第6話 ~人質解放してくれるの!?~
トイレの窓を開けて、外を覗いてみる。
ピクニックをするなら、ベストな晴れ具合。銀行強盗の真っ最中とは思えぬほどに快晴だ。
他には、車が止めてあるのが見える。どうやら、目の前は駐車場のようだ。
ちなみに今は変身済み。手錠はまりさんが開錠してくれていたらしく、すぐ外れた。
念のために、ライフル銃『マジカル・バレット』もあらかじめ出してあり、準備万端。
「あっ、あの車かな」
強盗たちの姿が見えた。
さっき連れて行った人質を前面に出して、銃を構える警官隊から、じりじりと下がって大きめのバンに近づいている。
後ろ襟を掴まれているから、人質の人たちは苦しそうだ。早くどうにかしないと。
オレのことはまだ、バレてない。
幸いにも、ヤツらの注意は警察の方に向いている。
今なら、車の足を止められそうだ。
「近づくのは危険だから……」
窓からライフルの銃身を出して、車の前面のエンブレムを狙う。
手が震える。怖いからじゃない。
窓が高いところにあって背が届かないから、片手で窓枠にしがみついてるせいだ。
「よーく狙えよ、オレ……!」
照準を合わせて……息を止める。
カウントダウン。3・2・1……発射!
一気に引き金を引いて、それでいて威力は抑える!
ピチュン!
そんな感じの音は鳴ったけど、銃撃に気付かれるほど大きい音じゃない。
しかしながら、放たれた一条の光はエンブレムからわずかに逸れて、穴から内部に入り込んだ。
これでエンジンとか、そのあたりだけを上手く壊せてればいいけど……
「おい、エンジンかけろ!」
「おう!」
ちょうどいいタイミングで、強盗の一人が運転席に乗り込んだ。
それと同時に、人質となっていた一人が解放されて、逃げ出したかに思えたが……
「おい、逃げてんじゃねえ!」
「ひいっ!」
強盗が足元に向けて発砲すると、驚いてその場にしりもちをついてしまっていた。
そして車に乗り込んだ男は、遠目で見てもわかるぐらいに焦っている。
きっとキーを回しているのに、反応していないのだろう。
「おい、駄目だ! かからねえ!」
「はあ!? そんなわけねえだろ!」
遂に慌てふためきだした。ざまあみろ。
これはこれで見ていて楽しいけど、根本的な解決にはなってないんだよなー。
だって結局、人質は依然として、奴らの手の中にあるのだから。
「くそっ! 動くんじゃねえぞ! 少しでも近づいたら、人質は殺すからな!」
「ひぃっ!」
先頭に立っているボスらしき男が、人質のこめかみに銃口を押し付ける。
ここからじゃよく見えないけど、きっとめちゃくちゃ怯えた表情をしてるんだろうなぁ……
早くなんとかしてあげたいけど……どうにもできないな、こりゃ。
ここから狙撃するのもアリかと思ったけど、人質全員を助けるなら、強盗全員を一瞬のうちに狙撃しないといけない。
はっきり言ってそんなの無理だ。
かといって、黙って見ていても、事態が好転するわけでもない。
一体どうすればいいんだ……。まりさんは肝心なことは教えてくれなかった。
今からでも助けてくれないかな……
なんて思ってたら、予想外のところから声が上がった。
「よぉ、ちょっといいかな?」
「お、おい霞沢! よせ!」
あれ、霞沢巡査だ。一体何のつもりだろう。
正直この人が出てくると、少し嫌な予感がするんだけど……
的中しないでよ、頼むから。
「人質交換しなーい? そっちの人質全員と、こっちの用意した代わりの一人でさあ」
「なんだてめぇ! そんなの呑むわけねぇだろ!」
「そうだぞお前! そんなの――!」
ほら、バカなこと言いだした。
強盗たちも、上司らしき警察の人も、怒ってる。
一体何のつもりなんだろう。みんな真面目にやってるっていうのに。
「あんたら、暗黒魔族ってやつでしょ? きっといい取引だと思うけどなー」
「なに?」
ん? あの人、暗黒魔族のこと知ってるのか?
しかも見抜いてる。オレだって、まりさんに言われるまでわからなかったのに。
もしかして、案外まともなことを言おうとしてるのかな?
「霞沢! いったい何を――!」
「おーい! そこで見てるのー! こっち来て欲しいんだけどー!」
あの上司の人、大変だなー。
霞沢さん、壊滅的に人の話を聞かないからなー。
――って、あれ?
あの人、もしかしてこっち見てない?
「いるんだろー! 黒魔族ー!」
「え? ちょっ!」
ああっ! アイツ、こっちの居場所をバラしてるぞ!
