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嫌なアイツ(ヴィオラside)

 最近、なんだか機嫌が悪い。

 イライラしていることが増えた気がする。


 理由はわかっていた。

 セルマの存在だ。


 あいつ、所詮名ばかりの番なくせして、ウィルフレッドの関心を持って行ってて腹立つのよね。

 こないだの夜会なんか、私のお母さまに連れられて作った綺麗なドレスを着て!

 エリーの仕立て屋なんて、私もなかなか作ってもらえるところじゃないのよ?! それくらい、注文が殺到していてすごいところなのに!


 そんなエリーの腕はやっぱり確かなようで。

 悔しいけれど、ドレスもメイクもとても似合っていたわ。ウィルフレッドなんて、一瞬言葉を失くしてた。


 その反応にも腹が立った。

 だって、夜会はいつもいつも、私がかわいく着飾って、私がかわいいねって言われる催しなのに!

 ウィルフレッドってば、セルマに見とれて、セルマに付きっきりだったのよ?! うっとりした顔もしちゃって。この子が僕の番です、って紹介されるたびに、誇らしそうな顔してた。

 見てるだけでイライラしてたまらなかったわ。


 だから、わざとグラスを割って演技みたいに叫んだ。

 そうすれば、ウィルフレッドは心配して私の所に走って来てくれるってわかってたから。


 ほらね。想像通り。

 私は駆けつけながら「大丈夫かヴィオラ?!」と言ってくれる彼に、にやりと口角を上げた。


「ううん、平気。グラスを割っちゃっただけだから……」

「触ると危ないよ。誰か! このグラスを片付けてくれ!」


 ウィルフレッドが使用人に命じる。私は彼に抱きつき、はぁ……と息をついた。

 心配そうに声をかけてくれるウィルフレッド。


「大丈夫かい、ヴィオラ? 疲れた?」

「いいえ、大丈夫よ。でも、ちょっとびっくりしちゃって……。傍にいてくれる?」

「え、でも、セルマが……」


 またその名前。腹が立って仕方がない。

 私は舌打ちしそうになるのをぐっと堪えて、代わりにうるうると潤ませた瞳で彼を見つめる。


「お願い、ウィルフレッド……」


 そうすれば、彼は私から離れられなくなるの。


「わ、わかった! 君がそう言うのなら……!」


 思い通りの答えが返って来て、私はにっこりと笑顔になった。

 そうそう。あなたは私の王子様。だから、他の女なんかじゃなくて、私に付き従ってくれればそれでいいの!


 その後はウィルフレッドが付きっきりで傍に居てくれたけど、ちらちらとセルマの方向を見ていたのには気が付いていたわ。従兄弟のアルバートと話をしていたから、気になったんでしょうね。

 何度も私、「気にしないでいいじゃない」って言ったけれど。結局、ウィルフレッドはアルバートとセルマの所に行って喧嘩をしかけたわ。最近本当に喧嘩っ早いったらない。これも番契約による本能なのかしら……。

 いつも優しいウィルフレッドがどこかに行ってしまってるみたいで、私、最近嫌なの。これもぜーんぶ、あのセルマのせいだわ!


 でも、いつもとは違って、怒られてるセルマも一筋縄ではいかなかった。反論したのだ。あの、ウィルフレッドに怒られていつも縮こまっているだけの、セルマが!

 ウィルフレッドもびっくりしたみたいで、うまく言い返せてなかった。横ではアルバートが「いいぞー! セルマさん、やれやれー!」とか言ってるし……。

 いつの間にそんなに仲良くなったのかしら。


 エリックといい、アルバートといい、ウィルフレッドの言う通り、男に取り入るのだけはお上手なんじゃないの? という嫌みが頭の中に浮かぶ。

 天使な私は何も言わないけれどね?


 結局、その喧嘩も私が仲裁して終わったけれど。


 そんなこんなで夜会が終了して。

 改めて、「セルマさんってウザいし邪魔じゃない?」と思った私は、軽い嫌がらせをすることにした。

 嫌がらせって言っても大したことじゃないのよ? ただ、彼女の持っているアクセサリー類をちょっと拝借するだけ。

 前々から思ってたんだけど、いいものを与えてもらっているんだもの。私が元々持ってたものとは全然違う!


 だから、部屋に入って、装飾品類を盗んでくるよう使用人に言いつけた。

 昔から仕えている使用人たちはみんな私の言うことを聞いてくれるから、問題なく持ってこれたわ。


 持ってきた中の一つ、綺麗な緑色の石がついているバレッタを髪に着けてもらう。

 鏡で確認して、っと。


「かわいい! やっぱり私に似合うわ、そうでしょう?!」


 当然だけれど、とってもとっても似合っている自分が嬉しくなって、メイドの一人にそう確認した。

 返ってきた答えは勿論。


「ええ。ヴィオラ様にこそふさわしい品かと思われます」

「そうよね!」


 ちゃんと分かってて安心したわ。


 目の前にある無数のアクセサリー達を見てにんまりと微笑む。

 これでみんなみんな、私のもの!


