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彼女の行く先(ヴィオラside)

 どうやら、セルマさんがこの屋敷から出ていったらしい。

 私はそれを聞いてにやりと口角を上げた。やった! ついにセルマさんを追い出すことができた! と思い、歓喜に震えた。

 ここ最近がイレギュラーだったのだ。これで今まで通り、ウィルフレッドと二人での楽しい生活が帰ってくるわ!


 そう思っていた。

 けれど……。


「ヴィオラ、お前は修道院行きだ」

「…………え?」


 お継父様の言葉に私は目を見開いた。

 修道院? 私が?


 ……どういうこと?


「ど……どうして?!」

「当然だろう! ウィルフレッドの番であるセルマ嬢にあれだけの嫌がらせをしておいて……!」


 あれだけの嫌がらせって……。


「セルマ嬢の持っていた装飾品を盗んだり、自分から茶をひっかけるような真似をしたり……、全く、何をしているんだ、お前は!!」

「ま……待ってお継父様!! 私、そんなことしてないわ!!」


 慌てて言い返す。しかし、お継父様は聞く耳を持ってはくれない。


「嘘をつけ!! お前付きの使用人から聞けるだけのことは聞いてきたぞ。全てお前の指示だったとな!」


 使用人から全て聞いた、ということを聞いて、私は思わず舌打ちしそうになった。

 何べらべら喋ってんのよ!! 仕事でしょう、しっかりしなさいよ!!


「身内でのこととはいえ、お前は盗みを働いた。本当は刑務所に行くのが正しいのかもしれないが……」


 刑務所と聞いて血の気が引く。そんなの、犯罪を犯した人が入るところじゃない!

 私は関係ないわ!


「違うわ! 私はやってない、やったのは使用人よ!!」

「誰がやったのでも関係ない!! 重要なのはヴィオラ、お前がその指示をしたということだ!!」


 強く言われて体がびくっとなる。

 それでも、私は言い返すのをやめなかった。だってこのままじゃ修道院行きになっちゃうじゃないの!


「セルマ嬢が、あまりきつい罰は与えないでほしいと言った。それに、まだ初犯だ。諸々のことを配慮して、修道院行きに決定した。これは私が下した決断だ。覆されることはない」


 鋭い表情で言うお継父様。本気なんだ、と体が震えた。

 でも、どうして、私、そこまでのことはしてないわ!


「ねえ、信じてお継父様! 私は何もしてないの、ちょっとセルマさんが邪魔になっただけで、大したことは──」

「うるさい!! お前のその「大したことはない」で、一体どれだけセルマ嬢を傷つけることになったのだ!!」


 傷つけるって、そんなの。

 確かにウィルフレッドに叱ってもらったわ。頬を叩いた時はちょっとびっくりしちゃったけど……でもいい気味だと思った。

 私とウィルフレッドの邪魔をするからだって。


 けど、それで私が処罰されるの? どうして?

 ちょっと、痛めつけただけじゃない。こんなの他の人だってやってるくらいよ。ねえ、だから、お父様……。


「お母さま、お願い、助けて……」


 お父様の隣に立っていたお母さまに懇願するように言う。

 彼女は泣いていた。どういう理由かはわからないけど、瞳を涙で潤ませながら、キッ! と私を睨んで。


「私は情けないわ、ヴィオラ……」

「お母さま……?! お母さままでそんなことを仰るの?!」

「一体これまでどれだけの罪を重ねてきたの。あなたは修道院へ行き、その罪を清めてきなさい」


 どうやらお母さまも味方ではないらしかった。

 私は全てのことにイライラして、思わず部屋を飛び出す。

「ヴィオラ! 待ちなさい!」と後ろから声をかけられるが、知ったことではない。


 向かう先はウィルフレッドの部屋だ。

 彼ならなんとか、間を取り持ってくれるかもしれない!



 *



「──ねえ! ウィルフレッド!!」


 使用人に鍵を開けてもらって、ウィルフレッドの部屋のドアを開けた。

 私の登場に驚いたらしいウィルフレッドがベッドから体を上げる。


「聞いてよ! お継父様が私のことを修道院に入れるって!!」

「……修道院?」


 首を傾げる彼に、私は強く訴える。


「セルマさんに酷いことしたからって……、このお屋敷から、追い出すっていうの!! ねえ、何とかしてよ!!」


 そう言いながら、ぎゅっと彼に抱き着いた。

 今までこれで彼が私の話を聞いてくれなかったことなんかない。彼は私の王子様なのだから!


 けれど、その時はどこかいつもと様子が違っていた。なんだか、全体的に元気がないような……?