ふざけるな! こっちがどれだけ神経使って息をひそめてたのかも知らないで!
「黒魔族だと!?」
あーあ、気づいちゃった。
もう、どうするんだよこれ。
どうなっても責任取らないからな。
オレは、窓から這い上がって外に出ると、軽く会釈してあいさつした。
よく考えたら、この姿でこの人に会うの初めてだから、必要なかった気もするけど。
「どーも」
「おおー。てっきり花江のやつがいるのかと思ったけど、まさかの新顔じゃん。名前は?」
「かなたです」
「おおー、かなたちゃんかー。なんか知り合いの名前に似てるなあ。とりあえずこっちこっち」
招かれるがままに、近づいて行くオレ。
警察からも強盗からも、じろじろ見られて嫌だなぁ……
たとえ変身してなくても、こんなところには出ていきたくないよ。むしろ変身してて助かったまである。
……そういえば、なんで出て来たんだっけ?
呼ばれたから? 確かにそうだけど、どういう話の流れで呼ばれたんだっけ?
えーっと……記憶が間違ってなければ、人質交換するって話だったような……
…………まさか、ね。
「オレの用意する代理は、このかなたちゃん」
「……え?」
う、う、うううううううう、嘘だろ!?
警察が、善良な市民を強盗に差し出しちゃうの!?
「はあああああああぁ!? 何言っちゃってんの!?」
「君の尊い犠牲によって、何人もの命が助かるんだ。いやー、すごいなー。俺にはマネできないなー」
「そういう問題じゃないわ! なんで人を勝手に取引の材料にしてるんだよぉ!」
しかも棒読みで褒めたたえられても、全然嬉しくないんだけど!
せめて、もうちょっとその気にさせる努力をしろ!
「そもそも! そんなの、成立するわけないじゃん! 何考えてるんだよ!」
「ええー。そうかなー?」
「そんなの当たり前――!」
「いや……その取引、乗ってやる」
「ええええええぇ!?」
乗っかってきた!? なんで!? Why!?
一人と多数じゃ、釣り合ってないようにしか思えないけど!?
説明してほしいんだけど、言い出しっぺの霞沢さん!
しかし答えてくれたのは、強盗の方だった。
「こんなカスみたいなやつらより、黒魔族一人の方が得られる魔力は多い。こちらとしては願ったりかなったりだ」
ああ、なるほどなー。魔力の量が全然違うのね。
それなら、魔力の少ない数人の人間を運ぶよりも、オレ一人を運んだ方が楽な上にお得なのか。
確かにオレだって、ガムが食べたいってときは、高くて嵩張る食玩じゃなくて、その分の小遣いでボトルのガムを買うかも。
「取引成立っと。はい、じゃあ手錠かけるねー」
「うわああぁ! いつの間に!」
頭の中整理してたらもう手に錠前がかかってる!
すごい早業! 無駄にうまい!
「おい、先にそっちの人質を解放してもらえるかー?」
「ダメに決まっているだろう。まずそっちの黒魔族から差し出せ」
「ダメかー。じゃあ、銃置いて手錠の鍵も渡すから、そしたら解放してもらえるかい? それなら危険はないだろう?」
「……まあ、いいだろう。銃を持たぬ警官と、拘束された黒魔族なら、何をされようが容易く蹴散らせるからな」
とんとん拍子で話が進んでるんだけど、何でオレの同意を得てからやらないんだよ! おかしいだろ!
オレがまりさんみたいに警察の人間なら、百歩譲って無断で身柄を差し出すことも仕方ないのかもしれない……。
でもオレだって、守られるべき市民なんだよ! しかも子供!
そんなオレの思いに応えてくれたのか、上司らしき警察の人が霞沢さんの肩を掴んだ!
いいぞ、そのままそのにーちゃんを止めてくれー!
「おい、霞沢! お前、本気でそんな取引を――!」
「後でいくらでも文句は聞くんで、とりあえず俺に任せてもらえませんかね」
「……何か考えがあるのか?」
「さて、ね。まあ、何かあったら責任は取りますよ。……『花江まり』がね」
すっごい真剣そうだけど、言ってることはその場しのぎと責任転嫁じゃん……
こんなの通しちゃダメだよ。断固として却下するべき事案だよ。
惑わされちゃいけないからな! 絶対だからな!
