第5話 ~銀行強盗が現れた!~
まりさんが家に居ついて、数日が経った。
その間、特にトラブルとかハプニングとかはなく、単純に居候が一人増えたような感じだった。
……ただ、未だに同じ部屋で寝てるのは落ち着かない。
だってあの人、オレのベッドにもぐりこんでくるし、抱きついてくるんだもん。
いちいち、あったかいやら柔らかいやら……じゃなくて、暑いし寝苦しいんだよ。
それでも、学校があるうちはまだよかった。
流石にあの人も、学校にまでは乗り込んでこないから。
幸いにも朝は弱いらしく、小学生の起床時間には起きてこない。つまり困るのは家に帰った後だけだから、そこまで頭が痛くなることはなかった。
でも――
「あるぇ~? カナタくん、今日って平日だよね~?」
「……学校が創立記念日で休みなんだよ」
休みの日は、どうしてもこの人と一緒なんだよな……
どこかに出かけようかとも思ったけど、今日はコウジが用事らしく、そのほかの友達も都合が会わなかった。
一人でどこかへ行くにも、一日も時間をつぶせるところなんてないし、オレには家でダラダラする以外の選択肢はなかったのである。
「なら一緒に銀行行かない~? ちょっと用事があるんだけどぉ、一人で行くのもヤダなーって思っていたところなの~」
「やめとく」
「ええ~? どーせ暇なんでしょ~?」
「行かない」
この数日でよくわかったことがある。
この人相手に、あいまいな言い方をしちゃいけない。
自分に都合よく受け取ることが多いからだ。
例えばここで「行きたいけど、宿題があるから……。ごめんね」などと言おうものならだ。
この人は秒で宿題を勝手に終わらせて、「終わったから大丈夫よね~?」とか言い出すのだ。
方便というものは、基本的に通用しない。
……まあ、ハッキリ言ったとしても、この人自分勝手だからそこまで意味はないんだけどね。
「もお~、仕方ないにゃ~」
ほらこれだ。魔法の指パッチンだ。
パチン! と音が響いたら、ソファーに寝ころんでいたオレの身体が、磁石が反発するように、ぐわっと座面から離れた。
「ふぁっ! 身体が浮かんだ!」
「ほら~。子どもは外に出ないとダ・メ・だ・ぞ~」
「うわー! はなせー!」
浮上した身体が、縦に立てられる。
手足をジタバタさせていると、客観的には空中を泳いでいるように見えるのかもしれない。
オレ自身に手ごたえはないけど、前には進んでいた。まりさんが指を振っているのを見るに、きっと操作されているんだろうけど。
「おばさ~ん。カナタくん借りますね~」
「はーい。行ってらっしゃーい」
いつ頃からか、母さんも魔法に対して反応を見せなくなった。
きっと洗脳を強められたんだろう。
なんだか悲しいなあ。
◇
「銀行強盗だ! 手を上げろ!」
椅子でオレたちの順番が回ってくるまで待っていたら、突然そんな声が聞こえた。
入り口を見てみると、銃を持った目出し帽の男たちが数人、自動ドアを通って入店してる。
……展開早すぎでしょ。
「うわあああああっ! 強盗だ!」
「きゃあああああっ! 誰か助けて!」
阿鼻叫喚である。無理もない。
オレだって、本当はかなり怖い。
隣にまりさんという最終兵器がいるから、何とか平静を保ててるけど。
横をチラッと見てみると、まりさんは何故かニコニコしてた。
なんでだよ。
「うるせー、黙れ! ぶち殺すぞ!」
銀行強盗の一人が、小学生みたいな怒声を放ち、天井に向かって
パパパパパパパパッ!
と、サブマシンガンを乱射した。
「ね、ねえ、まりさん。これって、マズくない?」
オレは助けを求めるつもりで、小声で尋ねる。
ちょっと体が震えて、声のコントロールが上手くできなかったけど、ヤツらは気にしている様子はなかった。
これでまりさんが動いてくれればいいんだけど……
「え? そうかナー? あの人たちの目的はお金だろうし、大人しくしてれば大丈夫だと思うけど~」
ダメだこの人、自分のことしか考えてないわ。
困っている人を助けるだとか、そういう発想が無いっぽいわ。警察のクセに。
「どうにかしてよ!」
「え~。銀行強盗なんてレアだからぁ、最後まで見てみた~い」
こんな時にブリっ子してんな!
