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第8話 ~ももこちゃん助からないの!?~

「ほう……やはり、貴様が『かなた』であったか」


「そうだ! そして……お前たちを地獄に突き落とす男だ!」


 暗黒魔族六十天皇の一人、ツヨスー・ギル――

 コイツだけは、許しておけない。

 学校を占拠したのみならず、ももこちゃんまで傷つけて……


 ただで帰れると思うな。


「ふっ、『男』か……。とてもそうは見えんがな」


 ツヨスー・ギルが鼻で笑うと、周りの暗黒魔族たちも笑い出した。

 でももう構わない。

 こいつらに嘲笑われようが、学校のみんなからどう思われようが……


 そうしていられるのも今の内だ。

 今のうちに、せいぜい笑っておけ。


「お、おい。アレって春川なんだよな? 五年の……」


「そうみたいだ。アイツ、なんであんな格好に……?」


 変身したオレの姿を見て、周囲がざわめく。

 さっきのさっきまで男だったオレが、かわいい服を着た女の子になったんだから、驚くのも無理はない。

 もしかしたら、女装癖のある変態だとか、そういう風に思われているのかもしれない。けど……別にそんなの、もうどうだっていい。


「カ、カナタ、お前それ……!」


 コウジも、驚いたように口をあんぐりと開けている。

 オレはコウジのその様子と、血を流しながら倒れているももこちゃんをチラッと見て……

 その後、目の前のツヨスー・ギルを睨んだ。


「しかし無策が過ぎるな、黒魔族。――おい!」


「はっ!」


 ツヨスー・ギルが目配せすると、暗黒魔族たちが一斉に銃を構えて、近くの子供たちに突きつける。


「こちらには人質がいる。よもや、忘れていたわけではあるまい」


「……やってみろよ。その瞬間、撃つ」


 魔力を練って、両手にリボルバーを作りだし、構える。

 それを見ていた暗黒魔族たちは、下卑たニヤけヅラを浮かべていた。

 ツヨスー・ギルも例外ではない。偉そうにしてるけど、コイツも結局ただのクズか。


「ハッタリだと思っているな。おい、殺せ!」


「はっ――があっ!」


 暗黒魔族の一人が、嬉々として引き金に指をかけた。

 そしてソイツは次の瞬間――弾を打つこともなく、光線に撃ち抜かれて倒れた。


「どうした? 早くやってみろよ」


 ヤツらは、何が起こったかわからないとでも言う風に、キョロキョロとあたりを見渡していた。

 でも、起こったことはとてもシンプル。タネもなければ仕掛けもない。

 ただ、『撃たれる前に撃った』というだけなんだから。


 ツヨスー・ギルはそれを理解できたのか、焦ったように、早口で部下たちに命令を始めた。


「くっ……殺せ! 手当たり次第に殺せっ!」


「しかし、それでは儀式に必要な人間の数が……!」


「構わん! こうまで舐められて、引き下がるわけにはいかぬ!」


 暗黒魔族たちは、互いに顔を見合わせると、渋々と近くの人たちを立ち上がらせた。

 そして、さっき撃たれたヤツと同じように、銃口を頭に突きつける。


「ひいっ!」


「うわあああっ!」


「ぎゃああーっ!」


 ――パン! パン! パン! パン! パン!


 と、体育館にいくつもの悲鳴と銃声が響いた。

 いくつもの血が舞い、鉄やら火薬やら鉛やらの臭いが充満する。

 それに連動して、みんな叫んだりするものだから、もう地獄のようだ。


 でも――


「……あれ?」


「生きてる……?」


「これって……もしかして、バリア?」


 撃たれたのは、暗黒魔族だけだ。

 人質にされていた人たちは、全員無事。

 銃口の当てられていた部分に、ピンポイントなバリアを張って守ったから。


 ――これで心置きなく、アイツをぶちのめせる。


「後はお前だけだ、暗黒魔族四天皇」


「六十天皇だ! 雑魚を倒したぐらいでいい気になるなよ、小僧!」


「どうせすぐ三天皇になるんだから、関係ないだろ。そらっ!」


 両手の銃を撃つ。撃つ。撃つ。

 そのたびに、ピチュン、ピチュンと音を立てて光線が飛び――

 その全てが、ツヨスー・ギルに命中した。


 しかし――


「ふん、効かんわ!」


 光弾はことごとく弾かれる。

 かすり傷一つ、ついている様子はない。

 リボルバーじゃあダメか。でも、手段はある。


「ならこれでどうだ! マジカル・バレッ――!」


「ほう、いいのか?」


 あの魔獣イヌーを倒した、猟銃『マジカル・バレット』を出した時だった。

 うすら笑いを浮かべたツヨスー・ギル。仲間が全員倒れて追い詰められているくせに、慌てもしないのか。

 でも関係ない。偉そうにしてようが、泣いて命乞いしようが……お前の運命は変わらないんだよ!


