配信三十九回目:山下さんとのお話
「順番だよ。順番だからね。はい、どうぞ」
十九時。れんちゃんの前にはたくさんのモンスたちが並んでいて、その列はとても長い。数えるのも面倒なほど。
れんちゃんはブラシを持って、順番にブラッシング中。みんな気持ち良さそうだから、見ているだけでもなんだかほっこりする。
ブラッシングの時間は、一匹三十秒ほど。当然だけど、それでも時間が足りないから、数日にわけてやることになりそうだ。ウルフだけでも百匹、五十分ほどかかるからね。終わるわけがない。
しばらくはブラッシングの映像を流すだけになりそうだね。まあ、みんなそれで十分みたいなんだけど。
私は、光球をれんちゃんの後ろで待機させて、ちょっと相談中だ。
「仕方ないとは思うんですけど、やっぱり友達ってほしいですよね」
「そうですね……」
相づちを打ってくれるのは山下さん。スーツ姿の格好いい女の人。いかにもできる人って感じだ。
れんちゃんと一緒にゲームを始めて一ヶ月。そろそろれんちゃんも同年代の友達が欲しいんじゃないかなと思って、相談してる。
でもやっぱり、山下さんも何とも言えない表情だ。難しいだろうな、とは私も思う。れんちゃんがすでに特例だし。
「おねえちゃんおねえちゃん」
「ん? どうしたのれんちゃん」
れんちゃんがこっちに駆け寄ってきて、その瞬間山下さんは姿を消していた。なんでも、ゲームマスターが一プレイヤーと話しているのは良くないのだとか。
今更では? と思わなくもないけど、色々あるだろうからね。
「シロクマさんのこども!」
れんちゃんが抱えているのは、ちっちゃなシロクマ。わざわざれんちゃんに会いに雪山から下りてきたらしい。行動力に溢れてるねシロクマ。
がう、と子熊が可愛らしく鳴く。喉元をこちょこちょすると気持ち良さそうに目を細めるのが本当にかわいい。
「れんちゃん。みんな順番待ちしてるけど、いいの?」
「あ、そうだった!」
そう言って、れんちゃんは子熊を置いて戻ってしまった。
子熊と見つめ合う。じぃ……。
警戒はされてないみたいなので、抱き上げてみる。おお、ふわふわだねこの子も。
「よしよし。かわいいなあ」
地面に座って、子熊を足の上へ。私にはれんちゃんみたいなブラッシング技術はないから、撫でるだけで我慢してもらおう。
子熊をゆっくり撫でていると、気持ち良かったのか私の足の上でころんと寝転がった。なにこのかわいい毛玉。人懐っこい子って、それだけで幸せな気持ちになれるよね。
仰向けに寝転がっているのでお腹をわしゃわしゃする。抵抗は、なし。これでいいらしい。もふもふだなあ……。
「お待たせしました、ミレイ様」
わ、いつの間にか山下さんが戻ってきてた。さすがにちょっとびっくりした。
「おかえりなさい?」
「はい。少し調べましたが、やはり現状では難しそうです。申し訳ありません」
そう言って、山下さんが頭を下げてきた。さっきの短い間で、他の子供を誘えないか調べてくれたみたいだ。
「あ、いえ、こちらこそすみません。わざわざ、ありがとうございます」
「いえ……」
山下さんがれんちゃんを見る。私もれんちゃんを見る。れんちゃんは楽しそうにウルフたちをブラッシングしてる。
あの様子を見てたら大丈夫だとは思う。アリスやエドガーさんも、友達とは言えないけど、親しい人としてちゃんと見てるみたいだし。少しずつ、知り合いを増やしていきたいな。
いつか、れんちゃんの病気が治った時に、恐れずに誰かと接することができるように、ね。
「ところでミレイ様。是非とも耳に入れたいことがありまして」
「え? なんですか?」
「サズの近辺に迷いの森があるのはご存知ですか?」
「あー……」
知ってる。結構前に巨角ウサギをテイムした草原の奥にあるエリアだ。ものすごく大きな木がたくさんあるエリアで、なんでも実在する原生林をモデルにしたらしい。すごく綺麗な場所で、結構人気のエリアだ。
そこのモンスターは最初全部アクティブだったんだけど、初心者さんでも気軽に観光できるようにとノンアクティブに変更されたっていう経緯もあるエリア。それぐらい、プレイヤー人気が高い。
もちろん私も行ったことあるんだけど、れんちゃんはまだ連れて行ったことがないんだよね。いや、だって、れんちゃんが好きそうな動物がいないから……。
迷いの森に出てくるモンスターは、トラと巨大コウモリ。トラはれんちゃんがテイムしたトラたちを、ただ純粋にステータスを上げただけのモンスター。今のところ、レアモンスターの報告もないし、後回しにしてる。
「実は明日のアップデートで、新しいモンスターが追加予定です」
「へえ……。どんなモンスターか聞いても?」
「はい。フクロウです」
フクロウ! 大きな鳥だね。もふもふかどうかは、まだ見てないから分からないけども。
「実はですね。れんちゃんの熱心なファンが開発にいまして」
「え?」
「その人が、フクロウがとても好きな人でして……。是非とも、れんちゃんに見てほしい、と……」
「ええ……」
つまりは、れんちゃんのためにフクロウのモンスターを作ってしまった、と。
いや、え? ええ……?
