第1話 ~魔法を目撃してしまった!~
現実には、魔法なんてものは存在しない。それはわかってる。
オレだってもう、小学五年生。一人で風呂にも入れるし、一人で寝たって寂しくない年頃だから。
窓を開けて、外を見る。夜風がまだ冷たい。
午後十時、寝れない夜に開いた窓は、オレを存在しないはずの世界へと誘う扉だった。
そう、魔法だ。
二人の見慣れない格好をした奴ら――悪魔のような翼を生やした男と、魔女のようなとんがり帽子を被った女が、オレの家のすぐ目の前の道路で、魔法を使っていたんだ。
「ふんっ!」
男が、手から火球を放つ。
暗いし、ここは二階で少し離れてるから、本当に男なのかはよくわからないが、肩幅の広さを見るに、多分男だ。
でも、よく見るとなんだか肩から角が生えてるし、肌も青いように見える。これは果たして、人間……なのだろうか?
「ええいっ!」
対する女の人は、杖から冷気みたいなのを出して対処した。
こちらは遠目でも女性だってわかった。
だって、ゆったり目の黒い服の上からでも、ある一点……いや、二点がしっかりと突き出してるのが、よく見えたから。
お互いの魔法がぶつかりあって、消滅する。
男の方はまだまだ余裕そうだけど、女の人の方は長い杖を地面について、もたれかかっていた。
男が、何かしゃべっている。オレは耳を凝らして、言葉を拾い取った。
「ふふふ……ここまでだな、花江まり」
「くっ……流石に、ちょっと疲れたわね……!」
「ほう、まだ強がれるか。我が同胞を五十六人も殺したというのに、まだ余裕を見せるか」
え!? 女の人の方、めっちゃ強いじゃん!
なんか男の方、悪いヤツっぽい見た目してるし、場合によっては助けに入らなきゃマズいかなーって思ったけど……
傍観してても、大丈夫……なのかな?
迷いながら見ていると、男がゆっくりと歩み寄る。
「――だが、これでトドメだ」
あ、悪そうな感じの人、手に炎をチャージしてる。
多分、外さない距離まで近づいてから、大技で確実に仕留める気なんだろうな。
近所に燃え移ったりしないといいけど。
対する、女の人の方は……魔法を使う気配は、ない!?
それどころか、杖は手から離れていて、地面に転がっていた。
「あ、危なーい!」
思わずオレは、声を出していた。
わざわざ言うまでもなく、女の人は理解しているはずだ。
なにせ、目の前で見せつけられるように、炎は大きくなっていくのだから。
だが、その直後――
パァン!
そんな感じの音がした。割と聞き覚えのある感じの音だったけど、何なのかは思い出せなかった。
「ぐおっ!」
男の手から炎が消えて、倒れ伏す。
そして女の人がゆっくり近づいたかと思うと――
その次の瞬間には、男に向けた手元が、何回も点滅するように光った。
パァン! パァン! パァン! パァン! カチッ カチッ
「ぐあああぁぁぁぁっ!」
「えええぇぇぇぇぇぇ!?」
……思い出した。これ、多分銃の音だ。
運動会なんかでスタートの合図に使われる、アレに音が似てるんだ。
思わずオレは、素っ頓狂な叫び声を上げてしまっていた。
「ふぅ、危なかったわ~」
ロウソクの火を消すように、銃口の煙をフッと吹く。
罪悪感の欠片もなさそうだ。それどころか、ちょっと晴れ晴れとしているようにすら見える。
「あ、ボク~! ちょっと頼みたいことがあるんだけど~!」
「え、な、何?」
こちらに向かって、手を振る女の人。
凄く朗らかな声だ。人間(?)一人を撃ち殺した後とは思えないほどだ。
あとどうでもいいけど、ぴょんぴょんと飛び跳ねるものだから、すごい揺れてる。何がとは言わないけど。
「救急車、呼んでもらえないかな~?」
そう言って、女の人はバタンと倒れ込んだ。
勿論驚いたけど、でもオレの目は何故か女の人の方ではなく、血だまりの中に倒れ伏している男の死体を見ていた。
……警察も呼んだ方がいいのかな?
