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ウィルフレッドの顛末(ウィルフレッドside)

 広い草原の中、俺たちは対峙していた。


「覚悟しろ、エリック。俺からセルマを奪っていった代償を支払ってもらうぞ」


 厳しい表情で言う。

 ……今更何なんだと言われてもいい。俺は、セルマを取り戻さねばならないのだ。


 エリックは静かに問うてくる。


「約束通り、俺が勝ったらセルマ様を諦めて、大人しくお屋敷へ帰ってくださるんですよね?」

「……ああ。約束は違いはしない」

「そうですか。では」


 ──始まりだ。


 俺は氷の弾を作ってエリックの頭上に降らせた。

 エリックは手から炎を出し、投げるような動作をする。エリックの頭に降ってこようとしていた弾達は溶けて無くなった。


「くそっ!」


 つい舌打ちをする俺。

 ダメだ。焦っては。

 そう思っても、迷いと焦りは俺の心を支配して埋めてくる。


 また氷を出し、今度はエリックの足元を凍らそうとしたが──ひらりと躱される。代わりのエリックの炎が追ってきて、俺は慌てて逃げまどいながら必死に魔法を展開しようとしていた。


 そんな風に、魔法の応酬が続いていたのだが──。


「はぁ、はぁッ……!!」


 とあるタイミングから、自分の息が異様に上がっていることに気が付いた。

 嘘だろう? まだ少ししか魔法を使っていないじゃないか。自分の持っている魔力量を考えれば、こんなの屁でもないはず。

 けれど、心臓の鼓動はどっくんどっくんと速まっていくばかりで。


「くそっ、っはぁ、何故だ、なんでだ……?!」


 それでも息を整え、魔法を展開しようとした、その時。


「ぐぁあっ!!」


 突然、光の輪が俺の身体を拘束した。

 抜け出そうと藻掻いても何も変わらない。


「終わりです。ウィルフレッド様」

「……そ、んな、わけっ」

「抜け出せないでしょう? そこから」


 エリックは彼に近づき、囁きかけるようにして言った。


「やはり、知らなかったんですね……」

「な、にをだ、っ!」

「番関係を破棄した竜人族は、衰弱してしまうこと」


 ハッ、とした顔でエリックを見る俺。


(……番関係の破棄による、衰弱……)


 聞いたことがないまではなかった。

 ただ、自分には縁のない話だと思っていたから。だから、頭の中には無かった。今まで──。


 エリックにため息をつきながら言われる。


「本来なら、もう衰弱が始まってもいい頃だと思ったんです。それをあんな無理に、魔法で戦闘なんかするから……。息が上がって当然ですよ」


 そう言われれば、思い当たる節がたくさんあった。

 ここまでに来た道のりでも、屋敷でも──なぜか、動けばすぐに息が上がるという現象に見舞われていたのだ。番契約の破棄による衰弱なのだとしたら……。


 だが、俺は事実を認めたくなくて、整わない息とともに言葉を紡ぐ。


「はぁっ、はぁ……! 俺は、まだ、まけて……っ!」


 そんな俺を、エリックは冷めた表情で見下ろしながら。


「しつこいです。このまま、最大火力であなたを焼き殺しても構わないんですよ、こちらは」

「ッ……!!」


 この光の輪から抜け出せない今、そんなことをされては確実に死んでしまうだろう。


 ……負けたのだ、俺は。


「これで、セルマ様はあなたの呪縛から解き放たれた」


 エリックが言う。心底安心したかのような声で。


 ……そうか。俺は今まで、セルマを無理矢理縛っていたのだな……。


(嫌だ……、セルマを諦めたくない)