「……ヴィオラ、離れてくれ」

「えっ」


 ウィルフレッドに体を離され、びっくりしてしまった。今までそんなこと、したことなかったのに……?!

 そして、あろうことか。


「……実際、酷いことをしたのは確かだろう? セルマから装飾品を盗んだり、セルマにお茶をかけられたって嘘の宣言をしたり……。悪いのは君だよ」


 と、言ったのだ!

 これには驚愕した。だって、彼が今まで私に口答えしたことなんて一度たりとも無かったから!

 一体何があったというのだろう。


 よく分からないが、ここは誤魔化さないとと思い、言葉を紡ぐ。


「そんな! ちょっとした出来心だったのよ、私とウィルフレッドの間をうろちょろするから!!」

「……出来心?」

「そう!! ただの、ちょっとした悪戯じゃない!! それなのに、お前は修道院に行って罪を清めてこいだなんて……!」


 こんなのあんまりだと思う。修道院に入らなきゃいけないくらいの罪なんて、私は犯してない。

 だから、ウィルフレッドの方からもお父様たちに言ってほしいのだ。二人で訴えかければ何とかなるかもしれないし。


「ねえ、ウィルフレッド! ウィルフレッドからお父様に言ってちょうだい! ヴィオラは修道院になんか行く必要ありませんって──」


 私がそう言えば、彼は眉間に皺を寄せながら。


「──ああ、もう。うるさいっ!!」

「……、……え、?」


 と、そう叫んだのだった。

 思わぬ言葉に目を見開いてしまう。


(……い、今、うるさいって?)


 ウィルフレッドが、私に?

 嘘だ、そんなはずはない。だって彼は私の王子さまで、いつも穏やかで、優しくて──。


 だが、今の彼はとてもじゃないが優しさも穏やかさも何もなかった。頭をがしがしと掻き抱きながら、一心不乱に叫ぶ。


「全部全部、君のせいだろう?! 君が俺を騙したからいけないんじゃないか!!」

「え……ウィ、ウィルフレッド? どうしたの……なんでそんなに怒っているの?」


 こんな風に誰かに怒りをぶつけられたことなんてなくて、じり……と後ろに下がってしまった。

 そのくらい怖かった。


(ウィルフレッド……、どうしたの……?)


 疑問を感じ、何があったのか、私は彼に尋ねようとした。


 けれど。


「君が居なければ、俺はセルマを素直に愛することができた! 彼女にあんな態度取らなくてもよかったのに……!」


 だなんて言うもんだから、これには反論しないとと思って思いっきり叫んだ。


「ちょ、ちょっと! それも私のせいだって言うの?! それはあなたが選んできたことじゃない!」


 これは間違ってないはずだ!


 そうでしょう、ウィルフレッド!

 あなたは私を好きだからって、セルマさんがここに来てからずーっと冷たい態度を取って、私を優先してきたんじゃない!

 それは他ならぬ、あなたのしてきた選択でしょう?!


 だが、ウィルフレッドは最早そんなことどうでもいいみたいだった。鬼のような顔をしながら私を睨みつける。

 しまいには。


「うるさい!! この嘘つき女!! 二度と俺の前に姿を現すな、修道院にでも何でも入ってこい!!」


 そう言って、バタン!! と扉を閉めた。

 あんまりな言い草に、私は扉の外で「ちょっと!」「その言い方はないんじゃないの?!」と叫び続けた。だが、扉が自発的に開くことはない。


 ウィルフレッドが、完全に心を閉ざしているのだ。


「……どうして……」


 ウィルフレッド。

 あなたは私の王子様よね?

 だから、私に酷いことなんて言わないわよね?


 そう問いたくても、もうドアを開いて、優しく出迎えてくれる彼は存在しなかった。



 *



「しっかりやるのよ、ヴィオラ」

「ちゃんと反省して、罪を清めてきなさい」


 悲しいかな、あれからすぐに、私は修道院に入ることになってしまった。

 お継父様たちは一応お見送りに来てはくれたけど……、ウィルフレッドは、最後まで顔を見せてくれることはなかった。


(あなたは、私の王子様じゃなかったのね)


 だって、本当に王子様なら、ここから白馬に乗って連れ出してくれるはずだもの。

 昔に読んだ物語の中では、そうだったもの。

 でもそれがないということは──つまりはそういうことなのだ。


「それでは、そろそろ馬車を出します。お別れの挨拶を」


 修道院から来た御者がそう言う。

 私は今一度、お屋敷の外観を見上げた。


 ……ここから出たくない。

 けれど、もう逃げられない。これは決定事項だからだ。


「さようなら、お継父様、お母さま……」


 ──そうして、私はブレイアム公爵家を追い出されることとなったのだった。


 これからどうなるのか……考えたくもないわ。



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