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夜会2

「アルバート……様?」


 私が名前を呼ぶと、彼は楽し気な表情で「はぁい」と返事をした。

 例に漏れず、この方も顔面偏差値が高い方だ。でも……。


「なぜここに……」


 本来ならヴィオラ様についているはずであろう彼がここに居る理由がわからなくて、私は戸惑いながらそう言うしかなかった。

 そんな私に、アルバート様は背中をぐーん、と伸ばしながら「だってさぁ~」と言う。


「ヴィオラには今、ウィルフレッドがつきっきりで居るし? 俺、完全に邪魔者扱いになってたもんだからさ。抜けてきたんだ」

「そうなんですね……」


 まぁ、ヴィオラ様の悲鳴が聞こえた瞬間にもう走り出してたもんな。ウィルフレッド様。

 二人の間に居るのは大変気まずいというのはよーく、分かる。


「それに、セルマさんとも話したかったし」

「え?」


 私? と聞き返せば、アルバート様は笑顔を崩さぬまま答えた。


「そ、君! 君の状態、君の心情が俺は知りたい。聞いてみたいんだ」

「心情……?」

「君の「運命の番」と言われているウィルフレッド。彼、好きな子が居るだろう?」

「…………!」


 言われてどきりとした。十中八九、ヴィオラ様のことだろう。

 彼は従兄弟なのだし、昔から二人を知っているのだとしたら、そのことを理解していてもおかしくはない。


「こんなに盛大なパーティを開いてもらってさ。大々的に、番ですー! って宣言したって、ウィルフレッドの心はヴィオラにあるままだ。君は一体、そのことについてどう思ってるのかなって」

「……どう……」


 どう思っているかと、問われても。


(仕方がない……よね)


 人の心はそう簡単には変えられないもの。ウィルフレッド様の、ヴィオラ様へ向いている恋心を、「運命の番」だからって言って、私の方へ無理矢理向けることなんて……できやしない。


「別に……どうも思っていません」

「へえ?」


 意外そうにアルバート様が私を見る。


「ウィルフレッド様とヴィオラ様の仲は昔からのもの。ぽっと出みたいな私にどうこうできるものではありませんし……」

「でも、いいの? 今日見た感じだけでも、あいつは君よりもヴィオラの方を優先していると思うよ?」


 そんなことは分かり切っている。

 ウィルフレッド様の心はヴィオラ様のもの。私は、ただ金で買われたような「運命の番」。


 だから、どれだけ冷たくされたって、私に文句を言える権利なんか無い──。


「ひどいよね」

「え……」


 俯いていた顔を、アルバート様の方を見るため上げる。

 彼は悲痛そうな表情を浮かべていた。


「話は聞いているよ。ヴィオラにかまけてばかりで、あいつ……ウィルフレッドは君に冷たい態度をとっているって。運命の番なのにね」

「……それは……仕方がないことで……」

「本当に? いくら他に好きな人が居るからって、それは他人を傷つけていい理由になるの?」

「…………!」


 それを言われてハッ、とした。


「君はここへ連れてこられただけなんだろう。ある日突然、ウィルフレッドの「番」だと言われて。その先で、番であるはずのあいつに酷い扱いを受けている」

「…………」

「もっと怒っていいと思うんだけれどなー、俺は。だってこんな理不尽な話無いよ?」

「……でも、私はこのお話で、家に資金を入れていただいていて……」

「そんなの関係ないよ。腹が立つのなら腹が立つ。怒るときは怒る。それでいいと思うけどね」


 ……簡単に言ってくれる。


 ウィルフレッド様に怒る、だなんて……そんなの。


(今更すぎるというか……)


 もう散々嫌な思いをさせられてきたところなのだ。今更何か言ったとしても、彼に響くことなんてないんじゃないか……。


 ……だが、アルバート様の話は、間違っていない。


 嫌な時は嫌だと言う。怒るべき時は、怒らねばならない。


(……今までの私には、足りていなかったものね……)