さっさと解決しろ!
なーんて思ってたら、いつの間にか強盗の一味が近づいてた。
「流石に騒ぎすぎたか」と思ったけど、手錠をオレたちの腕にはめていくだけで、特に何も言われなかった。
でも、どうするんだよコレ……
「大人しくしていろ! なーに、静かにしてりゃ命までは取らんさ。ふふふ……」
周りを見てみると、オレたちの他にも、客や銀行員全員を拘束して回っているようだった。
そんな中、強盗の一人がある銀行員に銃を突き付けて、命令している。
「おい、このカバンに入るだけ万札を詰め込め。妙な真似をしたら撃ち殺す」
「ひいぃぃぃ……!」
「早くしろ!」
「は、はいい! わかりました!」
怯えながら、強盗と共に奥へと消えていく銀行員。
そうだよなぁ。怖いよなぁ。オレだって、あんなふうに銃で脅されたら、従うことしかできないと思うよ。
やっぱり異常なのは、このシチュエーションを堪能してる、隣の人だよなぁ。アンタのことだよ、まりさん。
「ねえ、まりさん。ホントにどうにかする気無いの?」
「うーん。確かにちょっと可愛そうかナーとは思うけど~……」
「うん」
「本官は休職中なので、本件には一切関与しないでありまーす」
聞いてはみたけど、ちょっとでも期待したオレがバカだった……
となると、外に助けを求めるしかないよなぁ。
どうにかして、警察……もっとまともな警察の人に、通報できないだろうか。
「おいおいおい、やべーよ! 外にサツが集まってやがる!」
「なにぃ! 誰がチクりやがった!」
お、ナイス!
もしかして、まりさんが通報しておいてくれたのかな?
なんだかんだで最低限のことはしてくれるんだなぁ。
「通報ボタンだ! 銀行員のヤローが押しやがったんだ!」
「チクショウ! ふざけやがって!」
……まあ、そりゃそうか。
銀行にはそういう備えもされてるだろうし、そもそもまりさんが何かしてる素振りなんかなかったし。
この際何でもいいや。早く助けて!
『えー、マイクテス、マイクテス。えーっと、なんだっけ……犯人に告ぐ! 無駄な抵抗はやめて出てきなさい!』
この絶妙にやる気のない感じ……なんかどこかで聞いたことある声だぞ、コレ。
ガラス張りの壁越しに外を見てみたら、そこには見たことのある人が拡声器を持っていた。
「霞沢君ね~、コレ」
そうだ、霞沢巡査だ。彼のほかにも、何人もの警察官がいる。
霞沢のにーちゃんには期待できないけど、きっと指揮を執っているのは、まともな警官だろう。
これなら大丈夫かも! いや、大丈夫なはずだ!
「チッ! マズいぜ!」
「こうなったら、計画を少し早めるか」
計画?
まあ、計画ぐらいは立ててから来てるのか、流石に。
一体、何をするつもりなんだろう……
「おい! 金の準備は出来たか!」
「まだパンパンじゃねえ!」
「もういい! 引き上げるぞ!」
え! もう帰るの!?
いや、オレとしてはそっちの方がありがたいんだけど……
でも、こうも引き際がいいと、嫌な予感しかしない。
「おい女! 立て!」
「へ? 嫌ああああぁ!」
「そっちの女もだ!」
「やめてえええぇ!」
なんてことだ!
強盗たちが、客や銀行員たちを無理矢理立たせて、引きずってる!
銃で脅されたり、服を引っ張られるだけならまだいい。でも、髪を掴んで引き上げるのは酷すぎる!
「テメーらは人質だ! 俺たちが安全に逃げられるまで、壁になってもらう!」
肉壁を作ろうっていうのか! なんて卑怯な!
でも、「安全に逃げられるまで」ってことは、ちゃんと解放されるんだよね……?