「……よし、全員銃を地面に置け!」
「正気ですか!?」
「新米の霞沢の言うことですよ!」
「納得は出来ないかもしれないが、とにかく今はアイツの言うことに従うんだ!」
……終わった。
オレの味方が、誰一人としていなくなった。
或いは、元から味方なんていなかったのかもしれない。
「それじゃ、かなたちゃん。いってらっしゃーい」
「う、ウソだろ……どうかしてるよ、みんな……」
信じたくないが、本当はわかってる。警察だって結局、ただの公務員なんだ。正義の味方じゃないんだ。
できることとできないことがあって、最善を尽くすのが彼らの仕事なんだ。
ヒーローをやろうとしていたのはオレだけで、身の丈に合わないことをしようとしたから、こんなことになったのかもしれない。
霞沢巡査が鍵を放り投げると、人質たちは解放された。
そして哀れなヒーロー気取りが一人、突き出される。
本望じゃないか、春川カナタ。銀行に金は戻らないだろうけど、全員の命は救えたんだから。
「じゃ、後は頼むよー」
押し出された背中から、声がかかる。
『頼む』ってなんなんだろう。
生贄としての使命を全うしろ、ということだろうか。
「はい、撤収ー! みなさん、はなれてはなれてー!」
「お、おう……」
「た、助かったのか……?」
仕事を終えたかのように去っていく警官たちと、まだ戸惑っている元人質たち。
キレイさっぱり……とはさすがにいかないのだろうけど、おおむね円満解決みたいな空気感だ。
それに対してオレの方は――
「おら、お前はこっちだ! さっさと歩け!」
「いたっ!」
「仲間に売られるなんて、哀れな奴だ。せいぜい俺たちが可愛がってやるぜ。げへへへ」
「どおしてこんなことにぃ……」
とてもとても、哀しいことになっていた。
髪をワシ掴みにされて引っ張られたり、お尻を蹴られたり……
まるで、オレ一人が敗者みたいだ。
そんな光景を遠巻きに見ていた霞沢巡査(元凶)が、手を振りながら呼びかけてきた。
別れの挨拶だろうか。
「おーい、かなたちゃん!」
「え?」
「手ぇ塞がってるだろ? 代わりにやってやるよー!」
そう言って霞沢巡査は、大きく腕を掲げて――
ややオーバーな動きをつけて、音を鳴らした。
――パチン!
そう、指パッチンだ。最近よく聞く気がする。
でも、何の意味があるのかはわからなかった。
「……何それ?」
オレの言葉を聞いた霞沢さんは、なんか固まったように見えた。
顔をよく見ると視線が泳いでるように見えるし、落ち着いていない様子だ。
どういう意図があるか全然わからないから、聞いてみただけなんだけど……
「あ、あれー? おかしいなー?」
「え? それってどういう……?」
「ありゃ、知らねーの? マズったかなー、こりゃ」
『マズった』って、どういうことだろう。
なんか算段があったみたいだけど、今のはそれをつぶしてしまいかねない問答だったんだろうか。
そういえば――あの指パッチン、『代わり』にやってやるみたいなこと言ってたっけ……。どういうことだ?
「ああー……そういうことだったかー……!」
少し考えたら理解できた。
どうやらオレは、相当に期待外れなことを言ってしまったみたいだ。
指パッチンは、まりさんが魔法を使う時によく使う合図だ。やらないこともあるから、多分意味は無いんだろうけど。
で、霞沢さんはきっとそれを真似ていて……つまり、音が鳴ったタイミングで、オレが何かの魔法を使うべきだったんだ。
そしておそらくだけど――魔法で手錠のカギを開けられると、あの人は思ってたんだ。
思い返してみると、病院で手錠をかけられたとき、カギを渡さずに帰ってた。あの時はただのうっかりだと思ったけど、きっとカギ開けの魔法が存在することは知っていたんだ。
だからそれをあてにして、人質を引き離す作戦を考えてくれたんだろうけど――
さすがにオレが、本当は黒魔族みたいな魔法のエキスパートじゃなくて、つい最近魔力を分け与えられただけのその辺の小学生だって、そんなことまではわかるわけもないよなあ……!
「さっさと乗れオラ!」
「いでっ!」
マズい。このままだと否応なしに車に乗せられて、生贄にされる! なんとかしないと……!
カギ開け、試してみるか? 失敗したら撃たれるかもしれないけど……
どうせもうヤバいんだから、やるしかないか!
指先に、魔力を集める。
身体の前で繋がれていたのは、不幸中の幸いだった。魔力の光を隠しやすいし、今から使う魔法のイメージもしやすかったから。
まりさんみたいに、指パッチンだけで解錠できるとは思えない。でも、魔力を糸のように伸ばして鍵穴に入れてみると、その先どうすればいいかは感覚だけでわかった。
「よし!」
カチャン!
手錠の落ちる音がする。
だがそれは、反抗の証明。そして同時に、反撃の狼煙でもある。
やった以上、引き返すことは出来ない! 一気に決める!
「おい! 手錠が外れてやがる!」
「な、なにいぃぃー! があっ!」
すかさずオレはカギ開けに使った魔力を再形成し、リボルバーを作る。
まずは片手に作った一丁で、近くにいた強盗の足を撃ち、貫いた。
……やっぱり、あんまりいい気分はしない。でもやらないと、オレだって危険なんだ!
