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「うおおおおおー!!」
普段は見せない鬼の形相で雄叫びを上げた高田は、巨大な戦斧を横薙ぎでに振り抜き、二体の猪頭の魔人――猪鬼人の上半身を斬り飛ばす。
さらに高田は、一度振り抜いた巨大な戦斧を軽々と切り返し、隙を突こうと襲いかかってきた猪鬼人を頭から真っ二つに両断。その屍を蹴り飛ばし、新たに近付いて来ていた猪鬼人諸共吹き飛ばした。
――勇技【金剛招来】。
まさに剛力と言うべきこの力こそ、高田の勇技の真髄だ。
そんな鬼神の如き戦いをする高田と並び、風神の如き戦いを見せる男が一人いる。
――勇技【ドレインマスター】の使い手、東城雅人だ。
雅人はカトラスを片手に迫り来る猪鬼人を、流れるような動きで、竜巻の如く幾重にも切り刻んでいく。
その戦い方は高田のような、一撃必殺ではないが、雅人の勇技【ドレインマスター】とは非常に相性がいい戦い方であった。
一撃ごとに敵から体力と魔力を奪う事ができる【ドレインマスター】。手数が多ければ多いほど、より多くの体力と魔力を奪い回復する事ができる。
つまりそれは、動きが単純で防御の下手な猪鬼人が相手であれば、まるで永久機関を搭載したように、力尽きる事なくいつまでも戦い続けることできるという事を示していた。
まさに翔子同様、対集団戦向きの勇技の持ち主である事を、この場でまざまざと見せつけている訳である。
そしてそんな前衛の二人をサポートしているのが、【ヒーリングセイント】の勇技を持つ結城清美だ。
前衛の二人に対して、傷の回復はもちろんの事、身体能力強化、対物理、対魔法の耐性強化を施し、猪鬼人に対しては行動阻害や攻撃魔法まで放つ。まさに後衛としてオールマイティな戦いを見せている。
さらには、その視野の広さから状況をつぶさに読み取り、パーティーメンバーに指示を送る。まさしく司令塔の役目まで担っていた。
そんな高田たち三人の頭上を追い抜いていくように、十を超える火炎弾が猪鬼人群がる一帯にばら撒かれた。
まるで連続して打ち上げられた花火のような連続する爆発音が鳴り響き、十を超える大輪の炎の花が、猪鬼人の真っ只中に咲き誇る。まるでそれは絨毯爆撃を思い起こさせるような攻撃だった。
放ったのは翔子と蒼汰。
ただ、一見高い威力があるように見える派手な魔法攻撃だったが、耐久力のある猪鬼人に対しては、見た目通りの殲滅力は発揮されていない。
直撃した猪鬼人は、さすがに死亡ないし瀕死の重傷を負わす事ができたが、直撃を免れた猪鬼人には、それなりの手傷しか、負わせる事ができていなかったのだ。
とはいえ、その程度の手傷であったとしても怪我は怪我、それだけでも猪鬼人の動きは鈍る。それは前衛に立つ高田と雅人にとって、充分すぎる援護射撃となっていた。
そして間断なく撃ち込まれるその爆撃は、やがて猪鬼人にとって、悪夢の花火となっていく。
蒼汰は戦いが激化していく中、翔子と並び爆裂系の魔法を放ちながら、二体の羅刹に指示を出していた。
二体の羅刹の役目は、後衛三人の護衛兼前衛二人のサポート。
実際は前衛二人の脇をついて、後ろに回り込もうとする猪鬼人を押し返すのが仕事だ。高い耐久力を持つ羅刹には、うってつけの仕事と言っていい。
とはいえ【F2】ランクに相当する猪鬼人が相手では、羅刹の攻撃力不足で倒すまでには至らず、押し返す程度が精一杯であった。だがそれでも、壁役としては充分な力があり、このパーティーの戦闘に安定感をもたらしていた。
そして当然だが、猪鬼人どもとの戦闘をしているのは、蒼汰たちだけではない。
最も継戦能力のある蒼汰たちのパーティーを、戦場の中央に据え、その両翼に【剣神】の前田圭一がリーダーを務めるパーティーと、【闘気武闘】の勇技を有する鬼藤斗真がリーダーであるパーティーが配置され、猪鬼人の群れと激しい戦闘を繰り広げていた。
つまり今、この三つのパーティー――十五名の勇者のみで、三〇〇からなる猪鬼人の群れの猛攻を抑え込んでいる事になる。
現在、両サイドに配置されたパーティーも、蒼汰たち同様、猪鬼人の攻撃を問題なく跳ね返していた。
たとえエースクラスの勇者が抜けたとはいえ、彼らも勇者として三ヵ月以上魔物と戦い、今ではまかりなりにも、【F3】ランクの魔物すら単独で倒せるだけの力を持っているのだ。数が多いとはいえ【F2】ランクの猪鬼人や【F3】ランクの上位種程度に早々後れをとることはないだろう。だが【F4】ランクであるロード種が加われば話は別だ。
だからこそ、ロード種を相手取るために、力を温存している者たちがいるのだから。
――ブオオオォォォ!!
