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ご当主様と

 これは、ウィルフレッドが謹慎中になり始めた頃のこと──。



「ご当主様」

「! セルマ嬢!」


 私はエリック様と一緒に部屋から出て、ご当主様のいらっしゃるであろう執務室に向かった。

 コンコン、とノックをすると、中から慌ててドアを開かれる。

 開けてくださったのはご当主様だった。


 促されるまま部屋に入り、ソファーに座る。


「大丈夫だったかい?! うちの息子が勝手なことをしてしまい、大変申し訳ない……!!」


 心底申し訳ないといった声色で謝ってくるご当主様。

 頭まで下げてくるものだから、私は慌てて止めた。だが、ご当主様は聞いてはくれない。


「話は息子から聞いているよ。……だが、君からも詳しい事情を聞きたい。どちらか一方の話を聞いただけではだめだからね」

「……はい」


 私は意を決して、ご当主様に全てを話した。

 ヴィオラ様の窃盗疑惑、ヴィオラ様が自らお茶を自分の頭にかけたこと。

 そしてそれらすべてを、ウィルフレッド様は私が悪いとし──頬まで叩かれたことを。


 全部話し終えると、ご当主様は絶望した表情で頭に手を当てた。

 よほど聞いた内容がショックだったのだろう。


「ウィルフレッドが、あなたの頬を……。あの、バカ息子!! 許せん!!」


 憤った表情を見せるご当主様。そうやって怒ってくれることが、今の私には何よりも有難いことだ。


「……ヴィオラに、話を聞かねばならないな……」

「ええ……、そうしてくださるとありがたいです」

「ヴィオラ付きの使用人も関わっていそうだ。全て、明るみに出さなくてはならない。……まず、ヴィオラの部屋を調べよう」


 そう呟いて、ご当主様は傍についていた使用人の人に、ヴィオラ様の部屋を調べてくるよう言った。

 その言葉を聞いて安心する。


 きっと、これで大丈夫だ。

 全てが明るみに出て、正しく罰が下される。……罰が……。


「あの、ご当主様」

「ん? 何だい、セルマ嬢」

「仮に、ヴィオラ様の罪がこれから出てきても……、あまり、強くは罰さないであげてください」

「そんな、どうしてだい? 君の言い分が正しければ、あの子は君を陥れようとしたんだよ?」


 ご当主様の疑問も尤もだ。けれど……。


「ヴィオラ様の気持ちも、分かるからです」


 やったことは許されない。私だって、簡単に許す気はない。

 だけど、彼女の気持ちがわからないかと言われれば……、そうでもないのだ。


 ずっと幼い頃から自分を特別扱いして、守ってくれた王子様のような人に、……大好きな人に、ある日突然私のような者が現れたら……。

 さすがにあんなことまでは自分はしないだろうが、絶対に、何か思うところはあるはずなのだ。

 自分の好きな人だったのに、私だけの王子様だったのに、って……。


 だから、あまりきつい罰は与えてあげてほしくない。

 自己満足かもしれない、ヴィオラ様にとっては大きなお世話と言われてしまうかもしれない、私の勝手なお願いだろうけど……。


「……わかったよ、セルマ嬢」

「!」

「君の言うことに従おう。今回、全面的な被害者は君なのだからね」


 ご当主様のお優しい言葉に、私は「ありがとうございます」と頭を下げて返した。

 頭なんか下げる必要はないって言われたけど。


「アルヴィス様。実はそのことの他に、お伝えしなければならないことがあります」


 エリック様が前に出てそう言った。

 私は直感する。「あのこと」について言うつもりなのだと。


 ……今更ながら、ドキドキしてきた。

 ご当主様は、受け入れてくださるだろうか……。


「なんだい、エリック君。改まって」

「実は……俺とセルマ様で、このお屋敷を出ていこうと思いまして」

「えっ!!」


 驚愕に目を見開くご当主様。

 驚いて当然だろう。いきなり「ここを出てきます」なんて言われてしまったら。


 だが、エリック様は怯むこともなく続ける。


「このままここに居ては、セルマ様のお心はウィルフレッド様に壊されてしまいます。俺はそんなことは許せない。彼女を……愛しているから」

「エリック君……」

「長い間お世話になっておきながら、とんだ不義理だとは思います。それでも俺は、セルマ様を守りたい。彼女と一緒に生きていきたいんです」


 エリック様がまっすぐにご当主様を見つめる。

 ご当主様はしばらくの間黙っていたが、その後、はぁ~……、と大きなため息をつきながら言った。


「こんなことをやらかしておいて、ダメとは言えないよなぁ……」

「アルヴィス様……」

