配信三十二回目:犬と農作のお姉さん
れんのレベルは低いですが、速さにステータスのポイントを多く振っているので、犬程度なら見失うことなく追いかけられます。家の裏に、細い道にと走る犬を追いかけると、いつの間にか田園地帯に戻ってきてしまいました。
「あれ……? 見失っちゃった」
『あらま。残念』
『まあまた会えるさ』
それなら嬉しいのですが。
仕方ないので戻ろうかな、と思ったところで、
「あれ? もしかして君、れんちゃん?」
そう声をかけられました。
『誰だ!? 不審者か!?』
『助けないと!』
『野郎ぶっ殺してやる!』
『お前ら過激すぎて逆に怖いぞ……』
なんだかコメントさんたちは大騒ぎです。れんは気にせず振り返ります。
そこにいたのは、麦わら帽子を被った女の人でした。こんがり小麦色の肌です。その人はれんを見ると、嬉しそうに笑いました。
「やっぱりれんちゃんだ! こんなところにどうしたの? お姉さんは?」
「あ、えっと……。その……」
「うん?」
「おねえちゃんが、知らない人と話しちゃだめって……」
『草』
『それは間違い無いなw』
『教えることはちゃんと教えてるんだなw』
コメントさんたちも同意見のようです。
女の人は、どうにも困ったように眉尻を下げてしまいました。
「あー、そっか。そうよね。どうしようかな……」
れんも、少し困ります。おねえちゃんとの約束を破りたくはないのです。
二人で困っていると、おねえちゃんからのコメントが流れました。
『れんちゃんれんちゃん』
「あ、おねえちゃん……?」
『シロが側にいるから、大丈夫。ただ、ファトスの外についていく、はだめだよ』
許可が下りました。同じものを見ていたお姉さんがほっと安心しています。れんも一安心です。
「お姉さんは、もふもふが好きな人?」
つまり、配信を見てくれているのでしょうか。少しだけわくわくしましたが、お姉さんは困ったように首を振りました。
「ごめんね。動物は好きだけど、配信は見てないの。ログインできる時間が短くて、こっちに全部時間使ってるからね」
そう言ってお姉さんが隣の田んぼを指差します。たくさんのお米です。なんだかきらきら輝いて見えます。
お姉さんが育ててるのかな、と思っていると、稲の間からひょこりと犬が姿を見せました。
「あ、犬さん!」
「え? あ、この子追いかけてたのか。なるほどね」
犬がとてとてお姉さんの側へ行きます。お姉さんが犬を撫でると、犬はとても気持ち良さそうに目を細めました。いいなあ、撫でたいなあ。
「ファトスの犬はみんな人懐っこいから、いつでも撫でられるよ」
「え、でも……」
れんは、逃げられてしまいました。もしかして、モンスターに好かれる代わりに、犬には嫌われてしまっているのでしょうか。
しょんぼり肩を落としていると、お姉さんは困ったような笑顔で言います。
「いや、その……。狼が追いかけてきたら、逃げると思うよ……?」
はっとして、振り返ります。シロがお座りして待機しています。かわいい。いやそうじゃなくて。
『なるほど確かに!』
『言われてみれば当然だなw』
『しかもシロってミレイのテイムモンスだろ? それなりに育てられてるのでは?』
『そりゃ逃げるわw』
『私のせい……!?』
シロが原因だったみたいです。こんなにかわいいのに。シロを手招きして、首元を撫でます。くるる、と気持ち良さそうな鳴き声です。
シロをもふもふしていたら、いつの間にか犬が近くまで来ていました。怖くなくなったのかな?
シロから手を離して、犬を撫でます。今度は受け入れてくれました。
「えへへ、かわいい……」
『おまかわ』
『今回は逃げなかったな。なんでだ?』
『シロを撫でてたから、れんちゃんが上位者で安心だと判断したとか?』
『そう、なのか……?』
どうなのでしょう。分かりませんし、あまり興味もありません。れんとしてはこうして撫でているだけで幸せなのです。
ふと思い出して顔を上げると、お姉さんは優しい笑顔でそこにいました。
「ふふ……。なるほどね。みんなが夢中になるのも分かるわ」
「んー……?」
「こっちの話」
お姉さんが笑います。れんも笑いました。笑顔が一番なのです。
「そうだ。れんちゃん。よければ、とれたての果物、お裾分けしてあげる」
「え?」
戸惑うれんの目の前で、お姉さんの前に大きなかごが出てきました。そのかごには、たくさんの果物が入っています。お姉さん曰く、今日収穫したところなのだとか。
『確かこの世界でも収穫したてって美味しいんだっけ』
『そう。新鮮な味を味わえるのは農業をしてる人の特権』
『格別に美味しいってよく聞くね』
そんなになのでしょうか。今食べてもいいでしょうか。
お姉さんを見ると、小さく笑って何かを取り出しました。赤い果実。多分、りんごです。かごにもたくさん入っています。
しゃくり、とおねえさんが直接かじりました。しゃくしゃくと、いい音が聞こえてきます。
『音が! 音が!』
『やべえ、リンゴが食いたくなってきた……』
『ちょっとりんご買ってくる』
コメントさんたちも大騒ぎです。れんも、少し緊張しながら、りんごをもらいました。
しゃくり、とかじります。とてもみずみずしくて、そして優しい甘さ。とても美味しいと思います。少なくとも、病院で食べる果物よりもずっと。
「おいしい……!」
「そう? よかった。それじゃあ、これ、持っていってね」
そう言って、お姉さんがかごを押しつけてきます。れんとしては嬉しいですが、いいのでしょうか。
「いいのいいの。私も、有名人と会えて嬉しかったしね。是非とも味わって、宣伝もしてね」
「えっと……。うん。ありがとう。でも、あの、どうしてわたしのこと、知ってるの?」
あの配信以外では、れんはあまり人に関わっていません。セカンでの買い物と、テイマーズギルドの時ぐらいです。
お姉さんは、くすりと小さく笑いました。
「少なくともファトスで知らない人はいないと思うよ」
「え?」
『なんで?』
『ファトスにはテイマーズギルドがあるだろ? で、テイマーにはれんちゃんのファンが多いわけだ』
『同じ村で話題になってたら気になるだろ』
『そういうことか。でも村言うな。あれでも街だ』
『おっと失礼』
そういうもの、なのでしょうか。れんにはよく分かりません。
手を振るおねえさんにれんも手を振り返して、次は猫に会いに出発しました。
壁|w・)とれたてリンゴでリフレッシュ。犬ももふもふできました。
ちなみにこのゲームの農作は、一日三十分の世話を毎日すれば、一週間で美味しい作物が実ります。お手軽便利。
次回は、猫と釣り、です。
面白い、続きが読みたい、と思っていただけたのなら、ブックマーク登録や、下の☆でポイント評価をいただけると嬉しいです。
書く意欲に繋がりますので、是非是非お願いします。
ではでは!






