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ウィルフレッドの襲来

 あれから──。


 私たちはエリック様の実家近くにあった空き家を使って、そこに住むことにした。

 エリック様は村のお医者さんとして活動し、時折街にも出ていっている。


 私も働きますと言ったのだが……。


「ただでさえ魔法の弊害で体が弱くなっているあなたを働かせることなんてできません。大人しく寝ていてください」


 と、言われてしまい……。断念することになった。


 確かに、前よりも格段に疲れやすくなった。調子が悪いと、動くとすぐ息が上がるし、一日中ベッドのお世話になることも、珍しくない。

 本当に体が弱くなってしまったのだ、と……。私は嫌でも実感することになっているのだった。


 それでも、私は後悔していない。

 これでウィルフレッド様との繋がりを切ることができて、エリック様と共に在ることができたのだ──そう考えると、後悔なんて微塵もなかった。

 あのお屋敷で過ごした日々を思えば、こんなもの屁でもない。


「おかえりなさい、エリック様」

「ただいま、セルマ様」


 笑顔で好きな人を迎えることができる。

 私にとって、これ以上の幸せはなかった。



 *



 そんな、ある日のことだった。


「セルマ! やっと見つけた……!!」

「え……、ウィルフレッド様?」


 私は髪を乱しながらやってきた、かつての番だった人に向かってそう呟いた。

 驚きを隠せない。

 どうしてこんな所に……。というか、どうやってここを見つけ出したのだろう。


 そう聞く前に、彼はベッドに横になっている私の手を握り、悲痛な表情で話し始めた。

 ……触られている手が不快だわ。やめてくれないかしら……。


「こんな所に居たなんて知らなかった……。どうしたんだ、この格好は?! 具合でも悪いのか?!」

「……ウィルフレッド様、あなたはここへ何をしに来たのです?」


 あのお屋敷に居た頃はあんなにも会いたくなかったというのに、今の私は意外と冷静に彼とお話をすることができていた。

 ……きっと、ここでエリック様と穏やかな日々を過ごせていたからね。


 尋ねると、彼は「君を探しに来たに決まっているだろう!」と叫ぶ。

 私はその言葉に首を傾げた。探しに来た? どうして?


「どうして私をお探しに?」

「何故って、そんなもの! 突然僕の前から姿を消したからじゃ……っ」

「あなたの大好きな、ヴィオラ様はどうなされたのですか?」


  「あ……」とウィルフレッド様が小さく呟いた。


「ヴィ、ヴィオラの話はいいだろう?! 今はそんな話をしているんじゃ」

「いいえ、大事なことですわ。だってあなたがヴィオラ様ばかりを構って、私をないがしろにしていたから、今こうしてここに居るんですもの」

「……っ!」


 ウィルフレッド様が気まずそうな顔をする。一応、罪悪感はあったらしい。

 そんなのされても、意味なんかないけれどね。


「き……君をないがしろにしてしまっていたことは謝る。ごめん」

「あら。あなた様からそんなお言葉を聞けるとは思っていませんでしたわ。夢でも見ているのかしら」

「セルマ!」


 怒った様子のウィルフレッド様。そんな態度を取れるような立場でしたっけ、あなた。


「……ぼ、僕はずっとヴィオラが好きで……、だから、突然現れた番である君を受け入れられなかった。竜人族の本能になんか負けない。僕にはヴィオラだけだって……」

「まぁ、そうでしたの」


 だから何だという話ですけどね。


「だけど……心のどこかでは君を望んでいたんだと思う。だから、僕からの番解消はしなかった。なのに……、君から番を解消するだなんて!!」


 ああ、やっぱりウィルフレッド様は思いもしてなかったんだろう。私から番を解消するだなんて。


「君との繋がりが確かに切れたことを悟った時、僕は血の気が引いたよ……。まさか、と思って確かめたら、君との番契約は解消されたといわれて……。それで、君の部屋に慌てて向かったら、そこはもぬけの殻だった……」

「ええ。解消できたことを知った後、誰にもバレないようこっそりと抜け出してきましたもの。あの時の爽快感といったらもう、ありませんでしたわ」

「……っどうやって番を解消したんだ! どうして、僕の前から消えて……!」


「その質問には俺が答えましょうか」


 すると、背後から落ち着いた男性の声が聞こえてきた。

 私は振り返って笑顔で答える。


「エリック様!」

「セルマ様。具合はいかがですか」

「はい。今日は調子がよいみたいで……」

「そうですか、それはよかった。……招かれざるお客様がいらっしゃるみたいですけれどね」


 エリック様と仲良くお話をしている所に、ウィルフレッド様が「エリック……!」と呟く。

 まるで親の仇でも見るかのようなウィルフレッド様の瞳。


「お前か、お前がセルマを俺から奪ったんだな……!」

「はぁ?」


 何やら見当違いなことを言っている彼に思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

 エリック様がウィルフレッド様から私を奪った? そんなわけはない。だって──。


「私がウィルフレッド様のものだった時なんか、一度たりともございません」


 だから、私の好きな人に酷い扱いをしないで。

 そう言うと、絶望した表情のウィルフレッド様と目が合う。どうして今更そんな顔をするのかしら?


