最終話 ~魔法なんてもうこりごりだ!~
一度、頭の中を整理しよう。
学校を脅かしていたツヨスー・ギルと、その一派は倒した。
でもももこちゃんが目を覚まさないんじゃ、結局意味がない。
まりさんはどうにも出来ないって言ってたけど……その続きの言葉の意味は、やっぱりわからない。
「オレになら出来るかもしれないって……どういうこと?」
バカ言うなよ。まりさんに出来ないことがオレに出来るわけないじゃん。
まりさんは魔法のエキスパートだけど、オレは魔法に関してはちょっと知ってるだけの素人だし……当然だけど、この場で医者真っ青の外科手術をできるほどの医学知識もない。
そもそも、大人にできないことを子供のオレにやれだなんて、どうかしてる。
……と、いつもだったらそう思う。
でもまりさんは真剣みたいだ。笑いだす様子もない。
それに、他に選択肢だってない。ここは黙って、続きを聞くしかない。
「魔力とは、絶望を乗り越えようとする希望の力。人は皆、生まれながらにして魔法を使う素質があるの」
「それって……つまり?」
「わたしから貸し与えた魔力じゃない。カナタくん……『あなた自身の魔力』なら、その子を救えるかもしれない」
確かに、魔獣イヌーがそんなこと言ってたような気がする。
子供は特に、魔力を発生させやすいみたいなことも……
でも、出来る気はしない。
だってやったことないんだぞ。
いつもみたいに、イメージや見様見真似でなんとかなるとも思えない。
「幸いまだ、変身は続いているわ。でもわたしのあげた魔力が尽きて、変身が解けてしまえば――」
「解けると……?」
「もしカナタくんの魔力が発動しても、きっと上手く魔法に変換できないわね。もし試すのなら、今しかないわよ」
「……わかった。やってみる」
まりさんからもらった魔力はもう僅か、今を逃せばもう魔法は使えない。
これは正真正銘のラストチャンス。
なら、やるしかないじゃないか。
ダメで元々、少しでも何か出来れば御の字、奇跡でも起こってくれれば――
いや、奇跡は起こる。
オレが信じなきゃ、ももこちゃんは助からない!
「出ろ! 魔法!」
「……で、出ないぜ!」
「出ろ! 出てくれよ!」
何の反応もない。
まりさんの魔力を使う時のような反応すら、起こらない。
新たな魔力が湧き上がる感触はなく、ただまりさんの魔力だけが抜けていく感覚がある。
――もう、時間がない!
オレにも、ももこちゃんにも!
「ももこちゃんはオレにとって、とっても大事な子なんだよ!」
「カ、カナタ……!」
「いっつも笑顔で話しかけてくれて! とっても優しくて! それで……!」
「いけ、カナタ! がんばれカナタ!」
コウジの応援をきっかけに、あたりから声援が飛び交う。
力強い声の数々が、オレの胸を震わせる。
熱い。滾るような感覚が、全身を駆け巡る。
行ける――! そう直感で理解した。
奇跡を生み出す源は、人の思いだ。
絶望、希望、抗い、願い……その全てが巡り巡って、本来ならありえない事象を生み出すんだ。
だからオレも、自分の心に従う!
その力が、理不尽な現実を打ち倒せると信じて!
「オレの大好きな子なんだよ! だから……お願いだから、助けてくれよおおおおぉ!」
両手が光った!
オレが何かをするまでもなく、光は粒となってももこちゃんの傷口にまとわりつく。
床を浸していた血が、消えていく。それと同時に、ももこちゃんの顔色も、だんだんと鮮やかになっていった。
「発動……したのか?」
「き、傷が……血が、消えてく……! 『奇跡』……! これが魔法ってヤツなのか!」
「へぇ、すごいじゃない。正直、こんなに完璧に治せるとは思ってなかったわ~」
全部使い切った……! もう、魔法は使えない。
でも、ももこちゃんはもう大丈夫そうだ。
目は覚まさないけど、息は安定してる。
変身が解けて、全身から力が抜けた。
みんなが体育座りをしている中、俺だけがへたり込む。
すっごい気分が悪い。でも、これで何もかも終わったと思ったら、かなり気は楽になった。
「や、やったあ……!」
「す、スゲーよカナタ! 女装してるのはどうかと思ったけど……でもスゲーよ!」
「そりゃどーも……」
返事ももうまともにできない……
でも、オレはやり遂げたんだ!
おそらくは、オレの人生で最も困難な局面だったはずだ。
もう、こんな経験をすることはないだろう。
仮に何かあったとしても、この体験を思い出せば、どんな困難だって乗り越えられるはずだ。それだけの思いを、今日オレはしたんだ!