 ……でも、やけに余裕そうだ。

 まさか、本当に何かあるのか……?


「……どういうことだ」


「よく見るがいい!」


 ツヨスー・ギルは大きく腕を広げ、右から左まで流し見するように、首を動かした。

 きっと、周りを見ろということだろう。

 言いなりになるのは癪だけど、ヤツの言う通りにあたりを見渡してみた。


 割れた窓ガラスや照明。穴の開いた壁や天井。

 そして、うずくまって怯える人々。

 戦いの余波が広がっているみたいだ。


 でも――


「我と貴様が戦えば、その被害は周りにも及ぶだろうな。だが、貴様はこのガキどもを守りながら戦えるのか?」


「そんなの――!」


 関係ない。

 ももこちゃんが大ケガさせられてるんだ。

 あと何人ケガしようが、もうそんなの関係ないんだよ!


 オレが考えてるのは、徹底的にお前を痛めつけることだけだ。

 それ以外はどうでもいい。たとえオレの秘密がバレようが、後でどれだけバカにされようが、軽蔑されようが――

 そんなのは、もう関係ないんだよ! 


 マジカル・バレットを構えたオレは、感情のままにその引き金を引こうとした。

 ――しかしそれは、ある一声によって止められた。


「や、やめろ、カナタ!」


「え?」


「こんなとこで戦ったら……ももこちゃんがあぶねーよぉ!」


 コウジのその言葉で、ハッとした。

 確かにこのままでは、ケガをしているももこちゃんまで危険にさらしてしまうことになる。ただでさえ、もう危ない状態なのに……!

 どうする! どうやって戦う!?


 オレが逡巡しているその間にも、ツヨスー・ギルはゆっくりと迫ってきていて――

 そして、拳を握っていた。


「そういうこと……だっ!」


「あぐっ!」


 砲弾が直撃したような衝撃が、腹を襲う。

 中のものを吐き出しそうだ。でも、変身しているおかげか耐えることは出来たし、痛みもそこまでではなかった。

 しかし、呼吸は乱されて荒いし、オレの心も怯んでしまっていて、すぐに次の行動には移れない。


「さっきよりもいい声で鳴く! ほら、もう一発だっ!」


「あがっ!」


「カナタ!」


 今度は顔だ。

 流石にもう踏ん張ることは出来なくて、思い切り倒れ込んでしまった。

 コウジたちが支えてくれたが、跪いてしまった。


「くっ……お前だって、生贄がいなきゃ困るくせに……!」


「別に何人か死んだところで、さほど困らん。いや、むしろ――」


 髪を掴みあげられ、顔をのぞき込まれる。

 醜悪――そうとしか言いようのない歪んだ笑みが、舐めまわすようにオレを見つめていた。


「最悪、全員死んでも構わんのだよ。生贄などいつでも用意できるのだからな」


「くそっ……!」


「そういうことだ、心おきなく死ぬがよい。ふはははは!」


 ツヨスー・ギルはオレを突き飛ばすと、剣を構えた。

 ――殺される! でも、このままじゃ何もできない……!


 もし、このままやられてしまったら、どうなるんだろうか。

 生贄に捧げられるまでは、ももこちゃん以外みんな無事なはずだ。

 それまでに警察が動いてくれれば、何とかなるんじゃ……

 銀行強盗の一件を考えるに、警察が暗黒魔族に対抗できるとは思えないけど。


 自分でも驚くほどに、一瞬のうちに様々な思考が頭の中を駆け巡る。

 そうして一つの結論にたどり着くと、オレは自然と口を動かしていた。


「……こんな時に、一体なにやってんだよっ! まりさんは!」


 そうだ。こういうのは、あの人の仕事のはずだ。

 休職中って言ってたけど、せめて誰かに引き継がせるべきだし、そうしているはずだ。

 なのに、一体何をやっているんだ……警察も、まりさんも!


 悪態だけが次々と出てくる。

 何でオレがこんな目に遭ってるんだ。どうしてももこちゃんが斬られないといけなかったんだ。何故、今日この時間に、わざわざこの学校を狙ったんだ。警察は止めることは出来なかったのか!

 全部吐き出していたらキリがない。


「あれれ~? これってもしかして、お呼びな感じ~?」


 こんなこと考えてたら、まりさんの声が聞こえてきた気がする。

 人をバカにしたような、ウザくて脳裏にこびりつく声だ。


「――もう~。カナタくん……じゃなくて、かなたちゃんってば仕方ないな~」


 ……いや、コレは幻聴じゃない!

 上だ! 上の方から聞こえるぞ!


