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初実戦から帰った日の夜。蒼汰は城内で用意された自室で、ゴーレムの調整を行なっていた。
蒼汰の目の前にあるのは二体の小型ゴーレム。大きさは二十センチ程しかないが、見た目は昼間、壁役として活躍した土の騎士――羅刹そのものであった。
二体の小型羅刹は現在、今日の実戦経験を踏まえて行った、調整の具合を確かめる為、蒼汰の目の前で激しい戦いを繰り広げていた。
サイズ的にオモチャのような羅刹だが、その凄まじい戦いぶりを見る限り、誰もオモチャなどと言う者はいないだろう。
この自室での小型羅刹同士の模擬戦は、今に始まった事ではなく、蒼汰が召喚された三日目の夜から毎日続く、恒例の行事であった。
「やっぱり実戦の戦闘データは違うな。昨日と比べて随分と動きが良くなっている」
二体の小型羅刹の戦闘を見ながら、蒼汰は腕を組む。
「それに俺が組んだアルゴリズムと、相性も良さそうに見える。……うん、悪くない」
自室で一人作業をしているためか、蒼汰の独り言が止まらない。
「んー、ここまでくると、なんとかして、金属系のゴーレムを創りたくなるよな。鉄は当然として、やっぱり異世界に来たんだから、ミスリルやオリハルコンでも創ってみたい」
この世界に来てからすでに、ミスリルやオリハルコン、他にもアダマンタイトなど、異世界特有の魔法金属の存在は確認していた。
蒼汰としては、ゴーレムの強化の為にも、それらの魔法金属が、喉から手が出るほど欲しい気持ちがあった。ただ、戦闘に耐えうる大きさのゴーレムを創るには、相当な量が必要となる為、現実的に難しいことも充分理解していた。
模擬戦が終わり、魔力切れで動かなくなった小型羅刹を見ながら「まあそのうち、鉄のゴーレムくらいは創れるようになるかな」と独り言ち、二体の小型羅刹をそれぞれ木箱へ片付ける。
魔力が切れて動かなくなったゴーレムは、いずれ土に還る。そうなる前に木箱に入れたのだ。これであと一分もしないうちに、羅刹は 土塊に変わるだろ。
片付けが終わった蒼汰は、椅子に座り大きく息を吐くと、木で作られた椅子の背もたれが、悲鳴を上げることも厭わず、背もたれに体重を預け大きく伸びをした。
「あーダメだ。今日は眠れそうにねえ!」
そう一人ボヤくと、蒼汰は勢いよく立ち上がり、そのまま部屋を出ていった、
部屋を出た蒼は、誰もいない夜の廊下を歩き、みんなが憩いの場としているラウンジに向かう。
そこは、ほんのりとした優しい暖色系のランプの灯りに照らし出された、心休まる空間であった。
蒼汰はそのままラウンジを抜け、大きなガラス扉の先にあるバルコニーに出た。
晩春の夜風はまだ冷たく、体を冷やすかのように、蒼汰の肌を撫でていく。だが、初実戦の興奮で火照った体には、その冷たい夜風は、非常に心地い良いものに感じられた。
蒼汰は南の空を見つめた。
そこにはいつもと変わらぬ美しい満月が二つ、まるで夫婦のように寄り添い、夜の世界を淡く照らし出していた。
この世界の夜空を支配する二つの月は、常に満月である。それに蒼汰が気付いたのは、この世界に来て五回目の夜を迎えた時だった。
夜空を見上げれば、いつも目に入る大きな二つの満月。蒼汰が元の世界で見た、スーパームーンの満月ですら、ちゃちなもの思えてしまうほどの大きな満月。そんなものを毎日見えていれば、夜空にあまり興味のない蒼汰ですら、いやでもそのことに気付くだろう。
二つの月をしばらく仰ぎ見ていた蒼汰だったが、やがてバルコニーの端にまで進むと、手摺に体を預け下を覗き込む。
眼下に見えるは、大地が裂けたかのような深い渓谷。切り立った岩肌の壁は三十メートルほどの高さがあり、下にはシトレ川という名の急流が流れていた。