「さて。……どうやって番を解消したのか、知りたいのですよね?」

「あ、ああ……それは、知りたいが……」

「簡単なことです。魔法ですよ、俺の編み出した」

「な、魔法……?!」


 ウィルフレッド様の驚愕する声が聞こえる。

 そんな反応にもなるだろう。なにせ、エリック様が編み出して間もない魔法なのだから。

 ウィルフレッド様が知らなくても仕方がない。……ご当主様は話さなかったみたいね。


「……俺はセルマ様が好きだった。だから、セルマ様を苦しめるあなたにはほとほと嫌気が差していたんです。それで、セルマ様に番契約の解消を申し出ました」

「なっ……せ、セルマは僕の番だ! 誰にも渡さない!!」

「何を仰ってるんですか、ウィルフレッド様。私たちの番関係はもう解消されたのですよ?」


 私が冷静に呟く。ウィルフレッド様はその言葉にギリリ、と歯を食いしばっていた。


「私、今がとても幸せです。あなたに拒絶され続ける、辛かった時から今に至れて……、真摯に愛してくれるエリック様と共に過ごせているんですもの」

「そんな、セルマ! そんなことを言わないでくれ、また僕と番になろう! 今度こそ、幸せにしてみせるよ!!」

「どうして今更そんなことを仰るの? あなたの好きな人はヴィオラ嬢ですわよね?」

「僕だってそう思っていたさ。けど、番としての繋がりが消えたことによって、気付いたんだ! 僕は君を愛してる、僕にはセルマ、君が必要だって!」


 訴えかけてくるウィルフレッド様はまるで舞台の役者のよう。涙を浮かべながら私に懇願する様は、人の心をさぞかし動かしそうだ。

 だが、今更そんなことをされても、私の心は1ミリたりとも動かない。


「一度解消された番関係はもう二度と元には戻せないこと、知っていますよね? ウィルフレッド様」

「っ!」


 静かにそう返せば、ウィルフレッド様が眉をひそめた。


 そうなのだ。

 番というものは、一度解消するともう二度と同じ相手とは番えなくなるらしい。私はそれを聞いて大喜びした。

 よかった。これでもう、ウィルフレッド様に悩まされる時間は無くなるのだと!


「あなたはセルマ様が番でいてくれた時に、彼女を大切にするべきだった。……もう遅いのですよ」


 エリック様が言い放つ。


「そんな……、セルマは僕の番で、僕の……」

「もうあなたの番ではありません。赤の他人です」

「セルマ……!!」


 ふい、と首を横に振る。

 もう私にとっては知らない人だ。どれだけ縋られても、知ったことではない。


 だが、ウィルフレッド様は何故か諦めきれない様子で。


「……ッなら、エリック! 俺と決闘しろ!!」


 などと、意味不明なことを言ってきたのである。


「決闘……?」


 案の定首を傾げるエリック様。

 ウィルフレッド様はそれに怯むこともなく続ける。


「そうだ! 正々堂々……男同士の決闘だ! 俺が勝ったらセルマを引き渡してもらう!!」

「なっ」


 何を言っているのだ、この阿呆は!!

 言い返そうとしたその時、すっ、とエリック様に制され。


「それでは、……あなたが負けたら、大人しく屋敷へ帰るのですね?」


 と、問うた。

 ウィルフレッド様は「ああ!」とふんぞり返りながら答える。どうしてここで偉そうにできるのかが疑問だわ……。


「わかりました。決闘、いたしましょう」

「えっ! エリック様、それは危ないのでは……?!」


 慌てて彼を引き留める。だが、彼はにこっと微笑んで。


「大丈夫ですよ。俺が負けることは、絶対にあり得ません」


 そう言ってみせた。


「そ、そうですか……?」

「はい、ですから、ご心配なさらず。必ず勝利を掴んで帰ります」


 セルマ様はここで待っていてくださいね、と布団を掛けなおしてくれるエリック様。

 その優しさは嬉しいけれど……大丈夫かしら、本当に。


 いえ、エリック様のお言葉は疑ってないわよ? 彼、才能の塊だって聞くし。

 けど、要らぬ怪我をしてしまうのではないか……、そんな心配が頭の中を駆け巡って止まらないのだ。


 そんな私に、エリック様は微笑みながら額にちゅ、と口づけを落とし。


「大丈夫。すぐ帰ります」


 と言った。

 私は額を押さえて頬を染める。なんだか外ではウィルフレッド様が「俺の目の前でいい度胸だな……!」とかなんとか言ってるけど、知ったことではない。

 今はこの嬉しさに素直に浸りたい。


「……待ってますからね、エリック様」

「はい」


 どうか、彼が怪我をしませんように。

 私は胸の所で手を組んで、神様にそう願った。


「ここから少し行った所に草原があるんですよ。そこなら誰も居ませんから、魔法を使っても大丈夫です」

「いいだろう、そこでやってやる」


 そんな会話をしながら、二人の背中は消えていった。

 私は勿論エリック様応援隊だ。ウィルフレッド様のことなんかどうだっていい。


「頑張ってください、エリック様……!」



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