金を盗られた銀行の人には気の毒だけど、それはそれでいいんじゃないかな? 命より大事なものはないし。
「マズいわね~」
「え?」
「多分だけど、連れ去った人質を生贄にするつもりよ~」
「まっさかー。暗黒魔族じゃあるまいし」
『生贄』なんて言葉、マンガ以外だと魔法絡みの話でしか聞いたことないぞ。
だから多分、冗談だろうなって思ってたんだけど……
意外にもまりさんの声は、マジトーンだった。
「いやいや、暗黒魔族よアレ~」
「……え?」
「目の周り、メイクでいい感じに隠してるけど~」
「うん。……あ」
まりさんに言われて、強盗たちの覆面で隠れていない、目元の部分をよーく見てみる。
すると不思議。確かに違和感があった。
肌には透明感というか、素肌っぽい瑞々しさが無くて、まるでペンキでも塗りたくったような、乾いている印象だ。
更に観察していると、違和感は強まっていく。
でもオレには、その違和感の正体はわからない。
答えは、まりさんが教えてくれた。
「隙間をよく見ると、元の肌の色が見えちゃってるのよね~」
「マジじゃん……」
……肌、青いなあ。影だと思ってたけど、普通に変な色してるなあ。
それを踏まえたうえで全身を見てみると、不自然なふくらみがいくつもある。羽とかを服の中に隠しているのだろうか。
これはまりさんの言う通り、暗黒魔族で間違いないだろう。
でもどうする?
強盗たちが暗黒魔族だとしても、素直に警察を信じて、助けを待ってればいいんじゃないのか?
いや、まりさんが「マズい」と言ってるぐらいだから、警察にはどうにもできないのかもしれない。
「よし、撤収だ! 人質を盾にして出るぞ!」
「おう!」
あ、ヤバっ! 強盗たちが出ていくぞ!
早く何とかしないと!
「まりさん! どうにかできないの!?」
「うーん、出来ないことはないけど~」
「けど!?」
「めんどくさ~い!」
……やりたくないっていうのは、わかる。
オレだって、魔獣の相手をするのはすっごく嫌だった。怖いし、ケガするかもしれないし、女の子になるし……
でも、仕方がないからやったんだよ。それをこの人は、面倒くさいだのなんだのと。
流石に少し、腹が立ってきたぞ。
「なんなんだよ、アンタ! 人の命かかってるんだぞ!」
「ごめんねぇ、無駄な労働はしない主義なの~。それに――」
人差し指を、おでこにグリっと突きつけられた。
屈まれて目線を合わせられて、威圧するような感じで、まりさんは迫ってくる。
「カナタくんにだって、出来るでしょ? 人にばっかり「やれ」っていうのは、違うと思うナー」
確かに、この人の言う通りだ。
借り物とはいえ、俺にだって魔法の力はある。
めちゃくちゃ怖いし、ケガじゃすまないかもしれない。でも、そんなのは、自分だけ拒否する理由にならない。
それでもオレには、出来ない理由がある。
「ぐっ……! でもでも、オレはここじゃ――!」
「変身できない」――
そう言おうとして、止められた。
人差し指が、唇を押さえたんだ。
オレが押し黙ると、まりさんも指を唇から離して、諭すように語り掛けてくる。
「カナタくん。もうすぐしたら、警察の人に事情を聞かれると思うの」
「それがなんなんだよ!」
「その前に、おトイレ行って来たら? 今なら誰もいかないから、早めに行った方がいいと思うな~」
「――!? そうか!」
オレが嫌だったのは、変身を人前で見られること。
春川カナタが、魔女っ娘かなたちゃんと同一人物であることを、知られたくないからだ。
でも、その問題が解決されるなら、オレにだって人質を助けることは出来るかもしれない!
銃を持った相手と戦うなんて、考えるだけで怖い。
それに、暗黒魔族は元人間。見た目も人間みたいだし、魔獣とは違ってやりづらいかもしれない。
それでも、オレに戦う力があるのなら――行かない選択肢はない!
オレが立ち上がると、まりさんは言葉を続けた。
「あの人たち、車を用意してるみたいね。もし車が動かなくなっちゃったら、どういう反応するのかしら」
「……わかった!」
すごいそれっぽいアドバイスだ。なんだかんだで、ちゃんと考えてるんだなあ。
あとは自分で実行に移してくれれば、完璧なんだけど。
そんなことを考えながら、オレはトイレに駆け込んだ。
……傍目には、漏らす寸前みたいに見えちゃうかな?