シトレ川の流れを目で追い西に目を向けると、やがて大きな岩山――アンガーがその姿を現す。シトレ川の流れは、そのアンガーの麓まで続き、遂には吸い込まれるように山の中へと消えていく。
誰が言った事かは分からないが、この川の流れは、大陸南部最大級の迷宮、〝練磨迷宮〟の深層に繋がっていると噂されていた。それはこのアンガーの反対側の麓に、練磨迷宮の入口がある事から来る噂なのだが、状況を見る限り、全くのデマでは無いだろうと、多くの者が思っていた。
だがその噂を信じて、この川を下った者が幾人もいたが、帰って来たものは一人もおらず、その真相は未だ闇の中である。
蒼汰はそんな夜のシトレ川の流れを見ながら、召喚された頃の事を思い出していた。
◆◇◆
蒼汰たちがこの世界に来て最初に見たのは、特徴的な三白眼に銀縁メガネを掛けた、長い暗金髪の中年の男だった。
痩せた体に魔導師然とした、濃紫のローブを纏ったその男の名は、テオドール・フォン・ベルムバッハ。ブガルティ王国の首席宮廷魔術師にして、蒼汰たちをこの世界に召喚した張本人である。
そんなベルムバッハの後ろには、癖の強い豪奢な金髪の中年男性が一人と、その男と同じ髪色をした蒼汰たちと同年代と思しき女性が一人、各々期待の込もった視線を蒼汰たちに向けて立っていた。
男は現ブガルティ王国国王アルベルト・フリードリヒ・フォン・ブガルティ。彼の鍛え抜かれた肉体は、白と金を基調にした豪奢な衣服によって隠されてはいるが、その精悍な顔立ちから、彼がどのような人生を歩んでききたのか、わずかながらに読み取る事ができる。
その隣に立つうら若き乙女は、ブガルティ王国第一王女シャルロッテ・フォン・ブガルティ。蒼汰たちを見つめる青い瞳は宝石のように美しく、纏う空色のドレスからのぞくその肌は透き通るように白い。胸元の二つの膨らみは年相応ではあるのだが、まだ幼さの残るその顔立ちは、万人を魅了する女性独特の美しさと魅力を携えていた。
そして召喚された蒼汰たちに向け、彼らはこう告げた。
「この世界を救って欲しい」
――と。
一国の王が、そして王女が、恥も外聞もなく懇願するように頭を下げた。それがどういうことなのか、貴族社会や政治に疎い高校生である蒼汰たちでも、なんとなく理解する事ができた。だが、蒼汰たちはまだ、二人がとった行動の本当の重みに気付いていない。
ブガルティ王国はこの世界でも屈指の大国である。軍事力は元より、世界の国々に与える影響力、発言力は、世界でも五指に数えられるほどに大きい。そんな大国の王、そして王女が懇願し頭を下げているのである。その意味は恐ろしく大きく、そして重い。
この世界には敵がいた。死徒と呼ばれるそれは、今から三千年前に突如この世界に現れた。
死界と呼ばれる異界から現れた彼らは、多くの国を滅ぼし、人々を虐殺した。その被害はわずか五年という歳月で、世界人口の八割が失われたほどであった。だが人々は、異世界から召喚した勇者たちの元に団結し、命を賭して死徒を退けた。
それらか三千年。死徒は五百年毎にこの世界に出現し、世界中に死という名の禍を振りまいた。そして人々はその都度、多くの犠牲を払いながらも死徒を退けてきた。異世界から招いた勇者と共に。
そして前大戦から五百年が過ぎた今、世界中に再び死徒たちの影が見え隠れし始めていたのであった。
◆◇◆
この世界に来て一週間が過ぎても、異世界から呼ばれた勇者たちの多くは、自分の身を置く状況に悲観し、動揺し、何も行動を起こそうとはしなかった。
そんな中蒼汰は一人、自分の置かれた状況を楽しんでいた。
多少自分に与えられた勇技に不満はあったものの、異世界転生&転移物の小説が好物だった蒼汰にとっては、まさに夢にまで見たシュチュエーションだったからだ。