「セルマ嬢。これでも私はウィルフレッドの親でね。「運命の番」であるあなたには、この屋敷に……ウィルフレッドの傍に居てやってほしいと、今でも思ってしまう」

「……はい……」

「でも、それは叶わない。私ですら、それは分かってしまう。それほどまでに、ウィルフレッドは酷いことをあなたにしてしまった。……許されざることだよ」

「…………」

「だから……私は、止めない。君たちの歩みを」


 ご当主様の静かな声。

 私はそれに、ただ、ごめんなさいと答えるしかなかった。

 ご当主様が「いやいや」と手を横に振る。


「悪いのは私たちだ。ずっと、ウィルフレッドの番だからと言うことで……君をここに縛り付けていた。「番だからいつか分かり合える」。そんな、根拠もないことを信じ切って」

「ご当主様……」

「行きなさい、セルマ嬢。君はもう、ここから解放されるべきだ」


 その言葉にぶわりと涙が溢れて、「はい」「はい、ありがとうございます……ッ」と涙ながらに言うことしかできない私。

 そんな私の背中を優しく撫でてくれるエリック様。

 その手が温かくて、尚のこと涙が出た。


 けど、一つだけ聞いておかなければいけないことがある。


「あの、ご当主様……」

「ん?」

「私の、家に入れてもらっている寄付金についてなのですが……」


 こんな形でお屋敷を出ることとなったのだ。もしかしたら、全額返さねばならないかもしれない。

 その時には、私が働いて、少しずつ返して行くということでなんとか……。


「そんなもの、気にしなくていいんだよ。セルマ嬢」

「えっ……」

「バカ息子たちがあなたにしたことを考えれば、逆にこちらが慰謝料を支払わねばならないところだ」

「そんな、慰謝料なんて要りません!」

「ありがとう。だから、私たちも寄付金の返還は求めない。……これでどうだね?」


 本当にありがたい申し出だ。私はこくこくと首を縦に何度も振って、了承の意を伝えた。


「番契約は、ウィルフレッドの方から解消させよう。少し待って……」

「お待ちください、アルヴィス様」

「ん?」


 ご当主様がエリック様の方を見つめる。


「果たして、ウィルフレッド様が大人しく番契約を破棄するでしょうか」

「それは……どうしてだい、エリック君」

「同じ人を愛している者同士……わかるのです。ウィルフレッド様は絶対に、このまま素直に契約破棄に応じるはずがない。彼はセルマ様に冷たくしていても、必ず心のどこかで彼女を求めていた。そんな彼が、セルマ様との番を解消しろと言われて、大人しく応じるとは思えません」

「そんな……」

「故に。番契約の破棄は、こちらで行おうと思います」


 エリック様が真剣な声で言った。

 ご当主様はそれに驚いた顔をする。


「そんなこと、できるのか? 確か、人間族からの契約は破棄できないと……」

「ご安心ください。俺が編み出した魔法で、何とかしてみせます」

「魔法?! 君の編み出した、か?!」

「ええ」

「……毎度思っていたが、やはり君の才能は一味違うな……」


 ご当主様のお言葉に、あ、やっぱりエリック様の才能って規格外なんだ、と心の中で納得した。

 やっぱり、そんな魔法を編み出すなんて、すごい人だと思っていたのよね。


「屋敷から出てしばらくしてから契約の破棄魔法を行います。それまでご当主様には、ウィルフレッド様が万が一にでもこちらを追ってこれないようにお願いしたい」

「それなら安心してくれ。今ウィルフレッドは謹慎中だからな。私の命が無い限り、外には出てこないさ」

「え、……謹慎中?」


 私が尋ねると、ご当主様は渋い顔つきで。


「セルマ嬢にあそこまで不当な扱いをしたのだ。当然の報いであろう」


 ……そうか。私のせいで、今謹慎中なのか。

 ざまーみろ、と思う気持ちも、無くはない。エリック様に嫌われたら嫌だから言わないけどね! ちょっとくらい、そういう気持ちはありますよ!


「それで、いつ出発するのだ? よければ我が妻にも挨拶をさせてほしいのだが……」

「明日の朝にしようと思います。丁度辻馬車が出ている頃に。それまでに用意を終わらせますので、オーレリア様とのお別れもできると思いますよ」

「そうか……、ありがたい」


 ご当主様が目を閉じる。


 こうして、ご当主様へのご挨拶は終わった。

 この後はご当主様が公爵夫人を呼んで、別れの抱擁をしたりしながら、話し込んでいたのだが。

 ……このお二人と離れることはつらい。


 それでも、もう決めたことだから。

 ……後戻りは、できないし、しない。


 明日、私は、エリック様と共にこのお屋敷を、出る。



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