7
「それは、僕たちだけで討伐しろ、ってことですよね?」
ここは王城にある兵士用の食堂ホール。
夕食を終えた勇者たちのいるこの食堂ホールに、緊張感のある天野の声が響いた。
「そうだ。練磨迷宮に入るようになってすでに二ヶ月。今回の件は、今の君たちの実力を試すいい機会じゃないかと私は思っている。当然安全面には十分配慮して、何かあればすぐに助けに入れるように、騎士団を傍に控えさせる」
食堂ホールの前に立ち、天野の問いに答えたのは、目つきの悪い三白眼に銀縁メガネを掛けた暗金髪の中年男。痩せた体に濃紫のローブを纏ったその男の名は、テオドール・フォン・ベルムバッハ。ブガルティ王国の首席宮廷魔術師にして、蒼汰たちをこの世界に召喚した男だ。
今回このベルムバッハが勇者たちに提案したのは、森に棲みつき近隣の村々を襲うようになった、猪頭をした人型の魔物――猪鬼族の群れの討伐であった。
数はおよそ三〇〇弱。かなりの大型の群れであり、本来であれば騎士団を派遣するような案件だったのだが、今の勇者たちの成長具合から、迷宮では戦う事のできない、人型の魔物との実戦経験も積むいい機会だと、ベルムバッハが考え提案してきたのだ。
実際オークのような人型の魔物は魔人と呼ばれ、死徒の眷属となるという側面を持っている。そのため死徒の本格侵攻が始まれば、オークをはじめとした魔人が、死徒の尖兵として大軍団となり人の街や村を襲うことになる。
つまりオークなどの魔人との実戦経験は、死徒と戦う上で必要不可欠なものものなのだ。
「数は三〇〇って事だけど、実際の戦力はどれくらいなんだ?」
ベルムバッハの言葉に、考え込み始めた天野に変わり武尊が質問をした。
この世界の戦いは、数よりも個の力の方が重要とされている。それこそ三〇〇が五〇〇に変わろうが、今の蒼汰たち実力を持ってすれば、【F1】【F2】ランク程度の魔物ならば、まったくと言っていいほど問題ない相手と言えた。だが、ランクが【F3】となれば話は変わる。
それが分かったいるベルムバッハは、勇者たちにオークの戦力を包み隠さず丁寧に説明した。
「オークのランクは基本【F2】、今回の群れは概ねこいつらだ。だが上位種、おそらく【F3】ランク程度の力を持ったオークが十体と、【F4】ランクの中でも上位の力を持つとされるロード種が一体確認されている」
【F4】ランクと聞いた瞬間、勇者たち全員がざわめいた。
魔物の強さを推し量る【Fスケール】において、ランクが一つ上がるという事は、途轍もなく大きい。端的に言えば、強さの桁が一つ上がるという事なのだ。
さらに言えば、この二ヶ月で練磨迷宮の二十階層まで踏破していた勇者たちであっても、【F4】ランクの魔物とはまだ戦った事にない未知の領域にいる魔物であった。それだけに、【F4】ランクというだけで、どうしても緊張感が走るのだ。
「それって、大丈夫なの?」
そう尋ねたのは、長い黒髪の少女、椿舞花だ。
「ロード種に関しては、正直全員が全員大丈夫とは言えない。なので今回は、対ロード種用に選抜パーティーを編成することにする。それ以外の者たちには、他のオークを引きつけて戦ってもらうことになるだろう」
「選抜パーティー……ですか、ちなみにそのメンバーは?」
「選抜メンバーは天野、真田、東、椿、武川の五人を予定している。今回索敵能力が必要ない分、戦闘能力を重視しての人選だ」
椿の質問に対するベルムバッハの答えに、さらに騒めく勇者たち。
名前を呼ばれた天野、真田、東、椿、武川の五人は、勇者たちにとって、まさにエースと呼ばれる力を持った実力者ばかりだったからだ。実際この五人は召喚当初は別として、ここ半月程は、パーティーリーダー兼エースとして必ず別々のパーティーに編成されるようになっていた。そんな力の突出した五人が一つのパーティーを組むのだ、幾ら選抜パーティーだと分かっていても、思わず驚きの声を上げてしまうのも無理はないだろう。
ただ逆に言えば、オークたちとの戦いに置いて、自分たちはエースがいない状況で戦わなければいけないという事でもあった。
