配信三十五回目:お祭りのおわり
『ところでれんちゃんが羊の下敷きになってるけど』
『羊のベッド……?』
『なんか、れんちゃんすごく幸せそう』
え、なにそれ。れんちゃんを見てみると、ほんとだ、羊に押し潰されてる……? 苦しそうではないけど。むしろ嬉しそうだけど。
「ミレイさん。ここからが本題だ」
「あ、はい。なに?」
「この羊、譲ってもいい」
え、うそ。ほんとに?
思わず金ぴかさんに詰め寄る。じっと睨み付ける。思わず後退る金ぴかさんに、さらに詰め寄る。
『圧がすげえw』
『こわいよミレイちゃん』
うるさいよ。
「ほんとに? 前言撤回しない?」
「あ、ああ。しないよ。ただ、当然、タダってわけじゃない」
「む……。いや、そうだね。今だと手に入らないレアモンスだもんね。当然か」
うん。むしろタダでいいって言われる方が怖い。……いやまって、平気で投げ銭しまくる人たちが視聴者さんにたくさんいる気がする。
「視聴者さんのせいで感覚麻痺しちゃいそうだよ」
『いきなりどうした』
『よくわからんが、俺たちは何も悪くない! はず! 多分……、いや、あれかな……』
『だんだん自信なくなってるじゃねえかw』
『これで許して』
さらっと一万円分投げ銭された。だから、こういうところだからね……。いや、ありがたいけどさ……。
「うん。で、条件は? れんちゃんと付き合いたいとかデートしたいとかだったら、そこかしこにいるゲームマスターさんを呼ぶけど」
「やめてくれないかな!? さすがにあんな小さい子にそんなこと求めないよ!」
「はあ!? れんちゃんに魅力がないって言いたいのかぶっ殺すぞ!」
「こわい!?」
『やべえこの姉めんどくさいぞ!』
『何言ってんだお前、れんちゃんに魅力がないとか死刑判決なんだが』
『視聴者もめんどくせえw』
許さないぞ絶対になあ!
「おねえちゃん、うるさい」
「…………」
はい。冷静になりました。心がいたい……。
『どっちが姉か、これもうわかんねえな』
『れんちゃんが関わると沸点低くなりすぎだろw』
ほっといてください……。
「改めて金ぴかさん、本題は?」
そんなに引いてないで、さくさくいきましょう。
「ああ、うん……。よければ取材とか、させてもらえないかな」
「え」
取材? え、いや、なんの……?
「実は俺、ゲーマーズネットで記事書いてるんだ」
『ふぁ!?』
『え、うそ、マ?』
『情報サイトの最大手だぞ!』
ゲーマーズネット。私も知ってる。よく見てる。ゲーム関係の情報はとりあえずそこを見れば間違いないとまで言われてるサイトだ。
そんなサイトが、れんちゃんを取材したい? 話ができすぎじゃないかな?
「信じられないって顔してるね」
「それは、まあ……」
『正直、俺たちじゃほんとかどうか調べられないしな』
『ミレイの警戒は当然のものだろ』
『名刺とかもここじゃ無理だろうしなあ』
だよね。偽物の可能性はやっぱり否めない。れんちゃんのためにも羊は欲しいけど、どうしようかな……。
「それじゃあ、明日、運営を通して連絡するよ。それならどうかな?」
「あー……。なるほど。それなら、運営が確認してくれるかな……」
勝手に巻き込んでしまって申し訳ないとは思うけど、それぐらいなら大丈夫、だよね?
「それじゃあ、また連絡します」
「あ、はい。えと。お願いします……?」
金ぴかさんは頷いて、仲間たちへと振り返って。
その仲間たちから、とてつもなく白い目を向けられていた。
「クラマス。ちょっと話しましょうか」
「主にクラマスの仕事について」
「でえじょうぶです。悪いようにしますから」
「え、あ、ちょっとまって、いやほんとに話せばわか……」
あー……。なんか、連れてかれちゃった。まあ、うん。
「今回は私何も悪くないね!」
『気にするところはそれかw』
『本当なられんちゃんが記事になるのか……。楽しみすぎる』
『それな。どんな記事になるんかね』
まあまだ引き受けるかも分からないけど、ね。
ちょっと脱線もしちゃったけど、無事に今日のお祭りは終わりそうだ。もうすぐ夜八時。れんちゃんが落ちる時間。ちょっぴり寂しいのか、私の右手をずっと握ってる。
「れんちゃん、もうちょっと待ってね」
「うん」
賑やかな触れ合い広場の片隅で、のんびりまったり遠くの空を見る。もうそろそろ、もうそろそろのはずだ。
れんちゃんが来ると決まってから、運営が、というよりも開発が用意してくれたものがある。山下さんと相談して、サプライズにしようと決めたもの。あの日の打ち合わせの一つがこれだった。
もうすぐ。もうすぐ。
ふと、高い笛のような音が聞こえてきて、直後に夜空に火の花が咲いた。
「わ……!」
れんちゃんが目をまん丸にしてびっくりしてる。驚いてくれたみたいだ。
「おねえちゃん! 今のなに!?」
「うん。花火だよ。お祭りと言えば、これがないとね」
「花火……!」
れんちゃんにとっての、初めての花火だ。是非とも楽しんでもらいたい。
『花火!? 花火なんで!?』
『このゲームに花火なんてなかったはずだろ!』
『このイベントのために実装されたんだろ』
うん。まあ、そういうことで。
実際のところは、実は開発にもれんちゃんのファンはいるらしい。というより、開発担当の多くの人がれんちゃんのファンらしい。大丈夫かこの会社。
そんな人たちが、れんちゃんのためにと休憩時間を削って作ってくれたのが今日の花火だ。
たくさんの人に愛されていて、お姉ちゃんとしては嬉しいような寂しいような、複雑な心境。
というわけで、よいしょ、と。
「なあに?」
「なんでもないよ。れんちゃん分を補充してるだけさ」
れんちゃんを後ろからぎゅっとする。んー、やわらかぷにぷに、あったかい。
その後も、お腹の底を震わせるような重低音が何度も響いて、空にいくつもの花が咲く。れんちゃんは大はしゃぎで花火を見ていた。
「これだけで、今日一日に価値があったと思えるよ」
『大げさだな』
『ミレイらしいと言えばミレイらしいが』
『これは……てえてえ……?』
知らないよ。
れんちゃんと一緒に花火を眺める。何度も咲いては消えていく花火。
うん。今日の締めくくりとしては最高の演出だ。
れんちゃんを優しく撫でながら、そんなことを思いました。
壁|w・)誰よりもモンスを気に入って楽しんでくれる、開発として嬉しくないわけがない。
だから花火も作っちゃう。そんな開発メンバーたち。
……大丈夫かこの会社。
長かったイベントも終わりました。
次回は、金ぴかさんとリアルで相談。
面白い、続きが読みたい、と思っていただけたのなら、ブックマーク登録や、下の☆でポイント評価をいただけると嬉しいです。
書く意欲に繋がりますので、是非是非お願いします。
ではでは!






