エリック様とのピクニック2
「俺は元々、竜人族と人間のハーフだったんです。同じく、姉もそうで……。でも、ハーフと言っても、どちらの性質が濃く現れるかはその人次第。俺は人間としての性質の方が強く出て、姉は竜人族としての性質が強く出ました」
エリック様は淡々とお話をしてくださった。私はそれに、相槌を打ちながら聞く。
「花が好きな姉でした。いつも花畑を探しに行っては両親に「一人で動くな」と怒られて……、でも、そんな姉が俺は大好きだった」
「…………はい」
「仲がよかったんです、俺たち。年も離れてましたしね。過保護な所もある姉だったんですよ?」
「仲が、よろしかったんですね……」
小さい頃のエリック様を思い浮かべる。
きっと両親とお姉さんに愛されて、元気に育ってきた子だったんだろうな。……それだけ聞くと、なんとも平和な気持ちになる。
しかし、エリック様の表情は浮かないそれのままだ。そのまま、話が続けられる。
「はい……。そんなある日のことでした。姉が、「運命の番を見つけた」と言ったんです」
「えっ、……番を?」
「ええ。そりゃあ驚きはしましたが、俺たちは最初は大喜びして、どこの誰だーなんて話をしていました。……でも……」
「でも……?」
「……姉の番には、既に好きな人が居たんです」
それを聞いた私はドクン、と心臓が跳ねるのを感じた。
……同じだ。今の私と。
そう考えたのが分かったのだろう。エリック様は「ええ、そうです。セルマ様と同じ状況ですよ」と言う。
「相手の男も竜人族でした。だからこそ、本能に抗いがたい気持ちは嫌と言うほど分かったはず。でも……、相手の男は、姉と一緒にはならなかった。既に居た「好きな人」やらを優先したんですよ」
「そんな……」
「まるで今のウィルフレッド様とセルマ様のようでした。追いすがる姉に、男はひたすら冷たい態度を取って……」
「…………」
「そして……最終的に、姉は、自ら番契約を放棄した」
エリック様の声が重くなった。
「知ってますか。番の契約を破棄すると、竜人族は酷く衰弱するんです。まるで運命に逆らったのが悪い、とでも言うかのように」
「……衰弱……」
「相手の男がどうなったかは知りません。興味もない。ただ、俺の記憶に深く刻まれたのは、相手の男にずーっと冷たくされながら、最後は番を放棄して衰弱していった姉のことだけです」
聞きながら、私はその悲惨さに声も出なかった。
自ら番を放棄したお姉さん。……どんな、気持ちだったのだろう。
番に冷たくされる気持ちはよく分かる。私が悪いわけじゃないのに、冷たくされて、詰られて……。
「俺は……姉のことが忘れられないんです。どんな思いで番契約を破棄したのか、どんな思いで、自分の気持ちに蓋をしたのか……」
「……そうなんですね……」
「家族である俺達も、後悔の連続でした。ああしてやればよかった、こうしてやれば、姉は幸せになれたかもって……」
それはそうなっても仕方がない。お姉さんもだが、周りに居たご家族の気持ちも、どれくらいの痛みだったか……。
すると、エリック様は私の方へと向き直して、真剣な表情で言ってきた。
「だから……、セルマ様には、同じ思いをしてほしくない」
「エリック様……?」
「聞いていて、思ったでしょう? まるで自分と同じみたいだって」
ぎく、と肩が跳ねる。
……エリック様の言う通りだ。彼の姉は、私とまるっきり状況が一緒。
……違うのは、彼女が竜人族寄りだということだけか。
「いくら好きな人が居るからって、それで運命の番を傷つけていい理由なんかにはならない。……あなたはもっと怒っていいんだ。ウィルフレッド様に。そんな扱いを受ける必要なんかないって」
「…………」
夜会の日、従兄弟のアルバート様に言われたことと同じだ。
君は悪くない、悪いのはウィルフレッド様の方だ、だから怒っていいんだ、って……。
「でも……、私は家にお金を入れてもらっている身で……」
「そのことがあるからでしょう? セルマ様がウィルフレッド様を好きだから、じゃない」
「…………っ」
……好きなわけがない。
あんなにも冷たい態度を取られて、他の人を優先されて……、好きになれるわけがない。
ウィルフレッド様だって、私のことなんか1ミリたりとも好きなんかじゃないだろう。
「……俺がセルマ様を気にかけてしまうのは、そういった理由があるんです。まぁ、それだけじゃあないですけど」
「……そうなんですね……」
「姉のように傷ついてほしくない。傷ついている姿を、見たくない。そう思ってしまうんです」
