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エリック様とのピクニック

 今日はエリック様の定期健診の日だ。


「調子はどうですか、セルマ様」


 いつも通り、穏やかで優しい彼が語り掛けてくれる。

 私はベッドに凭れながら答えた。


「はい。いただいたお薬も特に問題なく飲めていますし……、倒れる、なんてことも全くありません!」

「風邪の時は倒れたとお聞きしましたけどね」

「うぐ……」

「はははっ」


 無邪気な笑顔を見せてくれるエリック様にドキン、と私の胸は大きく跳ね上がる。

 ……この間の夜会。アルバート様に言われたことが、脳裏を過ってやまないのだ。


『エリックのこと、好きなんじゃないの?』


 考えるだけで顔が熱くなってそうな気がする。

 そ、そんな、好きだなんて……、私が、彼のことを?


 確かにエリック様は優しくて、穏やかで、いつも私をよく見てくれている。困った時は言ってくれ、とまで仰ってくれて……。


(好感は、すごく持ってるけど……)


 ……でも、それ以上先に進もうと思えないのは、理由がある。

 私が、ウィルフレッド様の「運命の番」だから。

 そういう話で、私はこの屋敷に置いてもらっているから──。


「セルマ様?」

「はっ!」


 考え込んでいた所に声をかけられて我に返る。

 彼の方を見ると、「どうしました?」と言う心配そうな瞳と目が合った。


「いいえ、何でもないです。大丈夫」

「本当ですか? なんだか、顔色が優れないように見えましたが……」

「いえいえ!! もうすっかり、色々と元気ですよ!!」


 元気に大声を出しながら言うと、「それならよかった」と安心した風なエリック様。

 ……お仕事だから、だとは分かっているのだけれど。私をこんなにも心配してくれる、彼の存在にどれだけ救われているか……。


「ああ、そうだ。セルマ様」

「? はい、何でしょう」

「今日はピクニックにでも行きませんか?」

「へっ?」


 ピクニック? と小首を傾げる私。

 急にどうしたのだろう?


「セルマ様もこの国の空気に慣れてきた頃ですしね。よければ一度、改めて外で過ごしてみるのも悪くないんじゃないかなと」

「なるほど……!」

「いかがですか? 良ければ、俺と一緒に」


(エリック様と一緒に……!)


 そう言われれば、断る術など私には無かった。

 先ほどよりも元気な声で「はい、行きます!!」と答える。

 エリック様はそんな私の様子にもくすくすと笑いを漏らしていた。ちょ、ちょっと張り切りすぎたかしら……。


「じゃあ、行きましょう。行く場所はここから近いので、そんなに体力も消耗しませんよ」

「そうなのですね、分かりました! ……あっ、なら、お昼を使用人の方に作ってもらいますね」


 私はふと思い至ったことを口にした。

 丁度今はお昼時。昼食になるものを作ってもらって、持って行った方がいいだろう。

 そう思い提案した私の目に、エリック様が何かを取り出す様が見える。

 ……バスケットだ。


「あの……セルマ様。実は昼食、作ってきてるんです」

「えっ」

「俺の手作りなんですけど……、今日は、よければこれを一緒に食べませんか?」


 若干照れた様子でそう言うエリック様。かわいい。


 ……ではなくて!


(エリック様の手作りだと……?!)


 そんなの、そんなの……っ!


「食べます!!」


 返事は一択じゃないか!!


 私の勢いが面白かったのか、エリック様はまたもや笑顔になり。


「それでは、行きましょうか」


 と、手を差し伸べてくれた。

 彼の手を握り、私はベッドに座っていたところから飛び出す。


(……もしかしてこれって、デート?)


 そんなことを考えながらドキドキしつつも、エリック様の導いてくれるままに歩みを進めるのだった。



 *



「わぁ~……!! 綺麗ですね……!!」


 ピクニックするには絶好の場所があるんですよ、と言ってくれた彼に連れられて着いた先は、大量のチューリップが咲いている花畑だった。

 色とりどりの花が咲いている様はとても美しく、テンションが上がってしまう。

 こんな所でエリック様と二人っきりになれるなんて!


 あ、ちなみにブレイアム公爵家の敷地内だから、ララ含む使用人の方々は遠くから見守ってくれる形になってるわ。

 もしかしたらエリック様と二人っきりになりたい私を気遣ってくれたのかもしれないけれど。


「ここは俺もお気に入りの場所なんですよ。休憩時間、よくここで一人で座ってたり」

「そうなのですね……!」

「ええ。だから、ここにセルマ様を連れてこられてよかった」

「へっ」


 エリック様を見ると、彼はにこり、と微笑んでいて。


(……それって、どういう意味?!)