 声のした方を見てみると、そこには影があった。

 大人の女性のシルエット。つばの広い大きなとんがり帽子を被っていて、自分の背丈ほどもありそうな長大な杖をひざの上に乗せている。

 その魔女は、体育館二階のギャラリーの柵の手すりに腰かけて、退屈そうに足をブラブラとさせていた。


 その人物の姿は、太陽が後ろにあってよく見えなかった。

 でもオレには、その仕草や声で誰なのかわかる。

 さっきまで文句を言っていた相手――花江まりその人だ。


「だ、誰だ!」


「通りすがりの黒魔族で~す」


「何!? 外の魔獣たちは何をしている!」


「邪魔だったから、とっくにみんな眠らせたわ~」


 落ち着いて耳を澄ませてみると、外から鳴き声や呻き声は聞こえない。

 多分、本当だろう。この人、よくからかってくるけど、嘘だけはあんまり言わないから。


「くそっ! ふざけたヤツめ! そこから降りろ!」


「いやでーす。めんどくさい~」


 プイっとそっぽを向くまりさん。

 ツヨスー・ギルのヤツはイライラしてるみたいだけど、オレとしても降りて来てもらわないと困る……

 っていうかそもそも、なんでここいるの? 


「一体何しに来たんだよ、今更!」


「え~? 助けて欲しそうにしてたから~? わざわざ出てきたのに~」


「ん? 『わざわざ出てきた』ってことは……最初から見てたの!?」


 おい。マジで何やってんだよ。

 みんなが震えて耐えてるときも、オレが因縁付けられてるときも、ももこちゃんが斬られたときも――

 まさかこの人、全部見て見ぬふりをしてたのか? 嘘だろ。


「うーん、半分だけせいかーい! 正確にはぁ……校長先生のお話の途中で、いきなり暗黒魔族が入ってきた辺りからね~」


「何言ってんだよ! やっぱ最初からじゃん!」


「違うわよ~。ちゃんと暗黒魔族の気配が学校に向かってるのを感じてから、家を出てきたんだから~」


 ……それが出来てるんだったら、未然に防いでよ。

 いや、もしかしたら防げないのは仕方なかったのかもしれないけどさぁ。

 休職中で働きたくなかったのかもしれないし、気が付いた時には間に合わなかったのかもしれないし、他にやむを得ない事情があったのかもしれない。


 でも、警察に連絡しておくとか、そのぐらいは出来たじゃん。

 何もしないで傍観してるのは一番ありえないでしょ……


「ふっ……察するに、貴様が『あの』、花江まりか」


「だったら何なのかしらね~?」


「だとすれば、貴様は我が同胞の仇ということになる。生かしては帰さん」


 オレが物も言えないぐらい呆れてる……というより絶望しているのを他所に、魔族同士の世界が始まった。

 いいよ、そういうの。ももこちゃん危ないんだから、早く終わらしてよ。

 ももこちゃんの呼吸は既に、弱まっているみたいだ。よーく目を凝らして見ないと、息してるのがわからないぐらい動いていない。


 対照的に、まりさんの肩は遠目でもわかるほど震えていた。

 口元に手を当てて、必死に声を抑えていた。

 でもそれは、恐怖とかじゃない。だって、頬が緩んでるから。


「……あはははははは!」


「何がおかしい!」


「わたしね~、今休職中なの。だから、わたしが直接相手をする気は無いのね~」


「なにぃ!」


 怒り狂うツヨスー・ギル。

 このまままりさんに挑んで負けてくれれば、どれだけいいことか。

 でも、多分そうはならないんだろうな……。だってまりさん、オレの方チラッと見たもの。


「それにぃ~……アナタがわたしと戦うことは、一生無いの」


「どういう意味だ! 聞き捨てならん!」


「だーって……アナタ如きじゃ、ぜーったいにかなたちゃんには勝てないもの~! あはははは!」


 挑発するつもりで爆笑してるならいい性格してるけど、そうじゃなくてもタチ悪いよなぁ……

 つーかオレになすり付けるのはやめようよ。いや、こうなるんだろうなって思ってたけどさ。

 仕方ない。さっさと終わらせて、ももこちゃんを助けないと。


 ……あれ、そういえば問題解決してたっけ?


「なら、まずはこの小僧から血祭りにあげてやる!」


 あ! まだももこちゃんの安全確保できてないじゃん!