なるほど。エリック様が私に優しくしてくれていた、その一端が見えた気がしたわ。
エリック様は自嘲するかのように笑いながら私に言う。
「……幻滅、しましたか? 他の他人と重ね合わされてるんだ、って」
「っいいえ、いいえ……! そんなことはありません……!」
私は慌てて言葉を紡いだ。
幻滅するだなんて、そんなことあるわけがない。
だって、エリック様はずっと私に優しくしてくれた。毎度の検診だって、街歩きの時だってそうだ。そして、今も。
私の境遇にお姉さんを重ね合わせているのは、それはそうだろうが、私自身を心配してくれている彼も間違いではないと思う。彼はいつだって、私に真摯で、私をまっすぐ見つめ返してくれたから。
「私……エリック様のお話が聞けて嬉しいです」
「……本当ですか? こんな、面白みのない話ですよ?」
「それでも……、あなたのことを少しでも知れたから、私は嬉しい」
「セルマ様……」
エリック様が私の名を呼ぶ。
そして。
「!!」
ぎゅっ、と、私の身体を突然抱きしめてきた。
いきなりのことで頭が沸騰しそうになるが、すり、と身体をすり寄せてくるエリック様がなんだかとても寂しそうに見えて、私は彼の背中をぽんぽんと優しく撫でてあげることにした。
彼はくくく、と笑いを漏らしながら。
「……怒らないんですか? 急に男に抱きしめられたんですよ?」
「だ、だだ大丈夫ですっ! 相手はエリック様ですもの!!」
内心頭がパンクしそうだが。それを淑女の仮面で隠す。……隠せているわよね??
「それって、どういう意味です?」
「えっ?! ええっと、それは……」
「俺が相手じゃあ、ドキドキする必要もないってことですかね?」
「そんなことはありません!!」
つい大声で話してしまった。きょとん、と丸くなるエリック様の目と目が合う。
そして、ぷはっ、とおかしそうに彼は笑って。顔を限りなく近づけながら。
「なら、少しは期待してもいいってことですか?」
なんて、尋ねてきたのである!!
私こそ言いたい。それってどういう意味なんだ!!
「あ…………」
「あっ」
くらり、と目の前が眩んで、私はそのままその場に寝っ転がった。
失神しそうな所を必死に留める。
「大丈夫ですか」
「……分かってて聞いてますでしょう、エリック様……」
「あははっ」
先程とは打って変わり、楽しげに笑うエリック様。
私はそんな彼を見つめながら、ああ、と思った。
(私……、エリック様が好きなんだわ……)
この胸のトキメキは。この、どんどん速くなる心臓の鼓動は。
つまりはそういうことなのだろう。
「はー……」
でも、私はウィルフレッド様の番。いくら彼に好きな人が居たとしても、そういった大義名分でここに置いてもらっている身。
ここから追い出されたら、エリック様とも会えなくなってしまうかもしれない。
そう思うと、自分の気持ちを言うのは憚られた。…。実るとも限らないしね。
「おや、お昼寝ですか。セルマ様」
目を閉じる私にエリック様が言う。そうです、お昼寝です。
もう色々と考えがあり過ぎて、風の心地良いここで寝てしまいたい。
……そうだ。
「エリック様も寝ましょう」
「ええ? 俺も?」
「こんなに気持ちいいお天気なのですもの、寝るのも楽しそうですわよ!」
「ふふ、そうですね。……では、お隣失礼します」
エリック様が隣に寝転ぶ。
黒い髪がさらりと地面に流れていて、触ったら気持ちよさそう。
……触ってもいいかな。
「!」
「あ、ご、ごめんなさい……。その、触ったら気持ちよさそうだなって……思って」
「いえ、全然。……好きなだけどうぞ?」
笑みを浮かべるエリック様の雰囲気がとても優しそうでドキドキしてしまう。思わず離そうとした手を、やんわりと制されて。
……こ、これは、このまま撫でていてほしい、ということかしら?!
「……セルマ様……」
「は、はいっ」
突然話しかけられて心臓が飛び跳ねた。
一方、話しかけてきたエリック様は何となくぼんやりとした表情をしている。……もしかしなくても眠いのかな?
「何かあれば、俺に、すぐ言ってくださいね……」
「は、はい……。いつもありがとうございます」
「番の関係についても……、俺に、出来ることがあれば……」
そしてらエリック様の言葉が止んだ。
「……ね、寝ちゃった」
寝顔がとてもかわいい。画家に描かせたいくらいだわ。
……でも、とりあえず今は、こんなエリック様との時間を楽しみたい。
私はふふっと笑みを零しながら、彼と一緒に瞼を閉じるのだった。




