私の幸せ
ウィルフレッド様の襲来から数日──。
私はいつも通りの日々を過ごしていた。
出かけていくエリック様を見送り、ベッドで体を休める。動けそうなら動いて家事などをする、そんな穏やかな日々を。
「セルマ様、今日の調子はいかがですか」
これもお決まりの台詞だ。毎朝聞いてくださるものだから、私もつい笑ってしまった。
「今日はすっごく調子がいいんです! ね、エリック様。今日はお外に出てもいいと思いませんか?」
上目づかいで聞いてみる。過保護なエリック様は中々私を家から出してくれない。
必殺のおねだりで勝負だ!
「うーん……、まあ。よしとしましょう」
「やった!」
飛び上がりながら喜ぶ。大げさと言われても知るものか!
ずっと引きこもっているのにも限界がある。つまり、退屈ということだ。
本など読んで暇を紛らわしてはいるものの、やっぱりたまにはお外に出たい。
「家の近くに花畑があるんです。今日はそこまでのお散歩ということで」
「はいっ!」
私は元気よく頷いた。さて、そうと決まれば外用の服に着替えなければ。
いそいそと私はベッドから起き上がり、クローゼットへと向かった。
外出用の準備を終わらせて、差し出されるエリック様の手を取った。そのまま手を繋ぎながら、家のドアを開ける。
久々の外の空気。すっごく気持ちいい!
「外だぁ……!」
「はい、外ですよ」
くすくすとエリック様が笑う。面白がられてるのかもと思ったが、私はこの喜びを素直に表現することにした。
だって久しぶりなんだもの、外に出るの!
エリック様が導いてくれるままについていくと、本当に家の近くに花畑があった。
様々な花が色とりどりに並んでいる。
私は「わぁあ……!」と感嘆の声を漏らした。
「お屋敷に居た頃にも、花畑を見に行きましたね」
「そうですね! あの頃はチューリップ畑でした……。なつかしい」
「ええ、本当に……懐かしいものです」
エリック様もしみじみといった声で言う。
「一旦座りましょう、セルマ様」
エリック様がそう仰ってくださったので、適当な場所に座り込んで、風に揺れる花畑を二人で眺めた。
さぁ……と良い風が流れていて、とても気持ちがいい。
エリック様が自然と腰を抱いてくれて、私は彼に凭れかかる形になった。
やさしい体温。大好きなエリック様の匂い。
(……幸せだなぁ……)
「……こんなに幸せでいいんでしょうか、私」
ふと、思ったことを口に出してみた。
エリック様。愛する人とこうやって、穏やかで優しい時間を過ごせている。
ブレイアム公爵家に居たままでは得られなかったであろうものだ。
あのお屋敷に居た頃は……、いつも何かを我慢していた気がする。
すげない態度を取ってくるウィルフレッド様にも大したことは言い返せなくて、ただただ言いたいことを飲み込むだけ。あそこに私の自由なんかなかった。
勿論、公爵夫妻や使用人のララは優しかったけれど……、それでも、あのお屋敷に居た日々は、つらく苦しいものだったのだ。
「いいんですよ、セルマ様」
エリック様が微笑みながら答えてくれる。
幸せでいいのだ。それが当たり前なのだと。
「当たり前……」
「あんなつらい思いをしていたお屋敷の頃が特殊だったんです。だから、今が普通なんですよ。今のこの幸せが」
ぎゅっ、と手を握られながら言われる。
そうか、そうよね……。あの頃が、ちょっと特殊だったのよね……。
一人でそう納得していると、エリック様は遠くを眺めながらこう言った。
「俺も、時折不安になります。こんなにも愛らしく優しいセルマ様が俺の所に居てくれるなんて、嘘なんじゃないかって」
その言葉に驚いた。そんなわけはない! 逆に、私がエリック様と釣り合ってないんじゃないかと思うくらいだわ!
「まさか! 嘘なはずありません、私はエリック様、ただ一人を愛しております!」
「ほらね、俺たち、似た者同士なんですよ」
そう言われてハッとした。本当だ……。
私の反応にエリック様は更に笑みを深くして。
「幸せです。こうしてセルマ様と二人でいられて」
「……私もです、エリック様」
これは心からの言葉だ。
誰よりも愛しいエリック様と共にいられて……これ以上の幸せがあるだろうか。
「嬉しいです。……愛しています。セルマ様」
エリック様の顔が近づいてくる。
あ、と思い、私は自然と瞼を閉じた。
唇には優しく、柔らかい感触が伝って。
何故だか泣きたくなった。
本当に、こんなにも幸せでいいのかと問いたくなるほど幸せで。
そんな私の頬に、エリック様の手の平が触れる。
「──これからもずっと、一緒に居ましょうね」
「……はい」
「運命の番」。
それは神様に定められたものであり、自分にとって一番相性のいい相手のことを示すらしい。
それは確かに、尊いものなのだろう。
神様に決められた相手と添い遂げることができるのなら……それが一番、いいのかもしれない。
けれど、番契約を破棄したこと、全く後悔していない。
だって、そんなものがなくたって。
私はこうして、好きな人と共に在れる。
それだけで、幸せよ。
運命なんて要らないくらい。
抱きしめ合う私たちを、風が優しく撫ぜていった。