「じゃ、その子の命も助かったところで……。話進めてもいいかナ~?」
「え……? 何か話すことあるの?」
「うん。後始末はちゃんとしないとね」
確かに、体育館とか壊しちゃったからなー。
暗黒魔族のことも説明しないといけないだろうし、この後どうするかも決めないと。
まりさんは前に出て、スタスタと登壇していく。やっぱり大人なだけあって、こういう時は頼りになるなー。
「はーい、皆さんご注目~! わたし、こう見えて警察のものです~!」
パンパンと手を叩いて注目を集めると、警察手帳を出して見せるまりさん。
そして手帳は、すぐ投げ捨てられた。もっと大切にしようよ。
その代わりに何か、右手に持っている。手で握り込める程度のサイズのもの――
ボールか? いや、よく見ると厚めの円盤状だ。
まりさんのその手に持っているものが振り下ろされると、シャーッという擦れるような音が体育館に響いて、円盤は地面寸前のところで縦に回転し続けていた。
「わたしみたいな、若い女の子で警察官っていうと~……ヨーヨー使うイメージとかありますよね~?」
ないよ。
っていうか、そのヨーヨーオレのじゃん。
勝手に持ってくるなよ。
空転していたヨーヨーを引き戻してキャッチすると、側面のエンブレムを見せつけてブイサイン。
当然だけど、警察とも魔法とも関係ないデザインだ。
「そこで、怖い目に遭った皆さんのために~……ひそかに練習してたヨーヨーを披露しちゃいたいと思いま~す!」
そう宣言するなり、まりさんは次々と技を披露していった。
まずは犬の散歩から始まり、簡単なストリング技――糸でタワーとか星とかを作ったりすると、豪快なルーピングへと移行。
体の前でビュンビュン回したり、ステージの上を動き回りながら、とにかく振り回しまくる。
いつの間にか、左手にもヨーヨーが握られていて(これはオレのじゃない)ダブルループを見せつけて来たりなんかした。
う、上手すぎる……!
いつの間にそんな練習したんだ……!
しばらくダブルハンドの技を披露すると、まりさんはいきなり左手のヨーヨーを、糸を指から外して投げ捨てた。本当、物を大切にしない人だなー。
そしてヨーヨーを時計の振り子のように、左右にゆらゆらと揺らす。
さっきまであれだけ凄い技を披露してたのに、なんか急に地味なことやりだしたな。一体どうしたんだろ。
みんなも飽きたのか、うつらうつらとしてるし……寝てる人だっている。
早く本題に入らないのかな。
……あれ? よく見ると、まりさんの口が動いてる。耳を澄ましてみると、何か言ってるのがギリギリ聞こえるぞ。
「なんだかだんだん眠くな~る。魔法のこと、暗黒魔族のこと、かなたちゃんのこと……今日あったこと、全部忘れたくな~る」
「洗脳してるうううう!?」
◇
その後、校長先生の話が終わったことになっていて、全校生徒はそれぞれの教室へと戻っていった。
まりさんは「じゃあ帰るわね~」とか言って、みんなが目を覚ます前に帰っていった。
天井や壁に穴が開いていたり、苦悶の表情を浮かべた暗黒魔族がそこらに転がっていることには、何故か誰も触れなかった。
ちょっと展開が急すぎてついていけてないのは、どうもオレだけみたいだ。
最大の被害者であったはずのももこちゃんも、何事もなかったかのように、クラスのみんなと体育館を後にした。
教室で先生から順番に通知表を受け取っている今このときも、誰も魔法の話なんかしない。
算数が『1』だっただとか、校長先生の話が長かっただとか、春休みの計画とか、そんな話ばっかだ。
かくいうオレも、さっきまでは酷かった身体のだるさが無くなっていて、魔力が体を流れている感覚みたいなのも、完全に消え失せていた。
……まるで夢だったみたいだ。
みんなが忘れてるんじゃなくて、もしかすると、オレが寝ぼけているだけなのかもしれない。
魔法なんて本当は存在しないし、花江まりなんて人は、現実にはいないのかも……って、そんな風にすら思う。
「カナター! 昼食ったら公園でサッカーやろうぜ!」
「ああ……」
「なんだよ元気ないなー。今日はもう十二人も集まってんだから、オマエも遅れずに来いよな!」
後ろから声をかけてきたコウジは、オレの素っ気ない返事を聞くと、他のヤツに声をかけに言った。
それにしても、サッカーか。ようやく魔力が無くなったことだし、さっさとまりさんと話をつけて、今日にも出て行ってもらおうかと思ってたんだけど……
まあ、それは明日でもいいか。別にそこまで急ぐ必要もないし、それに――
思い返してみると、あんまり現実味がない。
家の前で魔法使いたちが戦ってて、その片割れの魔女がオレにいたずらで魔力を流し込んで、あまつさえ一緒に暮らすことになっただなんて……なんだか夢みたいだ。
あの人のことは嫌いだけど、いなくなってしまうのだと思うと、寂しい気もする。
「ねえねえ」
「え!? どうしたの、ももこちゃん」
まりさんのこと考えてたら、急に話しかけられてキョドっちゃったよ。
それにしても珍しいな。ももこちゃんがこういう時にオレに話しかけてくるなんて。
いつもは女の子の友達と話してるのに。
「春休みヒマ? どっかに遊びに行かない?」
「どっかにって……どこに?」
「ゲーセンでもカラオケでも……あ、遊園地もいいかも!」
あれ? これってもしかして……デートに誘われてるのか!?
