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俺は間違っていたのか?(ウィルフレッドside)

「この……馬鹿もんが!!」

「うぐっ……!」


 父上に殴られ、俺は壁まで吹っ飛んだ。鈍い痛みが体を支配する。

 慌てた様子のヴィオラが駆けつけてきてくれた。ああ、やっぱり君は天使のような子だ……。


「お父様! なんてことをなさるの、やめて!」


 俺の肩に手を添えながら訴えるヴィオラ。だが……父上は聞く耳を持ってくれない。よほど怒っているようだ。


「喧しい! 私が居ない間に、とんだ勝手なことをしてくれて……!!」


 父上の瞳は怒りで燃え上がっている。

 しかし、自分にはそこまで怒られる謂れなどない。それを伝えようと、よろ……と体を起き上がらせながら必死に言葉にした。


「父上、聞いてください。あの女は……セルマはとんだ悪行女でした! 愛するヴィオラに嫌がらせをしていて……!」

「セルマ嬢がそんなことをするはずがないだろう、たわけ!!」

「本当なんです! 信じてください! なっ、ヴィオラ」


 傍に居るヴィオラにも声をかける。

 すると彼女はどこか青い顔でびくっ、と肩を震わせながら、「え、ええ、そうね……」と言った。

 その様子の不自然さに少し眉をひそめたものの、見なかったふりをして俺は父上の方へと再度向き直る。


「ヴィオラに茶をひっかけた? 盗人疑惑までかけた? 彼女がそんなことをするはずがない……!」

「そんな、どうして信じてくれないんですか! 俺はこの目で見たのですよ?!」

「本当にお前はそんなことをした現場を見たのか?! 茶をヴィオラの頭にかける、そんなセルマ嬢を見たとでもいうのか!!」

「う、……そ、れは……」


 答えに言い淀む。

 そうだ。俺は現場を見たわけではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()、そうなんだと思ったのだ。


 しかし、ヴィオラが俺に嘘などつくはずがない。

 この子は本当に天使のような女の子なのだ。そんな、わざと嘘をついて、セルマを陥れるようなことなんか……。


「とにかく! セルマ嬢がそんなことをやったなど、私たちは信じないからな」


 はぁーっ、と大きなため息をつきながら言う父上。

 俺はそれでも食い下がった。だって、ここで言い返さないと、ヴィオラが嘘をついていることになってしまうではないか!


「父上! どうか俺たちの言葉を信じてください! 俺たちはあなたの子供でしょう?!」

「……普段なら、私はお前たちの言葉を信じただろう。だが、今は状況が違う。なにせ、セルマ嬢がヴィオラに嫌がらせなどする理由など存在しないからな」

「え……?」


 その言葉に目を見開く俺。

 理由が存在しない? そんな馬鹿な。だって、セルマは──。


「セルマは、俺に相手にされていないのを悔しがってヴィオラに嫌がらせをしかけたんです!!」


 俺がそう叫ぶと、もう一度「馬鹿者が!!」と一喝される。


「それはセルマ嬢がお前を好いていた場合の可能性だろう! 私たちから見ても、そんな可能性は一ミリたりともない!!」

「え……?」


 目を見開く。

 そんな俺に父上は、まるで信じられないものでも見たかのような顔で問いかけた。


「……まさか、お前。ウィルフレッド……。本気でセルマ嬢に好かれていると思っていたのか? あんな、すげない態度を取っておきながら?」


 父上のその言葉を聞き、俺の心臓はどくん、と大きく跳ね上がる。


 セルマは、……セルマは、俺のことが好きじゃない……?

 いや、それは間違いだ。だって俺たちは「運命の番」なんだから。

 俺にはヴィオラが居るけれど、俺は彼女を愛しているけれど──だって、だって……。


(俺たちは、番同士、だから……)


 それだけで、何の根拠もなく、セルマが自分を好いているものなのだと思っていた。

 どれだけ自分が冷たい態度を取っていても、結局は国に帰らず、俺の傍に居るものだとばかり──。


「……詳しいことは、同席していた使用人に訳を聞いてみる」


 がしがしと頭を乱暴に掻く父上。心底呆れているといった風な声色に、俺は焦った。

 何に焦っているのかも定かでないまま。


「ウィルフレッド、お前は謹慎処分とする。セルマ嬢にやったことと同じだ。自分が何を命じたのか、その身で味わうんだな」

「ま、待ってください父上! 俺は──」

「くどい!! 男ならば大人しく、自らの罪を認めろ!!」


 罪?

