配信三十七回目:羊さんいらっしゃい
十八時。れんちゃんのホームに集まったのは、私とれんちゃんはもちろんとして、いつもと違う人が一人、金ぴかさんだ。羊さんをもらうために、招待して来てもらった。
「ここが、れんちゃんのホーム……」
金ぴかさんは感激した様子で周囲を見てる。いつも配信で見せてるから、珍しいものはないと思うんだけど。
『簡単に言うと、アニメの世界に入り込んだ気分になってると思うぞ』
「ええ……。そんなものなの?」
『そんなもんだ』
視聴者さん曰く、自分たちでは行くことができない、という意味ではアニメの世界と大差ないらしい。よく分からない。
私が気になるのは、れんちゃんの表情がちょっと暗いことだ。これは金ぴかさんも気付いていて、少し困ってる。ちらちらと見てくるのは、私に聞いてくれってことなんだろうな。
聞くのはいいけど、本当になんだろう。羊さんに興味がなくなったわけじゃないと思う。視線は金ぴかさんの隣にいる羊さんに釘付けだし。
「れんちゃん、どうしたの?」
聞いてみると、れんちゃんはちょっとだけ泣きそうな顔になった。
「あのね、おねえちゃん。羊さんが来てくれるのは嬉しいの」
「うん」
「でも、いいのかな? 寂しくならない?」
ああ、なるほど。れんちゃんは金ぴかさんと羊さんのことを気にしてるらしい。れんちゃんは自分のテイムモンスと別れることは絶対にできないだろうから、気になるんだと思う。
そのあたりどうですかと視線を向ければ、金ぴかさんは何とも言えない表情になった。
「その、れんちゃん。あまり言いたくないんだけど」
「うん……」
「俺、こいつに嫌われてるんだよ……」
はて、と私とれんちゃんは首を傾げてしまった。
『テイムモンスに嫌われるとかあるのか?』
『あるぞ。好感度みたいなのがあるらしい。好感度が低いと命令を聞いてくれなくなるし、もっとひどいと触らせてもらうことすらできなくなる』
『まじかよきっつ』
もふもふ好きさんにとっては、致命的ではなかろうか。いや、もふもふ好きさんならまず嫌われるようなことはないと思うけど。
金ぴかさんが羊さんに手を伸ばす。羊さんは金ぴかさんを一瞥すると、すすす、と距離を取った。なるほど、これはひどい。遠い目をする金ぴかさんが少し哀れだ。
『気にすることないぞ。嫌われるってことは相応のことをやってるからな』
「ああ……。そうなるんだね」
言われてみれば当たり前だ。何もないのに嫌われるわけがない。
そんなわけで、私たちの視線は冷たくなりました。いや、だって、ねえ?
「い、いや、待ってほしい! 違うんだ!」
『言い訳ならクランホームで聞くよ、クラマス』
『メンバーいるのかよw』
『あんたには失望したよ、金ぴか……』
『メンバーからも金ぴか呼ばわりかよw』
うーん、これはもしかしなくても、最大手クラン解散の危機では? えっと、フォローをする必要があるかは分からないけど、聞くだけ聞いた方がいいかな。
「えっと。理由があるんですか?」
私が聞くと、目を輝かせて私を見た。いや、聞くだけだから。あとは知らないよ。
「いや、実はさ。ペットの卵をもらったのはいいけど、実際はあまり興味なかったし、それなら誰かに譲ろうとずっと持ってたんだ」
「ふむふむ」
「気付いたら羊になって、ホームでずっと俺を待ってたことになってた」
「ええ……」
『これはひどいwww』
『勝手に孵るとかいくらなんでも罠すぎるだろw』
『これは運営が悪いな、間違い無い』
うん。さすがにひどいと思う。これは運営への不信感に繋が……。
『お待ち下さい』
『おん?』
『誰だ?』
『どうも、ゲームマスターの山下と申します』
『ふぁ!?』
『ゲームマスター!? ゲームマスターナンデ!?』
うん。なんか、楽しいことになってきた。
『金ぴか様』
「いや待って。ゲームマスターなら俺の名前も知って……」
『金ぴか様』
「あ、はい。それでいいです」
『これ山下さん軽くキレてないかwww』
『これは濡れ衣のパターンか!?』
『こちらからはペットの卵をお選びの際に、事前に注意文を表示させていただいたはずです』
「え」
『あ、それ私覚えてる。確かに注意文出てた。手動で孵らせない場合はリアル時間で、具体的な時間は覚えてないけど、孵るので気をつけてくださいって』
『正確には一週間ですね』
『おいおいこれ金ぴかが悪いじゃん』
『クラマス様ともあろう方が責任転嫁とか……』
「い、いや! 待ってほしい! 確かに注意文は急いでいて飛ばしてしまったかもしれない! でも、そんな一回きりの表示で……」
よし。あとは知らない勝手にやれ。
私は全て聞き流すことにした。いやだって、絶対に長くなるよこれ。
そんなことよりれんちゃんはっと。
「じぃ……」
「…………」
何故か羊さんと見つめ合ってます。じぃっと。じぃぃっと。
ぺこり、とれんちゃんが頭を下げると、羊さんも小さく下げた。賢いなこの子。
「もふもふしていい?」
れんちゃんが聞くと、羊さんがその場に座った。もふもふしてもいいらしい。
「ありがとう!」
ととと、と駆け寄って、横からぽふん。はわあ、とれんちゃんのとろけたような声。
「もふもふだ……」
「いや、すごく気になるんだけど!?」
いいなあ、私ももふもふしたい! 私もこっそり抱きついていいかな。だめかな。
そっと手を伸ばす。羊さんが私を一瞥して、でも動かない。いいってことかな……?
