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黒の勇者 ―逆襲のゴーレム使い―  作者: 丸瀬 浩玄
第四章 黒の復讐者
39/42

 その日は天気もよく、二月の中頃にしてはとても暖かな日だった。

 ブガルティ王国王都――その王都を護るために造られた街壁には、出入口となる門が二つしかなく、そのどちらもが、北側に面した街壁に設けられていた。


 一つは一般用の門。無骨な造りながら大国の正門として恥じる事のない威容を誇り、今日も多くの人々が行き交っている。

 もう一つは、正門から東に約三〇〇メートル移動した所に設けられた貴人用の門。王族を始め、貴族やそれに準ずる者用に造られた門だけあり、正門とは違い、美しい彫刻が幾重にも施された、豪奢な造り門である。

 また貴人用の門だけあり、門を預かる兵もまた、正門のような一般の衛兵ではなく、国王から正式に騎士として認められた、エリート兵のみであり、その対応の質も充分以上に高いものであった。


 太陽がやや西に傾き始めた午後三時頃、その貴人用の門に、黒い外套を羽織り背に大剣を背負った男が、徒歩で近付いて来るのを騎士の一人が発見する。

 すぐにその情報は共有化され、途端に騎士たちは警戒心をあらわにする。だがそれも仕方のない事、ここは貴人用に設けられた門。王侯貴族やそれに準ずる者、もしくはその先触れしか利用する事のない門なのだ。

 その貴人用の門に、一人徒歩で近付く者がいる。馬に乗る者であれば、まだ先触れの可能性もあるが、徒歩の先触れなどまずあり得ない以上、警戒するのも当然と言えた。

 それでも騎士たちは、その男がなんらかのトラブルに合い馬を失った可能性も考慮して、最低限の礼節を保ち、その男に誰何した。


「貴殿は何者か? 所属を問う」


 十五メートル程の距離まで近付いたところで男に声を掛けたのは、赤いサーコートを纏った騎士。

 それはこのブガルティ王国において上級騎士である事を示している。この場にいる他の五人の騎士は、正騎士の証しである青いサーコートを纏っていることから、誰何したこの上級騎士が、現時点での責任者であることが分かる。


 男はどう答えるべきか暫しの逡巡ののち、上級騎士の問いに答えた。


「夜神蒼汰。アンタたちが言うところの、勇者って奴だ」

「なッ!?」

「まさか!?」


 男――蒼汰の名乗りに、上級騎士を始め、この門を護る騎士全員が驚愕の声を上げ、すぐさま武器に手を掛けた。

 その騎士たちの反応に、蒼汰はわずかに戸惑を覚える。

 生きていた事に驚くのは理解できる。生き残りがいるかは分からないが、あの日多くの勇者が死に、その中で蒼汰自身も一年近く行方不明になっていたのだ。誰もが死んでいるものと思っていたとしても仕方のない事だろう。

 しかし何故騎士たちは、武器に手を掛け自分の事を威嚇するように睨むのか、それが分からない。


「お前、本当に夜神蒼汰なのか!?」


 その問いに蒼汰は、外套のフードを下ろし「ああ、そうだ」と短く答えた。


「……むっ! 確かに!!」


 上級騎士であれば、勇者たちの訓練相手を務めた者もいる。それならば蒼汰の事を知っている者がいたとしても不思議ではない。現に今の反応を見る限り、目の前の上級騎士は、蒼汰の事を知っていたのだろう。

 これで夜神蒼汰本人である事の証明はできたはず。なのに上級騎士を始め、周り騎士たちの警戒度はさらに高まった。


(どういう事だ?)


 状況が飲み込めず戸惑う蒼汰に、上級騎士は追い討ちを掛けるように強い語気で問い質した。


「貴様、よくもぬけぬけとやって来れたな! 一体どういうつもりだ!?」


(コイツ、何を言ってるんだ?)


 仲間だと思っていた者に裏切られ、大切な人や仲間を殺され、迷宮の底から一年近く掛け、必死の想いで這い上がって蒼汰にとって、上級騎士からの問いは想像の埒外だった。

 ただ殺気立つ騎士たちに、今自分は只ならぬ状況に陥っている事でけは理解できた。


「それは、どういう意味だ?」


 周囲を警戒しながらも蒼汰は努めて冷静に振る舞い、上級騎士に問い返す。


「あのような大逆の罪を行なっておきながら、今更何を言うか!!」


(大逆の罪?)