それが分かっているからこそ、勇者たちの中には、それを不安に思う者も少なからずいた。
「そうすると、オークの群れ相手に、私たちはエースメンバーが抜けた状態で戦わないといけない、ってことになるんだよね?」
ベルムバッハの話を聞いた翔子が、隣に座る蒼汰に小さの声で不安げに話しかけてきた。
「そうなるだろうな。でも今の話を聞く限り、俺たちが相手をするのは上位種まで、要は【F3】か【F2】ランクのオークまでしか相手にしなくていいはずだから、慌てず落ち着いて戦えば大丈夫なんじゃないかな。ただオークの数が数だけに、乱戦になるかもしれないから、そこだけは気をつけた方がいいと思う」
「そうだよね、三〇〇だもんね。単純計算で私たちの十五倍。それに【F4】ランクのロード種までいるんだよね。そうやって思うと、やっぱりちょっと怖いかな……」
「さっきも言ったけど大丈夫だよ。たとえロード種のオークがいたとしても、あの五人にかかればまず負けることはないからさ。それにロード種以外のオーク相手には、翔子の力が一番有効になるはずだよ」
「え、私?」
急に自分の名前が出た事に翔子は自分の顔を指差し、目をまん丸に見開き驚きの声をあげた。
「そう、翔子が」
そんな翔子を見て思わず笑みをこぼしながらも、蒼汰は話を続けた。
「翔子の勇技【インフィニティマナ】は、今回のような集団戦に最も力を発揮する能力だからだよ」
「えっと……どういうこと?」
分からないと首を傾げながら聞く翔子を見て、思わず可愛いなと顔を若干赤らめながら蒼汰は説明を始めた。
「【インフィニティマナ】の能力は、魔力量と魔力回復力の強化だよね」
「うん、たぶん両方とも武川さんの倍以上はあると思う」
今回の選抜パーティーにも選ばれている武川は、勇者たちの中でも、最も魔法に特化した勇技の持ち主である。故にその能力の特質上他の勇者と比べ、倍以上の魔力量や魔力回復力を有していた。
だが【インフィニティマナ】の勇技を持つ翔子は、魔法の威力こそ武川に遠く及ばないが、魔力量や魔力回復力という点に置いては、武川の倍以上の能力を有していた。つまりそれは、他の勇者の平均値と比べた場合、それぞれが四倍以上の能力を有しているという事になる。さらに言えば、魔力の時間単位回復量は魔力量の最大値に依存していることを考えると、戦闘で使える魔力の量は少なく見積もっても、他の勇者の六、七倍くらいにはなるだろう。
そして今の翔子の実力ならば、【F2】ランクはもちろんのこと、【F3】ランクの上位種オーク相手でも、充分大きなダメージを与える魔法を放つことができるだろう。
そんな翔子の魔法攻撃を、有り余る魔力量で広範囲にばら撒けば、それだけでオークの群れに大きな損害を与えれることができると、容易に想像ができる。
つまり翔子の勇技は、今回のような集団戦においてこそ、その真価を最も発揮する能力とも言えるのだった。
蒼汰はその事を掻い摘んで翔子に説明した。
「それじゃあ私が頑張れば、みんなが有利に戦えるってことなんだね」
「まあ概ね間違ってないけど、翔子が一人、無理する必要はないからな」
「そうだけ、でも……」
「翔子、俺たちはチームだ。誰か一人に負担を強いるようなものはチームじゃない。チームってのは、一人はみんなのために、みんなは一人のために、だよ。ドラマなんかでもよく言ってただろう」
「……そうだね。自分のできることを、無理をしない範囲で頑張る」
途中から戯けたように話す蒼汰に、少し緊張が解けたのか、翔子は小さくクスっと笑って、改めた自分の思いを笑顔で告げた。
そんな感じで、自分たちだけ世界に入り込んでいた二人を、パンパンと手を叩く音が、無理やり現実世界に引き戻す。
手を叩いたのはベルムバッハ。ざわついていた勇者たちがその手の音で、再びベルムバッハを注目する。
「出発は明後日の朝とする。選抜パーティー以外は、改めてパーティー編成をし直して、明日中に各自に連絡をする。よって、明日の迷宮探索は中止、座学のみとする。なにか質問はないか?」
ベルムバッハがそうまとめると、いくつか質疑応答の後、その場は解散となった。
