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お屋敷を飛び出して

 明朝。

 私たちはご当主夫妻に最後のお別れを言い、お屋敷を抜け出した。


 使用人のララにも、「今まで本当にありがとう」と言って。

 彼女は「守れなくて本当に申し訳ありません」と言ってくれたけど、十分彼女は私の心を守ってくれた。ララが居たから、私は今まで耐えてこられたのだ。



 エリック様と二人で、まだ若干薄暗い道を歩く。


「あの馬車に乗りましょう」


 エリック様の声にはいと頷いた。当面のお金はご当主夫妻が持たせてくれた。無駄遣いをしなければ、しばらくは大丈夫だろう。


 ガタンゴトン、と音が鳴る馬車に乗りながら、私はエリック様に尋ねる。


「あの……、結局、私たちはどこへ向かっているのでしょう?」


 私の問いに、エリック様は「ああ、まだ話していませんでしたね」と返した。


「俺の生まれ育った村です。あそこなら、ウィルフレッド様が俺たちを追ってきたとしても、少しは時間が稼げる」

「エリック様の生まれた村……?」

「ええ。ここよりも空気が美味しいですし、あそこなら多少の勝手もわかりますから」


 なるほど。エリック様はそういったお考えがある上での選択をしたのだな。

 ならば、私に否と言う気はない。彼の心に従おう。


 そう納得していたところ、エリック様が少し申し訳なさそうな声色で呟いた。


「……本当は国に帰してさしあげたかったんですけれどね。あなたが居なくなったことを知れば、ウィルフレッド様はまずその場所を考えるはずなので……。俺の居た村に一旦身を隠した方がいいと思って……」

「そうですね……。本当に、彼がこちらへ来るかはわかりませんが……。エリック様のお考えならば、間違いはないでしょう。私はあなたの決定に従います」

「ありがとうございます。セルマ様。……いつか、あなたの故郷にも参りましょう」


 エリック様は優しくそう言ってくれた。

 そうだな。帰れたら、いいな……。いつの日か……。



 そんな会話をしながらも、馬車は道を進んでいく。

 そうして数時間、馬車に揺られたり、降りて別の馬車に乗り換えたりしていたところ。降りた先では知らない景色が広がっていた。


「馬車はここまでですね……。ここからは歩いていきましょう」

「はい」

「田舎の生まれなもので……。申し訳ありません」

「そんな! 大丈夫ですよ!」


 苦笑いをするエリック様に私は慌てて声をかける。

 彼が田舎の出身だからって卑下する必要などないし、離れていれば離れているほど、ウィルフレッド様から逃げることができるのだ。田舎、万歳!(……ちょっと違う気がするけれど)


 そうして歩いて何時間が経過しただろうか。

 足がそろそろ限界に達しようとしていた時、その村は見えてきた。


「あそこです」


 エリック様が指を指す。


「あそこが……!」


 私は感動したように呟いた。あそこがエリック様の生まれ育った村。

 私たちが、これから暮らす場所。


「俺の家族が住んでいる家がありますので、まずはそこに行って体を休めましょうか」

「あ、ありがとうございます……!」


 よかった。実はもう体がへろへろだったのである。

 公爵家のお屋敷からここまで、遠かった……。頑張ったよ、私!



 *



「へぇ~、貴族の娘さんなのかい! こりゃあ別嬪さんが来たもんだ!」

「あ、あはは……」


 あれから私たちは村の中に入り、エリック様のご家族が暮らしているという家に行った。

 容赦なくゴンゴンと扉をたたき、「帰ったよ、母さん」と声をかけるエリック様に、中から慌てて人が出てきたのだ。それはエリック様のお母さまで、エリック様とよく似た色彩を持ってらっしゃる方だった。


「それにしても……その男は許せないね! 女の敵だよ!!」


 エリック様のお母さま……ベッキーさんが憤ったように話す。

 私たちの主な事情はエリック様の口から話されていて、その実情を知ったベッキーさんは先ほどからウィルフレッド様のことを「女の敵」だと言って怒ってくれている。優しい人だ。


「その、何だっけ? ヴィオラか。ヴィオラとかいう女も、全部分かっててやってるんだ。そいつも敵だね! セルマちゃん、ここではそんなつらい思いはしなくていいからね!」

「あ、ありがとうございます……」

「母さん、そんなに詰め寄られちゃあセルマ様も困るだろう。ちょっとは自重してくれ」


 エリック様が困ったように言う。

 それにベッキーさんは「なにおう?!」と負けじと言い返す。


「こーんなさびれた村にこーんな可愛らしい娘さんがやってきたんだ。そりゃあ興奮もするさね!」


 可愛らしいと言われてしまった。素直にうれしい。


「はいはい。……それより、セルマ様」

「はい?」

「例の魔法、ここいらでかけちゃいましょう。ここならすぐには追ってこれないだろうから」


 例の魔法、といえば……。


(番契約の破棄魔法……)


