閑話:よくわからない人
壁|w・)姉妹の最初期のお話。
仲良くなる前の、お話。少し長め。
「この子のお姉ちゃんになる!」
何言ってるのこの人、というのが、佳蓮が最初に思ったことでした。
その人は初めて会った日から、毎日のように佳蓮に会いに来ました。いつも笑顔のお姉さん。未来さんに対する佳蓮の第一印象は、よく分からない人、もしくは物好きな人、です。
おかあさんから、さいこん、というものをするというのは聞きました。おとうさんが別の人になるそうです。よく、分かりません。おとうさんになる人と会いましたが、優しそうな人だとは思いました。
けれど、佳蓮にとって、父というのは佳蓮を見捨てた男のことです。最初は優しかったのに、佳蓮が原因不明の病気だと知って、さらにはその治療にはお金がかかると知って、これ以上面倒を見ることはできないと見捨てた人です。
けれど、佳蓮にとってはその点はどうでもいいのです。ただ、おかあさんが泣いていた、おかあさんを悲しませたのが許せないのです。
だから、佳蓮は『父』が嫌いです。
その『父』が新しく来て、姉ができる。よく分かりませんでした。
けれど、大嫌いな『父』に関係する『姉』、ということはわかりました。
「こんにちはー!」
今日も、未来さんが来ました。本当に、物好きな人です。佳蓮は最初に会った日しか、お話ししていないのに。
未来さんを見て、佳蓮はお布団を被りました。よく分からない人とはお話ししちゃいけないのです。知らない人についてっちゃいけないって、おかあさんも言ってました。
「れんちゃん、たまにはお話ししよう?」
知りません。聞こえません。早く帰ってほしいです。
「うーん、今日もお話ししてくれない。お姉ちゃんは寂しいな?」
知りません。お姉ちゃんなんて、いりません。おかあさんが、おかあさんだけが、いてくれればいいのです。
「うん。よし! それじゃ、私が勝手に話すとしよう!」
どうしてそうなるのか、意味が分かりませんでした。
未来さんは、未来さん自身のこととか、おとうさんのことについてよく話してくれます。それを聞くと、おとうさんは前のおとうさんと違って、いいおとうさんなのかもしれません。けれどやっぱり、『父』です。嫌いです。
たっぷり二時間、面会時間ぎりぎりまでお話しをし続けて、未来さんは立ち上がりました。
「それじゃ、そろそろ帰るね。また明日来るから!」
しっかり寝るんだよ、なんて笑いながら未来さんはあっさり帰ってしまいました。
ようやく、佳蓮の好きな静かな夜になりました。
とても、好きな、静かな時間です。のんびりと本でも読みましょう。
のんびりと。
のんびりと……。
…………。
…………。
……………………。
寂しい。
半月ほど、未来さんは一方的に話し続けて、そして帰っていきました。本当に、よく分からない人だと思います。どうして、自分なんかに構うのでしょう。
佳蓮は顔も見せないのに。口を開かないのに。本当に、物好きです。
たくさんの人が避ける佳蓮に近づいてくる、本当に、物好きです。
だから、聞いてみることにしました。
今日もいつもの時間に未来さんが入ってきました。
「こんにちはー!」
そんな、元気な声。そして少しだけ待って、
「あれ?」
未来さんが、首を傾げました。
「隠れないの?」
「ん……」
ぽすぽすと、ベッドの隣を叩きます。未来さんは少しだけ迷った後、そこに座りました。普段はあんなに無遠慮なのに、変な人です。
「えっと……。れんちゃん?」
「佳蓮」
「あ、うん……。佳蓮ちゃん、だね。ごめんね、気安かったかな?」
しょんぼりと、未来さんが落ち込みます。ちょっとだけ胸がちくちくします。
「どうして?」
「ん?」
「わたしは、ずっと未来さんを無視してるのに、どうしてしつこく来るの?」
未来さんかあ、と未来さんが何かショックを受けていますが、よく分かりません。
「佳蓮ちゃんと仲良くなりたいからだよ」
「わたしは仲良くなりたくない」
「おおう……。とりつく島もない……」
しょんぼり。胸がちくちく。ちょっとだけ、くるしい。
「えっと……。私のこと、嫌いなのかな?」
「きらい」
「どうして?」
「おとうさんの子供だから」
「ふむう……。おとうさんが、きらい?」
「きらい」
「どうして?」
「おとうさんだから」
「えっと……。どうして?」
「おかあさんが泣いたから」
未来さんの言葉が止まりました。どうしたのかと思って隣をちらりと見ると、どうしてか、未来さんは笑顔でした。優しそうな笑顔です。
「そっか。佳蓮ちゃんはおかあさんが好きなんだね」
「うん。大好き」
「そっかそっか」
そう言って笑う未来さんの笑顔は、なんだか歪に見えました。
「私は、嫌いなんだ」
「え?」
「佳蓮ちゃんのお母さんが、じゃないよ? 私のお母さんが嫌いなの」
「どう、して?」
お母さんは優しいのに。どうして、お母さんが嫌いなのでしょう。
「お母さんはね、別の男の人と仲良しだったの」
「んう……?」
「お父さんとは別の男の人が好きだったんだよ」
それは、だめなことのはずです。なんとなく、そう思っています。
「お父さんが仕事で家にいない時にね、なんて言えばいいのかな……。家で、よろしくやってたというか……」
「……?」
「分からないよね。んー……。まあ、うん。悪いことをしてたんだよ」
未来さんが言うには、たまたま忘れ物を取りに帰ってきた未来さんがそれを目撃してしまったそうです。そこから、なんだかとっても面倒なことがあって、未来さんのおかあさんはいなくなって、嫌いになったそうです。
