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「なんでてめェがここにいんだよ。たく、武川といい水野といい、三人も寝てねてぇのは、俺の闇魔法も大したことねぇな。我ながらガッカリだぜ」
雅人はそう言いながらも、口元には歪な笑みを浮かべている。怖気を感じる不気味な笑みだ。
何故と問い詰めたいとい激情が鎌首をもたげるが、蒼汰にはそれ以上にやるべきことがあった。
――翔子を助ける。蒼汰にとってそれが一番に優先される事だった。
突如蒼汰を押さえつけている狼頭の真後ろに武甕雷が現れる。そして躊躇うことなく狼頭の後頭部目掛け拳を振り下ろした。
ハンマーで大地を殴ったような鈍い音が響き、狼頭の上半身が少しだけつんのめる。
「なッ!?」
それは武甕雷の渾身の一撃だった。だが結果はそれだけ。蒼汰の拘束を解くどこらか、弛めることすらできていない。
さらに狼頭は鬱陶しそうに武甕雷に裏拳を放つ。すると武甕雷の巨躯は嘘のように弾き飛ばされ、壁を破壊してラウンジへと突っ込んでいった。
「バ、バカな、あり得ねェ……」
武甕雷はいわば石の塊だ。双頭犬の渾身の一撃すら食らっても、吹き飛ばさる事のない武甕雷を、片手で、しかも座ったまま裏拳一つで殴り飛ばしたのだ。信じられないのも無理はない。
しかし蒼汰は、動揺している時間すら勿体無いと感じ、新たの行動に打って出る。
再び武甕雷を召喚した。今度は自分の傍ではなく出来うる限り翔子の傍に。目的は当然翔子の保護だ。
たとえ自分が身動きできなくても、武甕雷を使い翔子を連れて逃げさせれば、治療するチャンスは作れるはず――そう思っての行動。
――だが、なんの脈絡もなくいきなり、武甕雷の腹部がゴキリと音を立て折れた。
あまりの驚きに蒼汰は声も出ず、目を見開き唖然としてしまう。
そんな蒼汰を嘲笑うかのように、そいつは闇の中から滲み出るように現れた。
それを一言で言い表わせば黒だろうか。闇に溶け込むような真っ黒の人型。背丈は蒼汰よりもやや高く、全身つるりとして凹凸は殆どない。印象は服の着せていない黒いマネキンといったとことか。どこか無機質な人形を思わせる雰囲気だ。
ただし、見下すように蒼汰を見つめる金色の瞳がなければ、だが。
「クソがッ!!」
蒼汰は叫ぶと、今度は一気に五体の武甕雷を同時に召喚して、黒マネキンに突撃させた。
「そのゴーレムは壊さず引きつけておけ!」
武甕雷と黒マネキンがぶつかり合う直前、雅人が黒マネキンに指示を出した。
それ武甕雷封じとも言える指示だった。蒼汰が同時に制御できる武甕雷の数は最大五体。それ以上出せないことはないが制御ができなくなる。そして戦闘状態に入った武甕雷は送還することもできなくなる。つまり今の状態では、新たに武甕雷を呼ぶことができなくなると言うことだ。
神出鬼没の召喚さえ防げれば、後は問題ないと考えた雅人の指示だった。
「クッ! 雅人、てめェどういうつもりだ!? それに、コイツらはなんなんだよ!?」
蒼汰は悔しさに歯を食いしばり、視線で射殺さんばかりに雅人を睨んだ。
「んーそうだな。まあお前には、冥土の土産に教えてやってもいいかもな」
雅人はニヤニヤと笑いながら、蒼汰を見下すように見つめた。
「まずはこの二人から紹介すっかな。薄々気付いていると思うが、コイツらは死徒、人類に仇なす負の象徴にして敵ってやつだ」
蒼汰にとってそれは、予想外ということはなかった。狼頭や黒マネキンの異常な強さからもそれは予想できた。
だが何故ここに、そして雅人と一緒に、その死徒がいるのかが分からない。
だが死徒がここにいる以上、雅人の凶行はコイツらが何かしたと考えるのべきだろう。それこそ魔法かなにかで精神洗脳され、操られているのではないかと。
「なあ蒼汰、言っておくが、俺は操られたりしてねぇからな。これは俺の自由意思ってやつだ」
それはまるで、蒼汰の心の中を見たかのような発言だった。
「……じゃあ、なんでだ?」
その蒼汰の声は一見落ち着いたものだった。しかしその声には、凄まじいまでの怒気が含まれていことが雅人にも伝わった。
それでも雅人は表情一つ変えない。
「なぁに、俺はな、ただ力が欲しいんだよ」
「力? ……どういうことだ?」
力が欲しいという事と今回の凶行が、どうして繋がるのか蒼汰には分からない。
「そうだな……おっと、丁度いい。これを見せるのが早そうだ」
雅人は突然そう言うと、右手で引き摺っていた武川だったものを、蒼汰に見せつけるように転がした。
「何を――」
「いいから、黙ってよく見てろ!」
武川に対するあまりに酷い扱いに、怒鳴りそうになる蒼汰を、雅人はさらに強い口調で制した。
思わず黙ってしまった蒼汰を横目にそれは突然現れた。
青白く輝く拳大の球体。それが、血塗れになった武川の胸元から浮き上がってきたのだ。
「なッ!?」