その地響きのような咆哮は、突如猪鬼人の群れの後方から響き渡り、勇者たちの鼓膜を震わせた。
咆哮が上がった場所から、最も近い所にいた蒼汰たちが、最初にソイツを視界に捉える。
今までどこに隠れていたのか、ソイツは並みの猪鬼人の倍以上の巨体だった。おそらくその巨躯は四メートルを優に超えているだろう。
まるで酒樽のような体型をしているが、身に付けた簡素な革鎧の隙間から見える肉体は、異常なまでに発達しており、他の猪鬼人との格の違いを嫌でも認識させられる。
まさに王――ロードと呼ばれる威容を誇る猪鬼人だった。
猪鬼王とも言えるソイツは、肩に巨大な戦鎚を担ぎ再び咆哮を上げた。
「ロード種出現! 作戦を次の段階に進めます! 翔子、夜神君、合図を!!」
最初に声を上げたのは、蒼汰たちのパーティーリーダーである結城だ。
結城は、ロード種――猪鬼王の出現を確認すると、すぐに蒼汰たちに指示を出したのだ。
「「了解!!」」
蒼汰と翔子は同時に応え、それぞれ爆炎系の火魔法を上空に向け撃ち出した。
空に昇った二つの火炎弾は、連続して大音量の爆発音を響かせ、二つの紅蓮の花を咲かせた。
それを合図に、猪鬼人との戦いは第二段階へと進み出す。
蒼汰と翔子は合図となる火炎弾を打ち上げると、再び魔力を練り上げ始め、自分の周りに無数の火炎弾を生み出していく。さらにそれに習うように、両翼のパーティーの中からも火魔法を使える者たちが同様に、次々と無数の火炎弾を生み出していく。
最初に放ったれたのは、翔子が創り出した数え切れぬほど無数の火炎弾。
一気に放たれたそれは、まるで猪鬼王の下まで道を描き出すように、一直線に次々と猪鬼人の群れへと降り注ぎ真っ赤に染め上げていく。
それを道しるべとし、蒼汰を含む他の勇者が創り出した火炎弾も撃ち出され、翔子が描いた道を拡張させるかの如く、爆発音を響かせ群がる猪鬼人を吹き飛ばしていく。
さらにそこに、翔子たちの放った火炎弾の十倍ほどもする巨大な火の塊が、蒼汰たちの後方から飛来し、頭上を追い抜き翔子たちが作った猪鬼王への道を完全なものへとするべく、爆炎で巨大な火柱の道を生み出した。
放ったの選抜パーティーメンバーである、【アークマジシャン】の武川真里。
この一撃により、密集していた猪鬼人の群れの中に、まるでモーゼの十戒のように猪鬼王へと続く道が完成される。
この時を待っていた選抜パーティーの天野、武尊、東、椿が、次々と蒼汰たちを追い抜いていき、最後に少し遅れ、先ほど高火力魔法を放った武川も蒼汰たちの頭上を飛び越え、猪鬼王の下へ向かっていった。
――それはまさに電光石火。
勇者特有の高い身体能力を見せつけ、彼らは翔子たちが作った道を駆け抜け猪鬼王へと一気に迫った。
いよいよここからが本番だと、選抜パーティー以外の勇者たちも新たな段階へと動き出す。
彼らの新たな役目は、選抜パーティーが猪鬼王と戦っている間、できる限りその戦いを邪魔されぬよう、猪鬼人と猪鬼人の上位種を引きつける事。
その為にも、今までのように受け身で戦うのではなく、自分たちから前に出て、可能な限り猪鬼人たちの注意を引く必要が出てくる。
――そして、いや、それ故に戦いは一気に加速する。
翔子たちから放たれた無数の火炎弾が、猪鬼人たちの頭上で爆炎を巻き上げ、それを追うように、無数の不可視の風刃が混乱を見せる猪鬼人に襲いかかる。
