草原ウルフ1
午後六時十分前。私は最初に選べる街の一つ、ファトスに来ていた。ファトスの中央には大きな噴水があって、初めてのプレイヤーは必ずここに現れるのだ。
最初はチュートリアルのクエストがあるから初心者さんは見守るのがマナーなんだけど、リアル知人の場合はその限りではない。まあ、当たり前だね。
噴水の側で待っていると、ちらちらと私の方にも視線が向けられてくる。でもすぐに興味なさそうに逸らされた。知り合いを待ってるんだろうと判断されてると思う。
のんびり待つことしばらく。噴水の側に魔法陣が唐突に現れて、白く光り始めた。誰かが来る合図だ。みんなが興味深そうにちらちらと視線を送ってくる。今から驚く表情が目に浮かぶね。
次の瞬間、ふわりと、小さな女の子が降り立った。
「んー……?」
あはは。容姿については何も書かなかったんだけど、全くいじらなかったみたいだね。毎日見てる姿のままだ。れんちゃんは周囲を見回して、そして空を見て、何か感じ入っている様子。VRゲーム内とはいえ、太陽なんて久しぶりに見ただろうから、それでかもしれない。
で、その姿を見た周囲のプレイヤーは、例外なく驚きに固まっていた。まあ、当然だと思う。
VRゲームはリアルとの齟齬を最小限にするために、体の骨格を変更することはできない。身長はリアル準拠ということだ。
それはつまり、年齢相応の見た目のれんちゃんは、いわゆる合法ロリか、本当の小学生ということになるわけで。さらには小学生は普通ならプレイできないことを考えると、合法ロリの可能性が極めて高くなるってことだね。
合法ロリなんてそうそういるわけがないのに、男どもはいったい何の夢を見ているのやら。
ざわざわとうるさい周囲を無視して、私は最愛の妹に駆け寄った。
「れんちゃーん!」
「あ、おねえちゃ……むぐう」
ぎゅっと抱きしめる。ああ、さすがAWO。抱き心地もリアルと同じだ。素晴らしい。れんちゃんはゲーム内でもかわいいなあ!
「お、おねえちゃん、だよね……?」
「ですよー! れんちゃんの頼れるお姉ちゃんだよ! ちなみに私以外はこうして抱きしめることなんてできないから、安心していいよ」
「そうなんだ……。お姉ちゃんのことはどうすればひきはがせるの?」
「ひどい!?」
私がショックを受けていると、れんちゃんは小さく噴き出した。冗談だったみたいだ。よかった、本気で言われていたら一週間は立ち直れなかったと思う。
「さてさてれんちゃん。ここは騒がしいので場所を移動しましょう」
「うん」
れんちゃんの小さな手を握って、歩き始める。周囲はすごく声をかけたそうにしているけど、全て無視だ。
れんちゃんを連れて行った先は、街の外の草原フィールド。初心者さんが最初に狩りをするフィールドで、今もれんちゃんと同じ初期装備の人がせっせと最弱モンスターを倒している。
れんちゃんはそれを見て、ちょっとだけ嫌そうな顔をした。ゲームでも生き物を殺すのは嫌みたいだね。……あれ、ゲームの選択肢、間違えたかな……?
