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黒の勇者 ―逆襲のゴーレム使い―  作者: 丸瀬 浩玄
第二章 希望の時代
13/42

 翌朝、蒼汰たち勇者一行は、初の実戦を行うため、王都から馬車で西に二時間ほど移動した〝深淵の森〟と呼ばれる森に来ていた。

 この深淵の森は、大陸中央から南部にかけて広がる大陸最大の森である。その森林面積は、大陸全土の約二割にも及ぶという途轍もない広さを誇るものであった。

 そんな深淵の森だが、あまりに広大な森ゆえに、地域ごとにより生息する魔物ががらりと変わる。そのため、森で狩をする者たちは、己の実力に合った地域の森を選んで入るのが、この世界の常識となっていた。

 蒼汰たちは、そんな深淵の森の中でも、比較的安全な地域と言われる場所に、初の実戦を行うため訪れていた。



 今回深淵の森に挑戦する勇者は二十人全員。

 これを一パーティー五人毎に分け、四つのパーティーで森を探索する。

 ただ、勇技(ブレイブスキル)を持った勇者とはいえ、実戦経験の無いヒヨッコの集まりである。いくら低ランクの魔物しか生息していないとはいえ、相手が魔物である以上、当然命を落とす危険がある。そのリスクをできるだけ回避するため、それぞれのパーティー毎に、経験豊富な騎士小隊がサポートにつくことになっていた。


◆◇◆


「そろそろ君たちの番だ。先程も言ったが、索敵、戦闘、解体と、全て君たちだけで行うこと。我々は君たちの後をついてはいくが、不測の事態が起こらない限り手出しは一切しない。ただ、危険と判断した際はすぐに助けに入るので、君たちは安心して実戦経験を積んで欲しい」

「了解しました、シュトライト隊長。それではシュトライト小隊の皆さん、今日一日よろしくお願いします」

「ああ、よろしく。では出発しよう」


 騎士小隊の隊長、カール・シュトライト上級騎士と、蒼汰が参加する勇者パーティーのリーダー、真田武尊が出発の挨拶を交わすと、それを合図に、針葉樹が生い茂る深淵の森へと武尊率いる勇者パーティーは、足を踏み入れていく。それにやや距離をおいて、シュトライト小隊の騎士たちも、蒼汰たちを追うように深淵の森へと足を踏み入れた。


 先頭を行くのは、パーティーのリーダーにして前衛を任されている真田武尊。パーティー内で一番の近接戦闘能力を有しており、文字通りパーティーの要である。


 その後ろを、短槍を片手に不安げな表情で歩く気弱そうな少年が続く。【槍神】の勇技(ブレイブスキル)を持った本多克哉(ホンダカツヤ)である。

 高校一年生の割には、幼い雰囲気を持った彼だが、勇技(ブレイブスキル)――【槍神】により、槍を用いて戦うその物理戦闘能力は、勇者全体の中でも上位に入る実力を有している。


 その本多と並び歩くのが、ストレートの長い黒髪が印象的な少女、織田まどか(オダマドカ)

 彼女の勇技(ブレイブスキル)は【マスターアサシン】。隠密行動と索敵に特化した勇技(ブレイブスキル)である。つまり彼女が、このパーティーにとって目であり耳である。


 本多と織田の後ろ、三列目を行くのが、肩まで伸びた黒い艶髪の美少女、水野翔子(ミズノショウコ)だ。

 彼女の勇技(ブレイブスキル)――【インフィニティマナ】は、彼女自身が持つ本来の魔力量と魔力回復力を数倍に跳ね上げるという特性をもった能力である。そのため、魔法による継戦能力に非常に長けており、今回の探索パーティーでは、魔法による後衛火力として大いに期待されている。ちなみに、彼女はかなりの美少女としても知られており、ここに召喚される前は、校内でも五指に数えられる人気を誇っていた。


 そんな水野の隣には、水野と共に後衛を任された蒼汰が並んで歩く。

 また、蒼汰が創り出した羅刹(ラセツ)には大楯を装備させ、このパーティーの最後尾を任せている。今後も、壁役を中心に状況に応じて運用して行くことになるだろう。

 この五人と一体が、今回蒼汰が所属する勇者パーティーのメンバーであった。



 初の実戦という緊張感からか、森に入ってからしばらく、誰も口を開こうともせず、黙々と森の中を歩いていた。

 昨日、あれだけ初実戦だと張り切っていた蒼汰も、いざ森の中に入るとその場の雰囲気に呑まれ、緊張からか右手に持つ剣を硬く握り締め、周囲に落ち着きない視線を巡らせながら、いつ魔物が襲ってくるかと、体を強張らせていた。

