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夜会のためのドレス選び

「セルマちゃん、元気になってよかったわ~!」

「あはは……公爵夫人、ありがとうございます」


 元気いっぱいに話しながら私を抱きしめる公爵夫人の背中を、私は苦笑しながら軽く撫でた。

 本当にここのご夫妻は本当の娘かのように扱ってくれるわね……。


「さて、元気になったところで。セルマ嬢、君にはオーレリアと共に、ドレスを作ってもらいに行ってもらう」

「え? ドレス……ですか?」


 ご当主様の言葉に、私はきょとんとしながら聞き返した。

 私の衣食住の面倒は全てブレイアム公爵家が見てくれていて、ドレスだってクローゼットに入りきらないくらいにたくさんあるのに……。


「今度、我が家で夜会を開くんだよ。それには、セルマ嬢のお披露目の意味もかかってる」

「お披露目……?」

「ウィルフレッドの番として、ということでね」


 ──なるほど、そういうことか!

 今度開かれる夜会では、私がウィルフレッド様の番であることを皆に知らしめるいい機会になるということね。それは新しいドレスも作らなければならないかも……。


 ドレス作りのことはわかった。

 それよりも。


「私……大丈夫でしょうか。マナーとか……」


 そっちの方が心配だ。私の家は貧しい子爵家で、パーティにもそんなに行ったことはない。

 貴族令嬢として、一応の嗜みは身に着けているけれど……。


 私の不安げな様子を察したのだろう、ご当主様は「わっはっは!」と笑いながらこう返してくれる。


「だぁいじょうぶだ! 食事など、普段のマナーから見ても君は問題ない!」

「そ、そうですか……?」

「セルマちゃん、大丈夫よ。まぁ、それでも不安だというのなら、夜会の前に私がマナー講座をしてあげてもいいのだけれど」

「いいんですか?! よろしくお願いします!」


 公爵夫人からの思わぬ提案に、私は声を上げて喜んだ。

 公爵夫人のお墨付きになれば失敗もないだろう!


 そんな私を見て、公爵夫人は「……あらまぁ~!」と言いながら再度私を抱きしめた。

 あの……なぜに?


「セルマちゃんは本当に素直でいい子ねぇ~!」

「あ、ありがとうございます……」

「ヴィオラはこういうの、まるっきりダメでねえ。一応大人の嗜みとして身につけさせはしたけど、本人は窮屈だなんだって……」


 確かにヴィオラ様はマナーとかそういった小うるさいことが嫌いそうである。自由な性格をしているものね。うんうん。


 と、そんな平和? な会話をしていたところに。


「ヴィオラがいい子ではないとでも言いたいんですか、継母上」


(居たのかウィルフレッド様)


 ずっかり私の中では背景と化していたウィルフレッド様が公爵夫人にそんなことを言う。

 公爵夫人は「もう! ウィルフレッドはひねくれてるのね!」とちょっぴり怒った風に声を上げた。


「ヴィオラもとっても素直でいい子よ? なんてったって、私の娘ですもの!」

「そうですか。それなら、セルマとヴィオラを比較してヴィオラを下げるような言い方はおやめください」

「そんな言い方してないじゃない~!」

「おい、ウィルフレッド。母さんに失礼だろう」


 ご当主様に怒られてもウィルフレッド様はどこ吹く風だ。両親の前でもこのスタンスを貫けるのは最早尊敬に値する。

 そんな彼を見ながら、頭に手を当てたご当主様ははぁ~……、と大きなため息をついた。


「言っておくが、夜会でセルマ嬢のエスコートをするのはお前だからな」

「は?! ど、どういうことですか父上?! なぜ俺が……!」

「今回の夜会は紛れもなく、お前とその番であるセルマ嬢のお披露目の機会だからだ! お前以外に誰がセルマ嬢をエスコートする!!」

「それじゃあヴィオラはどうなるんですか!! いつも僕がエスコートしてあげていたのに!!」

「安心しろ。ヴィオラの相手は従兄弟のアルバートに頼んである。安心して、セルマ嬢の傍についてあげなさい」

「そんな……!!」


 ガクリ、とウィルフレッド様の身体から力が抜ける。


(……そんなにも私をエスコートしたくないと)


 ここまで見るからに嫌がっている相手にエスコートされるのは私も嫌なのだが。まぁ、ご当主様方の意向に反することもできないし、仕方ないか。


「──さて! 気を取り直して、準備をしましょうか!」

「え? 準備って……」

「街にいい仕立て屋さんがあるのよ~! 私とのデートがてら、行きましょっ!」


 公爵夫人がるんるんで言ってくる。

 私はそれにまた苦笑しながら「はい」と答えたのだった。



 *



「エリー! 居る~?!」


 所変わって街の仕立て屋さんに来ました。


 店のドアを開けるなり、公爵夫人が笑顔で誰かの名前を呼んだ。

 すると奥から茶髪の女性が出てくる。


「はい、奥様。エリーはここに居ますよ~。こんにちは」

「こんにちは! ねえねえ、夜会用のドレスを仕立ててほしいのだけれど。この子の!」


 公爵夫人に肩を掴まれ、ずいっと前に出される。

 エリーと呼ばれたその人は私をじっと見て、「失礼ですが、どなたでいらっしゃいますか……?」と問うてきた。

 そうよね、まだ自己紹介もしてないものね!