「わあああぁぁっ!」
ピッ、ピッ、ピッ! ピッ、ピッ、ピッ!
空いていた左手にも同じ銃を作って、近くの奴から撃っていく。
ゲーセンのガンシューティングで鍛えた二丁拳銃の技術は、思いのほか役立ってくれた。
ほとんどの強盗は、これで無力化できた。
でも――
「クソっ! ナメやがって! 死ねええぇ!」
流石に全員を一瞬のうちに倒せるわけもない。
無事なヤツらが、銃を一斉に放ってくる!
パン、パン、パン!
パパパパパパパッ!
「うわああああっ!」
銃声が聞こえた瞬間、体が硬直した。
金縛りか何かかと思ったけど、違う。すくんでいるんだ。
心が恐怖に負けて、全身にストップをかけてしまっているんだ。
迫りくる銃弾が見える。
弾って見えるものなんだっけ? 動体視力が良くなってるのかな?
それだけじゃない。なんか、銃声に紛れて、遠くの音も聞こえる気がする。
――パチン!
ああ、きっと気のせいだな。
誰かが指を鳴らしている音がしたけど、きっと聞き間違えだ。
……いや、違う。誰かが魔法を使ったんだ!
「な、なにぃ! 弾が通らねえ!」
そう――銃弾が空中で止まって、そのまま地面に落ちた。魔法でなければありえない現象だ!
当然オレは、こんな魔法は使えない。誰かが、この不可視のバリアを張ってくれたんだ。
辺りを見渡してみる。すると、犯人は見つかった。
遠巻きに見守っている野次馬たちの中に、小さく手を振ってるまりさんの姿が見えた!
「魔法か! なら、こっちも魔法で仕掛けるぞ!」
「おう!」
強盗たちは銃を捨てて、手に魔力を練り始めた。
それと同時に服を突き破って、角や羽、爪や牙が現れる。
暗黒魔族としての本性が出てきた感じがする。ここでオレを倒さないと、後がないと悟ったんだろう。
一方で、オレも焦っていた。バリアは既に、消えていたからだ。
今から撃っても、多分相手の攻撃には当たっちゃう。
まりさんがいた方を見てみると、既に姿はなかった。もう、手助けは期待できないだろう。
なら……真似してみるしかないか!
「出ろ! バリアー!」
前に手を突き出して、銃を魔力に還元する。
さっきのバリアをイメージすると、思っていた以上に直感的に、『壁』を作り出すことができていた。
光り輝く魔力をそのまま薄く伸ばしたような、全方位を覆う白い壁。だが、その強度は確かなものだった。
火球、氷塊、雷撃――
様々な魔法攻撃が飛んでくるけど、どれもがオレに当たる寸前で弾けてく。
でもこのままじゃ、負けることはないけど勝つこともできない。
なら――!
「圧し潰せええええぇっ!」
展開範囲を広げて、強盗たちに壁を肉薄させる!
そしてバリアが触れたら――
サランラップでグルグル巻きにするように、魔力の繭で包み込んで、締め付ける!
「うわあっ!」
「何だこの魔法! 動けねぇ! ぐええ……!」
「とんでもねー魔力だ! こんなの……化け物じゃねーか! ガハッ!」
拘束された銀行強盗たち……もとい暗黒魔族の一団は、みんな一様に血を吐き出しながら気を失った。
しかし、化け物に化け物呼ばわりはされたくないぞ!
この魔力の元の持ち主がいろんな意味で化け物なのには同意だけど……
「ふぅ、これにて一件落着!」
まあ何にせよ、これで全部終わったんだ。
後は銀行に戻って、変身が解けるのを待って、しれっと適当なタイミングで被害者たちの中に紛れ込むだけ。
警察官たちが、犯人を次々と捕縛している。あとはもう、任せて大丈夫だろう。
「かなたちゃーん、助かったよー。……ってアレ?」
急いで窓からトイレに戻って、洋式便器に座り込む。
丁度変身が切れた、あっぶねー! あのままだったら、男に戻るところ見られてたよ。
流石にそれは見られたくない。一応の知り合いだっているんだから、なおさらだ。
ああヤバい、疲労感がひどい……
こりゃ明日、学校には行けないぞ……
もうあんま立ってらんない。マラソンを完走した後みたいな疲れ方だ。少し寝よ。
……そして眠り込んだオレが発見されたのは、なんと閉店間際の夕方だった。
まりさんはどうやら先に帰ってしまったらしい。
そりゃあないよ……
Q.銀行にトイレってあるものなんですか?
A.普通ないのかもしれません……




