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突如陥れられた罠

 無くなったもの達がヴィオラ様の部屋にあった。

 私はこの事実に対し、どう対処しようか、迷ってしまっていた。


 ヴィオラ様のためを思うのなら、すぐにご当主様夫妻に報告すべきだ。

 けれど……。そんなことをしたら、本当にヴィオラ様が盗人として扱われることになってしまう。

 身内同士の問題のようなものだから、私が騒ぎ立てずにいれば、丸く収まるのではないか……。


 そうだ、それに、何故彼女がこんなことをしているのか。それも聞いていない。

 真実を聞いてからでも遅くはないだろう。私はそう思い、ヴィオラ様の部屋へと行こうとした。

 彼女と面と向かって話をするためだ。


 部屋を出て、廊下を歩く。

 もう少しで彼女の部屋に着く──そう、思っていた時だ。


「あら、セルマさん」

「!」


 背後からヴィオラ様の声が聞こえて、慌てて振り返る。

 そこには案の定彼女の姿が。


「どこかに行こうとしていたの?」

「え……と、まぁ……」


 何となく、ヴィオラ様の部屋に行こうとしていたとは言いづらい。

 私が言い淀んでいる間に、「それって急ぎの用事?」とヴィオラ様が問うてくる。


「え、いえ……まぁ、急ぎでは……」


 ない、かな?

 少々危うい感じだったが、私がそう答えると、ヴィオラ様が一歩前に出てこう言ってきた。


「なら、少しお茶に付き合ってくれない?」

「へっ?」


 思わぬ誘いに目を丸くしてしまう。


「前から言ってたでしょう? セルマさんとお茶をしてみたいって。ダメ……かしら?」


 きゅるん、とした上目遣いで私を見てくるヴィオラ様。

 そんな、だめなんかではないけど……。


「いい、ですよ」


 でも、もしかしたらお茶の時にあのアクセサリー類のことを聞けるかもしれない。

 そう思った私は了承の意を答えた。ヴィオラ様のお顔がパッと華やぐ。


「やった! じゃあ、中庭にお茶を用意させましょう! 少し待っていてね」

「え、ええ。ありがとう、ございます……」


 ヴィオラ様が傍についていた使用人の方にお茶の話をすると、それは中庭にすぐ用意された。


 用意された席に座って、じっ、とヴィオラ様を見る。

 ヴィオラ様は機嫌よさそうに微笑みながらお茶が入るのを待っていた。


「今日のお茶はね、特に私が好んでいる味なの! 甘くてすっきりして……美味しいのよ!」

「そうなのですか。それは是非ご相伴に預かりたいですね」

「うふふ、絶対セルマさんも気に入ってくれると思うわ!」


 コポポポ……と音を立てながらお茶が入れられる。

 湯気が立って、すぐにいい匂いがその場に広がった。……確かに美味しそう。


「お菓子ももう少ししたら来るからね!」

「あ、ありがとうございます」


 そう言って微笑むヴィオラ様は、今日も天の光を一身に受けているかのように輝いている。

 ……相変わらず、天使のような外見の人だわ……。

 さらさらの金髪、明るい水色の瞳。素直に羨ましいと感じてしまう。


 その内お菓子も運ばれてきて、私たちは暫し歓談することとなったのだった。

 ……無くなった装身具のことも聞きたかったんだけど、なんだか聞きづらい雰囲気で。だって、すっごく明るいんですもの。こんなにも元気に明るく話をしている場に、「もしかしてあなたが盗みましたか」なんて、言えるわけがない。