 身に覚えのない事に困惑しながらも、殺気を放ち周囲を囲む騎士に対し、油断する事なく鋭い視線を走らせる。


「アンタらの言っている意味が分からないんだが」

「そんな誤魔化しが通ると思っているのか!!」


(聞く耳持たず、か。……返り討ちにするのは簡単だが、状況が分からない現状で、さすが殺すのは得策じゃないな。チッ、面倒な)


 武器を構えてジリジリと間合いを詰めて来る騎士たちに、眉間にシワを寄せながら、現状がどういう状況なのか自分の中で推理する。


 考えられる可能性は二つ。一つは敵前逃亡――死徒の襲撃に対し、最後まで戦わずあまつさえ他の勇者たちを見捨て逃げ出した事に対する罪への責め。

 もう一つは冤罪――勇者たちを襲撃した犯人に間違われている可能性。

 どちらも蒼汰の死体が無かった事実から考えられる憶測だ。


(可能性が高いのは……後者、か)


 それが正しければ、雅人とマリンガムの情報を求めてここまで来た蒼汰にとって、思わしくない方向に状況が推移している事になる。


(……一旦引くか)


 このままここにいても、碌なことにならない以上、その判断は正しい。だが現状を見るに、その判断はやや遅かったようだ。

 貴人用門の待機所に詰めていた騎士たちが、慌しく次々と現れ、完全の蒼汰を包囲してしまったのだ。

 しかもそれだけではない。何人かの騎士が、さらに援軍を呼ぶ為、街の中へと走って行いった。このままでは間違いなく近いうちに、この包囲はもっと厚みを増す事になるだろう。

 もちろんこの程度の包囲網、今の蒼汰ならば、突破するのは難しくない。だが、疑われているであろうこの状況において、それは得策でなように思えた。

 ましてや、雅人とマリンガムの情報を聞きたい蒼汰として、敵対行動はできうる限り避けたかった。


「夜神、本当に夜神なのか! 何故ここに来た!?」


 牽制するように囲む騎士たちを睨みつけている中、その声は聞こえた。

 その声の主に視線を向けるとそこには、赤いサーコートを纏った大柄な騎士が、驚きの表情を浮かべ立っていた。

 歳は三十代半ば、蜂蜜色の短髪に歴戦の騎士らしく眼光鋭い無骨な顔立ち。それは蒼汰の見知った顔。


(シュトライト隊長か……)


 特に思い入れがある相手と言うわけではない。ただ、蒼汰を訓練してくれた騎士たちの中では、比較的組む事が多かった相手であった事は間違いない。

 つまり現状、一番話しやすい相手という事だ。

 誤解を解くにしても、とにかく今は話をする必要があると、シュトライトの問いかけに答える事にした。


「何故と言われてもな。むしろ何でこんな事になっているのか、こっちが聞きたいくらいなんだが?」


 蒼汰の言葉に、騎士たちが今まで以上に殺気立つ。それを制するようにシュトライトは前に出た。


「何で、だと? お前が大逆の罪に問われているからに決まっているだろう!」

「大逆の罪ってぇのは、勇者殺しの事か?」

「分かって言っているだろう! この裏切り者が!!」


(裏切り者……ね)


 勇者殺しが利敵行為と言われれば、その通りなのだろう。それにより裏切り者と言われるのもまた仕方ない事、と言えなくもない。

 それが冤罪でなければ、だが。


「アンタらが、どうしてそんな風に思ったかは知らないが、俺は何もしていない」

「そのような戯言、信じれるわけがなかろう!」


(はあ……聞く耳持たず、か)


 元々口が上手いわけでない上ここ一年、修羅もかくやと言わんばかりに、戦いのみに生きてきた蒼汰にとって、この状況で理論立てて説得するなどできるはずもなかった。


(どうしたもんか……)