「大丈夫なんですかそれ?」
「大丈夫だと思いますか?」
「ですよね!?」
やっぱり大丈夫じゃないよね!? いや、でも、私たちは悪くないはず。うん。悪くない。
「もちろん実装するモンスターなので問題はありません。その点はご安心ください」
「はあ……」
「情報を少しだけ早く教えた、だけですから。ええ、問題ありません」
よく見てみると、山下さんは諦念の表情というかなんというか。疲れてる。すごく、疲れてる。なんとなく、山下さんは結構上の立場の人みたいだから、苦労も多いんだと思う。
やっぱりこれ、私のせいかな……?
そんなことを思ってたら、私の表情から察したのか、苦笑いを浮かべて、
「ミレイ様は気にしないでください。私としましても、配信を楽しませてもらっています」
「そうなんですか?」
「はい。ある意味では、あの子が一番、この世界を楽しんでくれていますから」
そう言って笑った山下さんの笑顔は、とっても素敵な笑顔だった。とても格好いい。私も、こんな大人になれたらいいんだけど。
「あ、山下さんだ!」
おっと、れんちゃんが山下さんに気が付いてしまった。山下さんも一瞬だけ表情を強張らせたけど、すぐに諦めてしまったらしい。駆け寄ってきたれんちゃんを優しい笑顔で見つめていた。
「こんにちは、れんちゃん」
「こんにちは!」
『おお! この人が噂の山下さん!』
『金ぴかさんと舌戦を繰り広げた人!』
『女性だったのか……』
『その節はどうも申し訳なく……』
あ、金ぴかさんもいるんだね。なんとなく分かる。
山下さんはたくさん流れるコメントを見て、どうにも困ったような表情を浮かべていた。反応に困ってるらしい。
「れんちゃん、楽しんでくれてる?」
「うん! すごく楽しいよ!」
満面の笑顔。れんちゃんは笑顔が一番だね。見ていてほんわかする。それは山下さんも同じみたいで、こっちも嬉しそうな笑顔になっていた。
「そう。それなら良かった。たくさん楽しんでね」
「うん!」
楽しそうなれんちゃんを撫でて、山下さんは私に向き直った。
「それでは、失礼致します」
「はい。お疲れ様です」
丁寧に頭を下げて、山下さんが消える。いやほんと、仕事ができる女性って感じだ。
『ミレイ。山下さんとは頻繁に会ってるのか?』
「うん? いや、経過観察というか報告だよ」
『なるほど察した』
『大変だなあ』
本当に。受け入れてくれた、山下さんを始めとする運営の皆さんには感謝しきれない。
だからまあ、別にそんなことは関係ないけど。ないったらないけど。
明日はれんちゃんと一緒に、迷いの森に行ってみようかな。
壁|w・)そろそろ同年代のお友達が必要だよね、というお話。
でもれんちゃんがすでに特例なので、やっぱり厳しいのです。
どうしようかと考えながら、次のもふもふはフクロウさんになりました。
次回は、久しぶりに幼なじみとのお話です。
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ではでは!