 私は神妙な面持ちでこくり、と頷いた。

 エリック様はかつて自分の部屋だった所に連れてきてくれて、ベッドに腰かけさせてくれる。


「では、……心の準備は、いいですか?」

「……はい!」


 大丈夫だ。もう覚悟はできた。

 これで、今までのつらかった日々は──終わりを告げる。


 長いようで短かった。

 ある日突然、王国の使者さん達に「あなたは運命の番です」だなんて言われて、公爵家に連れていかれて。

 でも、第一印象からお互い最悪で……それからも、関係が改善することなんてなかった。

 何度誘いをかけても断られ、少しでも一緒に居れば詰られる日々。終わりが見えなくて、本当に……苦しかった。


 けれど、そんな日々にも救いはあって。

 エリック様と出会えたことは、私の人生において、一番と言えるくらいに幸せなことだ。

 今こうして二人でいられること……。とても、嬉しく思う。


「じゃあ、行きます」


 エリック様がそう言い、魔法の詠唱? 的なものを始めた。

 私は何となく瞼を閉じながらそれを大人しく聞いている。


 そして、しばらくすると──。


『ぶつり』


「ッ!!」


 その衝撃に、思わず目を見開いた。


 運命の番。人間族にはその繋がりが分からないと言われているけれど──今、確かに、何かの線が切れたことがわかった。

 きっとこれが私とウィルフレッド様を繋いでいた一本の線だったのだろう。


「切れた……」


 私の漏らした声に、エリック様が詠唱を終えて、「よかった」と言う。


「無事に成功したみたいですね」

「ええ……、本当に、ありがとうございます、エリック様……げほっ」

「セルマ様?」


 エリック様にお礼を言うとともに、目の前がぐわんぐわんと歪んでいく。

 頭の中がぐちゃぐちゃになる。


「セルマ様! セルマ様!」


 エリック様のお声が遠い。もう、聞いていられない。

 耐えきれずに目を閉じると、私の意識はすぐに暗闇へと落ちていったのであった。



 *



「……ん……」


 瞼を開ける。

 視界に映ったのは、意識を失う前に居た部屋の中の景色で。


「よかった! セルマ様……!」


 隣ではエリック様が声をかけてくれる。

 そうか、私は意識を失ったのか……。


 そう思いながら体を起こそうとすると。


「うっ」

「! 大丈夫ですか?!」


 今まで感じたこともないくらいに重たく感じる体にびっくりしてしまい、そのままベッドに倒れこんだ。

 エリック様の心配そうな声が聞こえてくる。だが、今の私にはかろうじて「大丈夫ですよ……」と、そんな台詞を吐くことしかできない。


「……魔法の、代償ですね」

「……これが……」

「ごめんなさい。やはり、避けられぬものでした。もしかしたら……とは思ったのですが……」


 エリック様が深々と頭を下げる。

 私は頭を横に振って、大丈夫だという意を伝えた。


「ちゃんと、番契約は破棄されています。私にとっては、それで十分です」

「セルマ様……」

「それに……、これから、エリック様がずっとお傍にいてくださるんでしょう? なら、大丈夫ですよ」


 私は微笑んだ。

 そうだ、その通りだ。


 ウィルフレッド様との繋がりはこれで途絶えた。エリック様は心配していたけれど、彼も、わざわざ私を追ってくることはしないだろう。

 これで正真正銘、私は自由になれたのだ。


 その代償に、ちょっとくらい体が重たくたって……弱くなっていたって、構わない。


 エリック様がこれからも傍にいてくださる。私には、それだけで十分だ。


「ええ、ええ……! これからも、俺はあなたと共にあります」


 エリック様が手を握ってくれる、強く、、それでいて優しい温度で、


「よかった……。……ねえ、エリック様」

「はい?」


 私はエリック様の顔をじっと見つめながら、そっと呟いた。


「ありがとう、ございます。私を、助けてくれて」

「……いいえ、俺が、やりたかっただけですよ」

「エリック様が、やりたかっただけ?」


 私が聞き返すと、エリック様は穏やかな微笑みを携えながら、こう言った。


「俺が、あなたを好きだから。あなたを助けたかったから……、だから、やっただけです」


 そんな彼の答えに、私もふふっ、と笑みを零さずにはいられなかった。





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