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告白

「あなたを愛しているんです」


 エリック様からそう言われた時、全ての時が止まっているかのような感覚に襲われた。


 ……好き?

 愛している?


 この、私を?


「だから──俺は、あなたを助けたい」


 まっすぐな瞳が私を捉えて離さない。

 私は暫し言葉を失った──が。


「……え……」


 とりあえず、出せたのはこんな声だけだった。

 今思い返しても間抜けすぎる。


 けど、そんな私にエリック様は微笑みを浮かべて。


「信じられませんか? 俺が、あなたを好きなこと」


 ──そうだ。信じられない。

 こんなに素敵な人が、私のことを好きだなんて──。


「最初は姉に似た境遇が気になっていました。それは認めます」

「……はい」

「けれど、あなたと交流を重ねていくたびに──見せてくれる色んな表情や、その笑顔に、俺は惹かれていったんですよ」


 そっと私の頬に手を添えるエリック様。

 偶然にも、そこはこないだウィルフレッド様に叩かれた方のほっぺたで。


 優しい温度が私の頬に伝わる。


「好きです、セルマ様」

「……エリック……さま」

「どうか俺と、一緒に来てはくれませんか」


 真剣な表情でそう言われて、「いいえ」と答える手段など、私には無かった。

 添えてくれている彼の手に自分のそれを重ねて。


「……はいっ」


 と、心の底からの返事を述べる。

 涙目になっているのが自分でもわかる。


「よかった。ありがとうございます、セルマ様」


 もう一度ぎゅっと私を抱きしめてくれるエリック様に、今度は私も同じくらいの強さで抱きしめ返した、

 感無量のあまり、もはや泣きながら必死に言う。


「わた、わたしもっ、エリック様のことが好きです……! ずっと、あなたが好きで……!」

「嬉しい。大好きですよ、あなたのことが」

「私も……っ!!」


 こんなにうれしいことがあって良いのだろうか。最近災難続きだったから、明日は雨でも降るんじゃないかと思ってしまう。

 でも、嬉しさを抑えきれない。だってずっと好きだった人なのだ。そんな人が、私を好きだと言ってくれている!

 これ以上の幸せはない気がした。


 そうやってしばらくの間抱き合っていたが、涙が落ち着くにつれ、先ほど彼が言ったとある台詞が気になって私は聞いてみた。


「あの、エリック様」

「ん?」


 聞き返す声すら優しい。惚れてしまう。もう惚れてるけど。


「さっき、「一緒に来てはくれませんか」と仰っていましたけれど……それって、どこに……?」

「ああ、それはですね、……このお屋敷を、一緒に出ていこうと思いまして」


(えっ?)


 驚きで目を見開いてしまう。


「このままウィルフレッド様と一緒に居たら、あなたは心が壊されてしまいます。そんなの、許せるわけがない。だからここから出ていくんです」


 確かに。彼の言う通りだ。このままこの場所に居ても、私は精神が回復することはないだろう。

 むしろすり減っていってしまうのではないかと思う。


 だが、ここから出てどこへ?


「え、で、でも、ここから出てどこに行くんですか?」

「うーん。色々と候補はあるんですけどね。まぁそこは追々」

「追々……」


 一体どこの話をしているのだろう……。

 疑問には思ったが、今は置いておいて。


 それよりも、気になることがある。


「あ、あの! けど、私はウィルフレッド様と番関係で──」


 そうだ。私と彼はいまだに番関係。それを続けたまま家を出たところで、意味はあるのだろうか。

 そんなことを考え、私が放った言葉に、エリック様は「ああ」と言い。


「それ、解消しちゃいましょう」


 と言った。


 あんまりにも簡単な風に言うので、私は一瞬固まってしまった。

 ハッと我に返り、慌ててエリック様に聞き返す。


「ど、どうやって……? 竜人族と人間の番関係は、人間側からは解消できないって聞いたのに……。ま、まさか、ウィルフレッド様に直接、解消をするように頼むとか……?!」

「いいえ、そんなことをしても彼があなたを諦めるとは思えませんし」

「え……」


 どういう意味だろう。私は首を傾げたが、エリック様はそのまま続ける。


「実は、人間族の方から番を解消できる魔法があるんです」

「……ま、魔法……?!」

「ええ、魔法です。人間族からしてみれば、あまり馴染みはないかもしれませんけれどね」


 その通りだ。

 人間の国ではマナの濃度がここよりも格段に低い。それゆえ、魔法を使える人間はごく少数に限られている。

 魔法なんて聞いても馴染みがない。


「この魔法があれば、ウィルフレッド様との番関係を解消することができます」

「ほ、本当ですかっ!」


 あまりにも魅力的な方法に私は食いついた。


「ええ。……しかし、これはまだ編み出して間もない魔法なんです。まだ世間にも発表していない」

「え? ……つ、つまり、その魔法はエリック様が作り上げたということですか?」

「そうですよ。ふふ、驚きました?」


 いや驚くとかいう問題じゃない!!