 そして遂にその時が来る。


「魔物発見。右前方から一体」


 その時、張り詰めた空気を打ち破るように、索敵担当の織田が声を上げた。

 全員が織田の声に弾かれたように、右前方に視線を集中させる。

 目の前には針葉樹の木々が立ち並んでおり、何が近付いて来ているのか、ここからではまったく見えていない。

 この地域に生息している主な魔物は、牙猿(キバザル)大猪(オオイノシシ)黒紫犬(コクシケン)一角兎(イッカクウサギ)の四種。

 厄介な相手は、群れで行動することが多い、牙猿と黒紫犬。

 この二種はたとえ一体でいたとしても、仲間を呼ぶことが多く、複数と同時に戦わなければならなくなる可能性が非常に高く危険だ。

 また、個々として危険度が高い魔物は大猪である。

 体長三メートル近い巨躯の猪で、その突進力は分厚い煉瓦の壁をも易々と突き破ると言われている。

 蒼汰たちとしては、初戦はこの三種を避け、比較的弱い一角兎と戦うのが理想であった。

 だが、現れたのは――


「大猪だ! 蒼汰、羅刹を前に!」


 森の木々を縫うように現れたのは、まるで闘牛のような大きさの巨大な猪だった。

 武尊の指示に従い、羅刹が手にした大楯を前面に押し出し、壁役として前衛に上がる。

 大猪との距離は約十五メートル。間には多くの木々があり、大猪の得意な突進攻撃がすぐに来るということはなさそうだ。だが、だからと言って安心していい距離でもない。


「蒼汰、水野さん。攻撃魔法を準備。克哉は俺と一緒に前衛に、織田さんは遊撃準備と周辺警戒を継続して」


 武尊の指示が次々に飛び、各々が了解の意思を示し行動を開始する。

 活発に動き始める蒼汰たちに、大猪は威嚇するように低く唸り声を上げ、それが切れると同時に、木々の間を無理やりこじ開けるように、巨体が地響きを立て突進を開始した。


「蒼汰! 水野さん!」


 武尊の声に、蒼汰と水野は「了解!」「ハイ!」と各々が返し、蒼汰は石の礫、水野は風の刃の魔法を放つ。

 迫り来る大猪に、先に直撃したのは蒼汰が放った石礫。

 前傾姿勢で突っ込んでくる大猪の顔面に、十を超える石礫が直撃した。高い突進力を有する大猪も、さすがに顔面に石礫を受ければ、その自慢の突進力を鈍らせざるを得ない。

 さらにわずかな時間差で、無数の風の刃が大猪の体に傷を刻む。


 ――ブヒイイイイ!!


 大猪は悲鳴にも似た鳴き声を上げるも、動きを鈍らせるながらも突進を止めない。

 そこに躍り出たのが、大楯を前面に押し出した蒼汰のゴーレム――羅刹。

 自動車同士の衝突事故を思わせる、激しい激突音が森に鳴り響き、羅刹と大猪がぶつかり合う。

 蒼汰と翔子による魔法攻撃で、多少は勢いを削がれていたとはいえ、相手は凄まじいまでの突進力を誇る大猪。その突進を正面から受け止めた羅刹は、今の一撃で体中に(ひび)を走らせ、一メートル程押し込まれた。

 だがそれでも、羅刹は大猪の動きを止めるという大仕事をしっかりと成し遂げた。


「今だ、囲め!!」


 武尊は、動きを止めた大猪の右側面に自ら回り込みながら全員に指示を出す。

 指示に合わせて本多は左側面に、織田はそのスピードを生かし大猪の後方に回り込み反撃に出る。

 武尊の剣が大猪の胴体を斬り裂くと同時に、本多の槍が肩口を貫き、織田の短剣が後ろ足を斬りつける。


 ――ブヒイイイイ!!


 泣き叫ぶような悲鳴を上げ、大猪は激しく暴れ出す。

 それは大猪にとって最後の足掻きだったかもしれない。だが、それはまさに手負い(じし)