「初めまして、セルマ・コールドウェルと申します。ええっと、なんていうか、私は……」

「番よ! ウィルフレッドの!」


 その言葉にエリーさんがびっくりした顔になった。


「へえ! ウィルフレッド様の! 初めまして、エリー・ワイスと申します。セルマ様」

「かわいいでしょ~?! もう自慢の娘なのよ!」


 ついに娘とまで言われた。有難いけどちょっと恥ずかしいな……。


「それで、今度夜会があって、セルマ様のドレスを仕立ててほしいと」

「ええ、私のはもうあるからいいわ。今日はこの子メインで!」

「ほうほう……」

「……あの……」


 じぃいっ、とエリーさんが私を見つめる。

 眼鏡の奥の瞳が、なんだか……キラーン! と輝いているような……?


「いいですね、デザインが湧いてきました」

「あらあら! そう言っていただけるとうれしいわ! して、どんなデザインかしら……?」

「少々お待ちください、奥様」


 エリーさんが店のどこかから緑色の布を持ってくる。


「セルマ様は大変ほっそりしておりますので……淑やかな雰囲気のドレスにしましょう。形は身体のラインが綺麗に出るマーメイドで……」

「うんうん、いいわぁ~! お花もつけたいところね!」

「水仙などはいかがでしょうか。セルマ様の美しさを引き立てると思いますよ」

「なるほどなるほど~!」


 ……大変に盛り上がっている。よく分かっていない私を置いて。

 しかし、公爵夫人御用達といえば、このお店はとんでもない高級店なのだろう。ドレスの値段がいくらになるのか……、子爵家出身の私には想像もできず、ただただ震えた。


「生地はこちらの色がよろしいでしょう。番の瞳の色を身につけるのが定番ですからね!」

「そうねえ……。ねーえセルマちゃん! セルマちゃんはどう思う~?!」

「へっ!」


 突然話しかけられてどきりとした。

 どう思う。ウィルフレッド様の瞳の色をドレスとして身にまとうのを、どう思うか、って。


 ……じっと、その緑色の生地を見てみる。


(……本人にはなんて言われるだろう……)


 まかり間違っても喜ばれはしないだろうな、うん。

 また嫌みの連続か。


 ……そう考えるとあまり気乗りはしないが、お二人がそれでいいと言っているのだから、そうしよう。


「私も、それがいいと思います……」

「そう? やった! 綺麗な生地だと思ってたのよね~! じゃあこれで!」

「かしこまりました! では採寸をいたしますので、セルマ様、こちらにどうぞ~!」

「は、はい」


 ……ということで。

 私は採寸から始まり、体のありとあらゆる箇所を調べ上げられ、終わった頃にはぐったりと力が抜けていたのだった。



「セルマちゃん、ちょっと休憩しない?」


 大体全ての過程を終えた後。公爵夫人のそんな言葉に導かれ、私たちはとあるカフェに入った。


 ……エリック様と入ったところとは違うけど、ここもす~っごく美味しい!


「ふふ、気に入ってくれたみたいでよかった」


 公爵夫人がお茶を飲みながら笑顔になる。


「採寸、疲れたでしょう? まっさらな状態から始めたのだものね」

「あはは……、でも、とっても素敵なドレスが出来上がりそうで、私、今からすっごく楽しみです!」

「私も楽しみよ! ふふ、ウィルフレッドが見たら何て言うか」


 ……特に何も言われないんではないでしょうか。


「……ウィルフレッドのこと、ごめんなさいね。いつもあなたに冷たい態度を取ってしまって」


 カチャ、と公爵夫人がティーカップをソーサーに置く。


「私たちも都度言ってはいるのだけれど……、あの子は、ヴィオラと過ごした時間が長くて。それだけあの子を想っているのだと思う」

「……ええ、そうですね……」

「だけれどね、竜人族にとっての番は「絶対」なの。どんな者も抗えない本能なのよ。だから、あの子のこと……、見捨てないであげてくれるかしら」


 申し訳なさそうに私を見つめる公爵夫人。

 私はそれに、いつも通りの笑顔で、こう答えた。


「……はい。分かっております。公爵夫人」


 わかっている。竜人族の「運命の番」とは絶対的なものであること。

 ……と、この人たちは盲目的に信じていること。


 何度も何度も、聞かされてきたことだ。


 しかし、私はただでさえ家にお金を入れてもらっており、衣食住も管理してもらっている。

 文句を言えるような立場ではない。


 だから私は、今日も笑って答えるのだ。「はい、わかりました」と。


 ……本当の気持ちは、誰にも見えない所に押し込んで。



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