 しかし、言わないことには話が進まず。

 私は一体どのタイミングで話し出したらよいのか……お茶を飲みながら、その時を刻一刻と待っていたのであった。



「……ふう」


 ヴィオラ様が一息つき、カップをソーサーに置く。


「セルマさん。あなた、とってもいい人ね」


 そして突然そんなことを言うので、私はびっくりして「ど、どうしたんですか、ヴィオラ様」と言った。

 だが、私のそんな様子は意にも介さず、ヴィオラ様は続ける。


「だって、こうしてお茶に誘ったら付き合ってくれるし」

「それは、まぁ……。せっかくのお誘いですし……」

「それに、……ウィルフレッドにどれだけ冷たい態度を取られても、少しも怒らないんだもの。怒ったって言っても、あの夜会の日。ちょっと反論しただけよね」

「…………!」


 驚いてしまった。

 まさか、ヴィオラ様から「ウィルフレッド様に冷たくされている」などと直球の言葉が来るとは思わなかったからである。


「ねえ、どうして怒らないの? 私の目から見ても、ウィルフレッドはあなたよりも私を優先しているわよね?」

「……それは……」

「知ってる。あなた、根がお人よしなのよ。だからどれだけ冷たい態度を取られたとしても、怒ったりすることが中々できない。ただ、黙って傷つくだけ」


 ……ヴィオラ様は何が仰りたいのだろう。

 彼女の意図が読めなくて、私は首を傾げてしまう。


「私ね、──そんなあなたが、嫌いよ」


 思わぬ言葉に目を見開く。

 ……今、なんて言われた? 私。


「もう一度言うわ。き、ら、い。大嫌いよ、あなたのこと」

「……そ、れは、どうしてですか……?」


 何を言われたのか分かっていないまま、震える声で問う。

 ヴィオラ様は普段と何も変わらない、天使のようなお顔で澄ましながら答えた。


「当然でしょう? 私の王子様……ウィルフレッドの周りをうろつく邪魔者なんだもの。嫌いにならないはずがなくて?」

「っ……」


 その言葉に、ああ、ヴィオラ様も彼が好きなのだとわかった。

 彼女の言う通り、ウィルフレッドは王子様のような人だ。……私と関わらずにいれば。

 好きになるのも頷ける。


「ねえ、セルマさん。いい加減、国に帰ったらどう? ここではあなたは、望まれていない存在なのよ?」


 普段の様子とは打って変わり、恐ろしい雰囲気を出すヴィオラ様。

 私は背筋がぶるりと震える感覚を覚えながら、「で、でも……」と言った。

 ヴィオラ様は「なに?」と聞いてくる。


「私は、お金を家に入れてもらってる身で……」

「そんなのはした金でしょう? ブレイアム公爵家にとったら痛くも痒くもないわ。それに、優しい性格をしてるお父様とお母さまが今更「金を返せー!!」なんて言うと思う?」

「……それは……」


 思わない。きっと、これまでのウィルフレッド様のことを詫びて、快く国へ帰してくれるのだろう。

 なら、ヴィオラ様の言う通り、このまま大人しく帰った方が……。


「……でも、ウィルフレッド様が」

「彼が? 彼なんて、それこそ快く国へ帰してくれ──」

「帰るなと言ったんです。竜人族の掟だから、って。すごい剣幕でした」


 ものすごい形相で言われたことを覚えている。あれは怖かった。


 すると、ヴィオラ様はそれまでの顔から一気に表情を抜いて。


「ああ、そう……。そうなのね、ふふ」


 と、くすくす笑いを漏らし始めた、

 先ほどとは違う彼女の様子に私は寒気を覚えながらも、「ヴィ、ヴィオラ様?」と声をかける。


「安心して、セルマさん。私が国へ帰してあげる」


 にやり、と口角を上げるヴィオラ様。

 そして、そう言ったかと思えば──。


『バシャッ!』


「…………え」


 目の前で急に──ティーカップの中にあったお茶を自分で自分の頭にかけたのだ。

 一瞬何が起こったのかわからないまま、「え?」と声を上げるしかない。

 何故ヴィオラ様は、突然そんなことを──?



「きゃああっ! あつい! 突然何をするの、セルマさんっ?!」

「えっ」


 急にそんなことを言われて驚いた。な、なにが起こっているの、今……?


「ああ、ウィルフレッド、ウィルフレッド!!」


 ヴィオラ様がウィルフレッド様の名前を何度も呼ぶ。

 すると、どこから駆けつけてきたのか──彼は中庭に走って現れたのである。それにもびっくりした。


「どうしたんだ、ヴィオラ?! ……?! これは、一体……?!」

「せ、セルマさんが……っ」

「セルマが?!」

「え……」


 どうしてそこで私の名が出てくるのだろう。

 この状況に混乱しかない。


「セルマさんが、「お前はウィルフレッド様との間には邪魔だ」って……、家から出て行けって言って、お茶をいきなり私にかけたの……!!」

「えっ?! ちょ……、そ、そんなことしてません!」


 慌てて弁解する。神に誓ってそんなことはやっていない! さすがに冤罪もいいところだ!


 しかし、完全に私を敵認定したのだろうウィルフレッド様が、ギッ! と私を睨みながら叫ぶ。


「ヴィオラに危害を加えるとは何事だ!! やはり、思っていた通りになったな!!」

「思った通り……?! いえ、あの、私は何も! ヴィオラ様が自分で頭にお茶をかけて……」

「ヴィオラがそんな意味不明なことをするわけがないだろう、いい加減に自分の罪を認めろ!!」


(確かに意味不明なんですけど、でも本当なんですってばーッ!!)


 この時の私は混乱していて、ヴィオラ様に「ハメられた」なんてことに気が付くこともなかった。

 それどころか、ヴィオラ様付きのメイドさんに「あなたも見てらっしゃいましたよね?!」なんてことを言って。


「ヴィオラ様の仰る通りです。セルマ様が、ヴィオラ様にお茶をかけるところを、私は見ておりました」


 その言葉にショックを受ける。

 嘘。そんなはずない。そんなこと、私はしてない。


「ウィルフレッド様っ、信じてください!! 私は何もしてな──」


 その瞬間。

 ぱぁん! と、私の頬がウィルフレッド様の手によって張り倒される。


 そのまま倒れこんだ。

 あまりの衝撃と、じんじん痛む頬に手を当てながら、私は彼らを見上げる。


 これまでとは比べ物にならないくらい、恐ろしい表情をしていた。


「我が最愛の人を傷つけ、嘘までつくとはな……。お前など、もはや俺の番ではない!!」

「ウィルフレッド様……」

「国へ帰れ!! もうここに、お前の居場所など存在しないと知れ!!」



 ──その、瞬間。


 ぶちり、と、何かが切れる音がした。



 ウィルフレッド様は使用人に「こいつを部屋に閉じ込めておけ」と命じる。

 こくんと頷き、私の身体を起こす使用人の人。


 もう、何が起こっているのか。

 理解することすら、脳が拒んでいた。



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