 エリック様に聞くこともできず、悶々と自分の中で考えるほか無かった。

 そんな私を知ってか知らずか、エリック様はごそごそとバスケットの中身を開けている。


「それでは、お昼にしましょうか」

「はっ、はい! わぁあ、美味しそう……!」


 バスケットの中には様々な具材の入ったサンドイッチがあって、とても美味しそうだった。

 色もとりどりで、……エリック様、もしかして料理ができる系男子……?


「お好きなものをお取りになってください」

「えっ! い、いいのですか? 折角エリック様が作ったものですのに……!」

「ええ。()()、作ったからこそ、セルマ様に真っ先に選んでいただきたいのです」

「え……」

「自分で言うのもなんですが、自信作ですからね。ぜひあなたに美味しく食べてほしい」


(……それって、どういう意味~~!!)


 また同じことを思ってしまった。

 ま、全くもう!! エリック様は思わせぶりな発言が多いんだから!!


 ……でも、うれしい。

 お世辞でも社交辞令でも何でもいい。エリック様に、色々な言葉をいただけることが。私にとってはとても喜ばしいことなのだ。


「じゃ、じゃあ、この卵の入ったものを……」

「はい、どうぞ」


 手の平で指し示すと、エリック様が中身の一つを取って渡してくれる。

 私はもらったそれをぱくり、と口に含んだ。


 その瞬間、感動。


「~~美味しいです……!!」

「え、本当ですか? それはよかった」

「お世辞じゃないですよ、本当です! エリック様、お料理がお上手なんですね……!」


 その言葉通り、本当に彼の作ったサンドイッチは美味しかった。

 ほっぺが落ちそうなくらいで、つい頬に手を当ててしまったくらいだ。


「そんな、俺なんかが作ったもので……」


 謙遜するように言うエリック様。私はそれに大声で返す。


「エリック様、そんな風に己を卑下するのはおやめください! 本当に美味しいんですから! ほら、エリック様も食べてみてください!」

「わ、分かりました」


 ずいっとサンドイッチを一つ彼の前に差し出すと、慌ててそれを受け取り口の中に入れた。

 もぐもぐ、と咀嚼する様を眺める。


 そしてごくん、と飲み込み、一言。


「……うん、まぁ、いつもの味って感じですね」


 そりゃそうだった。エリック様にとってはいつも作って食べている味であろう。

 私はがくっと落ちそうになる肩を必死に戻したのであった。



「それにしても、ここはよい景色ですね~……」


 さぁぁ、と流れる風が気持ちいい。風に流されてチューリップの花がたなびく様子は見ていて心が落ち着くし、エリック様は本当によいスポットを教えてくれた。


「セルマ様に気に入ってもらえてよかったです。来ていただいた甲斐がありました」


 そう言ってもらえると、私も嬉しい。お花を眺めながら、私は何となく問うてみる。


「エリック様は元々花畑がお好きだったのですか?」


 するとその瞬間、なぜかエリック様の表情が暗くなった。

 私はそれに目を丸くしてしまう。な、何か嫌なことを言ってしまったかしら?!


「……いえ、俺は元々、そこまで興味はなくて……、」

「そ、そうなんですか」

「でも、昔からよく花は見ていました。……姉の、影響で」

「お姉さんがいらっしゃったのですね。どんな方だったのですか?」

「……それは……」

「……?」


 何だろう。何か、エリック様の様子が、少し変わったような?

 それに、なぜか顔を俯けている。どうかしたのだろうか。


「エリック様……?」


 エリック様の傍に座って、そっと顔を覗き見る。


「……セルマ様」


 エリック様が顔を上げた。

 その表情は……今までに見たこともないくらい、なにか……痛いことを我慢しているかのようなそれで。

 説明が難しいけれど……。


「……俺の、昔話を。聞いてくれますか」

「昔話……?」

「はい。俺の、……家族の話です」


 明らかにいつもとは様子の違うエリック様。

 私はそれを不審に思いながらも、こくり、と首を縦に振った。


 いつも穏やかで優しいエリック様。

 いつも、私を助けてくれる人。


 そんな人の力に、なりたいと私は、思ってしまったから──。


「……どうぞ、お話してください」

「セルマ様……」

「それで、エリック様が、少しでも楽になれるのなら」


 私の言葉に、エリック様は少しだけ口を噤んで。


「──実は」


 そう言って、昔話を語り出したのだった。



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