「さて、かわいいアクセも着けたことだし。外に出ようかしら」


 そう考えた私はいい気分で部屋の外に出て、廊下を歩く。

 今日は何をしようかしら。またウィルフレッドと遊ぶのもいいわね。そうしたら、セルマはまた悔しがるだろうし!


 そんなことを考えていた私の視界に、セルマが通りがかるのが映ったのは、その時だった。


(うげ、セルマさん……。何か言ってくるかしら)


 ちょっと嫌な気持ちになったが、まぁ大丈夫だろう、と考え直す。

 あくまでも自然に、自然に……と思いながら、彼女とすれ違おうとした。


 だが。


「っあの……!」


(ええ?)


 セルマは私が着けているものが自分のものであると気が付いたようだ。

 なんでこの場で気付くのよ、気持ち悪い!


 セルマは必死にバレッタのことを聞いてきたけれど、私とて負けられない身。一生懸命知らない振りをしたわ。

 それでも食い下がってくるから……ああ面倒くさいな、どうしようかなって思った時。


「ヴィオラ? どうしたんだ」

「!! ウィルフレッド!!」


 丁度そこへ、私の王子様が駆けつけてくれたの!

 だから私、必死に訴えたわ。セルマさんが盗人扱いしてくる、助けてって。


 まぁ、実際? 盗んだのは確かなんだけど。

 そんなの知られたら私の好感度下がっちゃうかもしれないし。ていうか、実際にやったのは私じゃなくて使用人だから! 私は命じただけよ!


「セルマ、お前が考えていることは間違いだ。ヴィオラが盗みなどするはずがない!!」

「そ、そうですね。でも、ちょっと気になっちゃって……」

「ヴィオラは天使のように清純で心優しい女の子なんだ!! 誰かに対し、盗みを疑うようなお前とは違ってな!! 今一度、心を入れ替えろ!!」


 ウィルフレッドの激しい声に思わず笑みが零れる。やっぱり私の王子様は分かってるわ。

 って、いけないいけない。こんな状況で笑ってるのがバレたらまずいものね。しまっておかなきゃ。


「そ、そんな……」


 絶望したようにそう呟くセルマ。

 ふん、私を盗人扱いするからそうなるのよ。そうでなくても、最近のあんたは鬱陶しいことばかりだった。

 いい気味ね!


 けれど、自他ともに認める天使な私。

 怒っているウィルフレッドにも臆さず、話をしてみせるのよ。


「私のために声を荒げるのはやめて!」


 ぎゅっと抱き着けば、それまで烈火のごとく怒り狂っていたウィルフレッドの勢いがしゅん……と無くなった。

 やっぱりこれ、よく効くのよねえ。


「たまたまセルマさんが持っていたバレッタによく似ていただけなのよね? それで、勘違いしちゃったのよね?」

「えっ、いや、あの……」

「誰にだって間違いはあるわ。ね? ウィルフレッド。彼女を許してあげて?」

「ヴィオラ……君はなんて優しいんだ。盗みの疑いなんかかけられているのに……!」

「いいの。セルマさんを勘違いさせちゃった私が悪いんだもの」


 ふるふると首を横に振って答える。

 これで私は、「不本意な疑いをかけられても許す聖人君子のような美少女」像となる。まぁ間違ってないんだけどね!


「今回はヴィオラがこう言うから許してやる! だが、今度ふざけた真似をすれば……、分かっているな?!」

「…………はい」


 すっかり元気をなくし、俯いてしまうセルマ。その姿を見ながら、人知れずくすくすと笑みを零す。

 そんな彼女にウィルフレッドは「ふんっ!」と鼻を鳴らした。


(……今度ふざけた真似をしたら、ねえ)


 その言葉を聞いた時、私はある一つの考えが頭の中に浮かぶのがわかった。

 今度また、か。


(……いいこと思いついちゃった)


 鬱陶しいセルマ。大好きな人であるウィルフレッドの番なんていう、羨ましくてたまらない地位を持っているセルマ。

 彼女をもーっと絶望させる、いい考えが。


「──さ、行こうヴィオラ。あいつなんかに構っていないで、楽しくお茶でもしようよ」

「ええ! ウィルフレッド!」


 笑顔で答える。

 そのまま俯いている彼女をほっぽったまま、私とウィルフレッドは楽しく腕を組みながら歩いていくのだった。


(──待っててね)


 そのうち、今よりも断然、苦しくてつらい思いをさせてあげるから。

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