れんちゃんの反対側で、触ってみる。ああ、これすごい。もふもふだ。
何て言えばいいのかな。こう、包み込むようなもふもふ。うん、自分でも意味わかんない。レジェとは別方向に極まったもふもふだね。これは、いいものだ。
私とれんちゃんが羊さんのもふもふを堪能していたら、金ぴかさんと山下さんの話し合いは終わったらしい。金ぴかさんがこちらに視線を戻していた。
「不毛な言い争いは終わりましたか?」
「うぐ……。いや、うん……。後日改めて、ということで……」
『ここで長く話し合いをするべきではない、ということになりました。ミレイ様、お騒がせしてしまい申し訳ありません』
「ああ、いや。大丈夫ですよ。運営さんにとってはいきなり文句言われたようなものでしょうし」
たまにはこういう刺激があってもいいかもしれないからね。うん。
「それじゃあ、気を取り直して、れんちゃん」
金ぴかさんがれんちゃんを呼ぶ。れんちゃんはちょっと名残惜しそうにしながら羊さんから離れた。すごく気に入ったみたいだ。とても、分かる。
「譲渡の申請をするよ。トレード画面を出すけど、いいかな?」
「えっと……。おねえちゃん」
「はいはい。見るよ」
れんちゃんの後ろに立って、トレード画面を見せてもらう。テイムモンスってどうやって譲るのかなと思ったら、なんだろこれ、羊の卵のかけら?
今更ながら羊の卵って何だよとかちょっと思ったけど、どういう扱いなのか聞いてみる。
山下さんが言うには、ペットの卵から孵って、そして所持者とペットの関係が悪い時のみ、こうして卵のからを譲ることでテイムモンスの権利も譲ることができるのだとか。あくまでペット限定、とのこと。
というわけで、さくっとトレードを完了させる。これで羊さんは正式にれんちゃんのペットだ。
「はい、いいよ。れんちゃん」
「うん!」
早速羊さんに抱きつくれんちゃん。とりあえず、写真だスクリーンショットだたくさん保存だー!
「羊もふもふれんちゃん……。スマホの待ち受けにしよう……」
『いろいろ言いたいけどもう諦めた』
『ミレイだしな、で全てが納得できるからな』
『ミレイみたい、という悪口を作りたい』
「そっか。投稿しようと思ったけどいらないんだね」
『すみませんでしたあ!』
『申し訳ございません! なにとぞ、特等席からのスクリーンショットをお恵みください!』
「仕方ないなあ」
相変わらずの手のひらくるくる。嫌いじゃないよ。
とりあえず、今日はこれで終わりだ。取材の日程はまた後日、ということになってる。一応、日曜日なら時間を取りやすいとは伝えてるから、日曜日になるとは思うんだけど。
「それじゃ、俺はこれで。取材の日を楽しみにしてるよ」
「はい。連絡待ってます」
金ぴかさんが頭を下げてきたので、私も下げておく。そうして金ぴかさんを見送ってから振り返れば、なんだかたくさんのもふもふが集まってた。
羊さんを中心に、ウルフや猫又やケルちゃんたちがわらわらと。なんだこれ。
「歓迎会か何か?」
『歓迎会が怖すぎるだろw』
『心なしか、羊が震えてる気がするw』
『マジかよ。マジだ』
ほんとに震えてるよ……。まあ、うん。怖いよね。
とりあえずれんちゃんを捕獲。私も羊さんを堪能したいのだ!
「もふもふもふもふ」
「もふもふもふもふ」
『なんだこれ……』
『もこもこだよなあ……かわいいなあ……』
『もこもこでもふもふ。たいへん、すばらしい』
『なんだこいつ』
んー……。明日からのことを決めようと思ったけど、今日はもういいよ。れんちゃんと一緒にもふもふするの……。
もふもふもふもふ……。
壁|w・)羊さんいらっしゃい。
ちなみにペットはテイムモンスの一種類的な扱いです。
テイムモンスターの大きなくくりがあって、ペットはその中の小さなくくり、みたいなイメージです。
いずれ本文で触れますが、聞かれそうなので書いておくのです。
そして。なんと3万ポイント突破しました!
皆様に感謝を……! それしか言ってないですけどそれしか言えないのです……!
今後もまったり続けていきますので、是非是非よろしくお願いします!
次回は、閑話。姉妹の最初期のお話。
シリアスのような、そうでもないような、そんな感じです。
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ではでは!