 打開策が浮かばず、悩み始める蒼汰。だがその時だった――


「何をしているのです! すぐにその反逆者を殺しなさい!!」


 それは知っている声だった。いや、忘れるわけのない声だった。

 蒼汰を囲む騎士たちの奥、約五十メートル程離れた門の先に、その男は立っていた。

 特徴的な丸メガネにボサボサの銀髪。学者のような雰囲気をもった三十過ぎの痩身の男。そして、蒼汰が最も会いたかった、いや、最も()りたかった男の一人。


「マァァリィンガァムウウウ!!」


 そう、かつて蒼汰たち勇者の指導役だった男であり、蒼汰たち勇者を裏切った本当の裏切り者の一人にして死徒――マリンガムだった。


 何故マリンガムがこんなところにいるのか――そんな疑問すら関係ないとばかりに、怒りの咆哮をあげる蒼汰。

 その異様なまでの迫力に騎士たち全員が数歩後退した。だがそれも仕方のない事だろう。騎士たちの実力は、正騎士で【F3】ランク上位の魔物相当、上級騎士ですら、【F4】ランク上位相当でしかない。もちろん前線の将軍クラスともなれば、【F5】ランクの魔物すら屠る力はある。

 だが蒼汰は、それを遥かに上回る【F7】ランクの魔物ですら、狩の対象でしかない程の力を身に付けていた。


 一介の騎士程度では、直接向けられたものではない威圧の余波ですら、耐えられるものではなかった。

 むしろそれ程の力の差を感じて、逃げる事なく、この場に踏みとどまれただけでも立派と言える。それこそ、王都を護る騎士の矜持があってこそであろう。

 だがそれでも、数歩後退した事には間違いない。しかも直接怒りの咆哮を向けられた、マリンガムの前に立てる騎士などいるはずもない。

 蒼汰の包囲に切れ目ができたのだ。当然その切れ目の先にいるのは、マリンガムただ一人。

 幅にして一メートルにも満たない切れ目。だが蒼汰にとって充分過ぎる幅。

 その時、蒼汰の体がいきなり大きくなったように騎士たちには見えた。事実、大きくなっていた。正確には蒼汰自身ではなく、蒼汰の纏っている鎧が、ではあるが。

 風神、雷神、倶摩羅の召喚。通常モード(金剛のみ)から戦闘モード(フル装備)へと切り替えたのだ。


 マリンガムに向け突き出される左腕(風神)。何が起きるか分からず、騎士はもちろん左腕を向けられたマリンガムすら動く事ができないでいる。

 そして鳴り響く銃声――当然単発ではない。秒間約六.六発――分間にし約四〇〇発にも届く連射が、十秒程に渡りマリンガムに向け放たれたのだ。

 全弾が命中したわけではない。初弾でマリンガムが吹き飛んだ事もあり、命中したのは三割程度、他は外れ近くの建物等を一部破壊している。人に被害は出ていない。ここが貴人用の門として、一般の利用者がいなかった事が大きいだろう。

 だが当然、銃弾を受けたマリンガムが無事であろうはずがない。全身から血を流し地面に倒れピクリとも動かない。

 そして騎士たちもまた、何が起きたのか分からず動けずにいた。


 風神の銃口から漏れ出る煙を気にする事なく、蒼汰は銃口をマリンガムに向けたまゆっくり近付いて行く。それは蒼汰自身まだ終わったと思っていないからだ。

 それ程までに死徒は強い。それがあの日感じた死徒に対する蒼汰の評価だ。

 事実マリンガムは、二十発近い銃弾をその身に受けたにもかかわらず未だに生きている。普通の人間ならば一発で体がバラバラなりかねない威力の銃弾を、である。


「な、何を!?」


 ゆっくりとマリンガムに近付いて行く蒼汰に、シュトライトは恐怖を押し殺すように叫んだ。

 そんなシュトライトに、蒼汰は視線すら向ける事なく答えた。


「アレがアンタらが言っていた、本当の裏切り者だからさ」


 それは大きな声ではなかったが、不思議とこの場にいる全員の耳に届いた。


「何をバカな!」


 蒼汰の答えに反論めいた声を上げたのはシュトライト。ただその反応が当たり前だ。

 マリンガムは何年にも渡り、宮廷魔術師として実績と信頼を築いてきた男である。かたや勇者として召喚され一年足らずで事件と共に失踪し、その後一年近く行方知れずになった(蒼汰)。であればどちらを信じたい(・・・・)かは、聞くまでもないだろう。しかし現実は、信じたいものが正しいとは限らない。