 さすが公爵家勤めのお医者様!! 才能に溢れすぎてる!!


 私が口を開けて驚いているうちに、エリック様は真剣な表情でこちらを見ながら言う。


「編み出したばかりの魔法……故に、まだまだ改善点があるんです。番解消による竜人族の衰弱も防げないし……」

「そうなんですね……」

「あと、……この魔法を使用した人物は、途端に体が弱くなってしまうんです」

「え……、体が?」

「ええ……」


 エリック様が神妙な面持ちで呟いた。


「番とは「神によって定められた」もの。運命を捻じ曲げるというのは……そういうことなのかもしれませんね」

「運命……」


「運命の番」。

 これまで幾度となく聞いてきたキーワードだ。


 運命。神様に決められた二人。

 それを捻じ曲げるのだから、それなりの代償が必要になる、ということなのだろうか……。


「セルマ様」

「……はい」

「魔法の副作用は今、お伝えした通りです。これまでの健康な体から一変して、弱く苦しい体になってしまう可能性が高い。寿命だってどうなるかわからない。……それでも、番解消を望みますか?」


 エリック様の問いに、私は一瞬だけ、唾を飲み込んで。


 運命を捻じ曲げるが故の代償。

 今までの健康な体はもう手に入らなくなるのだろう。もしかしたら、寝たきりの状態にでもなってしまうかもしれない。彼の言う通り、寿命もいつまでになるのやら。


 それでも──今の状態なんかより、よほど良いと思えた。


 私は何も悪いことをしていないのに、激しく詰られて、殴られまでして。

 ずっとずっと苦しかった。今までほとんど誰にも本音を言えず、自分の中で押し殺してきた。


 今となっては、そんなもの、全て無意味だったと知る。

 そうまでして、こんな所に居る必要なんかあるものか!


「……はい。私は、番解消を望みます!」


 ハッキリと、彼の瞳を見つめながらそう宣言する。

 エリック様も覚悟を決めたような表情で、「……わかりました」と言った。


「では、さっそくその魔法を……」

「ちょっと待ってください、セルマ様」

「はい?」


 魔法をかけてもらうことをお願いしようとした時、待ったがかけられる。

 不思議に思いエリック様に問いかける私。


「どうしましたか? エリック様」

「今その魔法をかけるのはやめておいた方がいいです」

「えっ、どうして?」

「番関係は、その繋がりが切れると一瞬でわかると言います。ここで解消してしまうと、屋敷に居るウィルフレッド様にすぐ感づかれてしまう。そうなれば、彼はすぐさまあなたの所へ来るでしょう。そうなると厄介です」

「あ、そうか。竜人族は番を解消すると体が衰弱しちゃうんですものね。確かに、怒ってこちらへ来るかもしれません!」

「うーん、ちょっと違うんですけど……、まぁ、そういうことにしておきましょう」


 エリック様が私の頭を撫でながら言った。撫でられるのは嬉しいが、彼は何を言っているのだろう? 意味不明だ。


「さて、それでは……、お屋敷を出る準備をしましょうか」

「あ、そうか。出るって言ってましたもんね! すぐに準備します!」

「ああ、そんなに急がないで……。……いや、その前に」


 エリック様が顎に手を当てながら言う。


「ご当主様に挨拶はしておきましょう、セルマ様」

「えっ……、……お、怒られませんか? こんな話をしたら……」

「大丈夫ですよ。そろそろお帰りになっている頃合いだと思いますし。それに、あの人たちはこんな理不尽を許すほど優しくはありません。きっと、セルマ様の思いを聞いてくださると思います」


 本当だろうか。契約内容を反故にするようなこんな申し出を、彼らは受け入れてくれるだろうか……。


 心配になった私の頭を再度撫でて、エリック様は安心させるように微笑む。


「きっと、心配いりません。安心してください」


 ……そうかな。

 エリック様がそう仰ってくれるなら、そうかも、しれない。


 知らない間に私はすっかり彼を信じてしまう性質になってしまったらしい。嫌では、ないけれどね?



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