「よし! そんじゃ俺たちも行くぜ!!」
それを待ってましたとばかりに、雅人が気合の込もった声を響かせ、カトラス片手に猪鬼人の群れの中に躊躇う事なく突っ込んでいく。
「了解!!」
雅人の言葉に短く応えた高田も、巨大な戦斧を振りまわし、まるでラッセル車のように猪鬼人を吹き飛ばしながら群れの中に斬り込んでいく。
蒼汰たちパーティーは、守勢から攻勢に転じたのだ。
それは蒼汰たちのパーティーだけでなく、両サイドに陣取っていたパーティーも同様であった。
パーティー内でも近接戦闘の得意とする者たちが一気に反転攻勢に出る事で、オークの群れに切り込み始めたのだ。
そして完全に攻守が逆転する。
戦場にどす黒い猪鬼人の鮮血が血煙となり舞い、怨嗟の叫びを無数に生み出す。
次々と生み出されるのは猪鬼人の屍ばかり、勇者たちも無傷ではいられないが、致命傷どころか重傷を負う者すら出ていない。
本来、攻め蹂躙する事を本能とする猪鬼人は、責められる事に慣れていない。それが集団戦となれば尚のこと。
故に猪鬼人が守勢に転じた時点で、急激に戦況は勇者たちに傾いていくことになる。
それでも猪鬼人たちが踏みとどまれているのは、数の有利と猪鬼王の存在が大きい。
とりわけ猪鬼王は、猪鬼人にとって強さの象徴であり、精神的な支えであった。だからこそ彼らにとって猪鬼王とは、必要不可欠な存在なのだ。
だが、それを失えばどうなるのか……
――ウゴォオオオオ!!
戦場に悲鳴にも似た咆哮が駆け抜けた。
その咆哮を上げた者――猪鬼王は、先ほどまで見せていた威容は完全消え去り、無残な姿を晒していた。
左腕は武川が放った魔法で肩口から吹き飛び失われ、右腕は天野の剣の一撃により、肘から斬り落とされていた。
椿が放った無数の剣舞により、全身に数えきれぬ傷を負い、背中には二桁にも及ぶ剣が突き刺さっていた。
そして胸には、武尊の魔法剣により真っ赤に赤熱したロングソードが突き刺さり、猪鬼王の体を内から焼き尽くさんと紅蓮の炎を吹き上げている。
猪鬼王は無数の傷を負い、無残な姿を晒しても、膝をつかず、敵を睨み怒気をはらんだ咆哮を上げる。
それはロード種――王としての矜持なのか、それともまだ終わっていないという意思表示なのか。
事実、選抜パーティーも、決して一方的な楽な戦いをしていた訳ではない。
武尊の右腕はあらぬ方にねじ曲がり、だらり下がるだけでピクリとも動こうとしない。
椿の太ももには、深い傷があるのか大量の血に染まり、その場から動けなくなっている。
壁役になっていた東に至っては、盾は砕かれ、身に付けていたフルプレートメイルは、いたるところが破壊され、すでに原型をとどめていない。
東本人も、どこが傷口かもわからなぬほど、全身から血を流していた。それでも剣を支えにしているとはいえ立っていられるのは、生まれ持った頑強な体と、【アイアンフォートレス】の勇技を有した東だからだろう。
現状まともに動けるのは、後衛で戦っていた武川と、圧倒的な身体能力で猪鬼王の攻撃を躱しきっていた天野だけである。
それでも選抜パーティーが、戦いを有利に進めている事は間違いない。だがだからといって、まだ勝利を収めたとは、とても言えない状況であった。