「な、なんだアレは!?」


 マリンガムの傍にいた騎士が突然驚きの声を上げた。

 一斉に声のする方に視線が集まり、ソレ(・・)を見た者たちが次々に驚きの声を上げ混乱が広がり始めた。


 倒れていたソレ(・・)――マリンガムは、突如骨が折れるような異様な音を立てながら痙攣していたかと思うと、糸で引っ張り上げられた人形のように起き上がった。

 全身に銃弾を受け、血塗れのボロ雑巾となっていたマリンガムが、まるで逆再生のように起き上がる姿は、ホラー映画に出てくる悪霊のようで恐ろしく不気味だ。

 さらに起き上がったマリンガムの瞳の色が、深い青から金色にぐるりと変わる。変化はそれだけでは止まらない。


 痩身だったマリンガムの体が、筋肉が隆起するように膨れ上がる。口は横ではなく縦に割れ、虫のような顎に変化し、鋭い牙が幾重にも並ぶ。そして両手が異様な形に伸び始め、鎌のように、いや、鎌そのものに形を変えていく。

 やがてそれらの変化が終わると、周囲の色に合わせるよう、体全体が茶色味を帯びた灰色へと変わる。

 それはまさに化け物――人の体と蟷螂を合成したかのような化け物だった。


「なんだ、、あの魔物!?」

「マ、マリンガム卿!」

「マリンガム卿が魔物に、だと……」

「一体何が起きているのだ!?」

「まさか、死徒!?」

「そんな、マリンガム卿が死徒だったと言うのか!?」


 余りの事に混乱を見せ、喚き始める騎士たち。それでも死徒と戦い続ける事を宿命付けられた世界の騎士だけあり混乱の中でも、マリンガムの正体に辿り着く。

 尤も人型をした蟷螂の魔物(魔人)はこの世界に存在しない。いや、そもそも人に化けられる魔物など存在しないのだから、マリンガムが魔物に変化した時点で、誰でもその答えに辿り着ける程に、この世界の者たちにとって死徒との戦いは長い。


「グギャアアアア!!」


 そんな騒がしくなる騎士たちに向け、そしてこの状況を作り出した蒼汰に向け、蟷螂の化け物――マリンガムは周囲を威圧する意味を込め吼えた。

 ビリビリと痺れる程のプレッシャーを浴び、騎士たちは一瞬で押し黙る。恐怖、緊張、諦め、それらがこの空間を支配する。

 その様子を満足そうに睥睨するマリンガム。しかしそんな中でも平然とする蒼汰を見つけ、不快だと言わんばかりに眉を顰めた。


「まさかあなたが、生きて戻って来るとは意外でしたよ。お陰で思わぬ攻撃を貰い、変身が解けてしまったではないですか」


 姿かたちは化け物に変わっても、その喋り方は以前のマリンガムそのままだった。それだけに、くぐもった声と合わさり、より不気味さが増す。


「化け物にしちゃあよく口が回る」

「私は元々人間ですから、これぐらいは問題ありませんよ」


 二五メートル程の距離をおき、睨み合いながら言葉を交わす蒼汰とマリンガム。その声はさして大きくない。むしろ目の前で会話をする程度の声量でしかない。なのに会話が成立しているのは、かたや勇者、かたや死徒という、互いに常人ならざる五感を有した超越者だからであろう。


「へぇ、そうかい。じゃあ雅人が……東城雅人が今、何処にいるか、その滑らかに動く口で教えろよ」

「東城雅人……ああ、グリードの事ですか。ふふ、そんな事を聞かれて、ハイ分かりましたと素直に教えるとでも?」

「まあ、教えるわけないわな」

「では諦めますか?」

「俺が諦めると思うか?」

「無理でしょうね」

「そう言うことだな」

「では、どうされます?」

「聞くまでもないだろう」

「でしょうね」


 そこで二人の会話は止まる。代わりに濃密な殺気が立ち込める。

 二人の会話を茫然と見つめていた騎士たちは、その殺気に気圧されるように無意識の内に二人から距離を取る。

 そんな騎士たちなど全く気にする事なく、マリンガムは獲物を狙う蟷螂のように己の腕から生えた二本の大きな鎌を構え、蒼汰は左腕――風神をマリンガムに向け腰を低くした。


 遂に始まる。あの時(・・・)のような一方的な蹂躙劇ではない、同じ土俵に立った殺し合い。

 ある意味、蒼汰にとって初めての死徒との戦闘が火蓋を切る。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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