◇
殺人……なのかはよくわからないけど、とにかく事件があったというのに、何故か話題にはならなかった。
凶器が銃で、死んだのが化け物みたいな男なんだから、もう少し騒がれてもよさそうなものだけど……
近所ですら、そんな話はしていない。隣の家のコウジにも聞いてみたけど、知らないらしかった。
あれは、夢だったのだろうか? 多分そうなんだろう。
少し考えれば、わかる。だって、この世に魔法使いなんているわけないし、魔法使いが銃なんか持ち歩いているとも思えないし――
第一、オレの家の前で、死闘を繰り広げている意味がわからないし。
「あーあ、オレも見たかったぜー。魔法ー」
二日経った今でも、コウジはからかってくる。
正直、コイツに話したのは失敗だったなーって思った。
まさか、即座に学校で言いふらされるとは思ってなかったんだよな……。おかげでクラスのいい笑い者だよ。
「だからー! オレの見間違いだったって言ってるだろー!」
「今夜あたり、見れたりしねーかなー。ま・ほ・う」
「だーかーらー……!」
「ひゃははは! じゃ、また明日なー」
コウジは楽しそうに笑って、自分の家の中に入っていく。
くっそーコウジのヤツめ……。下校中にまで……
「……あーあ、魔法のことなんか話すんじゃなかったな」
ついポロリと、愚痴をこぼしてしまった。
誰もいないと思ってたし、聞かれても別に大して気にも留められないだろうから。
――だから、予想外な反応が返ってきて、凄く驚いた。
「そうだな。魔法なんて、誰も信じちゃくれないさ」
だ、誰!? 知らない声だ!
見渡してみると、オレの家の前に、白黒のパトカーが停まってた。
その運転席の窓からは、いかにも就職したてって感じの、社会経験の少なそうな若いにーちゃんが体を乗り出している。
ヤバい。警官に話しかけられたのなんて初めてだから、すごく緊張してる……
「よう。キミ、春川カナタくんだろ?」
「な、なんで名前を……!?」
「……この格好みりゃ、察してくれると思ったけどなー。まあ、小学生には難しいか」
青い制服を引っ張ってアピールするお兄さん。
いや、パトカーに乗ってれば、警察なのはわかるんだけど……
「お巡りさんがどうしてうちに?」
「まあ、いいや。後ろ乗ってよ。俺も暇じゃないからさ」
「の、乗るって……一体どこに!?」
「助手席でもいいよ」
ダメだ、絶妙に話が噛み合ってない。
なんか怖くなってきたから、事情なんか聞いてないで早く逃げよ……
「知らない人に着いていくなって、親に言われてるから……」
「ああ、そう? じゃ、仕方ないなー」
「え?」
予想外だった。まさか、車を降りるなんて。
出てきた警察のお兄さんは、背が高くて威圧的だった。
オレの上に影を落として、品定めするようにマジマジと見つめてくる。
「な、なんですか……?」
「うーん……」
そうしてひとしきり眺めまわすと――
さっきまでの気だるげな声はどこへやら。いきなり空を指して、大声を上げた。
「あーっ! 魔女だー!」
「えっ!? どこ、どこ!?」
まさか、本当に魔女が存在していた!?
……なーんて考えてしまったのが、いけなかった。
今時小学生でも、こんな手にはそうそう引っかからない。でもオレはどうかしていた。
夢で魔法使いなんてものを見てしまったから、そんな嘘みたいなセリフに惑わされてしまっていた。
いつの間にか、手に何か腕輪のようなものがはめられていて、その時になってようやく気が付いたんだ。ただのハッタリだったことに。
そう――目の前の警官が、オレの腕に手錠をかけたんだ。
「よし、確保ー!」
「しまっ――むぐぅ!」
そのまま口を押えられ、車に押し込められる。
暴れても、手錠で手が封じられてちゃ、閉められたドアを開けられない。
必死の抵抗もむなしく、パトカーは走り出した。犯罪者でもなんでもない、オレを拉致するために。
そしてこの日、オレ――春川カナタは知ることとなる。
魔法と言うものの存在。この街を脅かす悪の影。警察組織の抱える秘密。
それよりなによりも、“花江まり”という、強大にして可憐なる魔女のことを――