 けれど、決闘を申し込んだのは俺。衰弱しているとはいえ、負けたのも俺だ。

 ……言い訳のしようがない。


「……俺は、屋敷に、帰ろう……」


 そう呟くと、エリックは光の輪を解いてくれた。

 ……今更歯向かうつもりなんてない。


「なぁ、頼む。最後に……、セルマに、挨拶をして帰らせてくれないか」

「……俺が傍にいる状態でなら、いいですよ」

「ありがとう」


 俺はエリックに礼を言う。

 そうして俺たちは、誰も居ない草原から、セルマの待つ家へと帰ることになったのだった。



 *



「セルマ、……今まで、本当にすまなかった」


 俺の謝罪に、セルマは口に手を当てて驚いていた。

 言い訳まがいじゃない、心からの謝罪だというのがわかったのだろうか。

 彼女は真剣に「……はい」と頷いてくれた。


「ヴィオラと君との間で揺れ動いていた時は、本当に苦しかった。その苦しさを、君にぶつけてしまっていたんだと思う。君は何も悪くないのに……」

「…………」

「改めて言うよ。……俺の番になってくれてありがとう。そして、ごめん」


 頭を下げる俺。暫くの沈黙の後、「……頭を上げてください。ウィルフレッド様」というセルマの言葉が聞こえてきた。

 バッと顔を上げる。


 そこに居たセルマは微笑んでいて。

 その微笑みに、「ああ、なんて綺麗なんだろう」と思ってしまった。


「正直に言います。私は、あなたが嫌いです。あなたがやったことを許すつもりもない」

「……っああ」

「けれど、もういいんです。今が幸せだから」


 セルマはエリックの手を取る。

 二人が目を合わせながらお互いに微笑む。


 それを見て、もうセルマとは何もかもが戻れないのだと痛感させられた。


「今が幸せだから……、もう、ここには来てほしくはない」

「……ああ、分かってる」

「ですから……、これで、お別れです。ウィルフレッド様」


 その台詞に、思わず涙が溢れた。


 本当に、……彼女とは、終わりなのだ。

 これで。


「本当に、すまなかった」

「……ええ」

「本当に、ほん、とに……っ!」


 嗚咽を漏らす俺を、セルマとエリックはただ、眺めるだけだった。



 *



 こうして、俺はブレイアム公爵家に戻って来た。


 勝手にセルマに会いに行ったことは怒られて……それでも、行ってきてよかったと思ってる。

 あれのおかげで、俺なりのけじめがついたから。


 屋敷に戻ってから俺の身体は急激に衰弱していき、今ではもうベッドから起き上がることが困難なほどになってしまっていた。

 だが、全ては俺の罪。俺のやってきたことが、今になって返ってきているのだ。


 ……もう、俺の傍には誰も居ない。

 ヴィオラも、セルマも。……全て無くなってしまったものたちだ。


「セルマ……」


 ベッドの中でうわごとのように呟く。


 番契約を破棄しても、運命の番だった頃の思いは無くならないようで。彼女を思えば胸がきつく締め付けられる。

 今も、あそこでエリックと共に居るのだろうか。エリックと、二人で……。


「げほっ! ごほっ!!」


 激しい咳が出る。思わず手の平を当てれば、そこには大量の血が。


 ……案外、終わりは近いのかもしれない。


 それでも、自分のしてきた選択だ。今更後悔などしても……遅いだけである。


(ああ、自分は多分こうやって、孤独に死んでいくんだろうな……)



「ウィルフレッド」

「! 継母上……」


 継母上に声をかけられ、そちらを振り向く。

 継母上は浮かない表情で、「大丈夫ですか」と言ってくれた。

 俺は慌てて布で手の平を拭いながら、大丈夫だ、と答える。


「……衰弱が、もうこんな所まで来ているなんて。あまり無理をしてはいけませんよ、ウィルフレッド」


 継母上の優しい声が染み渡る。

 俺は「はい」と答えて、今一度ベッドに寝直した。


 ふう、と一息ついて。


「……俺のやったことは、許されざることですね、義母上」


 改めて思ったことを言う。

 継母上は「ええ……そうですね」と静かに答えた。


「セルマに酷いことをして……、ヴィオラにはまんまと騙されて」

「……あの子を盲目的に慕っていたのはあなたでしょう、ウィルフレッド」

「ええ。だから……、俺が全部悪いんです」


 結局、ヴィオラに騙されたといっても、彼女の言うことをよく調べもせず信用した自分が悪いのだ。

 彼女に対して盲目的になっていた自分が情けない。


「セルマに謝りたい。……もう一度、会いたい……」


 誰にも言えない、自分の本音。

 つい口からこぼれてしまう。


 案の定、「それはいけませんよ、ウィルフレッド」と窘める継母上の声が。


 わかっている。自分にはもう、セルマに会える権利などないことを。

 それでも会いたいと願ってしまうのだ。それは本能ゆえか、また別の何かか……。


「……今は身体を休めなさい。あなたの状態は、もう以前とはまるきり違うのだから」


 静かな継母上の声が聞こえる。

 俺ははい、と大人しく答えた。こんな状態になってまで、家族に逆らう気力などありはしない。


「そろそろ食事の時間ですね。部屋に運ばせましょう」

「……ありがとうございます、継母上」


 継母上が立ち上がる。

 そして、部屋を出ていった。


 沈黙が落ちる。


「……セルマ……」


 何度でも呼んでしまう、愛しい彼女の名を。

 何回呼んだところで彼女が帰ってくることはないというのに、俺は絶えずその単語を呟いてしまっていた。端から見れば滑稽でたまらないだろう。


『ウィルフレッド様』


 綺麗な長い黒髪をしたあの子。いつもいつも、俺を追いかけてきてくれていた彼女。

 彼女には……もう、会えない。


 目の前が涙で滲む。


「ううっ、く……!」


 そうやって泣いたところで──何にもならないことは、俺にだってわかっているのに。

 それでも、流さずにはいられないのだ。後悔の涙を。



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