「うわあああ! ピンチなのに煽るなよぉ!」


「おっと、ごめんね~。……はい!」


 パチン! と、いつものように指を鳴らすと、なんだか変な感覚がした。

 急に自分を支えていたものを失って、宙ぶらりんになるような感じだ。

 まるで、床のないエレベーターに乗っているような……


 足元を見たら、その理由がわかった。


「うわっ、体が!」


「馬鹿な……! 我ら二人だけを浮かし、バリアで空中に床を作っただと……!」


 ツヨスー・ギルの説明通りだ。今起きたことは、それ以上でもそれ以下でもない。

 浮遊魔法の効果が切れたのか、ゆっくりと空中に着地するオレたち。

 足の下には、みんながいる。熱心にこっちを見て、応援してくれてるみたいだ。


 でも下から覗かれるのって、あんまりいい気はしないなぁ。


「じゃ、あとはお願いね~」


「……ああ!」


 手を振ってくるまりさんに、サムズアップで返す。

 正直かなりどうかと思うところもあるけど、助けてもらったのには間違いない。

 だってこれで……アイツを倒せるんだから!


「くそっ! ならば、この暗黒魔族六十天皇が一人、ツヨスー・ギルが最大の魔法にて、貴様を葬ってくれるわ!」


「ならこっちだって、どうせこれで最後だ! 魔力全部使い切ってやる!」


 もうオレが、変身することはないだろう。

 こんな危機、人生で二度も経験することなんてないだろうから、今だけを生きるために、オレはこの力を使う!

 『助かりたい』という思い、『助けたい』という願い。その二つを束ねて、最大最強の武器を創り出す!


「死ね! 滅びの魔槍、『カラミティ・ジャベリン』!」


「貫け! 魔法の猟銃、『マジカル・バレット』!」


 ツヨスー・ギルの放った魔力の槍が、黒い稲妻を帯びて飛来する。

 その先端が、ライフルの銃口から放たれた魔力の弾とぶつかって――

 明滅する。何かが生まれるような、あるいは何かが消えていくような……そんな混沌とした光が、体育館の中を包む。


「な、なんだこれ!」


「ぐっ!」


 何も見えない。

 ツヨスー・ギルも、まりさんも、足元のみんなも、ももこちゃんも……

 痛みも、苦しさも、何の感覚もない。耳も聞こえてない気がする。


 もしかして、死んじゃったんじゃ……

 そう錯覚するほどには、何も感じなかった。

 ――うっすらと、視界に色が戻ってくるまでは。


「ば、馬鹿な……! この我が……暗黒魔族六十天皇の、ツヨスー・ギルがああああぁ!」


 断末魔と共に、青い肉体が弾け散るのが見えた。

 ツヨスー・ギルは死んだんだ。オレはなるべく暗黒魔族は殺さないようにしたけど、アイツはオレがこの手で殺したんだ。

 相手は人間ではないのかもしれないが、罪悪感はある。でも、それで守れたものがあるんだから、後悔はない。


 それに……守れているのか、まだわからないものだってあるんだ。

 あんな奴にかまってられる暇はない!


「よくやったわね~、かなたちゃん」


「そんなことより……ももこちゃん!」


「おっと」


 まりさんの張っていたバリアの床が消えて、オレの身体がゆっくりと下に降りる。

 着地地点にいた人たちはしっかりと避けてくれたから、オレはすんなりとコウジの抱えているももこちゃんに近づけた。

 そのコウジがあたふたしているのを見るに、状況はよくないみたいだ。


「カ、カナタ! ももこちゃんが、ももこちゃんが!」


「どうなんだよ、コウジ!」


「冷たくなってきてる! 早く救急車呼ばねーと!」


「そんな! なら、救急車なんかじゃなくて――!」


 そうだ。ここには、奇跡の力がある。

 手品なんかじゃあない、本当の魔法が!


 きっと、ももこちゃんは助かるはずだ!

 良くも悪くもめちゃくちゃで何でもアリな人がいるんだ!

 この程度、どうにでもできるはずなんだ!


「まりさん! 魔法でどうにかできないの!?」


「うーん、無理ね。もう助からないわ~」


 嘘!?

 その返事は完全に予想外だった! この人にできないことなんて、無いって思ってたから!

 からかってる感じじゃない。だって笑ってないし、わざとらしく困った風でもないし、この人にしては珍しいぐらい真顔だから!


「そんな……! 傷を治すとか、せめて病院までワープさせるとか! 何か方法は無いの!?」


「病院に移しても多分手遅れよ。それに……わたしには、傷を治す魔法は使えない。わたしの魔力には、そんな力はない」


「なんだよ、役立たず! いつも好き勝手やってるくせに、こんな時だけ!」


「……でもね」


 上からふわりと降りてきて、オレの胸――心臓のある位置に、指を突き立てるまりさん。

 でもオレは冷静じゃあなかった。その意味を、すぐに理解できない。


「あなたになら、出来るかもしれない」


「……オレに?」


 一体、どういうことなんだ。

 まりさんには無理で、オレに出来ることが、まだあるのだろうか。

 何でもいい。希望があるなら、わらにだってすがってやる。

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