「お父さんは、お前は関係ない気にするなって言ってくれるけど、どうにも離婚の原因は私が見ちゃったことらしいからねー……。でもまあ、それでお父さんの気が楽になるなら、お父さんが言うようにお母さんが出て行ったってことにしておくよ」
「ふうん……」
「ああ、ごめんごめん。難しい話だよね。佳蓮ちゃんは気にしなくていいよ」
そう言って、未来さんが頭を撫でてくれます。それは、気遣いに満ちた、とても優しい撫で方でした。
「おとうさんは、いい人?」
「うん。いい人だよ」
「じゃあ……。ちゃんと、お話ししてみる」
佳蓮がおとうさんが嫌いでおかあさんが好きなように、未来さんはおかあさんが嫌いでおとうさんが好きなようです。この人がそんなに好きな人なら、話してみても、いいかもしれません。
「私のことも気にしてほしいけどね!」
「未来さんは……よくわかんない」
「よくわかんないとは」
わかんないものはわかんないのです。
「未来さんは……わたしが嫌じゃないの?」
「はい?」
「変な病気だよ。どんな病気かも分からなくて、もしかしたらうつっちゃうかも。だから、離れた方がいいよ」
どれだけ優しくしてくれる人でも、ほとんどの人が離れていくのです。佳蓮はそれを、よく知っています。それなら最初から側にいない方が、気が楽なのです。
けれど、未来さんはなるほどと頷いて、何故か佳蓮を膝の上にのせました。
「未来さん?」
「病気のことなんて私には分からないから、気にならないかな。佳蓮ちゃんはとってもいい子だしね」
「ん……。わたしは、悪い子だよ。未来さんにひどいこと、してるもの」
「そう言えるだけで良い子だよ。それに、佳蓮ちゃんはもっと我が儘を言うべきだし」
そう、なのでしょうか。佳蓮には、分かりません。
「それでも、そうだね。もしもうつっちゃったら……」
「うつっちゃったら?」
「私もここに住もうかな。その時は優しくしてね?」
そう言って、いたずらっぽく笑う未来さん。
少なくとも、今までの人とは違うと、そう思えました。
「れんで、いいよ」
「うん?」
「れんでいいよ」
「えっと……。れんちゃん?」
「うん」
佳蓮が小さく頷きます。未来さんはぱっと顔を輝かせました。
「じゃあ、私のことはお姉ちゃんって呼んでほしいな! 私も、れんちゃんのお母さんの娘になるからね!」
「んー? えと……。お、おねえちゃん……」
何故でしょうか。とても、とっても、恥ずかしいです。佳蓮が顔を真っ赤にしながら言うと、お姉ちゃんは嬉しそうに笑いました。
「ありがとう、れんちゃん!」
後ろから、ぎゅっとされます。それが、なんだかとっても、心地良いです。
「それじゃあ、れんちゃん。ようやくしっかりお話しできたし、プレゼントあげちゃう」
「んう?」
そう言ってお姉ちゃんは、鞄から紙の袋を取り出しました。その袋から出てきたものは、子犬のぬいぐるみです。真っ白な子犬で、佳蓮が抱くとちょうどいい大きさのぬいぐるみ。
お姉ちゃんから渡されたぬいぐるみを眺めて、佳蓮は言いました。
「かわいい……」
「でしょ?」
「うん……」
きゅっと、抱きしめます。ふわふわでもふもふなぬいぐるみでした。
「嬉しい……。ありがとう、おねえちゃん」
そう言って、佳蓮が微笑むと。
「うん……。どういたしまして。喜んでくれて嬉しいよ、れんちゃん」
お姉ちゃんも嬉しそうに笑ってくれました。
それが原因かは分かりませんが、ここから急激にぬいぐるみの数が増えたり、面会のしすぎで姉の成績が落ちて面会禁止令が出たり、いつの間にか佳蓮の中でお姉ちゃんが一番上になってしまってお母さんが密かに泣いたりもしましたが、それはまた別のお話ということで。
「いじょう、です!」
光球の前で、ラッキーを頭にのせて白いキツネをもふもふしながら、れんはしめくくりました。
お姉ちゃんと最初はどうだったのかと聞かれたので、覚えている限りで答えました。これでいいのでしょうか。
『つんつんれんちゃん見たかったな』
『でれでれれんちゃんもかわいいけどな!』
『てえてえの過剰摂取で死にそう。死んだ』
『はよ成仏しろ』
いいとしましょう!
「おねえちゃんは何してるの?」
くるりと振り返ります。れんを後ろから抱きしめていたお姉ちゃんは、なんだか懐かしむような目をしていました。
「いやあ、あの時は苦労したなあって……。れんちゃん、本当に全部無視してたからね。実は結構へこんでた」
「あ、その……。ごめん、なさい……」
「うえ!? ち、違うんだよ責めてるわけじゃないんだよ! れんちゃんはとってもかわいいからね! 笑顔のれんちゃんが一番かわいいから笑顔でいてほしいな!」
「うん……。えへへ……。ありがとう、おねえちゃん」
「いや、いやいや、こちらこそありがとうだよ、れんちゃん。…………。やばい、鼻血出そう」
『最後で台無しだよ!』
『お前はさあ! ほんとにさあ!』
「うるさいよ!」
わちゃわちゃと騒がしい、そんないつもの日常。
少しだけ、あの静かな病室を思い出して。そして、目の前のお姉ちゃんを見て。
「えへへ」
れんはなんだか楽しくなって、お姉ちゃんにもたれかかりました。
今日もとっても楽しいです。
壁|w・)最初から仲良かったわけじゃないのです、というお話。
姉は最初から妹大好きですが、妹は普通に警戒してました。
ここから少しずつ距離を詰めていって、最終的に共依存。
……どうしてこうなった……?
次回は、そろそろ次のステップ。
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ではでは!