だからこそ、一気に決着をつける為、天野はここで全身全霊をかけ、猪鬼王に挑んだのだ。
猪鬼王は、足下に転がっていた、己が使っていた戦鎚を天野に向け蹴り飛ばした。
弾丸のように迫るそれを、天野のはジャンプ一つで躱し、そのまま一気に猪鬼王に肉薄する。だが猪鬼王はそこを狙い蹴りを放った。
――だが、そこに突如飛来した火球が猪鬼王の顔面に直撃、上半身もろとも炎が包む。それは武川の放った援護攻撃だった。
突然の横槍に、猪鬼王の蹴りはあえなく空振り。両腕を失いバランスがうまく取れない猪鬼王はその勢いのまま、盛大に転んだ。
「これで終わりだ!!」
天野は叫び、聖光により光り輝く己の愛剣を、炎に包まもがく猪鬼王の頭目掛け振り下ろした。
それが猪鬼王の最期であった。
◆◇◆
「ふう……やっと終わったな……」
蒼汰は翔子と二人並び、焼かれる無数のオークの屍を眺め呟いた。
猪鬼王が倒れた後、戦いの趨勢は一気に決した。
猪鬼王を失った猪鬼人たちは、完全に戦意を失い、ある者は茫然と立ち尽くし、ある者は我先にと逃げ出し始めた。あとはそれを狩るだけという、勇者たちにとって簡単な作業。
猪鬼人たちが全滅したことで戦いは終わった。とはいえ、勇者たちにも多くの怪我人が出た。特に選抜メンバーの武尊、椿、東の三人は、命に関わるほどではないが、重傷と言っていい傷を負った。
今は結城の魔法で治療を受け、普通に動くことができるようにはなっているが、それでも失った血が戻るわけではなく、馬車で体を休めている。
「終わってみれば、あっという間だったね。でも迷宮で戦うのとは、全然違ったね」
「ああ、そうだな……」
翔子はわずかに陰りのある表情で呟き、蒼汰もどこか暗い表情でそれに答えた。
蒼汰たちにとって、今回が初めての戦場であり、初めて戦った人型の魔物だった。
それは今までのような魔獣型の魔物との戦いとは違い、まるで戦争でもしたかのような不快な感覚に陥らせた。それだけに、蒼汰たちだけでなく、今回戦いに赴いた二十人の勇者各々が、複雑な思いで言葉に表せない感情を抱いていた。
「よっ、どうしたお二人さん? そんなしんみりした顔してよ」
どこか落ち込んだ雰囲気になっていた二人に、今回の戦いでパーティーを組んでいた雅人が、陽気に声をかけてきた。
「俺たちは勝ったんだ。猪鬼人から俺たちが近隣の村を守ったんだ。もっと胸を張って喜ぼうぜ、な!」
小生意気そうな笑顔でサムズアップする雅人に、蒼汰と翔子は少し気が抜けたように「そうだな」「そうだね」と笑って返す。
そんな二人の様子に雅人は、満足そうにニカリと歯を見せ笑うと「だろう。うんじゃ俺は、他の凹んでそうな連中にも声かけ来るわ」と、頭上で、ヒラヒラと手を振りながら二人を置いて去っていってしまった。
雅人のそんな後ろ姿を見つつ、(相変わらず面倒見のいい奴だな)、と思う蒼汰だった。
「蒼汰君、そろそろ馬車に戻ろうか」
雅人の後ろ姿をぼんやりと眺める蒼汰に、翔子がそう呼びかけると、蒼汰は大きく伸びをして「そうだな、戻ろうか」と笑顔で応え、戦場跡を眺め見つつ二人連れだって、自分たちの馬車目指し歩き出した。
これからも、こんな日々が続くのだろうかと、一抹の不安を抱きながら……
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