「驚いたか? これはな勇魂って言うらしい。簡単に言うと勇技の元みたいもんだな。セカンドブレイクした勇者が死ぬと現れるんだってよ。でだ、これに同じくセカンドブレイクした勇技を持つ人間が触ると……」
雅人はその光る球体に手を伸ばし触れる。その瞬間、光る球体は一瞬で雅人の手に中に吸い込まれてしまった。
「見たか? これで武川の【アークマジシャン】は俺のものになったってわけだ。まあ使えるのは一段目の能力だけだけどな。それでも前田が死んだ後の俺の剣技見ただろう。あんぐらいの力は余裕で扱えるんだぜ」
つまりそれは、前田の勇技も雅人が奪ったということ。
驚愕に染まる蒼汰の表情を楽しみながら、雅人はさらに言葉を続けた。
「どうだ、分かったか? こうやって俺は勇者全員の勇技を手に入れるってわけだ。うんでもってさらにこの後、死徒の力も手に入れる。つーかさ、すでに俺、七大罪の〝強欲の死徒〟になる事が確定らしいぜ。だからよ蒼汰、これから俺はグリードって名乗って行くからよ、よろしく頼むわ。まあそうは言っても、お前もここで死ぬんだけどな」
あまりの内容に茫然となる蒼汰。そこにさらに追い討ちを掛ける者が現れる。
「まだ終わっていなかったのですか? こちらは等に終わったというのに、時間を掛け過ぎですよ」
そこに現れたのは、ボサボサの銀髪に丸メガネといった、どこか学者を思わせる雰囲気を持った痩身の男。そして蒼汰たちの指導役をしていた宮廷魔導師――ダミアン・マリンガムであった。
「マ、マリンガム先生、なんで……」
蒼汰の声に答えることなくマリンガムは、雅人に「早く終わらせますよ」と無表情で声をかけた。
マリンガムは今、別の仕事で王都を離れているはずであった。帰還は四日後の予定、ここにいること自体がおかしいのだ。
状況を見る限り、当然マリンガムが味方ということはないだろう。何より、マリンガムの右手がまるで蟷螂の鎌のようになっている時点で、敵だと――死徒だと断定できた。
四対一、状況はさらに悪化した。最悪といってもいい。
現状、蒼汰は狼頭に押さえ付けられ身動きが取れず、制御し得る最大数五体の武甕雷が黒マネキンに抑えられている。一応武甕雷のストックは残り四体。いや、最初に吹き飛ばされた武甕雷は、機能を停止しているが制御が離れただけで破壊されてはいない。回収さえできればストックは五体と考えていい。
(――どうする? 早くなんとかしないと翔子が死ぬ。死んでしまう。……迷ってる場合じゃない。どうなるか分からないが、もうやるしかない)
そして蒼汰は新たに三体の武甕雷を召喚した。
その瞬間、頭が割れんばかりの頭痛が襲う。そして吐き気、目眩、体中が軋み意識が遠のきそうになる。
それは限界を超えたゴーレム召喚による副作用。だがそれだけの副作用を受けても、武甕雷が制御できるわけではない。それどころか、今まで制御してきた武甕雷すら、制御不能に陥る。
つまり、暴走だ。
いつからか鼻血が止めどなく溢れて出していた。飛びそうになる意識を、唇を強く噛み無理矢理押しとどめ、状況の推移を見つめチャンスを窺う。
そしてチャンスは到来する。
武甕雷のあまりの暴れっぷりに、狼頭の意識が武甕雷に向き拘束が若干緩んだのだ。
その隙をつき、狼頭の眼前で爆炎魔法を、しかも爆風に指向性を持たせ発動させた。
すぐ真上で凄まじい爆発が起こり、爆炎が吹き荒れ一瞬で狼頭を覆った。結果――
――ダメージは少なかった。だが成果は最良だった。
突然起こった目の前の爆発に、狼頭は驚きのあまり蒼汰の拘束を解いてしまったのだ。
蒼汰は頭痛や吐き気に耐えながら、翔子の下に向かう。
混乱の中、すでに二体の武甕雷が破壊されていた。さすがに死徒相手では、わずかな時間稼ぎにしかならない。
ならばさらに一手、手を打つ。
盛大に爆破音が鳴り響いた。同時に石礫が飛び散り、大量の砂塵が視界を埋め尽くす。
一体の武甕雷が自爆したのだ。もちろん制御を失った状態で自爆させた代償は大きい。
直接脳をトゲ付きハンマーで殴られたような激痛が頭を襲い、蒼汰は思わず膝をつく。それでも蒼汰は何とか立ち上がり、翔子の下に走り辿りつく。
翔子の状態を確認したいが、今はここから逃げることが最優先。蒼汰は翔子を抱きかかえると、先程空いたラウンジに繋がる壁穴に向かい走る。そして途中、さらに混乱させるため、武甕雷をもう一体自爆させた。
再び襲う頭痛――だが先ほどのものと比べると随分と軽い。武甕雷の数が減り、制御を取り戻した事で負担が軽くなったからだ。
ラウンジにそのまま突入すると、残っている四体の武甕雷にラウンジを守るよう指示を出す。
さらにラウンジに倒れている武甕雷を回収。ラウンジを駆け抜け男子部屋エリアに向かう。
途中一体の武甕雷が破壊されたのを感じながら男子部屋に続く扉に無事到着する。
ここで最後に残った二体の武甕雷を召喚して扉を守らせると、蒼汰たちは男子部屋エリアに逃げ込んだ。
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