 罪とは何ですか、父上。

 俺は何もしていません。


 ただ、ヴィオラが泣いていたから。

 ヴィオラが「セルマさんに酷いことをされた」と泣いて訴えてから──。


 しかし、俺の言葉がそれ以上聞き届けられることはなかった。

 脱力している体をずるずると使用人に引きずられ、部屋まで連れていかれる。


「まっ……」

「申し訳ありませんが、命令、ですので」


 制止の声も言わせてもらえない。冷徹にも、扉はそのまま閉められる。


 そして、ガチャリと。

 外鍵がかけられた。


「……ああ……」


 気のない声が思わず漏れてしまった。


 これで外に出ることは叶わない。ここは二階以上の高さがある。窓から落ちたら確実に怪我をするだろう。


 ……今のセルマと、同じだ。


 俺はただ茫然としながら、部屋の中でじっと座っていることしかできなかった。



 *



 あれから何日が経ったのだろう。

 時計は部屋の中にあるはずだが、感覚としては何日が経過しているのか分からなかった。三日? 五日?


 ……ここまでされることを、自分はしたのだろうか。

 ここに閉じ込められてからずっと、自問自答を繰り返していた。


 自分はただ、泣いているヴィオラを守っただけだ。

 我が最愛の人。美しく、愛らしいヴィオラ。彼女が泣いていることが悲しくて、泣かせた奴のことは腹立たしくて仕方がなくて。

 その相手がセルマだと知った時、「ああ、やっぱりな──」という思いがあったからこそ、あそこまで怒ったのだ。

 ……少々、やりすぎた感は否めないが。


 それでも、自分は間違っていないと思った。

 そう思ったし、どこかで──仄暗い喜びも感じていた。


 セルマがヴィオラを傷つけた。聞くところによれば、「ウィルフレッドと自分との仲に邪魔だからやった」という。

 つまりそれは、自分のことを好きだという証明に他ならない。


 あの時の自分は、ヴィオラを傷つけられた怒りと共に──「それだけのことをやるくらい、自分は番のセルマに愛されているのだ」という喜びでいっぱいになっていた。

 怒りながらもどこかで嬉しさを感じていた。やっぱり、セルマは俺のことを愛していて、だからこそあんな凶行に出たのだ!


 そんな強い思い達が、自分をあそこまでの行為に及ばせたのかもしれない。


 だが、父上は言った。

「本気でお前はセルマに好かれているとでも思っていたのか」と。


「…………」


 ……目の覚まされるような気持ちだった。

 セルマは俺を愛していない。当然だ、普段、あんなにも冷たく接していたのだから。


 街へ下りた時だって、二人っきりになると思いが溢れてしまいそうだったから、ヴィオラを誘った。

 夜会の時だって、本当はセルマと一緒に居たかったけれど──ヴィオラが「傍に居て」と言うから、そちらを優先した。


 俺なら、相手がこんな番だったら、嫌われているのだと確実に思うだろう。


 ……そんなことを、俺はセルマにずっとしてきていた。

 嫌われて当然の行為だ。


 どうして、今まで無条件に、セルマが自分を好きでいてくれているだなんて思っていたのだろう。

 それはきっと、彼女がどんなに冷たい態度を取られてもこの国に居続けてくれたことと──まぁ……自分でもよく分からない自信によるものだろうな……。

 今となっては自嘲するような考えだ。ふ、と笑いを漏らす。


 そして、次に。


(……なら、あのヴィオラの話は?)


 そこに疑問点が残る。

 セルマは俺のことなんか好きじゃない。じゃあ、あのヴィオラの、「嫌がらせをされた」という証言は何だ?


 少し考えればわかることなのに、考えることを脳が拒んでいた。

 だって、ヴィオラは俺の愛する人なんだ。純粋無垢で、汚れなんて知らない子で──。


(ダメだ……、考えるな)


 もう少しで真実の扉が開きそうなのを必死に止める。

 嫌だ、俺はもうこれ以上、自分の過ちに気付きたくない。


 そんなことをもんもんと考えていた俺の心の中で。



『──ぶつり』



「…………ッ?!」


 ガバッ!! と体を起こす。

 心臓がどくどくと動いていて、普段よりもその速さは明確だった。


 今、何かが、ぶっつりと途切れた感覚がした。


 その何か、とは。


「……セルマとの番契約が、切れた……?!」


 今の、感覚。

 どれだけ嫌な態度を取ろうが、心の中にあったセルマとの確かな繋がりが──消えている。

 ぽっかりと胸に穴が開いたような心地だった。


 慌てて使用人を呼び、手洗いだと嘘をついてドアを開けてもらうようにする。

 部屋から出て走りながらも、俺の頭の中には嫌な予感がどんどん押し寄せてきていた。


「セルマッ……!!」


 一体何が起こっているのか。自分にもよく分からなかった。

 だが、これだけは分かる。


 セルマと俺の番関係が、終わりを迎えたということを。



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