召喚されて二週間が過ぎると、蒼汰のクラスメイトたちも、ようやく自分の状況を受け入れ落ち着きを取り戻しはじめた。それには、クラス委員長でもある男、天野勇斗の影響が大きかった。
彼は蒼汰が言うところの、主人公体質を絵に描いたような男だった。正義感が強く、勇気があり、気配り目配りもできる。戦えば今回召喚されたクラスメイトの中でも、頭二つ三つ抜きに出る実力を持っていた。そこにきてイケメン俳優が裸足で逃げ出しそうな端正な容姿まで持ち合わせている。まさにでき過ぎな主人公である。
そんな彼がリーダーシップを発揮したからこそ、蒼汰のクラスメイトたちは、わずか二週間という短い期間で、パニックを起こすことなく現実を受け入れ始めることができたのだ。
そして召喚されてから一ヶ月が経った今では、蒼汰のように、多少なりとも異世界ライフを楽しめる者も、幾人か現れるようになってきていたのであった。
◆◇◆
「夜神君」
「ッ!?」
ぼんやりとシトレ川を見つめ、物思いに耽っていた蒼汰だったが、突然背後から掛けられた声に驚き振り返った。
するとそこには、シンプルなデザインの白いナイトワンピに、淡いピンク色のカーディガンを羽織った水野が、ラウンジのガラス扉から可愛らしく顔を覗かせ立っていた。
「な、なんだ水野さんか……ビックリしたよ」
「ふふ、驚かせちゃったみたいだね」
蒼汰のそんな様子を見て、水野は楽しそうに笑う。
「夜神君も眠れないの?」
水野はそう問いかけながら蒼汰の隣に並ぶと、バルコニーの手摺にもたれ掛かり二つの満月を仰ぎ見た。
「ちょっとね……。昼間の実戦が原因かな。どうもまだ、興奮が冷めてないみたいなんだよね。そういう水野さんも眠れないの?」
「うん、だけど私は、怖くて、って感じかな」
「怖い?」
「うん、私、最初の戦闘の時、大猪に襲われそうになったでしょう。あの時、迫って来る大猪の姿が目に焼き付いちゃったみたいで、目を閉じると、あの時の光景が浮かんできちゃうんだ」
またあの光景を思い出したのか、水野は両腕で自身の体を抱きしめ、不安げな視線を夜のシトレ川に落とした。
そんな水野を見た蒼汰は、彼女の心の傷に気付かず、浮かれた事を言った自分自身に後悔した。
普通に考えれば分かる事。いくら魔物と戦えるだけの力を得たとはいえ、水野の心はまだ十六歳の普通の女の子でしかない。そんな普通の女の子に、殺気を剥き出しにした闘牛のような巨躯の大猪が、猛烈な勢いで眼前にまで迫ってきたのだ。その恐怖たるや簡単に計り知れるものではないだろう。蒼汰自身そう考えると、浮かれて話をした先ほどの自分を、思いっきり殴り飛ばしてやりたいという気持ちになっていた。
そんな後悔の念から、蒼汰は手摺を握る手に、思わず力が入ってしまう。
「あ、私は大丈夫だよ。それに夜神君に助けてもらえて、すごく嬉しかったんだよ。だから……」
水野は最後まで言わなかったが、蒼汰には水野が何を言おうとしていたのか理解できた。
「ありがとうな。なんか、返って水野さんに気を使わせちゃったみたいだな」
「気を使うだなんて……。私こそ夜神君に気を使わせちゃったかな……」
少し申し訳なさそうに水野は笑う。
そんな水野に向け、蒼汰は首を左右に振ると「そんな事ないさ」と笑顔で応えた。
それから二人は、しばらくたわいのない話で盛り上がった。
好きだったドラマやアニメ、漫画や小説。友達や家族の事、さらにはこちらの世界に来て感じた事や思った事、そして不安も……
冷たい晩春の夜風の為か、二人はまるで恋人のように身を寄せ合い語り合った。
時間を忘れ語っていた二人だったが、水野が不意に体を震わせた。この時蒼汰は、ようやく水野が薄手の部屋着にカーディガンを羽織っただけの姿である事を思い出す。