 暴れ出した巨体に、誰も近付くことができない。遂には大猪の眼前で壁となっていた羅刹が、再び大猪の渾身の体当たりをくらい、文字通りバラバラに打ち砕かれる。


「不味い! 突破された!!」


 武尊の叫び声に皆の視線が集中する。

 視線の先、そこには迫りくる大猪の迫力に恐怖して、立ち尽くす水野翔子の姿があった。

 ――危ない。

 武尊たちは各々の判断で一斉に水野の下へと走る。

 だがその距離は余りにも遠い。


 このままでは間に合わない。そう判断した騎士隊長のシュトライトはすぐさま介入を決断し、手に持つ槍を投擲しようと構えた。

 だがその時、それよりも速く動いていた者がいた。


「させねェ!!」


 力強い声と共に、水野と大猪の間に割って入るように分厚い土壁が突如出現する。だがそれでも大猪の突進は止まらない。

 大猪は土壁に頭から突っ込み一撃で粉砕、突き抜けるとそのまま水野に迫る。

 だが当然大猪のスピードも鈍る。

 わずかに出来た時間。その刹那の間に、恐怖で動けない水野を抱きかかえ、ギリギリのところで救い出す影が一つ。

 それをやって見せた者こそ、夜神蒼汰だった。

 シュトライトは、そんな蒼汰の姿を見て安堵の息を吐くつと、構えた槍を下ろし、再び静観することを決めた。


「水野さん、大丈夫?」


 蒼汰は水野を抱き抱え倒れ込んだまま声をかける。

 そんな状況に水野は茫然としたまま「あ、……え、えっと、うん、大丈夫。ありがとう、夜神君」と頬を赤らめ答えた。


「お礼なんていいよ。それよりもまだ終わってない。次がくる!」


 蒼汰の視線の先には、そのまま逃げて行くかと思われた大猪が、怒りを露わにこちらを睨む姿があった。

 二人はすぐに立ち上がり、迎撃態勢をとる。

 すでに壁役の羅刹はいない。

 もし大猪が突進してきたならば、今ある手札でなんとか止めるか、いなすかしなければならない。


「武尊!」


 蒼汰は魔力を練りながら武尊の名を呼んだ。

 武尊はそれだけで、蒼汰が何を言いたいのか理解し無言で頷くと、剣に火属性の魔力を込めはじめる。

 その様子に満足した蒼汰は薄く笑い「水野さんは下がってて」と大猪から視線を外すことなく水野に言う。

 水野は何か言いたげであったが、邪魔をしてはいけないと無言で頷き後退していく。それに入れ替わるように武尊がやって来て蒼汰の隣に並んだ。


「よっ、王子様。中々カッコ良かったんじゃないか。これで愛しの姫君の心もガッチリキャッチ、ってか」

「どこのオヤジだよ、お前」


 二人にしか聞こえない程度の小さな声で、くだらない会話をする二人。だがその視線は、油断することなく大猪を捉えている。


「で、王子様。どうするよ?」

「お前がリーダーだろうが、たく。まあいい、俺が何とかしてあの猪の動きを止める。奴が動きを止めたらお前はその魔剣で頭を叩き割れ」

「もし止められなかったら?」

「騎士様たちの方に転進だ」

「逃げるんじゃなくて転進なんだな」


 そう言って苦笑いする武尊に「ああ、俺は逃げるのが、嫌いだからな」と蒼汰はニヤリと笑った。


「OK、そうならないよう、上手く行くことを祈っておくよ」


 そんな武尊の言葉を待っていたかのように、大猪は蒼汰たち目掛け突撃を開始した。



 闘牛のような巨体が迫り来る中、蒼汰は冷静に魔法を発動する。

 それは土壁を創り出す魔法。だがその土壁は先ほど創ったような大きなものではなく、高さ三十センチ程度の小さなもの、とても壁と言えるような代物ではなかった。しかしその小さな壁が今までにないほど絶大な効果を上げた。

 その時大猪は、何が起こったのか分からなかっただろう。

 蒼汰が土壁を創り出したのは,大猪の死角とも言える足下。

 大猪は足下に突然出現した土壁に蹴躓くと、大きく体勢を崩し、大量の土煙りを巻き上げながらそのまま派手に転倒した。

 それは、側から見ていた騎士たちにとって、異常な光景に映った。

 本来魔法とは、あそこまでの精度を必要とする使い方をしない。第一、離れた場所に、あれほどの精度でピンポイントに壁を出現させること事態、熟練の魔術師でも難しい。いや、無理と言っていい。ましてや大猪が突進して来るプレッシャーの中、それを一瞬で成し遂げることがどれほどあり得ないことか、魔法が身近にあるこの世界の住人ならば嫌でも理解できる。

 だがこの時、蒼汰をはじめ勇者たちメンバーには、蒼汰のやったことの凄さに気付く者は、誰一人としていなかった。



 蒼汰の魔法によって転倒した大猪の前に、武尊は真っ赤に赤熱した剣を片手に躍り出た。

 大猪は怒りに染まった目で武尊を睨みつけながら、必死に起き上がろうとする。だがそれを武尊が許すはずもなく、真っ赤な光を放つ剣を大猪の頭目掛け振り下ろすのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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