬか!」


「…よし、ではこの茸は椎茸として回収しよう」


ここまで孫四郎が身体を張って確認してくれたのに信じないんじゃさすがに孫四郎に失礼だしな。俺は倒木から椎茸を採集した。大体10本くらいか。


そんな調子で俺たちは椎茸探しを続けていった。探しているうちに実際蒼白く光るきのこもいくつも見つけて確かめることが出来た。全く人の手が入っていないため椎茸以外にも沢山の茸が生えているが知識のない俺たちには手出しのしようがないため放置だ。あくまで椎茸だけを狙っていく。


そうして籠いっぱい、という訳にはいかなかったがあまりここに長居し過ぎると夜になってしまうため採り始めて2刻程(4時間)で切り上げ帰路についた。




だが。帰り道に事件が起きる。


「大丈夫か孫四郎?!」


「も、もうしわけ、ございま、せ…」


「いい!口を開くな!揺れるが我慢しろよ!吐きたくなったらすぐに言え!」


孫四郎が齧った茸はハズレで毒キノコだったらしい。時間が経つにつれて顔色が悪くなり、強がりも言えなくなった孫四郎はついに嘔吐した。そして一人で歩けなくなってしまったため今、権兵衛が背負って駆けている。


「ごんべ、降ろしてくれ…っ!」


「孫四郎様!どうぞ!」


「うぐっ…げほっ、おええ…」


急いで休ませなければならないため森の中を全速力で俺たち捜索隊は駆けているが、如何せん孫四郎は定期的に嘔吐を訴えてくる。その度に足を止めて孫四郎を気遣いながら城を目指した。

齧っただけでこれか…。俺たち椎茸捜索隊は戦慄した。

道中は竹筒に入った水を少しずつ飲ませつつ、嘔吐休憩を何度も挟みながらようやく城に到着したのは、既に日が傾き空には星が見えるような時間になっていた頃だった。



孫四郎はその後、下痢と嘔吐に苦しみながら2日ほど寝込み回復した。命が助かっただけよかった。

だが孫四郎にとって余程今回のことはトラウマになったらしく、軽挙妄動を慎むようになったのは言うまでもない。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦国転生モノでありがちな椎茸栽培。作品によっては1-2行で終わらせるテーマを、ここまでクローズアップするのは珍しい気がする。新鮮。 これを機に自分でも調べたくなりました(転生した時に備えて…
[一言] 椎茸は生で食べてはいけません
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