「ごめん、寒かった?」
「うんん、大丈夫。今まで話に夢中で気付かなかったくらいだもの」
その言葉が嘘偽りで無い事を示すように、水野は少し頬を赤らめながら、向日葵ような笑顔を見せた。
「そっか、ならよかった。実は俺も話に夢中になってて、ここまで寒くなってるのに気付かなかったよ」
蒼汰も頬を赤く染め、はにかむように笑った。
そんな甘酸っぱい雰囲気を現実に引き戻すように、一際強く冷えた風が二人を襲う。あまりの寒さに反射的に震える二人だったが、お互い目が合うと思わず吹き出して笑い合った。
「水野さん、風邪を引くといけないから、そろそろ部屋に戻ろうか」
少し落ち着いたところで蒼汰が提案する。すると水野が――
「翔子」
と突然蒼汰の目を見てそう言った。そして更に――
「水野さんじゃなくて、翔子って呼んで欲しい……です」
水野は耳まで真っ赤に染めそう言うと、そのまま恥ずかしそうに下を向いてしまった。
そんな水野を見て蒼汰も慌てて口を開く。
「わ、分かったよ。えっと、……しょ、しょ、翔子」
蒼汰も顔を真っ赤しながらも、ぎこちなく水野の、いや、翔子の名前を呼んだ。
名前で呼んでもらった翔子は、未だ真っ赤になりながらも、嬉しそうに満面の笑顔を蒼汰に向けた。だが次の蒼汰の言葉に、翔子の顔はさらに赤くなり笑顔を硬直させる事になる。
「それじゃあ、しょ、翔子も、俺の事を夜神君じゃなくて、蒼汰って呼んで欲しい」
翔子は蒼汰の言葉に思わず固まる。だがやがて、オイルが切れたロボットのようにぎこちない動きで頷くと「蒼汰……君」と消え入りそうな声で名前を呼んだ。
蒼汰としては、自分は呼び捨てにしたのだから、翔子にも、という思いもあったが、さすがにいきなり今の翔子に呼び捨てさせるのは、ハードルが高そうだろうと思い、それ以上言うのを止めた。
なんとも言えない空気の中、向かい合い黙ったまま立ち尽くしている二人に、不意に城の中から声をかけられる。
「二人とも、いつまでそんな所に突っ立っているつもりですか?」
その声に驚いた二人は、弾かれたように声の主の方に向き直った。そしてその声の主を見た瞬間、二人は思わず直立不動になる。
二人の様子に苦笑いを浮かべたのは、ボサボサの銀髪に丸メガネ、さらに濃紺のローブといった、どこか学者を思わせる雰囲気を持った、三十過ぎの痩身の男だった。
「アリンガム先生! あっと、えっと、これは……」
男の名はダミアン・マリンガム。蒼汰たちの指導役として、この世界の知識や魔法の技術を教える、いわば蒼汰たちにとっての師匠ともいえる男であった。
大国ランギール帝国出身の彼だが、今から三年前、傭兵としてここブガルティ王国にやって来た際に、当時すでに首席宮廷魔術師であったベルムバッハに、その高い魔法技術を認められ、外国人ながら宮廷魔術師の末席に加わることになったという経歴を持つ優秀な男である。
「今日は初の実戦で疲れているのですから、あまり夜更かしをしてはいけませよ。疲れを残す事は戦う者にとって、大変に危険な事なのです。まあ、お若い二人ですから、逢瀬を望むのは仕方ありませが、ほどほどにして下さい」
「おおお、逢瀬って、俺たちはそんなんじゃ……」
真っ赤になって反論しようとする蒼汰と、同じく真っ赤になって俯く翔子。そんな二人を見てアリンガムは、蒼汰の言葉を止めるように手のひらを突き出すと、分かっていますとばかりに頷き「とにかく今日は部屋に戻って寝なさい」と言葉を残し、楽しそうに鼻歌混じりで去っていってしまった。
その場に残された蒼汰と翔子は、恥ずかしさのあまり目を合わせる事もできず、しばらくその場で黙ったまま立ち尽くしていたのだった。
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