◆◇◆
二日後、闇の支配が終わり眩い朝の陽射しが王都を照らし始めた頃、王都の城門から旅立つ馬車の一団があった。
そんな馬車の中の一つに、眠い目をこすり大あくびをする蒼汰の姿があった。
「蒼汰、いきなり欠伸ってェのは、ちょーっと気合いがたんねえんじゃねェか?」
眠そうにする蒼汰に、中途半端に伸びたボウズ頭の男が、からかうように声をかけてきた。
「気合い? そんなもん入りまくりだよ。その所為で眠いんだからよ」
「遠足前の小学生か!」
「そ、そんなんじゃないって。今日のためにゴーレムいじってたら、夜更かししすぎただけだ」
そんな二人のやりとりに、周りから笑い声が起こる。
「ほら見ろ、雅人のせいで、みんなに笑われたじゃねぇか」
蒼汰はボウズ頭の男――東城雅人をジト目で睨む。
雅人はそんな蒼汰の視線など、どこ吹く風とばかりに「眠そうにしてる、お前が悪い」と言って声を出して笑って返す。
気軽に言葉を交わすだけあって、蒼汰と雅人の付き合いは長い。付き合いの長さだけで言えば、武尊よりも長く小学生の頃からの縁だ。
ただ、雅人は小中高と野球部に所属しており、部活動が忙しく、どうしても遊ぶ機会が少なかった。だからかいまいち親友と言えるまでの仲にはならなかった。とはいえ付き合いが長い為か、クラスメイトの中では、武尊の次に気楽に話せる間柄でもあった。
その雅人が蒼汰と同じ馬車に乗っているという事は、二人が今回の作戦で同じパーティーになることを示していた。
雅人の勇技は【ドレインマスター】。
自らの攻撃でダメージを与えた敵から、少しずつ魔力と体力を奪う能力である。その能力の特性上、継戦能力は非常に高く、こと近接戦闘の継戦能力という一点においては、最強と言われる勇者、天野勇斗を遥かに凌ぐ能力を持ち、いわば近接戦闘版の翔子的な存在だと言えた。
ちなみにその翔子も、今回蒼汰と同じパーティーとして一緒の馬車に乗り、二人のやりとりを楽しそうに笑顔で眺めている。
その三人以外にもこの馬車には、二人の勇者が乗っている。もちろん二人とも今回のパーティーメンバーであった。
一人は高田昴、勇技は【金剛招来】。いわゆる身体能力強化系勇技である。
特に筋力に関しては、他の勇者たちを圧倒するほどの凄まじさがある。そして高田本人も、身長一八〇という十五歳とは思えぬ体格をした偉丈夫で、相撲部、柔道部、レスリング部を掛け持ちしているほどの身体能力の持ち主であった。そんな彼と勇技の相性は非常によく、相乗効果によって凄まじいまでの圧倒的なパワーを見せつけていた。
しかしそんな高田自身の性格は、ゴツイ見た目とは相反するように、クラス一穏やかで、無口な男であった。今も蒼汰たちのやりとりを、静かにニコニコと目を細め楽しそうに見ている。
そしてパーティーメンバー最後の一人が、結城清美。黒髪をショートカットにした凛々しい顔立ちの美少女。ボーイッシュというよりも男装の麗人といった雰囲気の彼女は、某歌劇団の男役をもこなせそうなその容姿から、男子だけに限らず女生徒からも、いやむしろ、女生徒から絶大な支持を受け、一年生にして、翔子共に校内で五指に入る人気を誇っていた。
彼女の勇技は【ヒーリングセイント】。回復・補助系の勇技で、広範囲かつ高回復力を誇る回復魔法や、身体能力強化や耐性強化などの補助魔法の効果を強化する能力を有していた。
この結城と先に出た雅人、翔子、高田の四人が、今回のオーク討伐で蒼汰とパーティーを組む事になったメンバーであった。
翔子、雅人という継戦能力が高い勇者に加え、結城という回復・補助に特化した勇者と、ゴーレムによるカバーリングを得意とした蒼汰、そして壁役として能力の高い高田を加えたこのメンバーが、ロード種のみに集中する事になるであろう選抜パーティーに代わり、今回のオーク討伐戦の肝になるパーティーとして、意図して組まれたメンバーであった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
続きを、と思ったら、ブックマークや評価をして頂けると、とても嬉しいです。