いや、まさかな。ウキウキで待ち合わせ場所に行ったら、コウジや他のクラスメイトもいるパターンだよ、コレ。
まあそれでも、断る理由なんてないんだけどさ。
「いいね。じゃあ、花見とかどう?」
「おお、さっすがぁ! 女心わかってるね~」
「えへへ」
「じゃあまた今度、桜が咲きそうになったら連絡するから」
春休みの楽しみがまた一つ増えちゃったなー。
まりさんもいなくなるし、ももこちゃんとはお出かけだし、胸がウキウキして仕方がない。
ああ、早く学校終わらないかなぁ。
「楽しみにしてるね、かなたクン」
ん? いまイントネーションが変だったような……
まあ、別に気にすることでもないか。
◇
もしかしたら、もういなくなってるんじゃないかなって……
そんなこともチラッと考えてたけど、別にそんなことはなかった。
昼飯は一緒に食べたし、サッカーから帰ってきても、普通にテレビ見ながらくつろいでた。当然のように夕飯も一緒で、オレのエビフライがいつの間にか奪われてた。
……これはやっぱり、こっちから切り出すしかないだろう。
このまま放っておいたら、いつまでも居座り続ける。それが花江まりという女だ。
勝負は明日だ。
今日はすごく疲れたから、しっかりと休むぞ!
いつもより早い時間に布団に潜り込んで、目を閉じる。おやすみ!
「あら? カナタくん、寝ちゃった?」
まりさんが部屋に入ってきた。まだ起きてるけど、寝たフリだ。
決戦の時は今じゃない。時期を見誤れば、勝てるものも勝てなくなる。
それに大抵の場合、この人の相手をするとロクなことにならないから、単純に無視したい気持ちもある。
「もう、しょうがないなあ」
潜り込んできやがった。人が何も言わないのを良いことに……
これが初めてのことならドキドキしたりとかしたんだろうけど、毎晩こんな感じだから、もうなんとも思わないんだよなぁ。
……いや、体温とか呼吸とかのせいで、すごく落ち着かないんだけどさ。
「カナタくん、今日はすごくがんばったわね~。あの暗黒魔族の強そうなの倒しちゃったり、魔法で女の子を助けちゃったりさあ」
まりさんがやらないから、しわ寄せくらっただけなんだけど……
なんでオレばかりが大変な思いをしなけりゃならないんだ。
もしかしてこの人、オレが本当は寝てないの知ってて煽ってんの? だとしてもその手には乗らんぞ。
「だから……これはご褒美」
頬に柔らかい感触がする。
最初は、その辺で見つけたカエルかナメクジでも押し当てられたのかなって、そう思ったけど違うみたいだ。
オレはこの柔らかさを知っている。思い出したら、思わず飛び起きてしまった。
「う、うわあああぁぁっ! 何するんだよ!」
「ご褒美のキス♪」
いつだか病院でされたとき以来だ。
普通嬉しい物なんだろうけど、正直それ以上に、困惑が勝っている。
だって、意味不明なんだもん。なんだよ、ご褒美のキスって。
……あれ、待てよ?
前にチューされたときって、確か……
「……『変身』」
念のため唱えてみた。今となっては何の意味もないはずの、その呪文を。
その瞬間、真っ暗だった部屋が光りに包まれ、オレの身体は淡い発光と共に――
女の子になっていた。
「な、な、な、なんじゃこりゃぁぁぁ!」
「だからご褒美だってば~。今度はそう簡単に使い切らないようにぃ、多めに渡しておいたから!」
う、嘘だろ……
やっとの思いで魔力を使い切って、ようやく元の生活に戻れると思ったのに……! まりさんや魔法のことなんかとは、これでおさらば出来るって、楽しみにしてたのに……!
まさか、こんな形で先手を打たれるなんて……
「感謝してネ、かなたクン」
「ふ、ふふふ……ふじゃけるなー!」
もう、魔法なんてこりごりだ!
魔女っ娘少年かなたクン! ~えっ、オレが魔法少女になるんですか!? 編~
―おわり―
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