「れんちゃんれんちゃん。こっちこっち」
「んー?」
手招きして、さらに少し移動。たどり着いたのは、初心者キラーと名高い草原ウルフが出てくるエリア。
このエリア、初心者が狩るモンスターのエリアと隣接する上、同じ草原フィールドなので、調子に乗った初心者さんが手を出してよく殺されている。ある意味通過儀礼として定番のイベントだ。修正しろ運営。
ただ、このフィールドのモンスターはボスのウルフリーダーを含めてノンアクティブ、つまりあっちから襲ってくることはないので、のんびり雑談するのは問題ない。
「さてさて。れんちゃん、ステータス見せて」
「どうするの?」
「こう、指を下から上に振ると出てくるよ。運営さんが私限定の可視モードにしてくれてるはず」
「かしもーど? おかし?」
「れんちゃんはかわいいなあ!」
なでくりなでくり。れんちゃんの表情が微妙なものになっていたので大人しくやめます。嫌われたくはないのだ。
れんちゃんが言われた通りの動きをすると、黒っぽい長方形の枠が出てくる。のぞき見ると、ちゃんとステータスが表示されていた。
「ふむふむ……。名前はれん、なんだね。呼び方変えなくていいから私は楽だけど、よかったの?」
「え?」
首を傾げるれんちゃん。ああ、これ、よく分かってなかったパターンか。まあ、本名でもないし、大丈夫かな。
「スキルはっと……。え、なにこれ。武器スキルは!?」
「んー……。げーむますたー? のやましたさんが、いらないって」
何故、と首を傾げる私に、れんちゃんは頑張って説明してくれた。その説明の内容は、初めて知るものだった。
いやいや。ちょっと待ってほしい。アクティブモンスターが敵意に反応するとか、初めて知ったんだけど。新情報じゃないのそれ。
でも、言われてみると納得することもあるんだよね。実は。
以前、急いで別の街に行こうとしていた人が、アクティブモンスターが大量にいるエリアを突っ切ったことがあったらしい。多少のダメージは覚悟して突っ切ったらしいけど、驚くことに一切襲われなかったそうだ。
それを聞いた検証大好きな変人たちが、いろいろなパターンを試して実験したらしい。同じように隣の街を目的に駆け抜けてみたり、装備なしで近づいてみたり。どこかへと駆け抜けた時のみ襲われなかったそうだ。
それで検証の人たちは、アクティブモンスターが反応するまでに多少の猶予があるのだろうと結論を出していた。急ぐ人のための温情措置だろうと。
でも、れんちゃんの話だと、あたらずとも遠からず、だったみたいだ。
別の街に行くのはモンスターへの敵意がないから反応しなくて、装備を持たずに近づいた場合はモンスターが目的だから敵意と判断された、のかもしれない。多分。
脳波を読み取るか何かしているVRゲームならではのシステムかな。実際の内部処理は分からないからなんとも言えないけど。
「でもだからって、武器スキルなしは思い切ったね……。驚いたよ」
「戦いなんていらないもん。なでなでしたいだけだもん」
ちょっと拗ねて頬を膨らませるれんちゃんかわいい。天使だ。いや女神だ。拝もう。
「それはもういいよ」
「はい。ごめんなさい。まあ、そういうことなら、そのままいってみよっか」
武器スキルなんて習得そのものはとても簡単だ。必要になれば覚えればいい。
「それじゃあ、れんちゃん!」
「はい!」
「お手本、ではないけど、こんな子がいるよってことで」
テイムスキルは私も持っているのだ。私も動物は好きだからね。生き物に責任を持つっていうのがちょっと怖くて飼ってないだけで、もふもふは大好きです。
「おいで、シロ」
私が呼ぶと、目の前に魔法陣が現れて、のっそりと名前の通りに真っ白な狼が出てきた。
私の自慢の子。通常の草原ウルフは茶色系統の色なんだけど、ごく稀に真っ白な個体が出現するのだ。たまたま見かけて、エサをあげてみたらなんと懐いてくれた。
それ以来、毎日のように手入れしてあげてる。かわいがってる。すっごくもふもふだ!
「わあ……!」
れんちゃんの目が輝いてる! ふふふ、いいでしょうかわいいでしょう!
「撫でてもいいよ?」
私がそう言うと、れんちゃんはおっかなびっくりといった様子でシロの体に触れた。シロもこの子が私の身内と分かっているのか、抵抗なんてしない。むしろれんちゃんのほっぺたをぺろぺろ舐めてる。
「かわいい……!」
れんちゃんがシロを抱きしめた。すりすり頬ずりしてる姿は本当に愛らしい。いやあ、眼福眼福。
壁|w・)こっそりフラグを立てる姉の鑑。
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