 そうする気も失せていた。家にお金を入れてもらっているから、私は運命の番としてここに連れてこられたから、って。


「……確かに、腹が立つ時もあります」

「おっ」


 アルバート様が楽しげに声を上げる。……何がそんなに面白いのかしら。


「私は悪くないのに、いつでもヴィオラ様と比べられたりして……」

「うんうん」

「この前のデートなんか、ヴィオラ様と同行する形になって……」

「マジで? あいつやべーな」


 話をしているうちに、ノリがよくなってきてしまい、私はここ最近の鬱憤を晴らすかのようにアルバート様に全てをぶちまけてしまった。

 アルバート様はどんどん止まらなくなる私を宥めたりせず、ただうんうん、と頷いたり相槌を打ったりして、聞いてくれていた。


「……はあ~……」


 粗方話し終えて、私は一息つく。

 隣ではくすくすと笑いを漏らすアルバート様の姿が。


「なんですか、そんなに笑って……」

「いや、何となく察してはいたけれど、君、大分鬱憤が溜まっていたんだなぁと……、くくく」

「面白いことではありません!」

「ごめんごめん、悪かったよ」

「もう……」


 笑いごとではないのだ。こちとらずっと溜まってたものが噴出してしまったのだから。

 ……けど、アルバート様のおかげで、今までの苛立ちや悲しみが少なくなっていっている気がする。

 吐き出せてすっきりしたのね、きっと。


「どう、少しはすっきりした?」


 笑顔のアルバート様と目が合う。


「……ええ、とても。ありがとうございます」


 そう返した私に、アルバート様は「いえいえ」とまた笑顔で何でもないように言ってくれた。

 最初はよく分からなくて、掴めない人だと思っていたけれど。優しい人だわ、この人。


「それはそうとさー」

「はい?」

「君、好きな人居るんじゃないの?」

「へ?」


 突然の言葉に声を失くしてしまう。

 いきなり何の話だ、それは。


「え? す、好きな人? 私に……ですか?」

「そうそう。今までの話の中で出てきたじゃない、あのー、何て言うんだっけ? そうそう、エリック」

「!!」


 エリック様の名前が出てきてドキン! とした。


「彼のことが好きなんじゃないの? なんか話をしている君を見ていると、そんな風に思えたよ」

「なっ、な……! そ、そんなわけありません! エリック様はただ優しくしてくれているお医者様なだけで……!」

「一緒にお出かけもして、楽しかったんでしょー? ウィルフレッドとするお茶より何倍も穏やかで気持ちいい時間だった、って言ってたじゃない」

「う……っ」

「それに、風邪引いた時! 寂しいから傍に居て、だなんて、完全に「あ、この子俺のこと好きだな」ってなる行為じゃない」

「~~~~ッ……!!」


 言われれば言われるほど、確かに状況が合致している気がして恥ずかしくなった。みるみる内に顔が真っ赤に染まっていくのが分かる。

 そんな私を見ながら、アルバート様はにやにやと嫌な笑みを浮かべながら、一言。


「告白したら?」


 ──ボンッ!! と、顔が噴火した。


「そ、そそそんなことっ、できるわけがないでしょう?!」

「えー、俺はいいと思うけどなー。冷たくしてくるウィルフレッドなんかよりも優しくて良い奴じゃん。エリックの方も君のこと、気になってると思うし」

「えっ、……そ、そうなんですかね……?」


 思わず頬に手を当ててしまう。エリック様が私のことを気にしている? そんなこと、あるのだろうか。


「ほら嬉しくなってる」


 得意げに言うアルバート様をつい睨んでしまった。き、気分が上がってるだとか、そんなことは全然、一ミリたりともないのよ?



 ──という感じで、なぜか従兄弟のアルバート様と打ち解けて色々とおしゃべりをしていた所に。


「おい! あそこを動くなと言っただろう、セルマ!!」


 あれ、なんかこれってデジャヴ? 街歩きの時に、エリック様と一緒に居たところを咎められた時と同じような声量で話しかけられているような気がするわ? と思うような感じで、いつの間にか戻ってきていたウィルフレッド様が居た。

 まぁ、動くなと言われたのは私なので、素直に「すみません」と謝る。


「まぁまぁ、ウィルフレッド。そんなに怒らなくてもいいじゃないか」


 ひょいっとアルバート様が顔を出す。

 だがウィルフレッド様の表情は晴れないままだ。


「また俺の知らないところで男と話しおって……」

「へっ?」

「俺の番だろう、お前は!! 男に簡単に尻尾を振るんじゃない!!」


 ──ピキン、と来た。

 私を放置してヴィオラ様の所へ行ったのはウィルフレッド様のくせに、一丁前に文句は言うのか。そんな権利があると思っているのか、この人は!


「お言葉ですが、ウィルフレッド様。アルバート様はあなたに放置されていた私の相手をしてくださっていただけです。やっていたこともただお話していただけ。怒られる謂れはありません」

「なっ!」


 私が言い返したことに驚いたのか。ウィルフレッド様は二の句が継げなくなっている。


「アルバート様と話をしていただけの私を怒るのであれば、私を放置して真っ先にヴィオラ様の所に行ったあなたのことも、私は怒っていいんですよね?」

「ぐ……ッ」

「いいぞー、セルマさん! やれやれー!」


 声援は要らないです、アルバート様。


「……っだが、!」


 おお、尚も突っかかってくるか。

 次の言葉に備えて心の準備をしていた、その時だった──。


「私のために争うのはやめてっ!」

「へっ」


 どこからかヴィオラ様がやってきて、ウィルフレッド様の腕を掴んだのである。

 ……やっぱりデジャヴだ。何から何まで構図が一緒である。


「ヴィオラ……」

「せっかくのパーティなんだもの。喧嘩はやめて、ね?」

「……わかったよ……」


 いやわかるんかい。聞き分けいいな。


「セルマさんのことがなければ、こいつらも見てるとまぁまぁ面白いんだけどねー」

「そうですかね……? ……はぁ」


 ため息をつく。


 何やかんやで。

 公爵家での初めてのパーティは、こうして終わりを迎えたのだった。



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